第1話
「多分、火属性以外なら良かったんじゃない?」
彼女の一連の告白劇を聞いた友人の第一声がそれであった。
「なんでー、なんで火属性じゃだめなのー」
「いや、むしろ常識じゃない? 水属性エリートであるウェイブ家の御曹司相手ならそうなることくらい予想できるでしょ?」
「だって、エリートの結婚には魔力量だけあれば大丈夫! っていうから……」
「何処情報よ……それ?」
確かにそういった傾向が存在するのは友人も知っていた。だが、それよりも重視しているものがあるのもまた事実なのだ。
「メグメグに書いてあったもん!! ほら! ここ見て!!」
少女が取り出した雑誌を見て、友人はこれ見よがしにため息を吐いた。
「はぁー、アンタそれ〝玉の輿特集〟とか書いてあるじゃない。私達には当てはまんないでしょうよ……仮にも魔術学院生よ?」
何を根拠として少女が自信満々に言っていたのか理解した友人は思わず目を伏せる。まさか、彼女が雑誌を純粋に信じるとは思ってもいなかったのだ。
「アンタ授業真面目に聞いていたの?」
「え、えへへー」
「笑って誤魔化さない……」
てへっ、と舌を出して笑う少女に友人は再びため息をはく。
「アンタそれでどうやって試験を……いや、答えなくていいわ。アンタ魔力量だけは化け物だったわね」
こうして会話しているとかなりぬけているため忘れがちになってしまうのだが、少女の魔力量は実は学院でもトップなのだ。試験は実習に重きを置いているゆえ、魔力量によるごり押しで合格しているのだろう。
「そんな褒めないでよー」
「……欠片も褒めてないわよ。すごいとは思うけどね」
照れたように頭をかく少女に対し友人の表情は実に冷めたものであった。
「それで?」
「ん?」
「それでどうして火属性じゃダメだったの?」
少女は改めて友人に自分の告白が失敗した原因を問いかける。
ぶっちゃけると友人としては当たり前のこと過ぎて、最早説明するのも面倒くさいのだが、
「相性よ」
「相性?」
友人の言葉に少女は復唱するのだが、どう考えても理解しているようには見えない――それどころか、
「彼との相性は良かったよ。仲良くお話出来てたもん!」
自信満々だった。
「アンタ、ホントに適当に聞いていたのね。学院でも基礎でしょうよ……なんか、不安になってきた。魔術の属性を全部答えてみなさい?」
「馬鹿にしすぎだよー! 基本系統として火、風、土、水でしょ。さらに、別系統として光、闇!」
元気よく答える少女。さらに、『あってる? あってる?』と目を輝かせて友人を見つめてきていた。
「あってるわよ……なんでそこが分かっていて属性相性のことがわからないのよ」
「ぞくせーあいしょー?」
首を傾げ疑問符を浮かべる少女。随分と間の抜けた声だった。
「そうよ。火→風→土→水→火――……という風に魔術には相性があるの。その他に光と闇もあるけど、この二つは互いに相性が良くもあり、悪くもある特殊な例ね」
「ほーほー」
「で、ここで重要なのは火と水、風と土、光と闇は反対属性って呼ばれていて相性が特に悪いのよ」
「なるほどー。でも相性が悪いとなにがダメなの?」
そう。属性相性が悪いことは教わったが、それだけだ。告白が失敗した根本の原因は未だ聞けていない。
「髪は色によってその人の魔術の属性が出ている……ってのは知ってる?」
「? うん。それは一応知ってるよ」
チラリと少女は自身の赤い髪を見ながら返答する。だが、なぜここで髪の色の話が出てきたのか少女は微塵も理解していないようだった。
「なら話は早いわね。単色の髪はそれだけその属性の純度が高いってことなの。だから赤い髪のアンタは火属性のトップクラスで彼は青い髪だから水属性のトップクラスって事。ここまではいい?」
「うん、大丈夫!」
「……普通、ここまで言えばわかるものじゃないの?」
友人はボソッと呟くも目の前の少女の『続きは? はやくはやく!』と急かすような瞳に押され話を続ける。
「さっきも言ったけど彼の家――ウェイブ家は水属性エリートで六代名門の一つよ――……」
「ろくだいめーもん?」
説明しようとした友人の声は、再び上げられた少女の間の抜けた声に遮られた。友人はこの少女マジか? と冷めた目で見つめる。
「……この国に住んでて、六代名門を知らないのはあんまりじゃない?」
「だってー、興味が無かったからー」
「アンタってそういう人間なのは知っていたけどここまでとは思ってなかったわ……」
頭が痛い、とばかりに友人は額に手をあてる。
無理もない。
六代名門というのはそれだけこの国にとって大きな存在だからだ。
「いや、少し前まで魔術のまの字も知らなければそんなものかもしれないわね」
「ねー、それで六代名門ってなんなのー?」
「はいはい。教えるわよ……六代名門っていうのはさっき言った魔術の属性の名家のことよ。それぞれ、火、風、土、水、光、闇っていう風にね」
「ほへー、凄いんだねー」
「……まあ、そんな認識でいいわ、そこまで間違ってないしね」
そのまま友人は少女が振られた原因へと言及していく。
「で、アンタが振られたのは結婚を考えたときに反対属性だとね――」
「けけけけけけっっこん!? いや……でも……あはー」
友人の〝結婚〟という言葉に壊れた機械のように叫び声を上げる少女だが次の瞬間にはどこかにトリップしていた。口は半開きで年頃の乙女がしていい顔ではないだろう。
「あーはいはい。アンタのたくましい想像力はいいから聞けって」
流石に二度も遮られたせいか友人の顔には青筋が浮かんでいた。
「ひゃい!?」
一瞬にしてかえってきた少女は膝の上に手を置き直して友人に改めて向き直った。
「両親が反対属性同士だと生まれてくる子供の魔力量が低い傾向にあるらしいわ。振られた直接的な原因はそれでしょうね」
「ええー!? どうしてー!?」
「私が知るわけないでしょ。一応そこは研究中って話だけど、過去の文献や実例からそう言われているわ。彼の家から考えたら、どれだけ魔力量が高くても反対属性のアンタを嫁として迎え入れるわけにはいかなかったんでしょ。名家ともなるとこの歳になればただ付き合うんじゃなくて結婚も視野に入るだろうから」
友人の説明は至極まともで丁寧なものだったが、それでも納得がいかないのは少女の方だ。
「じゃあメグメグに書いてあった魔力量は!?」
「それも重要視はされるかもしれないけど、名門だろうとたぶん魔術学院に入れるレベルなら問題ないでしょ。それは学院に行かなかったり、行けなかったりした女子が上玉を狙うための指南書みたいなものでしょ。アンタには無意味ってわけ」
「うー!! なら私が水属性なら良かったってことかー!!」
少女はうなり声を上げ忌々しそうに自分の髪の毛を見つめる。火属性である綺麗な赤い髪は今の少女にとっては憎たらしいものでしかないらしい。
「違うわよ?」
「へ?」
そこにいたのはポカンと間抜け顔を晒した少女だ。友人にあっさりと否定されたのがすぐには理解できなかったらしい。
そんな少女を尻目に友人は話はじめる。
「最初に言ったと思うけど、火属性以外なら何でも良かったはずよ? これもあくまで理論上だけど、子供って魔力量は母親のを引き継ぎやすくて、属性は父親のを引き継ぎやすいんですって……属性主義ってやつね。私の憶測だけど、もしかしたら火属性以外の五属性なら告白は成功していたんじゃないかしら?」
「…………………………」
軽く語られた事実に少女の脳の処理が追いついていないのか、魚の呼吸のように口をパクパクさせるだけだった。友人が手を目の前でひらひらとさせても無反応であった。
その数秒後、友人がカップを傾け優雅に紅茶を飲んでいると、
「属性主義なんてくそくらえー!!」
「叫ぶな、叫ぶな。ここ喫茶店よ?」
「だって! 属性主義がなければ私の告白が失敗することもなかったんだよ!!」
「わかった、わかった。でも、あんまりそういうことをおっきい声で言うと反体制者として捕まるわよ? 私は捕まりたくないから、捕まるならアンタだけ捕まってね?」
「うー、ジーちゃん!!」
「ジーちゃんってよぶな!!」
少女に幼い頃の呼び方をされた友人はたまらずに声を上げる。
「ええー、可愛いと思うけどなあ」
「私の名前からそんな愛称を付けたのは後にも先にもアンタだけよ」
友人――ジークリンデ・イルミネアは大きなため息を吐いた。他の友人がリンデと呼ぶのに対し、この少女――リエラ・エフォートだけは頑なにジーちゃんという愛称を使っていた。
その度にジークリンデがツッコむのは、彼女達の幼少期によく見られた光景だった。何だかんだ仲は良かったようである。
その後ジークリンデとリエラは、リエラの引っ越しにより別れたわけなのだが最近になってリエラはこの王都に帰ってきた。まさか、揃って魔術学院にいくとは二人とも全く思っていなかった。その証拠に、出会った当初は互いに間抜け面を晒したものである。
「あうー、どうにかならないかなー。はむはむ……私の属性を変えるとかー」
ぐでーっとテーブルに突っ伏しながら、注文していたケーキを食べる様はものすごく行儀が悪いが、ジークリンデが気にした様子はない。慣れているのだろう。
「ジーちゃん何かしらない? ジーちゃんっていいとこのお嬢様だよね?」
「アンタまたジーちゃんって……はあ、もうそこはいいわ。まあ、六代名門には劣るけど、そこは事実ね。だからってなにか知っているわけじゃ…………あ……」
「知ってるの!?」
思わず呟いた一言に対し、目をキラキラさせて顔を近づけてきたリエラをジークリンデは鬱陶しそうに押しのける。
「近い! 別にそんなに詰め寄ってこなくても教えるわよ」
「ご、ごめん!」
すぐに元の位置に戻ったリエラはジークリンデの話を聞き逃しまいと真剣な顔つきになる。そこまで気を張らなくてもいいと思うのだが、それだけリエラにとっては大事なのだろう。
ジークリンデはそんなリエラの態度を知ってか知らずか、普段通りの口調で思いついたことを口にする。
「レオン先生ならなにか知っているかもしれないわよ?」
「うーんと……だれ?」
もう慣れたつもりだったが、またもリエラの口から飛び出てきた言葉に流石のジークリンデも冗談でしょ? と顔をひくつかせる。
けれども、リエラの顔は本当にわかっていないようだった。
「学院の教師の名前くらい覚えておきなさいよ……ほら、
「あー、いたようなー、いないようなー」
「……いるんだってば。精霊魔法は私達の使う魔術とは異なっていて、属性に縛られていないし、そもそも長命種族の先生だから、なにか知っている可能性が一番高いと思うわ」
記憶の片隅にも残っていないのか頭を必死に捻るリエラを見ながら、ジークリンデはレオン先生の情報を理由も交えて話す。
ひとしきりのことを聞いたリエラは一つ大きく頷くと、
「レオン先生だね! 行ってくる!!」
ガタッ!! と派手に音を鳴らしながら椅子から立ち上がったリエラは、
「ちょ、ちょっと――……」
という、ジークリンデの制止も聞かず喫茶店から飛び出していく。
「思ったらすぐに行動するのは昔っから変わって無いんだから……あ、これ美味しい」
ジークリンデはそんなリエラを見つつ、リエラが残していったケーキを口に運ぶのだった。
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