第4話
「ええ?」
この上なく呆れたような声で、イェズラムは問い返していた。どうしてそんな事になったのかというような調子で。
「それが……その。こじれたようで。玉座の
「馬鹿。誰だ!」
怒ったのか、焦ったのか、イェズラムは急に不機嫌だった。
それは、話す
「はぁ……それが。先頃、そちら様は私どもを馬鹿にしておいでのようで。そのような方々とはお付き合いできませんと、エル・ファランジールが、ずいぶん着飾ってお越しで……」
エル・ファランジールは、怖い綺麗なおばちゃんだった。おばちゃんと言うと怒られる。イェズラムが苦手としている、女英雄の一人で、女英雄と言っても怒られる。男だが、ただ乳がある。しかも、ずいぶんでかい。ただそれだけだ。
一応は、身内のはずだった。
ただ、乳のある英雄たちは、敵とも味方ともつかぬのが常だった。女心はあてにならぬものだと、イェズラムは言っていた。もちろんそれは一般論で、向こうは乳のある男だが、乳のある男でも、良く似たことが言えるらしい。
「どういうことだ」
「二股をかけていたようで」
問うイェズラムに、口元に添えた手の平の陰から、エル・シャリマーは言いにくそうに、苦渋の顔で囁いていた。
「馬鹿……なぜばれたんだ」
イェズラムも苦い顔だった。しかしやっぱりイェズはずれているような気がする。
「誰だ!」
叱責するような声で問いただされて、エル・シャリマーは
「あいつか……まったく。誰かあの色男の玉を抜いて、女部屋に持っていけ。自重しろと言っておいたろ。政敵に利用されるような、弱みは作るな。俺をエレンディラに叩頭させる気か」
エル・エレンディラは、怖い綺麗なおばちゃん、その二だった。しかもこちらは真打ちだ。イェズラムが、乳のない英雄たちに君臨しているように、エレンディラは乳のある英雄たちに君臨している。もしかすると、イェズラムにも君臨しているのかもしれなかった。なんだかそんな気配が、時たまふっと匂った。
イェズラムはいつも、相手がたとえ子供でも、特別に親しくない相手ならば、名前に
たぶん実は親しいのだろう。
どうしてエルってつけないのと訊くと、
どうもそれは事実のようだった。歴史博士の
イェズラムが選ばれて、エル・エレンディラは敗退した。彼女も、長老会の絨毯を踏んで育った一人で、そして、イェズラムと最後まで射手の座を争った、女英雄だった。射手の座こそは逃したものの、今でも好敵手ではあるらしい。女嫌いで、乳のあるのが苦手なイェズラムだが、エル・エレンディラにだけは、一目置いている。女がらみで、困ったことがあると、いつも内々に、エレンディラに相談している。
その時、イェズラムは、誰もつれていかない。普段なら、どんな込み入った話でも、ギリスを同席させるのを嫌がらないイェズラムなのに、相手がエル・エレンディラだと、お前も遠慮してくれという。何か、聞かれてはまずい話をするからに、違いない。
「エル・ファランジールは、
極めて申し訳ないという、打ちひしがれた面持ちで、伝令にやってきたエル・シャリマーは話していた。それにイェズは、くっと呻いていた。
「何を説明するんだ、俺が。なんの責任だ。俺が二股かけたわけじゃないだろう」
イェズラムは片手で頭を抱えていた。よっぽど嫌なのだろう。エル・ファランジールや、エル・エレンディラに会うのが。
みんな、どことなく辛そうだった。まるでこれから
実際そうかもしれなかった。
女部屋と事を構えると、イェズラムは大抵、部屋で打ちひしがれていた。石に苦しめられている時のほうが、よっぽど涼しい顔をして見えた。良く分からないが、
「イェズ……俺、いっしょに行ってあげようか?」
しかし何も答えずに、しばらくもくもくと煙を噴かしていた。
「お前が女部屋を説得するのか」
「納得のいく説明をすればいいんだろ。どうして二股かけたのか」
ギリスが真面目に言うと、
「やりたかったからじゃないの……?」
ごほっと
それでもイェズラムは、まだ苦虫を噛み潰したような顔でいた。
「それを言うのか。エル・ファランジールに? 勇気があるなあ、お前は。俺にはとても無理だ」
「平気だよ、俺が話すし。イェズは黙ってればいいよ。いやなんだろ、女部屋へ行くのが。心配しないで。俺がうまく、なんとかするからさ」
だってイェズの役に立ちたいんだよ。
その一心で申し出ると、イェズラムもげほげほ言っていた。煙に
「いや。いい。俺が行く。生憎それも、俺の仕事なんだ。これでも派閥の、
ほとほと情けないように、イェズラムはそう言った。
「ただ問題は、その不始末が、なぜ明るみに出たのかということだ。残念ながら、玉座の
「俺に話を振らないでください、
エル・シャリマーは、やめてくれと、差し向けられた話を振り払うように、手をぶんぶん振っていた。
「しかしだな、投票の行われるこの時期だけは、身を慎めと言っておいたはずだ。何故なのか考えて動け。相手は女だ。……いや、違う。女のようなものだ。もっとひどい。ただの女ならまだしも、あいつらは投票権を持っている。お前らと同じ、部族の英雄で、投票によって行われる裁決のとき、お前らと同等の力を持っているんだ」
いらいらするのか、イェズラムは煙をふかしていた。もくもくした白煙がたなびき、痛恨の表情の
「増してだ……お前らは戦場にいるとき、あいつらに、いい格好してみせているだろう。死亡率が高い。これは内々の数字だが、
エル・ファランジールは、男のはずだが、随分と色っぽいおばちゃんなのだ。時たま女装して、イェズラムにも迫ったことがあるらしい。しかし、エル・ファランジールはイェズラムの好みではなかった。それで結局、何事もなかったわけだが、振られたことに業を煮やしたらしい女英雄は、晩餐の玉座の
エル・イェズラムはきっと、あちらのほうが役に立たない方なのですわ。それとも女に興味のない方なのかしら。案外そうかもしれませんわね。浮いた噂のひとかけらも、耳にしたことございませんもの。
それを、エル・ファランジールが、わざわざ皆にも聞こえるように、おっほっほと哄笑して話す横で、エル・エレンディラは黙々と、
しかし女というやつは、どんなに親しい間柄でも、お互いに秘密を持っているものらしい。
エル・エレンディラは、その場ではなにも言わなかったが、やがてその噂は、彼女の派閥の娘たちの囁く別の噂によって、あっさりと鎮火された。
それは、あくまで秘密らしいが。もう皆よく知っている。
イェズラムはエレンディラとできているのだ。これといって、玉座の
イェズラムは、皆には怖いと思われているようだが、別にそんなことはない。厳しいところもあるけど、俺には優しい
いらいらするらしい
「だが苦手だろうが何だろうがな、この際、肝心なのは票だ。エル・ファランジールの派閥の票を含めておかねばまずい。全く、些細なところだがな、勝負事というのは、勝たねば意味がないんだ」
ぼやく
皆がイェズラムに従うのは、
「大方、妨害工作だろう。俺が嫌いな誰かが、エル・ファランジールに強請りのねたを垂れ込んだんだ。しょうがない。これから頭のひとつも下げに行くから、シャリマー、お前もういっぺん女部屋まで先触れに走れ」
「はい……」
すみませんという顔で、エル・シャリマーは一礼し、言われたとおり、走り去った。ほんとに走っていくつもりのようだった。
廊下は走っちゃいけないんだぜ。
ギリスはそう思って、悶々としたが、イェズラムにそれを訊くのは、我慢していた。皆も大勢見ていたし、
「もう行く。お前らは、派閥の
苦い顔でぶつくさ言って、
彼女の
「お前もどこかに行っていろ、ギリス」
「どうして。エル・ファランジールに会いに行くんだろう。エル・エレンディラじゃないよ」
エレンディラなら遠慮するけどと、そういうつもりで気をきかせたのだったが、イェズラムはその話に、腹でも痛いような顔をした。
「大人の話だ。お前が行く必要はない」
「でも俺、イェズラムに、話があるんだよ。行く道でいいから、ちょっとだけ俺と話してよ」
じっと見上げて頼むと、イェズラムは返事をしなかったが、やれやれというふうにため息をこぼし、仕方ないなという顔をした。
そうして、そのまま歩き出した
イェズラムが宮廷を歩くと、出会う
一緒に付いて歩くと、自分まで偉くなったような気がして、ギリスは面白かった。
いつも、ふぬけた白痴と自分を馬鹿にしてきた宮廷の連中や、居ても居ないみたいに無視していた奴らが、ただイェズラムと一緒にいるだけで、まるで自分にも頭を下げているみたいに見えた。
そんなふうになればいいなと、願ったことはなかったはずだが、いざそれを目の前にすると、ギリスの心は熱く疼いた。いつかイェズラムのような大英雄になって、自分もこんなふうに、畏れ敬われる日もあるだろうか。イェズのようには、なれないだろうけど、それにも次ぐような、立派な英雄に。
どうすれば、そんなふうになれるのか、今はまだ見当も付かなかったが、それは野心というより、熱い憧憬だった。いつか墓所で自分を待つ
「あのね、イェズラム……」
何をどこから話せばいいやらと、ギリスは考えたが、考えてもうまい案が、思いつかなかった。
意気込んで話しだしたギリスを、歩きながらちらりと横目に、イェズラムが見下ろしてきた。
「はじめさ、赤だったんだ」
「なんの話だ」
石に食われて、片方だけになった目で、
「飴だよ。今朝、イェズラムがくれた飴だよ。はじめ赤だったんだ。それから、橙色になって、それは、
「なんの話だ、ギリス」
聞きながら、
うまく話せていないらしいことに気がついて、ギリスはじわりと、焦ってきた。
「飴の話なんだけど……」
握ったままだった、
「飴がどうなったんだ。全部食べたのか。最後まで?」
大人の早足に、ギリスがついてこられないことに気付いたのか、イェズラムはきゅうに、ゆっくりとした足取りになった。それに倣うように、ゆったりした話しぶりで訊く声は、長老会の
「食べてない。噛んじゃった」
正直に話すと、腹の奥底のあたりが、ぎゅっと縮むような気がした。イェズラムが、怒るのではないかと。
しかし
「なんだ。そうか」
「でも、わざとじゃないんだよ。俺が飴を食っていたら、さっきのあいつが、殴ってきやがって、その時、飴が口ん中にあるじゃんか。それで俺、噛んじゃったんだよ……」
「そうか。それは事故だな」
いまだに含み笑いしつつ、
甘い味がした。苺のような。
真っ赤な色をした、素朴な作りの飴玉だった。
渡された棒のところを、帯を掴んでいないほうの手で、しっかりと掴んで、ギリスは慎重に舌を絡めた。また七層の違う食味が、次々と現れるだろう。
「喧嘩をするな、ギリス。皆、お前の仲間か、部下になる連中だ。難しい時もあるかもしれないが、皆とうまくやっていけるように、頑張ってみろ」
「うん、俺、頑張るよ」
深く考えもせず、ギリスは即答で、頷いていた。
「ごめんね。俺、朝もらったほうの飴、さっきのところに落としてきちゃったよ。食い物を、粗末にするなって、イェズはいっつも言ってるのにさ。それはちゃんと、憶えてるんだよ。でも落としちゃった」
「それはもういい。次は気をつければいい」
苦笑いして、イェズラムは許した。なぜ笑われているのか、よく分からず、ギリスは不安になった。
手を繋いで歩いたら、だめなのか。もう、ちびすけじゃないから、だめなのか。
人はどうして、大人にならなきゃいけないのだろう。ぼんやり食って寝て、たまに遊んで、長老会の
他にも沢山の候補者がいて、今日、殴り合った相手のような、優秀な奴らがいくらでもいたが、それと競い合わせている間にも、
お前は将来、新星の射手になるのだから、それにふさわしい、歴史に名を遺すに値する英雄に、ならねばならぬと、そんな話を
それは苦痛のための気の迷いで、つい口を突く話ではないかと思えるが、それこそが
手ずから育てたエル・ギリスに、自分と同じ新星の射手の座を、継がせたいと。
それは、石に冒された
お前ならできると、イェズラムが言うと、できるような気がした。困難な、暴れ馬を乗りこなすことも、難しい、数学の問いに解を見出すのも、次代を照らすための新しい星を、闇夜に放つことも。今まで課されてきた期待に、全て応えたように、それにも応えられる。皆が認める大英雄イェズラムと並び立つような、偉大な者になって、
「エル・ファランジールを、何て言って説得するの」
連れ立って歩きつつ、ギリスは訊ねてみた。
すると
「さあなあ。奴の顔を見てから決めるよ。何を今さらごねているのやら」
「エル・ファランジールは、イェズが好きなんじゃないの。だから困らせたいんだよ」
「そうだろうかなあ。好きなら困らせないでもらいたいもんだよ。奴が俺を好きでも、俺は困るんだしなあ」
いかにも苦手という顔で、イェズラムは、エル・ファランジールの顔を思い出しているようだった。
件の女英雄は、確かに化粧も濃いし、女みたいな服を着てるし、頭もあんまり良くないと評判だ。それでも抜群の風刃術を使うので、疾風のファランジールとか詩人に讃えられて、
それでもイェズは、お堅いエル・エレンディラが好きなんだから、しょうがない。
いくらファランジールが、イェズラムってどんなのかしらと思っても、しょうがないのだ。普通はね。
「秘密でさ、ちょっとだけ、いいことしてあげたらいいんじゃないの。そしたら、エル・ファランジールも、納得するんじゃないかなあ」
一生懸命考えて、ギリスはそう提案した。飴を舐めながら。
「いいことってなんだよ」
「なにか気持ちのいいこと」
にっこりして話すと、
「なにか気持ちのいいこと?」
呆れたように問い返してくる
「分かって言ってるのか、ギリス。お前なあ……子供のくせに」
「俺、子供じゃないよ」
にこにこして、ギリスは
「元服式を済ませたぐらいで、大人になれるわけじゃない。肌色が変わってもな、頭の中身はその前と、大差ないんだからな?」
「でももう子供じゃないって言われたよ。上手だって」
少しむっとして、ギリスは自信なく答えた。
それを、しょうがない奴だと笑って見ていた
「……誰に言われた」
そう訊ねた時の
「エル・ファランジールだよ」
身を固くして、ギリスは答えた。
「何をされたんだ。言ってみろ……小さい声で言ってみろ、すごく小さい声でだぞ」
まるで何と言うか知っているみたいに、
「言っちゃだめなんだよ、それは。ふたりだけの秘密だからさ」
「馬鹿っ」
ギリスに言ったのか、
自分に言われたのかと、ギリスはぽかんとした。
ぽかんと何も考えられなかったが、それなのに、悔やむ顔の
何か言わないといけないのかと思えたが、なにも言葉が出てこなかった。まるで舌が、悪い病気にでもかかって、痺れちゃったみたいに、口の中で重く腫れた、塊になっている。
「あのな……ギリス……。そういうことは、大人になってからするんだ。好きな相手とな」
「俺もう大人だよ。それにファランジールは好きだよ」
「違う」
きっぱりと断じて、イェズラムは険しい顔だった。そして、深いため息をつき、煙の残り香のある呼気を、ギリスに嗅がせた。
イェズラムが手を挙げたので、殴られるのかと一瞬思ったが、そういうわけではなかった。片手でも、ギリスの顔を覆い隠せるような大きな
ほんのり温かい感触から始まって、やがて熱い力のようなものが、手の触れた頬の上に感じられた。たぶん治癒術だろう。ひどい顔だと思って、
それでもたまに、痛みに気付かないギリスが、ひどい怪我をして戻ると、自分の治癒術で治してくれた。それは過酷な課題を与えすぎたことへの罪滅ぼしのように見えたが、それでもギリスは満足した。尽きかける命を惜しまない施療が、怖ろしくはあったが、それでも満足だった。
「お前には、分からないのかな。まだ。愛とか恋とか、そういうものはな。俺にも良くは、分からないからな」
自嘲するように言って、イェズラムは施療を終えた。そして、また、元通りになったギリスの顔を、しげしげと見下ろしてきた。
「子供みたいな
懐かしげに言って、イェズラムはギリスが銜えたままだった、飴の竹軸を、ぴんと弾いた。
それに促され、ふと気がつくと、飴はもう、
「イェズが爺ってことは、ないと思うよ。まだまだ若いんだよ」
「そうか? 俺にはちらちら、墓所の門が見えるけどな」
冗談なのか、イェズラムは可笑しそうに、笑っていた。それはイェズラムには面白いのかもしれないが、ギリスにはその可笑しさは、全く分からなかった。
イェズラムが死んで、墓所の骨になったら、どうしようかと思う。その時、自分は、どうやって生きていったらいいだろう。一体誰が、俺を大事にしてくれるだろう。イェズラムがずっと、守っていてくれたみたいに。
きっとまた、ひとりぼっちになって、誰にも庇ってもらえない。ひとりで生きてる、王宮の野良犬になる。
「俺だけ大人になって、イェズは年を取らない方法って、ないの?」
そんな魔法があればと思って、ギリスは真面目に訊ねた。すると
「あるさ」
「あるの?」
期待の笑みになるギリスに、イェズラムは微笑みかけていた。まだ微かに、頷きながら。
「あるよ。俺が死せる英雄になって、お前が一人前の英雄になれば、そうなる」
笑って軽く言われた話に、愕然として、ギリスが押し黙っていると、イェズラムが行こうというふうに、ギリスの肩を押した。
「お前が俺より長生きすれば、お前のほうが年上になるさ。そうなるといいなあ、エル・ギリス。お前はゆっくり育つようだから、大人になるのに、
さあ行こうと、背を押すイェズラムに連れられて、ギリスはまた、回廊を歩いた。
「どうして怒ってるの、イェズ……」
「ファランジールに文句を言いに行く。俺は腹が立ってきた。頭なんか下げてやるものか」
真面目な顔で、そう断言して歩くイェズラムの歩調は、ずいぶん勇む足取りだった。
回廊を行くと、やがて男装した女英雄たちの姿が、そこかしこに見られる辺りへと出た。
一礼はするものの、陰からくすくす見て笑う、いい匂いのする若い英雄たちに、日頃はいやな顔をするイェズラムも、今回は知らぬ顔だった。
エル・ファランジールの大派閥の
「
「のろまな伝令だなあ、おい。お前の失点にしておくぞ」
苦笑いでそう言って、通り過ぎようとするイェズラムを、部屋付きの女官や女英雄たちが、今はどなたもお取り次ぎいたしませんと、引き留めようとした。
しかしイェズラムはそれに構わず、彼女らの肩を押しのけて、片手で扉を開くと、そのままずかずかと部屋に入り込み、驚く女英雄たちの裳裾を踏み分けて、甘く麝香の香る
エル・ファランジールは女の服を着ていた。急にやってきた長老会の
側近の女英雄に、楽しげに爪を磨かせていたエル・ファランジールは、イェズラムの顔を見て、さっと青ざめた。
理由は分からないなりに、こちらの
「俺と喧嘩をしたいそうだな、エル・ファランジール。外に出て殴り合おうか」
長煙管の中に残っていた、燃え尽きた葉を、イェズラムは腰をかがめ、エル・ファランジールの膝元にあった煙草盆に、打ち付けて落とした。その、かつんという金属質な音に、エル・ファランジールはびくっとしていた。
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