第九章

第九章

イベント当日。

鈴花は、緊張した面持ちで聰と一緒に会場準備を手伝った。

杉三が提案した、鈴花を手伝わせるというのは抜群の人材で、恵子さんも、懍もすぐに賛成してくれた。懍は、まだ返事を出していなかったことを詫びて、実は鈴花を手伝いに出させようと思っていたと言った。

とりあえず商品である着物を売り台となるテーブルの上に乗せた。実をいうと着物というものは、金持ちのおばさんだけが着用するものであり、柄も厳格な意味があって訳がわからないという印象しかなかったが、今回聰が販売している銘仙という着物は、なんともかわいらしく、ちょっと着てみたいなあと思わせる柄つきをしている。もちろん、着物も洋服と同じように様々なブランドがあることは知らなかった。さらにもうちょっと詳しく言えば、ブランドによって順位があり、着用場所が明確に違うというのが、着物のすごいところなのだが、そんなこと、知る由もない。

今回は、歴史的な事情に関しては言及せず、災害のあとなのでちょっとおしゃれをしてみよう、という気軽なことを狙った販売なため、着物の種類については、明確にしなかった。それについては、知りたい人が、後になって調べてもらおうということにした。

着物と一緒に販売する帯も、袋帯のような格のたかいものはやめて、半幅帯に限定した。銘仙にはこれで十分だと文献でも書かれることが多いということからも合理的。

準備を整えて、開店時間になった。市役所に置かせてもらったビラが、どれだけ効果をだしてくれるか、それが鍵となるだろう、と聰は予測していた。鈴花も緊張して待った。

一時間ほどして、中年のおばさんが、三人ほど来店した。やっぱり着物を欲しがるのは、中年以上なのか。派手な着物であっても、若い人は飛び付かないようである。着物を手にとったおばさんたちは、近々行われる合唱のコンサートによさそうだ、なんていっている。やっぱり水穂さんの予測は間違っていないらしい。それぞれ一人一枚ずつ、三枚買っていってくれた。なかには、コンサートに使ってもよいかしら、と確認をした人もいたが、合唱なので、大丈夫でしょ、と聰は答える。もしこれが、邦楽や、名門のオーケストラであれば、間違いなくルール違反になる。合唱とか、そういう気軽なものであっても、曲によっては毛嫌いされることも数多い。

着物の専門的な知識がある人であれば、袖がやや長いのもまた問題として提起するはずだが、幸い、おばさんたちは気にしないようだった。ついでに、半幅帯も買っていってくれたが、着物が派手なためか、比較的地味なものが売れた。

おばさんたちが帰っていくと、銘仙の使い道がないから、困るなあと聰は呟いた。羽二重なら、式典などに使えるが、銘仙は使えない。大概の人は、着物というと式典しか使わないだろうし、本当に使い道がない。というか、着物のブランドというのは、士農工商制度にあわせて作ってあるから、これがなくなると、ある意味売り上げは減少するのである。誰でも超高級な羽二重を着用してよくなれば、自動的にその下位に位置する着物たちの使い道がなくなるのは、仕方ないといえば仕方ないのである。

「使い道も作らなきゃいけないなあ。そうするのも、俺たち呉服屋の勤めか。」

よく着物で旅行をしよう、などというイベントがあるが、大体その中で出てくるのは、訪問着などが多く、気楽なものであっても大柄の小紋などであって、銘仙はタブーとされてしまうことが多い。化繊着物はまだよいが、銘仙というものは、悪いものとされてしまうらしい。理由なんて、聞こうと思えば、うちの店を馬鹿にするな、と怒鳴る呉服屋もある。

「あたしからしてみれば、単なるかわいい着物にしか見えないんですけどね。何でまた、そんなに着用が認められないのですか?」

鈴花は、持っていた疑問をなげかける。

「そうだねえ、これを語るには、まず同和問題、前は部落問題とも言っていたが、それを理解してもらうことから、始めないと。」

と、いうことは、それだけ売れないのか。

「売れないのなら、何とか売れるようにすればよいでしょう?例えば、有名人が着用して、その人にあやかって売れる、ということもないですか?洋服ではよくあるじゃないですか、有名な女優が着用したりして、みんながまねしたくなってブームを巻き起こしたとか。歌手の安室奈美恵なんかそうだったじゃないですか。」

「いやいや、有名な女優さんは、高慢だから、こんなものには手をださないさ。」

といって、聰はため息をついた。

「それより、必ず同和問題が絡んでくるから、売り上げをすぐに上げるのは難しいんじゃないかな。素直に買ってくれるのは日本を知らない外国人ばっかだよ。」

「その同和問題って、解決は難しいんですか?」

「一応、中央政府が、明治の解放令で解決済みとしているようだが、俺からしてみたら、中途半端で、解決なんか何もできてないように見える。」

確かにそうである。水穂さんの例をみれば、そんなことはすぐわかる。

「まあ、負の遺産って感じかなあ。完全に撤廃されないで、今でも販売を続けなければならないところが、辛いところだなあ。」

と、ため息をついたのと同時に、入り口のドアが開いた。

「こんにちは。」

やって来たのは、一人の若い女性だった。多分、学生ではなく、社会人だと思われる。

「はい、いらっしゃいませ。」

とりあえず聰が挨拶するが、彼女は何か戸惑っているようである。

「あの、市役所にチラシが置いてあったので来てみたんですが、、、。」

といいながらも、緊張しているようである。

「ちょっと拝見させて頂けないでしょうか?」

「あ、どうぞ。見てってくださいな。」

流石に買っていってと、言うことはできない聰だった。しばらく声掛けも何もできずに、静かというか沈黙の時間が流れる。

と、そのとき、また入り口のドアが開いた。今度はだれだとおもったら、杉三だった。いつも通り、黒大島と呼ばれている、大島紬の着流しを着ている。やっぱり白黒の麻の葉柄である。

「やっほ!ブッチャー!売り上げはどうだ?約束通り飛び入りで見に来たぜ!」

「おう、杉ちゃん来てくれたか。まあ、ご覧の通りだよ。一人で来たのかい?」

「いや、水穂さんも一緒だ。今、傘をたたんでるところだから、もう入ってくると思うよ。」

「へ?水穂さんも一緒?」

聰が驚いてそう返すと、こんにちは、という声と一緒に水穂もやってきた。紫色の銘仙の着物と羽織を着て、やはり紫色の袴をはいている。女性客も、この美しい人物の来訪にはビックリしてしまったようだ。

「また雨が降ってきた。幸い霧雨で、台風のような雨ではないけどさ。まあ、今月はよく雨が降るね。」

そうか、それで客足も遠退いていたのかと、鈴花もわかる。天候も集客率を上げるためには大事な要素。

「水穂さん大丈夫ですか?来るとき大変だったのでは?」

「確かに、出る前に蘭と一悶着はしました。」

「てか、ほんとに、蘭はうるさいだよな。こっちがいきたいからいいじゃないかといえば、危機意識がないといって説教する。もう、余計なおせっかいって言うか、やめてもらいたい。出掛けるってそんなに悪いことなんかな?」

と、言うことはつまり、行く前に多かれ少なかれ、押し問答はあったということは、はっきりわかった。なるほど、蘭さんも、懲りないで心配を続けているんだなあ。

「で、ブッチャーさ、売り上げはどうなのよ?また、全然ダメ?」

「杉ちゃん、すこし静かにしたら?お客さんが来てるじゃん。」

水穂は、戸惑っている女性客に目配せした。女性からしてみたら、すぐに帰ってしまわないでほしいくらいだったので、自分は主役になる必要はなかったのだが。

「あ、ごめんね。お客さんが来てたのね。ブッチャーも、なかなかのダメ男だが、大目に見てやってくれよ。で、今日は着物を何に使おうと思ったの?」

と、杉三はその女性に声をかけた。女性は、杉三を見て変な顔をする。

「なんだ?何がそんなにおかしいんだ?黙ってないで言ってみろ。顔に何かほこりでも、ついているんか?」

「い、いや、そういうことではないのですが、、、。」

ちょっとこわごわ発言する女性。

「じゃあなんだよ。」

「なんか、着物の柄が蜘蛛の巣みたいに見えたので。」

「あれれ、馬鹿だねえ。麻の葉も知らないのかよ。これはね、日本古来からある由緒正しい着物の柄で、麻の葉というんだよ。」

「あ、そうですか。ごめんなさい。てっきり、蜘蛛の巣を身にまとった怖い人かと思ってしまいました。すみません。」

「蜘蛛の巣!」

聰は、思わず力が抜けてしまうが、確かに麻の葉柄は、一見すると、蜘蛛の巣に見えなくもない。

「そうかもしれませんね。本物の麻の葉とは全然かけ離れていますし、その模様ですと、麻の葉と連想しにくいでしょうね。これからは、柄の説明を書いて、貼り紙でもしたほうがいいかもしれませんよ。」

水穂は、そう聰に進言した。

「もう、姉ちゃんよ。何にも知らないんだな。じゃあ、手っ取り早く解説してやる。これは、植物である麻の木を真上からみた様子を模写した柄だ。麻は天へ向かって真っすぐに伸びるというところから、若者の健やかな成長を願うという意味がある。また、無限の可能性という意味もあって、将来成功するようにという願いも込められている。そして、連続模様で終わりがないことから、目がぐるぐる回って、悪魔が逃げていくという魔よけの意味でもあるんだ。どうだ、もう、蜘蛛の巣とは見えないだろう?」

「へえ、じゃあ、ダビデの星と同じ意味があったんですか。あれは、一筆書きで書いてあるじゃないですか、だから、なぞっても同じところへ戻ってきてしまうので、同じように悪魔が混乱して逃げていくという意味があるそうですよ。」

と、杉三がでかい声で説明をしてやると、その女性は興味深そうにそう答えた。この理論を知っているということは、彼女もある程度学がある女性と言えそうである。

「なんだ。ダビデの星を知ってるんだったら、なんで日本の魔よけを蜘蛛の巣なんて言うんだよ。それじゃあ笑われるぜ。外国の文化を知っておきながら、日本の伝統を知らないなんて、頭はドーナッツになってるのかよ。」

「そうですね。今の話、すごく勉強になりました。着物なんて全く分からなかったんですけど、そういう意味があるんですね。ずいぶん奥が深いんだなって初めて分かりました。ごめんなさい。もう、蜘蛛の巣とは言いません。せっかく教えてもらったので、記念にその麻の葉の着物を一枚買っていこうかしら。」

杉三の言葉に彼女はそういった。

「はい、麻の葉と言いますと、とりあえず三枚ございますよ。えーと、これと、これと、これですね。」

聰は鈴花と二人で着物を三枚出した。一枚は、赤色に白で麻の葉が描かれたもの。もう一枚は、青でボタンの花と一緒に麻の葉が入ったもの。そして最後は緑で、桜の花と一緒に麻の葉が入ったものである。袖の長さはいずれも規格品とされている長さを大幅に越している。

「どれも豪華で華やかですね。袖も振袖をちょっと短くしたような感じだし、式典なんかにも使えそうね。」

「式典?」

聰が思わずそう聞くと、

「はい。私、近くにある幼稚園で教諭をしていますが、卒園式の服装として、着物で出る先生がいたから、私もほしくなって買いに来たんです。」

彼女は何にも迷わずにそういった。これを聞いて水穂は、吐き気がするというよりそれを通り越して卒倒しそうになったが、ここでやったらイベントがぶち壊しになるとぐっとこらえた。

「水穂さん、少し座ってたら?」

杉三が平気な顔をしてそういうのが救いだ。鈴花もこれを察して、すぐに椅子を持ってきて座らせてやった。それこそ顔面蒼白で、まさしく苦しそうだ。鈴花も聰も心配でたまらないという顔をした。そんな中杉三だけがいつもと同じ、平気な顔をしたままで、

「大丈夫だ、ごまかして辞めさせるから、任せておけ。」

と、客の女性に聞こえないように水穂に耳打ちし、えへんとひとつ咳払いをして、女性に向けてこう語り始めた。

「まあ姉ちゃんよ、聞いてくれ。確かにかわいらしくてよいものを選んだとは思うよ。それに、麻の葉だって、子供にまつわる職業の人間であれば、間違いはないだろう。しかしな、着物というものは、日本全国いろんなところから作られたブランドというものがあって、いつどこで何をどのようにどうしたかで、着物を使い分けなきゃいけないわけ。かいつまんで言うと、一番高級品で礼装として使うのは羽二重だよ。ところが、ここに売っているのはすべて羽二重ではなく、銘仙というものでね。それは、式典に使うものとして作られてはいないのさ。確かに、こんな派手なのに何で使えないんだ?と疑問を持つことは疑いないが。」

「そうですね。私から見たら、ほかの着物なんてみんなくらい色で、細かい柄が全体的に入っていて、四角い箱のようなものを背負って着る、なんだかつまらないものにしか見えません。」

彼女は多くの若い女性が持っている着物のイメージを語った。まあ、着物を着ているのはほとんどが高齢者であるので、高齢者となれば、そういう着方をしてしまうから、自動的に着物というものはそういうものであると見えてしまうのだろう。

「へへん。まあ、身近で見るとそうだよな。まあでも、そればっかりが着物じゃないよ。姉ちゃんが今あげたのは、おばあさんになってからするものであって、若い人もそうしなければならないかというと、そういうことはない。いいか、昔だって、若い人はたくさんいたんだし、女性を美しく見せるということはいつの時代も行われていたぞ。試しにな、呉服屋さんに行ってみてごらん?若い人向きの羽二重がいっぱい売ってるから。きっと、こんな派手なものがあるのかい!ってびっくりするくらい派手な奴もたくさんあるよ。それに、若い人は、ランドセルみたいな帯結びを、必ずしなければならないということはまずないから。あれだけが、帯結びのすべてではないぞ。呉服屋に行ったら店主さんに聞いてみろ。文庫結びとか立矢結びといった、かわいらしい結び方をたくさん教えてくれるだろう。着物の柄だって、若い人向きであれば、古臭い伝統柄だけではなく、今風の大きな花なんかをでっかく入れたやつもたくさんあらあ。それに、そういうものがほしいっていえば、呉服屋さんは大喜びで出してくれると思う。着物ってのは、今はどんどん地味になっていて、派手になればなるほど、売れなくなる傾向があるからな。思いっきり派手にしたいといってみな、きっとめためたにかわいがってくれるよ。保証してやるさ。」

「本当にそうなんですか?呉服屋さんというと、威圧的でなんだか気取ってて、そういう人ばっかりが接客をしているような店のような気がするのですが、、、。」

「いや、それは大丈夫だ。ちゃんと着用目的を言えばわかってくれるから。もし、横柄な態度をとるのなら、客に対してなんだよ!って、怒鳴ってもいいんだぜ。呉服屋さんだって商売なんだし、客のおかげで商売ができるってことくらいわかっているさ。それに、本当に着物を愛している呉服屋さんであれば、無謀な接客はしないから。意外に気さくだし、相談にも乗ってくれるよ。頑張って、礼装の羽二重、しっかりそろえな。それに、あんまりルール違反をすると、保護者の方から、何だこの先生はと、反感を持たれる可能性もあるから、そういうことも考えて、式典に使うなら、やっぱり羽二重をしっかり着るほうがいいぞ。」

「はい、ありがとうございます。それなら、ここにある着物たちはいつ使ったらいいのでしょう?かわいらしいのにもったいないです。」

「いつも着ている洋服で、ちょっとおしゃれをしたいかなって時に着ればいいんだよ。例えば、姉ちゃんくらいの年で一番盛り上がるのは、彼氏さんとのデートでしょ。そういうときに使ってしまえばいいんだ。彼氏さんに見せてみな、びっくりすることは言うことなし。君に対する好感度も上がるぞ。」

「え、本当?そういうときに着て行っていいのでしょうか?私、着物というと、結婚式みたいな式典とか、お正月とか、あるいは茶道みたいな特別な習い事をしている人が着るしかできないのかなと思ってました。」

「あーれれ、いつの間にそうなってしまったんだろうね。昔の女の子は、式典だけじゃなかったぞ。それ以外の時は裸んぼでいたのか?よく考えろ、そうじゃないだろ。そういうときのための着物というのも、存在していたんだよ。だから、この店では式典以外の時に着るやつを売っているんだ。洋服だってそうじゃないか。式典から普段着までしまむらの洋服で済ますことはできるか?」

「そういえばそうですね。確かに、かわいらしいので、また違う印象が持てそうです。着物って、式典だけじゃないんですね。じゃあ、おもしろそうだから、買ってみようかな。実を言うと、浴衣なら、よく夏祭りで着用していたので、いくつか持っているんです。」

「そうなのね。じゃあ帯も持っていることだろうね。幸い、式典用とはまた違うから、これは浴衣のと同じ帯で大丈夫だよ。もちろん式典用はそれではだめだから、呉服屋でしっかり説明してもらえ。」

「そうなんですか。それじゃあ、意外に便利なんですね。じゃあ一枚買ってみますよ。おじさん、私どれが似合いそうかしら?私、洋服では赤が好きなんですけど、ちょっと派手かしら?」

と言って、彼女は、赤い麻の葉柄の着物を手に取った。

「いや、洋服と着物で好きな色を変える必要は全くないよ。もちろん、着物にしかない色というものも存在するから、それを楽しむこともできるけどね。でも、無理やり嫌いな色を着なければならないかということはない。」

「そうなんですか!じゃあ、この赤を買っていきます!」

彼女は嬉しそうにそういった。

「じゃあ、お代を支払っていただけますかね。こちらへどうぞ。」

聰が、急いで引き出しから領収書と、着物を入れる紙袋を取り出す。

「ええ、おいくらですか?」

「はい、安ものなので、千円で結構です。」

「わかりました。」

彼女はカバンの中から財布を出して、千円札を手渡した。聰は合掌してから受け取り、領収書を書いた。

「ちょっとたたみますのでね、お渡しいただけますか?」

着物を受け取って、聰は丁寧にそれをたたんだ。そして、一度ビニール袋に入れてから、紙袋に入れた。

「はい、毎度ありです。かわいらしい着物ですから、注目されることは間違いないですよ。」

と、彼女に紙袋を手渡す。

「よし、これでいいだろ。じゃあ、これを機会に、着物の世界をちょっと覗いてみてくれると嬉しいなあ!」

「はい、わかりました。今のおじさんの話は、すごく面白かったです。これはこれで楽しみますし、式典用の着物も、買いそろえてみたいです。ありがとうございました!」

杉三が右手を差し出すと、彼女も笑顔でそれを握り返した。そして、もう一回丁寧に敬礼して、嬉しそうな顔をして入り口を出て行った。

「どうだ。うまくいっただろ。これにて一件落着だ!」

「すごいなあ、杉ちゃんは。営業に関しては天才だよ。俺が同じことホームページに掲載したら、一気に売り上げは落ちてしまったのに、どうして買わせられたのか不思議なくらい。」

確かに聰の感想が一番近かった。たぶん文献にもそういうことは書いてあるが、それを読むと着物なんてやっぱりいやだなという気持ちになってしまう、と鈴花も思う。

「へへん、やっぱり人間が伝えるのが一番わかってもらえるんだよ。ただパソコンの画面に書いてある文字を頼りにしても、頭には入らないんだよ!」

「そうだね。僕からしてみたら、その落語家みたいな面白い言い方が、功を奏したのだとお、、、。」

水穂は弱弱しく感想を言ったが、吐き気に邪魔されてそれどころではなかった。ほりゃ、またやる、と言いながら杉三がカバンから薬と水筒を出してくれなかったら、また会場が大惨事になりかねなかった。

鈴花といえば、また恩返しをする機会を逃してしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る