第43話
1
色とりどりの花が咲き乱れ、暖かな光の下、木陰を作る木々の梢は微かに揺れ、からからと水音のする小川の方からは清水の香りが漂ってくる。
はしゃぎまわって疲れ、仰向けに寝るジュリエットにラミアが下半身を伸ばして枕を提供する。
『すごいな、ミケ』
『はい、私もここまで心地よい幻覚魔法を見るのは初めてです』
口にするのは無粋なので専用の念話でやり取りをする。
そう、ここはラミアの洞窟の最深部。
ジュリエットのステータスをミケが「種族人間」から「種族ラミアの娘」に書き換え、裏のステータスも弄ったところラミアに感謝されて招待されたのだ。
実際には何もない巨大な空間なのだが、転んだり壁にぶつかっても怪我をしないよう魔力を緩衝材のように使っている。
きっと何千年もここで一緒に暮らす人のことを夢見てきたのだろう。
『ねえねえ、そっち行っていい?』
タマから念話が届く。
こちらの方が面白そうに見えるのだろう。
「ラミア」
「はい」
「魔王もここに来たいそうなんだが、呼んでかまわないだろうか」
「どうぞ」
ラミアがどうぞといった瞬間、タマが現れた。
「わぁ、いいないいな」
どうやら一目で気に入ったらしい。
タマはぴょんぴょん飛び跳ねている。
「タマもステータス出せよ」
「あいよっ」
「ま、魔王たん?」
上半身を起こしたジュリエットが目を丸くしている。
「あ」
タマはステータスを書き換えていないことに気が付いたらしい。
「待って待って」
俺の方をチラチラ見ながら作業している。
「タマ 職業魔王 種族魔物 レベル無限大 だそうです」
ミケが読み上げてくれる。タマの種族は魔物でいいのか・・・
「タマ、ヴァイオレットの方は?」
「それが、あまりにもあっさり口を割ったらしくて、信用できないし、せっかく来たのだから全種類の拷問を体験してもらうって」
「全種類って、そりゃ死ぬだろ」
「うん、アンデッドコレクションが増える。あ、内臓とかいる?」
「いらない」
なんで私に聞くかなという顔をラミアがする。
「ねえねえ、後宮には連れて帰らないんでしょ?」
「ここに定着している女神様だからな」
ラミアは信徒やジュリエットを守りたいだろうに、いきなり王宮に連れ込まれても困るだろう。
「じゃ、友達になってよ」
タマのこのノリを知らないラミアはたじたじと押され気味だ。
「二度と人間なんかに捕まらないように魔物で警護してあげる」
「その魔物に人が襲われても困る」
「攻撃しなけりゃ襲わないよ。体液もらえれば姿そっくりの魔物作れるから、捕まえに来た人間しか攻撃してこないでしょ?」
「体液?」
「女同士でもできるから、それは心配しなくていいよっ」
「?」
「あと、オレも魔力分けてやるよ。女とキスするの嫌じゃなけりゃね」
「そんなの気にしない」
まあ、ラミアにとってあれは「お食事」でしかないだろう。
友だち云々はともかく、姿そっくりの魔物を警備として置くのはいい案だ。
「ラミア」
「はい」
「君が守ってくれた子供たちを親元に返す件でジュリエットを少し借りるよ」
「はい」
「退屈しないようにタマを置いていくから、じっくり友達の件は話し合ってやってくれ」
「わかりました」
「ミケ、戻るぞ」
「はい」
次の瞬間、俺とミケとジュリエットは宿の部屋にいた。
「わわ」
慌ててジュリエットは立ち上がった。
「話の続きだ、ソファに座れ」
2
ジュリエットの業務は表向きは受付嬢
その実は町長のスパイで、消耗品補充や清掃などの雑用をお局様が押し付けて来るのを利用して各部署の会話を収集したりするのが任務らしい。
役場の中では「宗教分離」とかいう意味不明な方針の元で捕らえられた村の巫女が町長の部屋で毎日犯されていることは公然の秘密だったので、どこの部署に行っても割と親切にしてもらえているそうだ。
「子供の行方不明については、町長からもみ消すように指示があって、保護者からの依頼文書や報告文書など、他の廃棄文書と一緒に焼却するのも私の仕事です。
焼く場所は町民から発見されないよう倉庫に囲まれた場所で、消耗品用の倉庫に運び込んで貯めてから焼くという手順を逆手にとって倉庫に文書を隠していました」
「ああ、それで公的な記録がないというわけだ」
「はい」
「やはり行政ぐるみだったか」
「今の町長になって外国人が頻繁に出入りするようになったとも聞いています」
「まあ、そうだろうな。ヴァイオレットの方からもその裏はとれそうだ」
「ねえ」
ミケが何かに気付いたようだ。
「それだと、ジュリエット以外にも犯されている巫女がいるんじゃないの?」
「いえ、連れ込まれたときに殺されていなければ外国人に売られています」
「外国人に売る?」
「はい、たまに外国人が小舟を漕いで港に来ますので、見えないところでかなりの品物が売買されているようです」
帆船からカッターを下ろしてやって来るというところか。
「なるほど、帰りに女子供といった「商品」を積んでいくわけだな」
ジュリエットはラミアのいるこの地から離れずに済むよう従順を装い、町長の好みに合わせていたのだろう。
「行政に子供を託すのは危険だな」
「はい」
ミケもそれには同意のようだ。
「ただ、大ハマグリと契約して町民を喜ばせようとしたり、ジュリエットを白眼視しないところを見ると職員全体が悪に染まっているという事ではないようだ」
「そうですね」
「やはりここは表裏両面で攻める必要があるな」
「構想が湧きました?」
「うん、まず子供だが、ジュリエット」
「はい」
「それぞれの子供の親はわかるか? 俺たちでは成りすまされたらわからないのでな」
「大丈夫です。申請に来た親の顔は覚えていますし書類に住所も記されています」
「子供たちはジュリエットに引率させるとして、ジュリエットはもちろん、各家庭にも当面護衛を置く必要があるな」
「それはタマに準備させましょう。エルフは正面切った戦いに向かないので」
「確かに。タマなら引き受けてくれるだろう」
「どうせ盗み聞きしているでしょうけど、私から念話をかけておきます」
「頼む、それと」
「はい」
「大砲そっくりの魔物は作れるか?」
「大砲そっくりですか?」
「そう、外見はそっくりだが装薬で砲弾を飛ばすのではなく、魔力の塊を撃ち出して沖合の帆船の船体に大きな穴を開けて沈めるものだ」
「あの、そのくらい、普通にユーイチでも「娘」たちでもできますけど」
「いや、交戦するまで通常の兵器だと思わせたい」
「帆船への砲撃に特化という事でしたら、外見を伝えていただければすぐにいくらでも作れます」
「その大砲と数名の娘をセットで沿岸沿いに何箇所か配置したい。いかにもそれっぽく見える砲台にしてな。いわゆるお台場だ」
「ありふれた海防に見せかけて、交戦したら即座に撃滅という事ですね」
「その通り。まあ、軍備はその砲台と浜沿いの巡察でいいとして、問題はこの町の治安だ」
「治安については魔物では無理だと思います」
「そうだな。子供の誘拐や売り払いなど、町長一人で出来ることではない。かなり裏の組織が蔓延っていると見た方がいいだろう」
「はい」
「どうせ蔓延らせるなら、規模が巨大になっても活動を把握できる相手の方がいい」
「ヴァイオレットにお任せになるという事ですね」
「ああ、別の意味で不幸になる娘は出るだろうが、外国に労働力を売り払ったり、国を乗っ取りには来ないだろう」
「はい。ユーイチがいてこそ旨味を吸えると理解していますからね」
「よし、当面はあの子供たちを平穏な生活に戻すのを優先しよう。ジュリエット」
「はい」
「給金は保証するから役場から籍を抜いて俺の下で働け」
「は、はい」
「町長には俺が明日説明してやる。お前の任務は子供の親への引き渡しと家庭の巡回指導、そしてラミアを寂しがらせないことだ。護衛もつけよう」
「ありがとうございます!」
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