第42話
1
町長から斡旋された町一番の宿とは各ギルドが共同運営する、元の世界の概念で言えばサービスを売り物にするシティーホテルといったところで、食事はパン職人ギルドが運営する隣接の食堂が各部屋に出前をし、服職人ギルトが被服、靴職人ギルドが靴の修繕を行っている。面白いのは従業員に申し付けるといつでも酒造職人ギルドが酒を配達するという事だ。
「なあミケ」
「はい」
対面のソファに座ったミケに話し掛ける。
ファイアフライと大ハマグリは与えられた個室に引きこもっているので今はミケと2人きりだ。ミケはとてもリラックスしているように見える。
「あの町長、ステータスは見ることが出来たのに念話は聞き取れなかったようだ」
「放送用に増幅していませんでしたから、よほどの魔力の持ち主でない限り、誰かに指向された念話は、盗み聞きしようと意識しなければ近距離でも耳に入ってくることはないです」
確かにいくらオープンチャンネルだとは言え勝手に聞こえてきたら喧しくて仕方ないだろう。ただし、ラミアほどの魔力の持ち主であれば近距離なら「会話」として聞き取れるという事か。王同士の念話は暗号強度が強いので魔力の如何にかかわらず盗み聞ぎは不可能という認識にしておいた方がよさそうだ。
「あの子が来ました」
ミケから探知魔法のやり方は習っているので誰かが近づいてくるのは分かる。
ただその性別や名前まで判別できるほど使いこなせてはいない。
便利なツールなのでもっと使い込んで慣れた方がよさそうだ。
「わっ」
ミケが魔法で扉を開くと両手に資料を抱えたギャルがびっくりした顔をしている。
どうやってノックしようかと悩んでいたのだろう。
「遠慮せずに入って来るがいい」
「は、はい」
こてこてのメイクといい胸元をわざと大きく開いたような服といい、見た目はギャルだが性格はかなり誠実なようで、抱えてきた資料を指示した机の上へ静かに置き、ていねいに仕分けを始めた。
「実は公的資料がなくて、これは私が隠し持っていた資料なんです。ごめんなさい」
「ん? 公的資料がない?」
「はい」
「あ、その前に、汝の名は?」
「ジュリエットと申します」
「あ、跪かなくていい、とりあえずここに来て座れ」
斜向かいに置かれたソファを指差すとジュリエットは素直にやって来て腰掛けた。
思った以上に腰が沈むので驚いている。
「ミケ、このケバい化粧を落としてお前と同じ服にしてくれ。どうも目のやり場に困る」
「わかりました」
瞬時に舞台メイクかと思うほどに厚く塗りたくった化粧が落ち、白いワンピース姿に変わった。
ふわっとした栗毛ではあるが、これはこれで清楚なお嬢様という感じである。
「え?」
ジュリエットはいきなり服が変わったことに驚いているようだ。
「ジュリエット」
「は、はい」
「俺の女は精霊族が多いのでメイクはナチュラル系、服は清楚なのが好きだ。
好みを押し付けて悪いが、気に入らなければ帰る時に戻してやる」
「あ、いえ、メイクと服は町長の好みなので・・・」
「ん?」
お局様はすっぴんに近かったような記憶が・・・
「本意でないなら、膣内に残ってるのも消しましょうか?」
ミケが助け舟を出してくれた。これなら俺にも理解できる。
ジュリエットは町長の女だということだ。
「出来るんですか? ひゃっ」
「はい、終わり」
「ジュリエットを朝まで貸し出すと言っていたが、そういう事か」
「はい、陛下に私が抱かれれば自分の子供が王位継承権を持ち自分も出世できると皮算用していました」
「残念、妊娠していないわよ、あなた」
ミケが淡々と告知する。
「よかったぁ」
「ん? よかった?」
「あんなぶよぶよの子供なんて真っ平ごめんです」
「もしかして、むりやり女にされたのか」
「はい」
例え嫌いな相手であろうが生き抜くために権力者の好みに合わせて振舞うのは庶民としては当然である。
「古傷に触ったならすまん」
「いいえ、大丈夫です。私は汚されても巫女だという誇りを捨ててはいませんので」
「巫女?」
「はい、ラミア様に祈りをささげる巫女です」
「ほう、ラミアの神殿があるのか?」
「いえ、神殿ではなく、村の広場で祈りを捧げるのが役目です」
「広場で祈りを捧げたり舞を奉納したりか」
「はい」
「なるほど、文字通り巫女だな」
「季節の折々や豊漁の時などに祈りを捧げ、男衆がラミア様のお住まいとされている場所に供物を運んでいました」
「ではラミアには会ったことがあるのか」
「いえ、神のお姿を直接目にしてはならぬと」
「まあ、普通の人間にはそうかもしれんが、お前は巫女だろ?」
「はい、私が3つになる前にジュリエットという名前をお住まいの前で授かったと伺いました、ですので3つの誕生日の時、父親に引き渡されずに巫女になったのです」
「そういう話か」
俺がエルフ達との子供を抱けずにいるのは、赤子は子供としてはカウントせず、3歳の誕生日に父親に引き渡され、父親から名前を授かるというのが慣習になっているからなのだが、神クラスの介入があればその限りではないようだ。
「だったらラミアを親としてもラミアは不快には思わないだろう」
村の神職ともいえる巫女になってからは村民に共同で養育してもらえただろうが
実の親にさえ親として振舞ってもらえなかったはずだ。
「そんな、畏れ多い」
「ちなみにジュリエット、目の前のミケの事はどう思う?」
「え、あ、はい。凛としてお美しい方だと」
「正直に言え」
「小っちゃくて可愛らしい、なでなでしたいです」
「なでなでしていいですよ」
ミケが温かく応じて優しく見つめる。
2人の間にほわんとした雰囲気が生じる。
「うん、この可愛らしいミケは神格で言えばラミアより遥かに高い女神だからな。
このミケがジュリエットを不快に思わないのだ。自信を持て」
「え?」
これだけの魔力を行使でき、無詠唱での魔法を連発する、つまりは奇跡を起こし続けるミケの前で委縮することがない。「神」への耐性は十分である。
「ちょうどいい、ジュリエット、立て」
「は、はい」
「ミケ、ラミアの洞窟の場所は分かるか?」
「既に特定済みです」
「ラミアに話がある。この3人で行こう」
「はい」
2
一瞬にして周囲の景色が入れ替わり、潮の香りで空気が満たされた。
ジュリエットを立たせたのは尻餅対策である。
「!?」
ジュリエットが絶句している。無理もない。
『ラミアいるか?』
念話で呼び掛けると奥からずるずると気配が寄ってくる。
「遊びたくなった?」
ラミアは躊躇なく洞窟から出てきたが、見知らぬ顔を見て立ち止まった。
「きれい」
ジュリエットが呟いた。
ラミアは視線を漂わせている。
忘れてしまった知り合いかと焦って思い出そうとしている感じだ。
「ラミア、最近人間に名前つけただろう」
「最近? ここ100年くらいだと3人かな?」
「ジュリエットという名を覚えているか?」
「シーザー月の子だね。覚えてる。可愛い栗毛の女の子だった」
「目の前にいるのが、そのジュリエットだよ」
「ええ? もうこんなに大きいの?」
「おいおい。20年たっても小っちゃいって、エルフじゃないんだから」
「この方がラミア様ご本人なんですか?」
ジュリエットがびっくりした顔をしている。
これは下半身が蛇というラミアの姿そのものに驚いているのではない。
自分と変わらないほどの若々しさに驚いているのが分かる。
「うん、ご本人だねぇ」
何千年も生きているようには見えないのは確かだが、ジュリエットは老婆のようなラミアを想像していたのだろうか。
「なに? 会いに来てくれたの?」
いくら定期的に付け届けがあったとしても相手を驚かさないようにずっと隠れていたのだろう。求婚者でもない限り堂々と会いに来る人間はそういなかったはずだ。
ラミアの表情が気持ち明るくなった。
「正直に言ってもいいのでしょうか」
何故かジュリエットが俺に向かってそう言う。
「言えよ。腹に一物持って接する奴は神に嫌われるぞ」
「はい、言います。ラミア様」
「な、なに?」
「その美しい肌を触らせてください!」
どうやらジュリエットは「触れる」ことに飢えているようだ。
「いいよ~」
ラミアは気さくにジュリエットに近付いた。
「ほら、どこでも触っていいよ、なんなら巻き付いてあげようか」
「はい、ぜひ」
ラミアはジュリエットに下半身を巻きつかせ、乳房に抱き寄せた、
ラミアに巻き付かれて恐怖するどころか歓喜する女・・・
そして一心不乱にスリスリされるのを心地よさそうに目を細めるラミア・・・
「ミケ、もうこいつら母娘でいいよな」
「はい、私もそう思います」
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