第2話
「ここにレオン先生がいるのね」
リエラは学院の離れにある研究棟へと足を運んでいた。
今、魔術学院は学期末休暇となっており、一月ほどの休みとなっている。そのため、学院内にいるのは自主的に学院に来ている生徒や補講の生徒、それに僅かな教師がいるだけだった。
ジークリンデから話を聞いた直後、すぐに学院に向かったリエラだが、学院が休みだったことはすっかり忘れていた。
レオン先生もいないのではないだろうか、という嫌な予感が普通は過ぎりそうなものだが、そこはリエラだ。そんなことなど考えることなく、学院内にいる人物に手当たり次第聞きまくった。
そして、レオン先生が研究棟に割り当てられた研究室にいることを突き止めたのだった。
本人は恋する乙女パワーなどと呟いていたが、単に運がいいだけである。
バンッ!! と思いっきりドアを開けたリエラは部屋の中に誰かいるのを確認するとそのまま一直線に向かっていく。
「レオン先生! 聞きたいことがあるんですが!!」
「うるせーよ!! 用があるならノックと挨拶ぐらいしやがれ!!」
リエラの声に負けず劣らずの大声で振り返ったのは一人の男。金糸のようなサラサラの髪と彫像のように整った顔つき、さらにその顔の横には妖精種の証である長耳が揺れていた。
そう、彼こそがリエラの探していた学院の先生――レオンハルト・アイディステート、その人であった。
レオンハルトの言葉に何か思うところがあったのか、リエラは無言のままドアを閉めて部屋の外に出て行く。
リエラはコンコンとノックをすると再びドアを思いっきり開けた。
またもバンッ!! とうるさい音が鳴り響く。
「失礼します! リエラ・エフォートです!! レオン先生に用事が――……」
「そこからやり直さなくてもいいわ!!」
先ほどよりも怒りの感情が幾分か強いようであった。
それに対しリエラは理不尽だ、と声を上げる。
「えー、だって先生がノックと挨拶をしろって言ったんじゃないですかー」
「誰が今すぐやり直せって言ったんだよ……ったく、火を頼む」
虚空に話しかけるとどこからともなく、火が現れレオンハルトの持つ葉巻に火が付いた。
これが精霊魔法だろうかとリエラは目を瞬かせて火の付いた葉巻を眺めていた。
それを二、三度吸ったレオンハルトは、ひときわ大きく煙を吐き出すとリエラに向き直った。
「で? 俺に何のようだ? リエラ・エフォート」
「え? 聞いてくれるんですか?」
「学生が教師に質問しに来て答えねえってことはねえよ。しかもわざわざ休みの日に来てんだ。それなりの用件なんだろ?」
てっきり、答えてもらえないのかと思っていたリエラはレオンハルトの態度に目を丸くする。先ほどまでの態度を見ていればそう考えるのも仕方が無いだろう。
まあ、そうだったとしても、リエラは答えてくれるまで頼み込む気満々だったのだが……。
リエラは知らなかったが、レオンハルトは生徒達に人気があるのだ。特に女子生徒に。
その理由は見た目がカッコイイのもあるのだが、乱雑な言葉遣いやいい加減な態度とは別に面倒見がいいためだ。根っこの所が善人なのを見抜かれているともいえる。
「はい! 私の人生に関わる大事なことです!!」
「そりゃまた大層なもんを相談しにきたな……」
ただの一教師に解決できる問題なのか、と内心どんな内容か怖々しつつもレオンハルトはリエラに先を促した。
「私、自分の属性を変えたいんです! 何か知りませんか!! そういった道具とか薬とか!!」
「あ? 何だってまたそんなものを求めているんだ?」
予想外な問いかけにレオンハルトはほぼノータイムで質問を返す。人生に関わることからどこをどうすれば属性を変えたいことに繋がるのか分からなかったからだ。そもそも、属性を変えるなど基本的に無理な話なのだが。
「もうちょっと詳しく聞かせてみろ。なんでお前が属性を変えたいのか、動機も含めて……全部だ」
「は、はい? わかりました」
レオンハルトに詰め寄られたリエラは全てを話した。告白して振られた件から、ジークリンデとの会話、そして、それによってレオンハルトを頼ってきたということも。
そんな一連の話を聞いたレオンハルトは、
「……ジークリンデも面倒なものを押しつけてきやがったな」
頭をいたそうに額を抑えるのだった。
「それで、先生! 先生!」
どこか期待するような目で見てくるリエラから視線を逸らす。
「……普通にお前も顔はいいんだから、火属性とか、他の属性の男子じゃダメなのか?」
一瞬、キョトンとしたリエラだったが、頬を薄く染めると両手で顔を押さえ、クネクネし出したかと思うと思いっきり頭を下げた。
「やだ、先生ったらそんなこと言われたら嬉しいですけど、私には好きな人がいるので……ごめんなさい!」
「なんで俺がフラれてんだ!? 誰も好きとは言ってねえよ!? 大体、教師と生徒の恋愛なんざ御法度だっつーの!! 俺が言ってんのはイグニス家のエヴァンジェードとかだよ!!」
「えーっと……誰です? それ?」
「切ねえな……アイツも」
リエラの返答にレオンハルトはどこか遠い目をして、再び葉巻を咥えた。
イグニス家とはウェイブ家同様六代名門の一つで火属性の名家である。エヴァンジェードはリエラと同学年で同じ火属性の使い手である。
よくリエラに実技の授業などで勝負を挑んでいるのだが、名前さえ覚えてもらっていなかったようである。
おそらく、リエラもどんな特徴や出来事を伝えれば思い出せると思うのだが、エヴァンジェードがリエラに勝負を挑んでいるのは、ただ負けたく無いからだけではないのが理解出来るためレオンハルトは黙っておくことにした。
ちなみに、レオンハルトだけでなく学院の人間ならば大多数が知っている。
「それで、先生!! 属性を変える方法は!! 教えてください!!」
「……ねえよ、んなもん」
「そ、そんな……ここまで……ここまで……来たのに……!!」
ばっさりだった。そのあまりの切れ味の鋭さに期待していたリエラの心は打ち砕かれ、見事なまでに四つん這いになった。
それを見たレオンハルトはヤレヤレと首を横に振りつつ、またも葉巻を咥える。
「たかだか学院まで来ただけで大げさな……というか、俺が跪かせているみたいじゃねえか。誰かに見られたら誤解――……」
「話は聞かせてもらいましたわ!!」
ドアを開けて入ってきたのは、一人の少女だった。小柄な体格ながら意思の強そうな琥珀色瞳と肩ほどで切りそろえられた濃い茶色の髪は精巧な人形のよう。
そんな美少女を見たリエラは素っ頓狂な声をだす。
「あれ? ミーちゃん?」
「はい! そうです! アナタのミーちゃんです!!」
やってきたのは六代名門の土属性の名家に名を連ねるミリアリア・フェルゼンだった。
ミリアリアの頬は軽く上気しており、目も興奮のためか潤んでいた。
この状況だけである程度察する事が出来ると思うが、ミリアリアはリエラのことを過剰なまでに慕っているのである。
「なんでここに? 今日、学院はお休みだよ?」
リエラは自分の事を完全に棚に上げて問いかける。
「リエラお姉様のいるところこそ私がいるべき所ですわ!! 常におそばに控えておりますの!!」
「あーそうなんだー」
「いや、それただのストーカー……」
レオンハルトの声を遮るように、ミリアリアが声を張り上げる。
「それよりもリエラお姉様! この先生は嘘をついています!」
ビシッ!! と、レオンハルトに向けて指をつきつけた。
だが、その程度で狼狽えるレオンハルトではない。ミリアリアが六代名門といえどただの生徒。証拠もなしに、詰め寄られたところでとぼけてしまえばいい。
「……何を根拠に言っている?」
「六代名門の情報収集能力を舐めないでくださいよ? 先生が教師になる前に研究していた内容は大凡ですがつかんでおりますの。それに、先ほどの姿はこの魔導カメラにてバッチリ映してあります! 女生徒を跪かせながら葉巻を吸う悪徳教師……こんな写真がばらまかれればどうなるでしょう?」
もはやただの脅しであった。
勝ち誇った顔で手元のカメラを振るミリアリア。
脅しを主軸にしているものの、おそらく、本当にある程度の情報はつかんでいるのだろう。
(適当な情報で無茶されるよりはマシか……)
観念したのかレオンハルトは葉巻の火を消すと肩をすくめる。
「わかった。答える。答えるからあとでその写真は処分しておけ」
「うーん……どうしましょうかー?」
「ミーちゃん、先生がキチンと教えてくれたら処分してね」
「はい! 善処いたします、リエラお姉様!!」
見事な手のひら返しであった。手首クルックルである。
「……まあ処分するならいいか」
一呼吸おいたレオンハルトがそのまま話はじめる。
「まず、先に言っておくぞ、都合良く属性だけを変えるなんて方法は存在しない」
「ミーちゃん写真ばらまいて」
「分かりました、リエラお姉様!!」
「まて、お前ら最後まで聞け!!」
脅しであるはずの手段をためらいもなく実行しようとする二人をレオンハルトは必死に止める。
その必死さが伝わったのかリエラもミリアリアも疑いの眼差しを向けつつも、レオンハルトに向き直る。
「さっきも言ったが都合良く属性だけを変える方法は存在しない。だが、別の方法ならある」
「別の方法ですか?」
「そうだ。お前ら
「……宝玉?」
「宝玉というとあのダンジョン等で希に見つかる各属性の魔力が封じ込められた球の事ですわね」
案の定、リエラは知らなかったようだが、ミリアリアはあっさりと理解していた。
宝玉は魔術師が魔力タンクのように扱ったり、一部の高価な魔道具にも使用されたり、しており研究物としてもその利用価値はかなり高い。
流石に、一つ売ったところで一生遊んで暮らせるほどではないが、慎ましく暮らせば数年は働かなくともいい程度の大金は手に入るほどだ。
「その各属性の宝玉を集めてだな、とある祭壇に捧げると神の使いである竜が現れて、願いを叶えてくれるそうだ」
「分かりました!! 宝玉を探せばいいんですね!! 行ってき――グエッ!?」
「待て!」
レオンハルトはそのまま部屋から出て行こうとしたリエラの襟をつかむ。急ストップをかけられたせいかカエルが潰れたときのような声がリエラから漏れ出ていた。
「何するんですか!!」
「『何するんですか!!』じゃねえ! お前、どこにその祭壇があるんだとか……知らないだろうが!! それでどうやって行く気だ?」
「気合いで!!」
「あのなあ……」
あまりの即答ぶりにレオンハルトは頭が痛くなってきていた。
「そんな顔したって無駄ですよ! 絶対、私は属性を変えるんです!」
「お手伝いします! リエラお姉様!!」
「お前ら学院はどうするつもりだ? 今は休みだが一月後には普通に授業も始まるぞ。一月で全部やる気か?」
「どうにかします!」
「お任せください! 最新鋭の魔導車を用意させますわ! これで移動時間を大幅に短縮できるはずです!!」
その真剣な瞳を見てレオンハルトは諦めたように首を振った(もう一人は間違いなく邪な気持ちがあるだろうが手伝う心は本物だと思いたい)。
「わかった……ちょっと待ってろ」
レオンハルトは二人に背を向けると、室内の棚をガサゴソと漁りだした。続いて、何か一枚の紙を取り出すと、何かを書き込んでいく。
「よし、出来た。ほれ、持ってけ」
渡されたのは大陸地図だった。
その中の何カ所かに印が付けられている。
「これは?」
リエラは手元の地図を見ながら問いかける。
「主立ったダンジョンと俺が調べた祭壇の場所だ。祭壇の方は候補地で合っているかも分かんねえけどな」
「レオン先生、ありがとうございます!」
「まあ、眉唾のおとぎ話みたいな伝説だ。それに、願い事っていうのもどんなものでも叶えてくれるのかさえ分からないぞ?」
「きっと大丈夫です!」
「そうかよ……じゃあ、頑張れ。心の片隅ぐらいでは応援しておいてやる」
「はい!!」
リエラはニッコリと笑い元気よく返事をする。
と、ここで終われば色々あったにせよ教師と生徒による心温まる場面なのだが、そうは問屋が卸さない。
「何をおっしゃっているのかしら。レオン先生も一緒に行ってくれるのでしょう?」
「は? なんで俺が……」
「まさか、ダンジョンなどという危険なところに学生だけで行かせるおつもりですか? 先生が宝玉や祭壇について話したというのに? これって責・任・問・題になると思うのですが」
「……………………」
そもそも聞いてきたのはリエラの方なのだが、レオンハルトが教えたという事実は消すことが出来ない。それで学生が死んだなどと言うことになれば……。
しかも一人は六代名門の息女 ときている。
そんなレオンハルトの内心を知ってか知らずか、ミリアリアは話を続ける。
「それに、私達に何かあった場合は公表されることになりますが……それでもよろしいので?」
再びチラチラとカメラを横に振るミリアリア。
「き、汚えぞ!? それは処分するって……」
「ふふふ、私は善処しますとしか言ってませんわ!」
「なっ!?」
「どうなさいますか?」
「ぐっ……分かった!! 付き合ってやるよ!! こんちくしょう!!」
レオンハルトは半ばやけっぱちで叫ぶ。
こうして、妖精種の教師レオンハルトが付いてくることになったのだった。
「えーと、いいのかなぁ……いいのか!」
しばし、頭を悩ませていたリエラだったが本人達が良さそうだったので考えるのを止めた。
研究棟をでて数分、レオンハルトはミリアリアに聞きそびれていたことを問いかける。
「そういえば……ミリアリアは俺が宝玉や祭壇ついて探っていたことを誰から聞いたんだ? 俺が調べていたのは昔の話だったはずだが……」
レオンハルトは確かに宝玉や祭壇について調べていたが、それは若いときだ。今でも若いのだがそれは妖精種換算での若さだ。
歳だけでいえば、レオンハルトの歳はリエラやミリアリアの親達よりも年上だ。少なめに見積もって十数年は前の事、さらに一個人の研究を六代名門とはいえ、調べきれるものだろうか、と疑問に思うのも無理はない。
そして、その答えは意外な所にあった。
ミリアリアは隠すことでもないのかごく普通に返答する。
「我が家で家庭教師をしている先生のお姉さんからですよ? 何でも『これが俺の統合魔術!〝ゴッドヘルフレアシャイニングバースト〟!!』や『光の魔術だけだとでも思ったか? 俺は精霊に頼らずとも違う属性が使えるんだよ!! 〝四元素よ集い合わさり全てを滅ぼせ! カタストロフ〟!』といった何個ものオリジナルの魔術を作り出すために色々な伝承や文献を漁っていたとお聞きしていたのですが?」
「はへー、凄いんですね! 先生!!」
リエラは純粋にレオンハルトの努力に感動しているようだが、ミリアリアの方はそんな気持ちなど欠片もないのか終始ニマニマしていた。
「あんのクソ姉ぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
黒歴史を勝手にバラされたレオンハルトの叫び声とともに宝玉を求めて各地のダンジョンへ向けて旅立つのだった。
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