第52話
1
前の世界ではイベントを企画するのが仕事だった。
それもネトゲの中でイベント企画をしていてスカウトされたのだから
その仕事が好きだから薄給も休みなく働くことも苦痛ではなかった。
常にイベントは企画する側だったから貴賓として招待されるというのはとても変な気分だ。
「間もなく着くわ」
ミケも少しそわそわしているように感じられる。
「こうして2人で馬車に揺られるのも悪くないな」
敢えて余裕をかましてみる。
実際オープンタイプの馬車でのんびり走るというのは悪くない。
「そうね」
黒髪に映える銀色のティアラと、これでもかと宝飾をつけた赤紫色のドレスを身に纏ったミケが嬉しそうに笑う。
馬車の御者は永年馬車の整備を担当してくれている好々爺の平民で、近衛の解体に伴い貴族待遇で再度雇い入れた。
実はろくに訓練などしなかった近衛の御者よりも馬車を的確に操縦できる。
今日は冒険者学校の開校という国を挙げての大掛かりな行事である。
当然ロジは詳細に詰められている。
馬車の異動にかかる時間は当然のこと、馬車から降車する際の人員の配置、降り立つ場所がカーペットの中央になるようにどう誘導するかなども含めて。
だが、御者の腕が悪いと計画時間通りに所定の位置に止まれず進行が狂う。
爺さんを雇い入れたのは馬車の整備の後、必ず定位置に止まる「定着」を自分で試み、微調整をしている姿を見ていたからである。
近衛の将校の正装で誇らしげに手綱を握る誇らしげな姿は、見ている方まで楽しい気分になって来る。
「着いたな」
カーペットの両側に位置していた遊撃隊員の一人が扉を開き、もう一人が下車するのに手を貸してくれた。その外側にはそれぞれ娘が立って警戒の目を光らせている。
カーペットに降り立つと亜鉛製の儀礼刀を抜いたメルミアが半歩前を先導する。
エルフの野外服(ミニスカート)に黒革のベルトを締め、そこから吊るした刀の鞘を左手で握っているせいか歩き方が少しぎこちなくて、それがまた可愛い。
護衛指揮官としてメルミアが案内してくれているが、ここの警備を担任しているのは親衛旅団で、あまり目立たぬよう娘たちが配置されている。
破格の近接戦闘力を持つ親衛旅団は俺に認められることのみが最高の栄誉と考えているのに対し、遊撃や戦闘支援が得意なエルフの遊撃隊は社会的な地位を人間並みに向上したいので出来るだけ目立ちたいと考えている。両者の利害は反しないので遊撃隊の統制下に親衛旅団が入るという一見非常識な関係が成り立つのである。
「行きましょう」
カーペットの一番奥、普段は車寄せとして使われる場所に銀色に光る宝冠を被り、フリル過剰気味の白いドレスと様々な宝玉が嵌められた白い指揮杖を持ったエルベレスが優雅に微笑んだ。
他に出迎えはいないが気にすることでもない。
教師たちは学生や来賓の案内に手いっぱいだろうし、エリカ達は会食の準備をしているだろう。
「次の行動は?」
「馬車が定刻どおりでしたので、貴賓室で本日の予定の報告後、10分間休憩していただきます」
「うん」
「休憩後、引き続きメルミアが開校式の会場にご案内いたします」
「わかった。エルベレス」
「はい」
「二日酔いはしていないようだな」
「ミルク酒と言っても中身は一時的な興奮作用のある魔獣のミルクですから」
「タマの奴、何気なく気を使っていたわけか」
「どや顔で出てきますから、今は話題にされない方がいいですよ」
ミケが茶化すように言った。
確かに今頃はスライム撒きに精を出しているだろうが、片手間にこちらを覗いているのは日頃の行いから間違いないだろう。
「こちらです」
貴賓室は分厚い扉が開けっ放しで、両側に娘が立哨している。
「ソファにお掛けください」
エルベレスに促されソファに深く腰掛ける。
「ここで休憩の後、メルミアが講堂のステージ下までご案内いたします」
「うん」
「お二人はステージに上がっていただき、中央の演台にお進みください」
「うん」
「私が帝王陛下から訓示をいただきますと言いますので、お願いします」
「わかった、訓示とは学校らしくてとても良いな」
「はい、本当は栄誉礼を受けていただくべきなのでしょうが」
「必要ない。執行者がエルベレスである以上、同格の王なのだからな。それよりも余裕が出来たら校歌でも公募すると良いぞ」
「はい。それで、訓示が終わりましたらここに戻って休憩してください」
「わかった。エルベレスは?」
「私はお二人が退出されたのちに式辞を述べ、主席の宣誓を受けた後、会食会場に移動して準備が出来次第メルミアを差し向けます」
「わかった」
「会食は開始と終了以外特に統制しませんのでご自由に歓談していただければと」
「うん」
「区切りの良い所でメルミアの先導で馬車までご案内いたします」
「お前たちは身体測定の後、タマが準備しているところに遊びに行くのだな」
「はい、身体測定と言っても遊撃隊と近衛にいた者については採寸が終了していますので、さほどかからないと思います」
「そうか、楽しく終わるといいな」
「はい、では私は先に講堂に向かいますので、メルミアが声を掛けるまで、ゆっくりくつろぎください」
「ありがとう、エルベレス」
エルベレスはにこりと微笑むと踝を返して部屋を出て行った。
すぐにエルベレス付きの侍女たちがハーブティーを運んで来てくれる。
「ミケ」
「はい」
「そう言えばミケのお言葉が式次第に入っていなかったな」
「ユーイチの言葉が私の言葉です」
「俺の言葉なんぞ耳に入らんさ。隣に立つミケの美しさに目を奪われてな」
「うふふ」
ミケは外見を褒められることが嫌いではない。自信もあるので変な謙遜はしない。
2
講堂には学生、すなわち佐藤壮太、遊撃隊員のうち諸作業を免除して能力向上の専修を受ける者100名、元近衛のうち比較的腕の良かった者5名、現冒険者で国家認定を受けたい者60名、元貴族の子弟でギリギリ試験に合格した者34名の計200名とその父兄(元貴族の父兄)と教師がステージの下にいる。
ステージの上にはエルベレスが隣に、後方には各ギルドの親方と警護の娘2名が立ち並んでいる。
「それでは帝王陛下から訓示をいただきます」
エルベレスがそう言うと学生の父兄がざわめいた。
簡単に言えば一校長が帝王に向かって「こいつらに教えを垂れてくれよ」と言ったことになるからだ。
特に貴族はこういう場での常套句である「ご祝辞を賜ります(中身のない飾り言葉でお祝いしてくれって意味だが)」と言わねば不敬になると思い込んでいる。
それより、帝王を目の前にしてざわつく方がよほど不敬なのだが・・・
「うむ」
とりあえず偉そうに演技をしてみる。
威厳を醸し出さないと、ただの小娘に囲まれたミリオタのコスプレイヤーにしか見えないだろうというのもある。装飾過剰なのだ、この軍服。
「人間界の王である余と妖精界の王、そして魔界の王が手を取り合い、本日ここに帝国初の冒険者学校の開校に至ったことは誠に喜びとするところである」
ここで言葉を切って見回してみると、父兄らは頭の上に?をつけたような表情をしている。
この意味を正しく理解できるのは壮太とエルフ達くらいだろうから先に進む
「諸君らは何千年もの間、妖精たちから王と崇められているエルフ王を校長にいただいて自然や精霊との向き合い方や生き残り方を学び、何万年と生きている魔王からは実践的な魔物との戦い方を学ぶことになる。魔法ギルドからはあらゆる魔法に精通した教師の派遣も受けている」
(やはり思わず頷いてしまうほどに実感があるのは壮太とエルフ達だけか・・・)
「生き残るために学べ、あらゆる可能性を試せ、学生同士磨き合いお互いの力を理解して状況に応じて自在に組み合わせ困難に立ち向かえ。国は学校に対しあらゆる支援を惜しまないだろう」
(これ、ただの美辞麗句だと受け取らないでくれよ・・・)
「さて、せっかくギルドの親方諸君もいるので言っておこう。ミスリルの武器装具に予算をつけた。ミスリル鉱脈を発見し、発掘し、武器装具を制作し学生に装備させるどの段階に参加しても十分な報酬を約束する。そのほかにも良質な食料、良質な衣服等、学生たちへのあらゆる支援に積極的に参入してもらいたい」
(親方たちにはこれで十分だな)
「余は諸君らに期待している。学校で学んでいる間も、学び終わった後もだ」
エルベレスに向き合い、手を差し伸べる。
「頼んだぞ」
「はい」
エルベレスは基本的に顎を上げた姿勢なので握手をする姿がとても様になる。
身分の違う相手と握手などというのはあり得ないので、立場は違えど王同士であるという印象は確かに与えることが出来たであろう。
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