第53話

「会食の準備が整いました」

メルミアが案内にやって来た。が、表情が暗い。

「メルミア、ちょっと来い」

「はい」

メルミアは素直に部屋に入ってくる。

ミケがちらりと視線を送ると音もなく扉が閉まる。

「どうした、疲れた顔をして」

指先で近付くよう促すと、ソファに寄り掛かるようにして

「バカ貴族・・・」

とぼそっと呟いた。

「言い難かったら私が言ってあげましょうか?」

ミケが助け舟を出す。どうやら覗いていたらしい。

もし俺がメルミアの様子に気付けなかったら移動中に耳打ちしてくれるつもりだったのだろう。

「あ、いえ、ミケ様」

メルミアが慌てて手でそれを制した。

さすがに帝王をあなた呼ばわりできる女としてそれはまずいと思ったようだ。

「会食の席次なのですが、学生は成績の序列順に配置しておりまして、当然元貴族のぼんぼんとその父兄は末席なのです」

「うん」

「会場で席に着けていましたら父兄が騒ぎ出しまして、曰く『名誉ある貴族をこのような末席に案内するとは何事だ!』」

「おい、それは笑うところか?」

「でしょぉ」

メルミアが少し甘えモードに入っている。

お互い装飾品を着けていなければ膝の上に乗せてやるところだ。

「いくら説明してもごねるので、校長自ら父兄にぼんぼんたちの成績を暴露して、爵位を剥奪されたあなた方はただの平民でしょうって言ったら顔を真っ赤にしてしまって」

「出て行ったか?」

「いいえ、出て行ってくれてたら、あなたにこんな話をしていません」

「それもそうか」

「もう、学生のための会食だっていうのに、あの父兄連中、あなたに取り入る気満々なんですよ」

「末席だと話す機会もあるまいな」

「そこは元貴族ですから」

「栄達のためならどんな手でも使う、か」

「はい」

「エルベレスにもお前にも、下らん奴らの相手をさせてしまったな」

メルミアの頭をぽんぽんと軽く触れてから撫でる。

「ユーイチ、もし近付いてくることがあったら威圧しておきますから」

「ミケも威圧が使えるのか」

「竜に出来て私に出来ないはずがないでしょう」

「それもそうか、頼む」

話が纏まったので会食場に移動することにした。


開校式での会食メニューはエルフのパン、魔獣の肉のシチュー、山盛りのサラダ、そしてエルフの森の湖の水(魔力の泡入)と一見この世界らしいが、シチューにはこの世界に存在していない筈のペコロスなどがクリームとともに煮込まれており、スプーンやフォークまで添えられている。きっとタマの入れ知恵だろう。

「遅くなったな」

最前列中央の席に俺が座り、左がミケ、右がエルベレス

真後ろにはメルミアが立ち、その両側を娘たちが固めている。

正面は佐藤壮太、そこから序列順に右・左と学生が座っている。

左右の通路を挟んでのテーブル席はほぼエルフで占められ、その中にぽつんと教師らしきものが混ざっている。

メインテーブルは特に高い位置にあるわけではないので、例の貴族どもが視界に入らないのが良い。

「それでは食事をはじめます」

エルフ達はフォークなどを恐々触っている。

後宮勤務でもない限り銀のカトラリーなど見たことはないだろうから当然である。

壮太が食事をリードするように、スプーンでシチューの汁を飲み、具をフォークに突き刺して食べるとエルフ達はすぐに納得して真似し始めた。いや、微笑ましい。

ぶっちゃけメインテーブルはよく顔を合わせているメンバーなので遠慮の雰囲気がないのが良い。

「俺たちも食おう」

皆ががつがつと食べ始める様子を見てからパンを千切る。

味見などでなければミケやエルベレスは普段から俺が食べ始めるまで食事に口を付けることはない。まあミケは元々食事の必要さえないのだが。

「さすがに壮太は使い方を知っているな。冒険とカトラリーは繋がりがないように思えるかもしれんが大事なことだからな」

ちらりとエルベレスを見ると、心得ましたとばかりに

「はい、野外では基本警戒をしながら交代で食事をします。適温での配食などできませんし指も清浄ではありません」

エルベレスは壮太に聞こえるよう少し大きな声で言う。

「フォークやスプーンなら鍋からの取り皿に入れておけばいい事ですし」

壮太は豪快に食べながらなるほどーという顔をする。

エルフが言う事なら全てを信じて受け入れるというのは壮太のいい所だ。

俺と違って真正のエルフ萌えなので耳の長さなどはどうでもいいらしい。

「主席になった勢いで最高の冒険者になれるといいな壮太」

「あ、うん」

壮太は顔を上げ

「なんで主席になったのかわからないけど、頑張る」

「なんでって、気になることでもあるのか?」

「だって、エルフちゃんの方が体力あるしすごい能力あるんだよ」

「ああ」

「俺なんか、もう駄目だーってすぐへばるのに、一度も馬鹿にされたことがない」

「あーそれは、隣の君、答えてあげなさい」

次席のエルフを指すと目をぱちくりとさせて

「はい、えっと、壮太様」

「うん?」

「私たちエルフはもともと森で活動する種族です」

「うん」

「幼いころから野山を駆けまわりますので基礎体力が違います」

「うん」

「壮太様の知識は私たちで言えば幼児レベルですから、何でも私たちと同じようにできると誰も考えてはいませんが、種族が違うため壮太様の限界もわかりません」

「うん」

「だから、もうこれ以上は無理と仰っていただけるのは私たちとしては助かるのです。ここまでは出来るって目安にもなりますし」

「うん」

「壮太様の能力をもっと上げたいので、みんな寄って集ってあれこれしてますけど、壮太様が知識を吸収できないほどに疲れてしまっては意味がありません。能力の底上げのために無理をするのは無意味に苦労をするのとは違うのです」

「そうなんだ」

「それと、壮太様は、壮太様が思われているほどひ弱ではないですよ」

周囲のエルフがざわっとして同調する。

「むしろ元気っていうか」

「回復が早いっていうか」

「ねー」

(お前らなぁ・・・猥談にするな・・・)

まあ、エルフ大好きオーラと壮太大好きオーラに包まれるのも悪い気はしない。

「ユーイチ、動きがあります」

「威圧掛けるのはちょっと待て」

「はい」

『遊撃隊の皆も動き出した奴らを止めなくていいぞ、食事を続けろ』

エルベレスやメルミア、そして娘たちも元貴族連中に意識が向いただろう。

通路が狭すぎたかと勘違いしそうになるほどにでっぷりと肥えたご婦人が歩み寄ってくる。ドレスの生地や仕立て、やたら指輪を多くはめる趣味の悪さから男爵か子爵あたりの下級貴族だったのだろう。

「それ以上近寄るな」

周囲のエルフが顔を背けている。

エルフは体臭を嫌がりはしないが腐敗臭などは嫌う。

(どんだけ・・・)

「何か言いたいことがあるならそこで言うが良い」

「・・・人間が・・・エルフと同じものを食うなど・・・ありえない・・・」

「そうか、貧乏舌なのだな」

「なっ」

「よく見るが良い。このパンはエルフ王自ら余のために焼いてくれたパンだ。

このシチューは魔王が育てた魔界Aランクの魔獣を遊撃隊に仕留めさせたものだ。

入っている野菜は異世界から取り寄せたもの

サラダは森の朝露が消えぬうちに一枚一枚丁寧に摘み取られたもの

水は帝国外にあるエルフ王の屋敷の清浄な泉の水に精霊の加護をかけたものだ。

つまり余の食事を全員が分かち合っているという事だが、何か不満か?」

「・・・食事ではなく、エルフがいるのが、そうだわ、エルフ王がいるからエルフの成績が良かったんだわ」

「お前はバカなのか、主席をみろ。どこから見たって人間だろうが」

「うっ・・・」

「俺が口を出すことでもないが、もしお前の息子の成績が納得できないのなら、

この後の余興で主席より多くスライムを狩って見せろ。

お遊びだからな、どんな手を使ってもいいぞ、父兄が協力したって良い。

なあエルフ王」

「はい、なんなら一族郎党連れていらっしゃっても結構ですよ」

「ということだ。貴族が団結して狩ってもかまわん。ただしスライムを倒して得たポーションは倒した奴のものだ。それだけ守れば倒した数は誰につけてもよい。

スライムは全数魔王が数えているから数の不正は出来ないがな」

「わ、わかりましたわ・・・私たちが選ばれし貴族だという事をエルフどもに思い知らせてやりますわ」

肥えたご婦人は自分の席に戻って行った。

(誰もお前らなんて選んでないがな)

「そういう事だ。いい報せを期待してるぞ、壮太」

「え~」

「え~じゃない、周りのエルフ達の目を見てみろ」

「おっ! おう、がんばるっす!」

『後は頼んだぞ、お前ら』

エルフ達が無言で頷いた。




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