第61話
1
「むは~」
ギルリルが暑そうな声を出した。
旧ハウル男爵邸は下級ながらも貴族の館である。
窓を全開にしても平民の家に比べれば風通しが悪い。
貴賓室に至っては重厚な壁で囲われているので尚更だ。
「これでどうかしら」
ミケがそう言うと同時に涼しい風が吹き付けて来る。
「山頂の上空と空間をつなげてみました」
「涼しくてとてもいいが、かなり高度な魔法だろう」
「はい。風を吹かせるだけならある程度魔力があればできますが」
「助かったのです。もう少しでスカートパタパタやるところだったです」
俺の好みに合わせてロングスカートでいてくれているので、それは申し訳ない。
ミケがギルリルにそっと近づく。
「ほら」
「ひゃっ」
ギルリルはミケに両手を掴まれ冷たさにびっくりしている。
「ギルリル」
「はいです」
「俺もミケも暑さ寒さや疲れなどには鈍いところがある。お前は遠慮しなくていいから、今のように何か不快に感じたり疲れたりしたら言うんだぞ」
「はいです」
ギルリルは嬉しそうだ。
自分に気を配ってくれるからではない。自分の感覚が役に立つと言われたので嬉しいのであろう。
「まあ、座れ」
貴賓室らしく豪華な一人用ソファがいくつも置かれているので、一番奥に腰掛ける。ミケはすぐ右隣りのソファに、ギルリルは向かいのソファに座る。
「ギルリル、メルミアの授業を見てどう思った?」
「授業内容を理解している人ほど真剣だったのが気になりました」
「ほう、どう気になった?」
「だって、一流の冒険者になるためにある学校です。知らないことは真剣に聞くの当たり前だと思います。でも実際は知ってる人が真剣、知らない人はどうでも良さそうでしたです」
「そうだな」
「後ろの人たち、何しに来たんでしょう」
「資格だけが欲しくて来たか、冒険者になる連中を監視に来たか、冒険者になればもてると思ってきたか、そんなところじゃないかと思うが」
「あと、エルフの男の視線が変でした」
「視線?」
「はいです。メルミア様にではなく、皆それぞれ違う遊撃隊員に探る視線を向けていました」
「ああ」
ミケが思い出したように
「壮太のグループの後をばらばらになって追いかけるエルフの男がいたのはそういう事ね」
「そうなんだ」
「はい、3人以上の組って言っていたのに変だなとは思っていましたが」
座学の時に特定の女をガン見していたというだけなら、お年頃の男だしねで済む話であるが、メルミアが減点すると明言した単独行動にまで出てきたとなると話は別だ。密命を帯びているか精神支配されているか、いずれにせよ何らかの工作活動を行っていると考えた方が良い。
「ちなみに貴族どもは?」
「遊撃隊に追い回されているようでした」
(となると、そもそも貴族どもは囮としての役割しか与えられていないという事か・・・)
「そのあたりは後でメルミアに聞くとする」
「はい」
「ギルリル」
「はいです」
「お前の視点はとても良い。俺に見えないところをしっかりと捉えてくれる」
「えへへ」
同じ情報の資料でも、それを分析するためのフィルターがあるとないとでは全く違う。情報は正しく処理されてこそパズルのピースたり得るのだ。
コンコン
扉が大きく2回ノックされた。
「入れ」
ミケが面倒な手続きを嫌うので後宮ではかなりアバウトになっているが、本来王族や貴族のいる部屋に許可なく入室することなどあってはならない。
「失礼します」
メイド服のエルフが入室をした。
「お食事の準備が整いました。ご案内いたします」
2
「・・・と、これがギルリルの観察とミケの情報を合わせた分析なのだが」
「なるほど、理解いたしました」
メルミアは腕の中で真剣に考えこんでいる。
エルベレスの部屋で一緒に夕食をとり、タマが後宮に作ってくれたスーパー銭湯風の浴室で汗を流した後、メルミアの部屋に2人だけで引き籠った。
ベッドの上で全裸で抱き合っているのはいつもの事であるが、今日は侍女の立ち入りを禁じてあるので口さがない連中を気にして義理の行為をする必要もない。
メルミアがミケと似ているのは、ただこうして抱きしめているだけでも満足できるというところだろう。
「エルフの男ということは炭鉱出身者ですから、背後にいるのはそれぞれの鉱山に代官として配置されていた下級貴族かしら」
「ああ、子弟を近衛に差し出していたこともあり、爵位を取り上げる見返りにそれぞれの鉱山の事業者にしてやった奴らか」
「それだと貴族繋がりという線も考えられますけど、おかしなことがあって」
「ん?」
「貴族の方から夜会への招待状が来まして」
「うん」
「手渡して来た学生は、親に渡すよう言われたとだけで、なぜ私を招待するのか不明です」
「メルミアが辺境伯夫人という地位にあったことを知る者はいない筈だからな」
「はい」
「元はとついても貴族が平民を夜会に呼ぶとは考えられない。まあ、部隊長は通常将校だから、貴族と見なすという事かも知れんが、怪しい事この上ないな」
「はい、かと言って無視すれば言いがかりつけてきそうですし」
招待状を直接渡すというのは相手を貴族と認識した行動に他ならない。
後宮の住人という事は隠していないので当然知られているが、後宮には貴族令嬢も平民も奴隷もおり、貴族のひも付きでないメルミアを貴族令嬢と誤解するはずがない。
特に公表はしていないが、メルミアは最近(ミケに気に入られて)正妻に昇格し、地位的にはミケ・タマ・エルベレスに次ぐ正妻なので王族というのが正しい。
今のところ正妻候補であるエリカとゾフィーであれば貴族待遇でも良いだろうが、
王族に対する招待は元の世界でいう所の官房にあたる王宮府を通さなければならない。つまり王宮府長の第1王女が俺の決裁を受けた上でメルミアに話が行くという流れになる。
形式を何より重んじる貴族が王宮府を通さないという事は、メルミアを多くの妾の一人と認識しているという事になる。
だから部隊長を将校と見なしたのだろうという推測になるのである。
『タマ』
『なぁに?』
『ギルリルの件が終わったら、メルミアが招待された夜会について探ってくれ。お前の仕掛けが効いていないのが気になる』
『うん、確かに昨日の今日で夜会というのは変だね』
『姿を変えて行けよ』
『もちろん、今回はちょこっと魔物も使ってみるよ』
『任せる』
「今タマにその夜会とやらを探るよう依頼した」
「はい」
「タマの出番はまだなかったよな?」
「はい、今月はまだ魔物との戦闘実習には入りませんから」
「手探りの部分も多い所で、大変なことも多いと思うが、頼むぞ」
「はい、あなたの役に立てることを心から嬉しく感じます」
そう言うと、珍しくメルミアの方からキスをして来た。
キスのテクニックに関してはメルミアの右に出るものはいない。
眠りにつくため高ぶった神経を抑えるにはそれで十分なのである。
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