第62話

朝食はエルベレスの部屋で

これが最近のマイブームである。

焼きたてのエルフのパンと摘みたての野草と果物

そしてタマが持ち込んだ紅茶、今日は甘い香りのフレーバー

食堂で脂ギトギトの料理をつまむより好みに合う。

部屋には正妻が揃っている、というより俺に付き合わせている。

タマは魔物を潜入させている最中だそうで、そちらを監視しているのか静かだ。

「昨日非番の子が」

珍しくエルベレスが食事をしながら話し掛けて来る。

「遊撃隊の服を着ていたので、遊撃隊に入ったの?と聞いたら」

「うん」

「王都で今流行しているらしく、既製品が売られていたと言ってました」

「あら」

メルミアが驚いて

「それは少し、困るかな」

普通に制服が手に入るという事は、遊撃隊に敵の潜入を許すという可能性がある。

もしかすると、既に潜入している輩がいるかもしれない。

一度入り込んで観察していれば、仲間のように振舞うのは容易であろう。

「メルミア」

「はい」

「服のサイズ、全員分わかるよな」

「はい」

「野戦服を変更しよう」

「とても動きやすくていい服なのに、残念です」

「なに、デザインは一緒で服の模様だけ変えようかと思う」

「模様だけですか」

「そう、帝国内の森により溶け込めるようにな。ミケ」

「はい」

「今からイメージする服を、帝国の布地と染料で再現可能かちょっと見てくれ」

「はい」

緑色と茶色と黒からなる迷彩パターンを頭の中でエルフの服の形に展開してみる。

「こうですか?」

今までドレスを着ていたメルミアが、想像した通りの服に着せ替えられている。

「そう、これこれ。これで森の中でじっとしていれば今までより発見されにくくなるだろう」

「お父様」

丁度そこに第1王女が入って来た。

金線の刺繍入り白いワンピースに紅玉の髪飾りをつけている。

少なくとも寝起きの恰好ではない。

(こいつはいつもこんな早くから仕事をしているのか・・・)

「報告します」

「うん」

「冒険者組合から、ミスリル鉱石を発見したとの報告が入りました」

「わかった、あとで組合に顔を出そう」

「以上です」

「あ、ちょっと待て」

「はい?」

「遊撃隊の服を新調したい。予算を回してくれ」

「・・・お隣に皇后陛下がいらっしゃるではないですか」

通貨を製造しているのはミケだから、いくらでも回してもらえばいいじゃないという意味だ。

ミケを皇后というのは、王宮府での正式な帝王の呼称を皇帝としたから一番上位の正妻を皇后としたという事である。呼び方はどうでもいいと俺は思うのだが、行政上の都合らしい。

「事業に関することだからな。お前を通さずにミケに金を出させるわけにいかん」

「王宮府の長として承認します。これでよろしいですか」

「ありがとう、それと」

「はい」

「最近お前に、不自然に近付いてくる奴はいないか?」

「自然に近付いてくる方が不審だと思うけど・・・お父様」

「なんだ?」

「今日はどなたと寝る予定ですか?」

「ミケだな」

「わかりました。後半夜までにはリストを作って皇后陛下のお部屋に伺います」

24時までにミケの部屋を訪問するという意味である。

「のんびり待っているよ」

「失礼します」

王女は一礼して退室した。

「ミケ、秘密裏に遊撃隊の服を製作するよう発注頼めるか?」

「任せて」

メルミアが把握しているのは正規の遊撃隊員分の服のサイズだ。

したがって服の更新の際に潜入者には割り当てがないのでわかるという事だ。

「あの」

メルミアが遠慮がちに

「髪の毛が光らないよう、帽子もよろしいですか?」

「うん、細部はメルミアに任せるのでミケと相談しろ。肩の線をぼやかすことも出来ると良いだろう」

「ありがとうございます」

「メルミアは今日も授業だよな」

「はい」

「暗くなる前に帰れよ」

「はい、あなた」

途端にメルミアが元のドレス姿に戻った。

「エルベレスは?」

「今日は一日子供たちを見ていますわ」

「わかった。タマは意識飛んでいるようだし、ミケ、今日はギルリルを連れて王都のギルド本部に行こう」

「わかりました」


「大変お待たせいたしました」

冒険者組合のギルドマイスター、つまり冒険者の親方が慌てふためいて応接室に飛び込んできた。

「構わぬよ。前触れなしに馬車を横付けさせたのはこちらだ」

今日も足跡を辿れるようにわざと馬車で来ている。

本来王宮から王都のギルドまでは徒歩で十分な距離である。

「王宮府からミスリルを発見したという報告があったが」

「はい、昨日依頼を終えて戻った冒険者たちが確かにミスリルの鉱石を東の谷で見たと報告して来たので、王宮に知らせると同時に、その冒険者たちにミスリルの鉱脈を探すよう依頼を出して出発させました」

「素晴らしい手腕だが、その冒険者たちに鉱脈は見つけられるのか?」

「はい、彼らは魔獣退治が主なパーティではなく、薬草採取が主なパーティーで、鍛冶仕事が嫌で冒険者になったという変わり種のドワーフが含まれております」

「なるほど。ドワーフならば鉱脈に明るいかも知れんな」

「はい、期待して待ちたいと思います」

「ミケ」

「はい」

「東の谷周辺の土地の所有状況はどうなっている?」

「直轄地なので特に権利等は発生しません」

「鉱脈が発見されたらだいたいどのくらいでミスリルが利用可能になると思う?」

「採掘ギルドの採掘計画に3日、すぐに採掘できる場所に鉱脈があったとして準備に1週間、あとは鍛冶ギルドが鍛冶場を設営するのに2週間という所かしら」

「採掘はもとより木材や鉱石の運搬等にタマから魔物の供出を得られれば大分時間は短縮できそうだな」

「そうですね」

「その情報は」

親方が畏まって言う

「私めが聞いてもよろしかったのでしょうか」

「我が帝国の重鎮が何を言う」

本来帝国であれば侯爵クラスを重鎮というのだろうが、工業化による産業革命が起きていない現状で実際に帝国を機能させているのは各職人ギルドだ。

その職人の頂点に立つ親方は身分的には平民であるが職責として国家の重鎮と捉えるべきだと俺は考えている。ましてや王都のギルドは各都市のギルドの頂点に立つ存在である。

「本来お前たち親方が多忙でなければ王宮に招いて政策に係る戦略会議を定期的に開きたいくらいなのだ」

「陛下」

「なんだ?」

「陛下は先の戦の前に、我々の資産を避難させてくださった。復興にも十分手当てを下さり、冒険者の質を高めるために学校を開いてくださった。そして今もミスリルの発見とその加工という目的のため国費を惜しみなく投入してくださっている」

「うん、まあ、自分の国の事だからな」

「通貨が意味を成し、働けば十分な報酬が得られ、購買意欲が増し、物には適正な値段がつけられるようになりました。陛下のおかげです」

「そのあたりは第1王女の働きが大きいがな」

「王都の民は皆、陛下のお役に立ちたいと考えておりますよ」

「それはありがたい」

「いつでも我々を参集なさってください。陛下のお考えを知ればより効果的にお役に立てるやも知れませんし、専門の知識をお使いいただけるかもしれません」

「よく言ってくれた。期待しているぞ」

「ははっ」

親方は跪いた。

(ついでに心配事項を少し漏らしておこう)

「最近おかしな奴らが蠢動している気配がある。巻き込まれないように注意するとともに、もし軽微であっても店舗や職人等に被害があれば届け出よ」

「おかしな奴ら、でございますか」

「そうだ。特に貴族の生き残りと鉱夫連中に警戒してくれ。冒険者に挑んでくることはないと思うが、少しでも不安があれば兵を回すので申し出ろ」

「御意」




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