第60話

「メルミア、気が付いているかもしれんが」

「はい」

「元貴族の子弟どもは不平分子の目だ」

「存じております」

いかにもエルフの美少女という姿のメルミアがうふっと笑う。

「表立って不満も言えずにくすぶっているのは私を元辺境伯との戦いで勝った司令官だと勘違いしているからですわ」

 凱旋の式典で王都に帰ったのは遊撃隊だけであるし、エルフの地位上げのために少々戦果を誇張したりもした。軍事を知らない者であれば本隊あってこその遊撃隊だということに気付かず、メルミアを戦勝をもたらした司令官だと思い込むのも無理はない。

「お前は司令官というより第一線に立つ勇猛な指揮官だものな」

「あ、いえ、そういう事ではなく、あなたの事を無能な女好きだと勘違いしているのです。大声で憚ることなく言ってますから皆聞いています」

メルミアにとって俺はヒーローそのものだから悪口を言われ怒り心頭だが、無能な女好きというのは事実だから俺は何も思わない。そもそもこの世にミケやタマ以上の有能者などいるものか。

ちなみに不敬罪に関しては言葉狩りや変な権益が発生するので廃止させた。

恭しい言葉を発しながら行動が不敬な奴など掃いて捨てるほどいるからだ。

「まてよ、そういう認識なら、奴らすり寄って来るんじゃないか?」

「とおっしゃいますと」

「俺だったら就学に熱心なふりをしてお前とかエルフを口説きにかかるぞ」

「あなたにだったら口説かれたいですね」

「まあ、お前を口説き落とそうなど無駄な努力ではあるが」

「はい、私はあなた以外に抱かれたいとは思いませんし、ここの子たちは皆壮太にお熱です」

じっと目を見ながら真剣にそう言われると、かなり照れる。

ミケはメルミアをかなり気に入っており、この程度の会話で妬くことはない。

「しかし、お前、教育がうまいな」

「そうですか?」

「ああ、その調子で壮太をその気にさせ続けてやってくれ」

「はい、壮太はあなたが思い描く方向に間違いなく進んでおりますわ」

メルミアが今まで教育しつつ戦ってきたというのがよく分かる。

「ねえ、メルミア」

教壇の地図をじっと見ていたミケが俺にその地図を渡し

「印の場所が目的地なのね」

「はい、ミケ様」

「ユーイチ、今からその位置に転移しますけど」

「うん」

「その地図の中で間違いなくここだとわかる地点ありますか?」

「そりゃ、今いる校舎だな」

「では、探索魔法を逆回しにするような感じでこの場所に集中して、意識を真上に持って行ってください」

意識を集中して上に持っていくと、目の前に校舎をはるか上空から見た航空写真のようなものが透明なディスプレイ上に映されたかのように見える。

「次に、地図を手元で動かしながら風景に重ねてください」

地図を回したり目に近づけたりして校舎と周囲の山、道路などを一致させる。

「次に意識だけをぐぐっと目標地点へ移動させてください」

意識を印へと移動させると、さぁーっと航空写真のように写った景色が流れ、目標の場所に着く。

「目の前から地図を外して、何が見えますか?」

「木々の隙間から天幕が見える」

「はい、私も今同じ景色を見ています。どこに着地するか意識すれば転移は出来ますが、ユーイチが発動したらすぐには動けなくなるほどの魔力を使います。ですから、ユーイチの意識を引っ張って私が発動します。発動する感覚を体験してください」

「分かった、頼む」

景色がすすっと動く。

意識は既にミケにオーバーライドされているらしい。

天幕が急速に近付いたと思ったら下降していた視線がすっと持ち上がり、地面を一望した後に柔らかそうな芝地に意識が集中し、その場所に引っ張られた。

「わっ」

気が付いたらその場に立っており、目の前でミケがニコニコしている。

「いかがでしたか?」

「すごい! こんなことが俺にもできるのか」

「はい、いつも使っているベッドのように明確に位置が分かる場所なら、地図がなくてもそこを思い浮かべ、同じように意識を持っていくだけで転移することが出来ます。私がいなくて逃げなければいけないような事態になった時には躊躇ちゅうちょなく使ってください」

「わかった」

数メートル先には学校の運動会で張ってあるような屋根型の天幕が並び、その下にいるエルフ達が手を休めてこちらを凝視している。

「エリカ!」

呼ぶ前にもうこちらに駆け出してきている。

「来てくださったんですね、どうぞこちらへ」

手をぐいぐい引っ張られる。

(エリカってこういうキャラだっけ?)

天幕の下には長机が並び、その上には裁断を終えたばかりらしい野菜や肉類が籠や木製のバットに入って次の調理を待っている。

「しかし、これだけの量を裁断するのは大変だったろう」

「慣れてますから」

エリカはこともなげに言うが、鋼の包丁を利用できないエルフは黒曜石かせいぜい使っても青銅のナイフまでだろう。欠けたり切れ味がすぐ落ちることを考えればこの人数で取り掛からざるを得ないのは頷ける。

ミスリルの実用化が待ち遠しい。

「せめて野外の調理が楽になるよう考えてみるよ」

元の世界のレトルト技術を持ち込めばいい事ではあるが、自分の帝国である以上、いきなり技術が湧き出てきたというより、誰かがその素晴らしい技術を発明した、という方向に持っていきたい。

まあ、それは今後の課題になるだろう。

「あったよ~」

タマがすぐ隣に現れた。

タマが覗きのために俺に目をつけていることは知っていたが、目を置いていれば転移が簡単にできるという事が繋がって、なるほどとタマを凝視してしまう。

「な、なに?」

普段タマをじっと見つめるという事はしないので、なにごと?と思ったようだ。

「バナナは?」

「収納してるからすぐ取り出せるよ。どこに出せばいい?」

「エリカ、タマがバナナという果物を大量に持ってきてくれた。荷物を出す場所を指定してやってくれ」

「はい、こちらへどうぞ」

エリカはタマを誘導して天幕の側方に歩いて行った。

「ミケ」

「はい」

「学生たちはどんな感じだ?」

「壮太率いる集団が1時間ほどの所にいます。その他はかなり散っていますね」

「という事はそろそろ料理に火を入れる頃合だろう」

「そうですね」

「メルミア」

「はい」

「俺たちはこれで戻るので、詳細はベッドの中で聞かせてくれ」

「はい、あなた」

「あれ~ もう帰っちゃうの?」

「タマは手伝って行きなさい、基幹要員の一人なんだから」

「はぁい」

「むくれるなって。実力が伴わない時期に帝王の姿を見ても委縮するだけだろう。今日はメルミアが頑張っている姿が見たくて来ただけなんだから、いいんだよ」

そう言ってメルミアの手を取ると、メルミアは優しく微笑んだ。

(やっぱり自然の中にいると一層可愛く見えるな)

「では、また後でな」

「はい」

手を放すとミケが転移を発動し、ミケとギルリルとともに馬車の位置へ転移した。

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