第51話

開校日前日

今日はエルベレスが遊撃隊員の完全休養を命じたため、メルミアから厚生旅行の打診があり、それをタマが受けて魔王温泉の地下、所謂魔界のうち魔物も魔獣も配置していない薬草園への招待となった。

薬草園で薬草摘み放題、夜は温泉で何故か浴衣になっての宴会なのだそうだ。

赤子たちは1日侍女が世話をしてくれるらしい。

「っていうか、ここ地下なんですよね?」

エルベレスが驚くのも無理はない。

原理的にはラミアの洞窟と同じ幻覚魔法が使われているのだと思うが、暖かい太陽の光と地平線まで続く草原を渡る心地よい風、そして薬草の芳香・・・

「地下だよっ」

タマがどや顔をする。

今日はタマもエルフと同じ緑の服を着ているが、黒髪にも結構似合う。

「ここまでデタラメな生え方も初めて見ましたけど」

エルベレスによれば群生するはずのない薬草が群生していたり、太陽を好む薬草と日陰を好む薬草、湿度を好む薬草と乾燥を好む薬草が隣接していたりするらしい。

「エルちゃんも好きに摘んで持って帰っていいよ」

「ありがとうございます。でも私はあの子たちが全力ではしゃぎ回っているのを見ている方が楽しいです」

「そっかぁ」

「これどうぞ」

エリカが駆け寄って花冠を差し出してくる。

身体を屈めると頭に載せてくれる。

「エリカの王様だな」

「ふふっ」

「なあ、エリカ」

「はい」

「本当にいつもよく働いてくれているな」

「あらだって」

「ん?」

「母がよく言っています。陛下は瀕死で1銭の価値もなかった私を100銭で買い取って下さったと」

「あ、それはたまたま100銭しか持っていなかったからで、メルミアの価値はそんなものではないぞ」

「母に言ってやってください。母に価値を認めてくださった陛下に報いたいと思うのは娘なら当然だと思いますが」

「尽くしてくれるのは嬉しいが、無理をして身体を壊したりするでないぞ」

「はい」

「しかし、母の男の子供を産むというのはエルフ的には大丈夫なのか?」

「あ、それは気にならないです。一緒に抱かれるのはさすがに恥ずかしいですけど」

エリカはにっこり笑うと仲間の元へ駆け戻って行った。

「エルベレス」

「はい」

「今日はタマが母乳に影響の出ない酒を用意しているのだそうだ」

「魔獣のミルク酒だよ」

「まあ、ありがとうございます」

「エルフが魔獣の肉を好むというのはつい最近知った」

「脂の部分が魔力ですし、弓の練習にもなりますから」

「そうか。今日は心置きなく飲み食いしてくれ。少々飲み過ぎても明日の式辞とかはカバーしてやるから」

「嬉しいです」

「あと、宴会の時にでも言っておいてほしいのだが、壮太との子作りは卒業まで控えろと。まあ、出来てしまったものは仕方ないので出産優先だがな」

「わかりました」

「では俺は他に視察があるので、またな」

「あ、もう、ですか?」

いつも下目遣いのエルベレスが小首を傾げて上目遣いになる。

「う、お前、その表情で引き留められるとどこにも行けなくなるだろ」

ただでさえ美少女なのだから、破壊力がありすぎる。

「本当ですか」

「本当だって」

「やりました、タマさん」

(やはりタマの入れ知恵だったか)

「お前ら悪友だな・・・・」

「にしし」

エルベレスとタマを両手に抱え、それぞれに口付けをする。

「あとはゆっくり女同士で楽しめ」

ミケに目を遣るとミケは頷き

周囲の風景が森の中に変わった。


「陛下こっちです~」

映電の声がした。

見れば全裸の女性20名ほどと、少女に化けた竜娘3人がこれまた全裸で

2mほどの小さな滝の滝つぼに膝まで入り水を掛け合って遊んでいる。

(ナンダコレハ)

「ユーイチ、私たちも混ざりますか?」

「ちょ、ちょっと待て」

服を脱ごうとするミケをとりあえず静止して

「キミタチ説明してくれないか?」

「混ざっていただけませんか」

(ファイアフライ、威圧を切らずに言うと強要になるぞ・・・)

まあ、何かしら意図があってやっているのだろうし、ミケが乗り気なのは危険がないという事でもある。

「よぉし、いくぞ!」

服を脱ぎ捨てて滝つぼを見ると、何か違和感がある。

水際は水底まで澄んで見えるが、彼女らのいる場所は青く見える。

「大丈夫ですよ」

ミケが先にすたすたと歩いて行く。

水は程好く冷たいが、水を歩くときに感じる筈の抵抗を感じない。

「もしかして、これも幻覚魔法か?」

「いいえ」

ミケがはっきりと否定した。

「魅了に掛かったものを誘き寄せるために魔法で通路が作られています」

「魅了!」

「ユーイチに掛けようとしても無駄ですけどね。私がいるから」

「で、ファイアフライ、説明をしてくれ」

「はい、ここにいるのはニンフの皆さんです」

「ニンフって、河の乙女とか呼ばれている?」

「はい、竜族と仲の良い精霊です」

「で、君たちはニンフさんたちと何をしているのかな?」

「陛下、探索魔法使えましたよね」

「うん、まあ、それほど精度は良くないがね」

「今使っていただけますか」

レーダの波長を外に広げるように魔法を放つ。

森の中に3つ、4つと人間の表示が出る。

「わ、結構近い所にいるな」

「はい、それで滝の音で声が消せる場所まで来ていただいたんです」

「なるほど」

「ねえねえ」

ニンフのうち一番背の高い、少し髪の赤茶けた女が話し掛けてきた。

「陛下陛下って、もしかして・・・」

「帝王だけど、何か?」

「あ、やっぱり」

「やっぱり?」

「いつも噂で聞いてるのよ。でもちょっと噂とは感じ違うからどうなのかなって」

「噂?」

「私たち、今日は男狩りしようってお誘い受けたからここにいるけど、普段は娼館にいるの」

「娼館・・・そうだったのか」

「1銭で1晩買える賎女って言えばわかるわ。でね」

「うん」

「後宮で女を働かせている男がその給金で毎日のように遊びに来るのよ」

「ほう」

「で、帝王が今日どこへ行ったとか誰の部屋で寝ているとか、あとどこに視察に行くとかという話も女に探らせて、売るとお金になるって言ってたわ」

後宮で帝王の動態を探らせているというわけか。

情報の買い手は裏社会ではない。必要ならヴァイオレットが自由に収集できる。

「ミケ」

「はい」

「後宮で働く元貴族令嬢はどれくらいいる?」

「13名です。解雇していませんのでそのまま働いています」

「なるほど、で、噂の中の帝王はどういう帝王なんだ?」

「政もしないで奴隷を殺して楽しむ女癖の悪い悪逆な帝王って言ってたかな」

「奴隷をねぇ・・・女癖は否定しないが、評価的に前の帝王だな」

「そうですね。比較的前からいるとなると6人かな」

ミケは具体的に顔を思い浮かべているようだ。

「これは面白い魚が釣れるかもしれないな」

「はい」

「魚?」

ニンフにはこの比喩は難しいかもしれない。

「あ、いや、それはこちらの話。ところで今立っている所って実は深いんだろ?」

「ううん、身体2つ分しかないよ」

それは十分深いという・・・

「ところでミケ、今周囲にいる連中の詳細はわかるか?」

「4人の方はスカウト1人に弓3人、3人の方はレンジャー」

「なんだ、その編成は・・・」

「スライム目的だったらスカウト1人だけで十分ですものね」

「で、奴らを逆に狩り出そうって趣旨らしいが、どうやるんだ?」

「はい」

ファイアフライが寄って来る。

「男たちはうまく潜伏しながら覗いているつもりでしょうけど、こちらからは丸見えです。今からニンフの皆さんが歌を使って水の中に引っ張り込みます」

「うん」

「精を吸い尽くして魂が抜けたら、あとは私たちがいただきます」

「ニンフと竜の協同作戦か」

「あ、はい、そうですね」

「じゃあ俺は岩の上から見物させてもらうよ」

「それならあの岩がお勧めです。大きくて平たいので」

ベッドの代わりにどうぞと暗に言っている。

「おう、なかなか気が利くな、ミケ、おいで」

「はい、では私も大きな喘ぎ声で応援しますね」

(応援なのか・・・)

ニンフたちが歌を口ずさみ始めた。

知らない歌なのに懐かしい気持ちになるメロディーだ。

聴いていると、魅了は効かないはずなのに、何か邪な気持ちが頭をもたげてくる。

膝に乗せたミケの身体に触れていくたび、ミケは唱和するように声を上げる。

女体は楽器のようだとぼんやりと思ったきり・・・


「ユーイチ?」


満足気にのぞき込むミケの顔の向こうには星空があった。





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