第六章

第六章

翌日、製鉄所では台風襲来に備えて、早くから対策が行われていた。不眠不休でたたら製鉄を行うのは危険すぎるとして、製鉄は中止された。そのときは、勉強をしているようにと言われていたが、誰も文句を言わないで勉強ができるのが一般的な学生とは違うところだった。女性利用者たちも、学校が休校になったり、会社が操業を停止したりして、お昼すぎには、全員帰ってきた。

「いいか、杉ちゃん。いくら製鉄所で泊めてくれるとしても、僕たちはよそ者なんだから、ちゃんと礼儀正しくして、粗相のないようにしろよ!わかった?」

移動するタクシーの中、蘭が一生懸命言い聞かせていたが、杉三は窓の外を眺めながら、口笛を吹いている。

「わかったなら返事をして!」

と言っても、口笛を吹いたままなので、たぶんわかっていないのだろう。これはもう、あきらめるしかないか。あーあ、もう、、、。これではまた何かしたら僕が責任を取ることになる。これでは、あらかじめ貧乏くじを引かされるのが予想できるよ。

「はい、到着ですよ。で、お帰りはいつになりますかね?今日は台風が来るもんですから、なるべく早く予約をしたほうが賢明だと思いますが?」

運転手が、製鉄所の正門前でタクシーを止めた。

「あ、いつになるかわかんないから、また連絡するよ。」

ここになってやっと返答する杉三。

「え?お帰りは今日ではないのですか?」

「今日帰ってくると決めつけるな。客に対して、いつ帰るのかを指定させるようではだめですよ。そうでなければサービス業とは言えませんねえ。」

「なんだ、お二方とも観光客ではないの?」

「ありません。てか、決めつけないでください。」

「はあ、そうですかあ、、、。」

ちょっとばかり驚いた顔をして、運転手はタクシーのドアを開けてまず杉三を降ろした。

「すみません。もうほんとに余計なことばっかり言って。僕たち、台風が心配なので、知人の家に泊めてもらおうと思ってきたんです。なので、帰るのは台風がひと段落したらになります。」

蘭が、運転手に降ろしてもらいながら、急いでそう訂正した。

「あそう。いいねえ。恵まれてて。普通なら、避難所なんかに行くのが通例だけどねえ、、、。」

小さい声でぼそっと運転手がつぶやくが、

「いや、だってそういうところに行けば、ほかの人から嫌な顔されるからさ。それだったら、初めっから知っている人のところに避難させてもらうほうがよっぽどいいや。」

でかい声で杉三がそういったため、運転手はよく聞きとったなと驚いてしまった。

「すみません。じゃあ、これで。」

蘭は、急いで運転手にお金を払い、

「具体的に何日と言えないですが、またお迎えを頼みますので、よろしくお願いします。正確な日付かわからなくてすみません。」

と、いった。

「いいんだよ。客なんだから、運転手に媚びるようなことは言わなくても!」

杉ちゃんはそういうことを言うが、僕らはそういうことをしないと、なかなか良い印象が与えられない種族なんだよ。この世の中は、どうしても健康な人に従わないといけないんだから、へりくだるような態度をとらなくちゃ。そういうことがしっかりしているということだ。わかるかい、杉ちゃん。なんて言っても、通じないよなあ、、、。

「すみません。態度が大きいですが、悪気はないので、気にしないでください。」

運転手に頭を下げながら、蘭はそういった。きっと、何だこの障碍者。俺たちは手伝ってやっているのだから、ありがたいと思え。なんて、思っていることだろう。

「はいはい。お兄さんも大変だねえ。自由奔放な弟さんをもって。一生、弟さんの世話に消えてしまうことないように、頑張んなさいよ。」

結局そういうまとめの言葉を言って、さっさとタクシーに乗り込み、帰ってしまう運転手。杉三がそのタクシーに向かって、僕は蘭の兄弟じゃないぞ、友達だからな!と言っているが、果たしてそれが耳に入ってくれたかどうかは非常に疑問だった。

ちょうどその時、正門がぎいと開いて、

「杉ちゃんよく来たな。」

と、声がした。

「もうみんな中に入っているから、早く入りなよ。そのうち風が強くなるみたい。」

「おい、大丈夫かお前!寝ていなくていいのかい?」

思わず聞いてしまう蘭だったが、

「蘭はうるさいねえ。」

「余分なことばっかり言って。雨戸を閉めてただけなのにね。」

顔を見合わせて、杉三も水穂も笑ったため、また貧乏くじかとがっかりした蘭だった。とりあえず、蘭たちは製鉄所の中に入る。中にはいると、すでに製鉄作業は取りやめになっており、ふいごを動かす声は聞こえてこなかった。

懍は、杉三と蘭でそれぞれ別々の部屋を使ってよいと言ったが、蘭は、二人で一つ使用でよいと断った。その理由は、水穂もなんとなくわかって、ちょっと後ろめたいきがした。

杉三たちが製鉄所に入って数分後、雨が降りだしてきて、いよいよ台風が近づいてきたことがわかった。流石に蘭も心配になったが、杉三はどこ吹く風。食堂でくつろいでいる恵子さんや利用者たちと馬鹿話をしてすごした。

しばらくすると、晩御飯の準備を開始する時刻になった。杉三は、恵子さんにカレーを作らせてくれといって、料理を始めてしまった。料理は材料がなければできないが、杉三は、ルーさえあればよいと言った。中身なんて冷蔵庫にあるものをぶちこんでしまえばいいという。さいわい、ルーがまだたくさん残っていたので、カレー作りは急ピッチで進められた。料理にはわりと関心がうすい女性の利用者たちも、杉三の見事な手さばきには、驚嘆の声をあげた。

隠し味として、ある利用者からもらった板チョコを加えてカレーは完成した。そのまま食事の時間になり、蘭と懍もふくめて、夕食が開始された。蘭は、利用者がかなり減ったことに気がついたが、その分問題が深刻化している利用者が多いため、苦労は変わらない、と、懍は苦笑いしていた。利用者たちといえば、杉三が作ったホテル並みに高級なカレーに驚きの声をあげるしかしなかった。その間にも、台風は益々近づいてきたようで、窓は銃弾のような雨の音が打ち付け、けたたましい風で絶えずガタガタと鳴り続けた。時に、怖がって泣いた利用者も出たが、懍は厳しく静止したし、まわりにほかの利用者がいたので、すぐに泣き止む事ができた。

水穂と鈴花だけがその一同に加われなかった。水穂はカレーの具材である肉にあたる可能性があるといって、断っていたが、鈴花は単にルーが辛すぎるからという理由だった。数日前に、恵子さんが、カレーを作ったときに用いたルーが、かなり辛い部類にはいるため、鈴花は食することができなかったのだ。今日も、引き続き同じルーを使うだろうと鈴花は予想したため、カレーを食べないことにした。そういうとき、鈴花は、自室で漬け物とご飯を食べるようにしていた。懍は、特権意識を持たせないためと称して、そのような場合、食堂で食べることを許さなかった。

「先生、鈴花ちゃん大丈夫かしらねえ。まあ、水穂ちゃんはなんとかなるでしょうけど、なんだか心配でしょうがないわ。」

恵子さんが、懍にそういった。確かに食事が終了しても女性の利用者たちは、食堂を離れようとはせず、その場で勉強をしたり、おしゃべりを続けたりしている。頑強な男性利用者のなかには自室へ戻る者もみられたが、彼らも単独では戻らず、二人以上で行動していた。このような災害のなか、一人でいると怖いから、誰か仲間と一緒に居たいという気持ちが自然に湧いてくるのだろう。懍もその原理は認めていて無理矢理一人にさせようとはしなかった。ただ、鈴花が部屋のなかで一人でいると、差別されているようで、かわいそうだと恵子さんは思ったのだ。

「そうですね。幸い、南京錠をかけてはいないので、出入りはできますから、怖い思いをしたらこっちへ来ることはできるでしょう。歩けないわけではないのですから。そうしたら、相手になればよいだけのことです。」

「教授、鈴花さんとは、誰のことですか?」

隣にいた蘭がそう言った。

「はい、先日からここを利用している女性ですよ。正式名は、茂木鈴花。先日経営破綻した、松田高校の元生徒さんです。かなり重度の発達障害をもっているようです。」

「は、発達障害、、、。つまり、アスペルガーとかでしょうか?」

懍の説明に蘭はきいた。同時に利用者たちと楽しそうに馬鹿話をしている杉三の方をみてしまう。杉ちゃんと同じような人が製鉄所にきたのかな?

「いや、どうなのかわかりません。というより発達障害は、想定外が多いので、細かく分類することは、専門医でなければ難しいでしょう。素人の僕たちが、推理しても当てになりませんよ。ただ、唯一わかることは、彼女は感情を言語的に表現するのが、相当困難なのだとおもいます。しかし、それではいけません。何かしらの形で表現できるようにならなければ。杉三さんのように、料理や和裁など、人並み外れた能力をもっているのなら、ある程度それが助けてくれることもありますけれども、大概の人は、そのようなものは持ち歩いてはいませんから。できることなら、一般的な高校より、言語的な訓練をさせる方が望ましいとおもいますね。まあ、このようなことを言っても、いまの日本の教育では、とても実現できないのですが。」

「そうですね、ドイツに行けばシュタイナー学校にいくとか、選択肢はあるんですけどね。日本は型から外れた教育を嫌いますからね。あの松田高校が、廃校になったのは、そういう偏見が強すぎるからというのもあると思うし。」

蘭はとりあえず、そういってみた。事実、ドイツに比べると日本は発達障害の対策は遅れている。

「まさしくそうです。極論からいえば、ヘレン・ケラーのような、学校へは一切行かず、一人の教諭に仕付けてもらう方がよほど成長ははやいのではないか、と思われる子供も少なくありません。日本では世論が許さないでしょうけどね。しかし、子供や若者に、自殺をするのが究極の解決法であるという、間違った解答を持たせることだけは絶対にしてはなりません。本来、これは人間であればあり得なかった思想です。また、親の方も、子供を殺そうなんて言う、誤った思想は、本来なかったと思いますね。それは、原住民をみればわかりますよ。彼らは、何かしらの役割を子供に与えるようにしますから。そのためには、人間を殺せるような武器を持っていないことが必要十分条件になりますけど。」

「そうねえ、確かにあたしたちは、原住民から勉強させてもらうことが多いもんなあ。なんか、進化しすぎて、いまは逆に退化していったほうが、よいのではないかしら。ヨーロッパでは、建物の大きさを小さくするとか、そういう規制があって、自然破壊をこれ以上させないようにしているらしいし。」

「僕もそう思いますね。電車に乗るときだって、都会の通勤電車より、秘境駅をはしっている電車にのるほうが、よほど心が健康的になるそうですよ。」

懍の話に、恵子さんも蘭も同意した。

「ええ、まさしく。逆に僕たちは、文明を進化させ過ぎて、豊かになりすぎた結果、あまりにも平穏すぎる暮らしを過剰に望み、かえって弱体化したようなきがします。その被害者こそ、鈴花さんのような人でしょう。もし、彼女が原住民社会で生きていれば、彼女自身の居場所を求めることもできるでしょうし、作ることもできると思いますよ。周りも、彼女を、障害者としてしまうのではなく、ちょっとへんな人程度しか気にしないと思いますから。知識は、かえってないほうがよいのではないかと思われるものの方が、多いのではないですか。」

「そうねえ、医学の進歩って一見するとよさそうだけど、案外そうじゃないかもね。鈴花ちゃんだけじゃないわ、水穂ちゃんも。」

蘭は、その言葉には同調できなかったが、確かに懍が言った、原住民の態度には、見習うべきところがあるなあと思った。

一方。鈴花本人は、一人で漬物とごはんを食べることはしたものの、その間に雨も風もどんどん大きく強くなっていくばかりで、まるで爆弾の雨というのがふさわしい降り方になった。懍たちが、この程度なら大丈夫といったとしても、鈴花にとっては、綱渡りを強いられているような恐怖の連続であり、とても、おしゃべりをしてしのぐということはできなかった。誰も助けてくれるとかそういうことはしてくれないからやめろ、なんてよく家族に説教されたけど、怖いという感情に支配されてしまって泣かずにはいられないというのが正直な答えである。見返りとか甘えとか関係ない。ただ怖いというだけのことなのだ。なんでそうなるのか、説明なんてできるはずもなく、ぎゃあーっと声を上げて泣きだしてしまった。

まあ、確かに声を上げても誰も人は来ない。そんなことはどうでもいい。とにかく怖い!というだけのこと。それだけのこと。自宅では、そうなった場合、責任として、罰金を科されることになっていた。というか、落ち着かなければいくら払おうかなんて考えられないのだが。

すると、誰かの手が自分の肩にのっかった。あ、お金を取りにきたのかな、と一瞬思ったが、それにしては優しすぎた。

急いで後ろを振り向くと、そこにいたのは水穂さんだ。心配そうな顔をして、正座で座っていた。

「あ、ごめんなさい!騒いでしまって!」

これまでにないでかい声でそう叫んでしまったが、そのことについては特に言及はせず、

「心配になって見に来ただけです。」

とだけ言った。水穂にしてみたら、彼女が原因で内紛が勃発するのを避けたかったからである。

でも、こういう態度をとった人物はほかに例はない。大体この「症状」を起こすと、いい加減にしろ、この年にもなって、子供みたいに叫ぶな!と怒鳴られるか、どうか暴れないで頂戴と懇願されるしかない。いずれにしろ、どちらの態度をとられても暴れることは確実で、彼女自身も抑えることができないコンプレックスとして、二度と社会に出られないと思い込んでいた要因の一つでもある。

「大丈夫?」

たったそれだけだった。でも、暴れたいとか壊したいとかそういう気もちは一瞬で消し飛んでいった。

「ご、ごめんなさい!」

思わず彼に向って手をついた。

「まあ、この辺りは、高台なので、あまり爆風にはならないんですけどね。少なくとも大雨警報は出てますが、思ったほどではなさそうです。特別警報がでる可能性も低いみたいですよ。」

「じゃあ、ど、どういうことですか?」

「ええ、岐阜ではなく、もっと西のほうにずれたとかテレビで言ってました。台風の規模が大きいので、強風範囲が広いだけのことです。」

こうして静かに言ってくれたほうが、かえって頭に入ってくるものだった。怒鳴るような言い方をされれば余計にパニックになるだけだし、力で抑えられれば、自分はそれだけ能力のない人間だと突きつけられるだけで、より自信を無くし、引きこもりを助長する。そのどちらでもないのだ。

「しばらく、こっちにいてもいいですかね。一人で部屋にいても、雨がうるさすぎて、横になっても寝れないだけですから。」

「はい!」

それだけしか言えなかったけど、水穂は何も批判はしなかった。本当なら、お金を出さなければならないくらいお礼をする必要があるのだろうが、それも言わなかった。

その間にも、雨や風は激しく打ち付けるが、鈴花はだんだんに怖いとは思わなくなった。黙ったままでもよかったから、こうしていてくれるだけで、恐怖は格段に減る。でも、そうなるためには、相手が嫌な顔をしないこと、わざと一緒にいてくれてやるんだからありがたく思えという態度を示さないことが必要であるが、水穂はどちらも満たしてくれたと思う。ただ、そこに座っているだけで、表情も何も変えないのである。

「それにしてもすごい雨で、幸い、大型河川が近くにないことから、決壊の恐れがないので、安全なのかな。」

ふいにそんなことをつぶやいてくれた。

「あ、はい。た、たぶん岐阜とかそういうところはもっとすごいことになっているのでしょうか。」

「そうですね。僕も一回すごい台風を経験したことあるけれど、政府の手が届かなくて、すべて自分たちで避難する必要があり、自己流で災害持ち出し袋を縫って、昔からある非常食とか作ったりしました。結構、江戸時代からあった干し魚なんかが重宝したりして。幸いそれを分け合って餓死者が出なかったということもありましたね。まあ僕は食せませんでしたけど。」

「じゃあ、沖縄の離島とかそういうところにいたんですか?」

と、鈴花は聞いてみた。もしかしたら、日本人離れした顔しているから、そういうことなのかもしれない。水穂も、彼女に同和問題を語り聞かせるのは難しいと思ったので、

「近いかもしれないですね。」

とだけ答えることにしておいた。

「へえ、すごいですね。沖縄って、すごく複雑な歴史をたどってきたと思うんですけど、やっぱり素敵なところだなと思うから、私、行ってみたいと思っていたんです。もちろん、日本の歴史の中で沖縄戦とかあって、本当につらかったこともあると思うんですけど。でもそういう激戦地になったせいか、みんななんだかあったかくて、表情が豊かっていうか、目の色が深くて。それに、不条理にも耐えてきてるから、我慢をする力っていうのもあるような気がするんですね。今だって、普天間基地がどうのこうのでもめているけど、それはきっとこれからも、耐え続けなければならないんだろうなって思うし。せっかく解放しようとしてくれた知事さんも先日お亡くなりになってしまいましたよね。新しく誰がなるのか。しっかりやってもらいたいものですけど。」

彼女は実に早口でそう語りだした。何回か訂正しようかなと思ったが、訂正をしようと思うにも、ちょっと失礼とか、そういうことを切り出せる「間」が全くない。どこかで訂正を入れようにも、これでは話がおわるまで、待つしかない。

「そういえば、私、一度だけ、オスプレイが飛んできたのをみました。ものすごいけたたましい音がして、耳が痛くなるほどでした。それを毎日毎日聞かされるのでは、たまったものではないですよね。」

そうですね、と相槌を打とうと思ったその瞬間、声を出す代わりに出たものは吐き気で、咳と一緒に、魚のにおいとよく似た、生臭い赤いものが飛び出してしまった。

「ご、ごめんなさい!しゃべりすぎてしまって、、、。」

というより、鈴花は、先に水を持ってこなければだめだと思った。と言っても、今回、自分の部屋にペットボトルは置かれていない。これは、食堂から持ってこなければならない。しかし、どうやって頼めばいいのかその文句が全く思いつかないのだった。かといって、パニックしても意味はないなと分かった。とにかく、いかなきゃと思って、鈴花はちょっと待ってくださいと言って、部屋を飛び出していった。

食堂では、杉三たちが馬鹿話の続きをやっていたが、鈴花がロケットみたいに突っ込んできたから、皆驚いて、一瞬動作を止めた。

「どうしたんですか?」

懍が皆を代表してそう聞く。鈴花はもうとにかくこうするしかないのだ!と覚悟を決めて、

「水!」

とだけ言うことができた。それ以外の単語なんて全く思いつかなかったが、何が起こったのか直観的に杉三が理解してくれたらしい。

「なるほど、またやったのね。」

杉三がそういうと、蘭がさっと表情を変え、

「おい、大丈夫か!」

と、叫ぶが、懍に静かにしろと一喝されてしまった。

恵子さんが、急いで立ち上がり、グラスに水を入れて、彼女に手渡す。鈴花は、弾丸のようにそれをもって飛び出していった。杉三も当然のようにそれについていくのだった。まて、杉ちゃん、と蘭が止めようとしたが、懍に、やってはいけないと厳しくいわれた。

「あたしも見てきますよ、先生。」

「お願いしますね。」

恵子さんもそういって、食堂を出ていく。利用者たちもざわざわと騒ぎ立てるが、同時に富士市のマイク放送がなったため、すぐにだまった。

でも、放送は、滑舌が悪くて、本当に聞き取れなかった。

「あ、大丈夫ですね。この地区は、避難区域には入っていないようなので、たぶんさほど被害は甚大ではないのでしょう。」

懍がそういってくれたため、利用者たちは安堵する。その耳聡さには、利用者たちも驚いていた。

「ちょっと、恵子さんたちにも伝えてきます。すぐに戻りますので、同伴はしなくても結構ですから。」

そういって食堂を出ていく懍であったが、蘭はなんだか自分はいらない存在になってしまったのかなと思ってしまうのだった。

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