第31話
1
道には拒馬が置かれ、その奥ではいくつかの影が動いていたが、こちらの接近に気付くと一斉に森の中に飛び込んで行った。
「やはりこれだけ月明かりがあると発見されるのも早いね」
「はい」
「今、弓で狙ってるんだろうなぁ」
「大丈夫です。矢が飛んで来ても弾き返しますから」
ミケがにっこりと微笑む。
「それは心強いよ、ミケ」
しかし拒馬を越えても矢が飛んでこないばかりか誰何も受けない。
ちなみに拒馬とは杭をX状に組み横棒で連結・補強した、跳躍不能な厚みのある対騎馬障害である。隙間を開け互い違いに配置してあるので徒歩でなら通り抜けられる。
「あら」
「ん?」
「メルミアです」
下草をかき分けながら近づく足音に目を遣ると、森の中から影が飛び出して来た。
他のエルフとは違う、特徴的な耳のシルエットである。
「あなた!」
右胸に飛び込まれ、くるりと一回転させられた。
メルミアはもとより軽いので助かったが、それでもしっかり構えていなかったら後頭部を地面に打ち付けていたに違いない。
「メルミア」
心を許した相手にしか見せないであろう半分惚けたような喜びの顔で、目を潤ませているのがわかる。
ミケが咳払いする。
「いちゃつくのは後でゆっくりどうぞ」
まあ、本妻の前であまりにもストレートすぎる情熱の出し方ではある。
ミケはいつも澄ました顔をしているが、嫉妬はするのである。
「メルミア、とにかく現状を報告しろ」
そう言うとメルミアは表情をさっと引き締めた。
「はい、報告します。敵はファイアフライの攻撃で後退を開始。先程まで追撃を行っていたのですが、矢が尽きて決定的な打撃は与えられませんでした」
「うん」
「現在森の中で矢と食糧の再補給中です」
確かに弓では敵が逃げにかかったら有効打を与えるのは難しい。
距離が開くほど威力が減衰するのは運動エネルギーを用いる武器の宿命だ。
エルフの矢は毒矢ではない。掠った程度では致命傷にはならない。
ましてや夜、足元も覚束ない。
それでもありったけの矢を射たということは健闘したと称えるべきであろう。
「よく頑張ってくれた、メルミア」
「はい、皆頑張っています。あなたにいただいた服のおかげです」
「服?」
「はい、スカートが短く、ひだの分広がりますから膝を高く上げられ、暗い森の中を素早く走り回ることが出来ます」
「膝を高く上げるのか?」
「はい。私たちは人間のように平らな道を走るような脚の使い方はしません。
段差や草などに足をとられないよう膝を高く上げて、陰から陰へ素早く異動します」
「そうなんだ」
「獲物が近い時には音を立てない歩き方になりますが」
「まあ、そうだろうね」
「茨とかは気にしないので、すぐ服が傷んでしまうのが悩みの種です」
「茨、棘かぁ」
「はい」
「腕とか脚も傷つくだろう」
「はい、でも人間より治りは早いですし、今まで奴隷としてされていたことを思えば痛くなんかないですよ」
「それはそうだろうけど、今は普通の女の子なんだし・・・」
戦いを強いておいて普通の女の子なんだしというのも変といえば変ではあるが。
「こうやって立ち止まっていると、さすがに寒いだろう?」
「露出したところに保湿性のある樹液を塗っているので、それほど寒くありません」
これは知識がないのでそうなんだと納得するほかはない。
「エリカはどんな調子だ?」
「頑張っています。どこから持ってくるのかわかりませんが、必要な物を必要な時までに集めてくれています。気難しい他の精霊族に気持ちよく協力をさせているのはあの子の才能でしょう」
「精霊を手懐けているのか」
「はい、この戦いが終わったら次期エルフ王候補として具申するつもりです」
「いいね。その時は俺からも口添えするよ」
「ありがとうございます」
「戦が終わったらエルベレスの部屋に集まろう」
「はい」
「だからな、生き残れよ」
「はい」
「あと、補給が終わったらこの退路につながる部分の兵力を厚くしろ」
「側方は?」
「監視程度でいい」
「わかりました」
「敵は退路を確保するため騎馬、歩兵とも必死の勢いで押し寄せてくるだろう」
「はい」
「この道路沿いに突進する敵に素早く大量に矢を放つ必要がある。まずは拒馬の破壊にかかるだろうから、拒馬周辺に多くの弓を向けられるよう配置を考えろ。エリカには矢を増加交付、なければ再補給を急ぐよう伝えてくれ」
「はい」
「もし敵の馬車などが先に逃げてきた場合には馬車を横転させ、死体は積み上げて拒馬を増強しろ。積み荷などで利用できそうなものがあったら何でも利用するんだ」
「はい、下馬を強要して確実に敵を倒します」
「よし、この戦場にいるのはお前たちに生き地獄を強いてきた辺境伯とその一味だ。思う存分戦うがいい」
「はい、頑張ります」
「あとは、お前を含め少しでもいいから仮眠をとれよ」
「わかりました」
2
作戦室に戻ると旅団長は佇立したままだったがエルベレスは壁に背を預けて腰を下ろし、膝を立てた状態でうたた寝をしていた。
後宮に囲っている相手であるし、別にここで無防備な寝姿を晒されても不都合はないのだが、彼女いなかった歴の長さの故か、男としての性なのか、無意識にスカートの中を覗き込んでしまう。
「あー旅団長」
早く意識を移さないことには理性がやばいことになる。
「はい」
「後半夜になれば敵は疲れから警戒心が緩むだろう。明るくなる前に稜線に辿り着くよう逆算をして静粛に部隊を前進させよ」
「わかりました」
「途中遭遇した敵は隠密に処理」
「はい。攻撃の開始は敵を視認できるようになったら、でよろしいですか」
「その通り。日の出を待つ必要などない」
逆に日の出は旅団にとって不利な条件になる。
「敵が態勢を立て直す前に突撃に移るんだぞ」
「わかりました。お任せを」
「ミケ、旅団が稜線に到着したなら映電を空中に上げ伝送開始、旅団の攻撃開始後ファイアフライは天幕群を火炎攻撃、爾後アンビとともに退却を図る敵を攻撃。同士討ちはしないようにな」
「はい。昼間の戦闘で槍などにつけられた旗の色を見ながら攻撃していたので大丈夫だと思います」
「あと、何か手を打っておくことはあるかな」
「あとはユーイチが仮眠をとること。大事な時にボーっとしないように」
「わかった」
なんとなくエルベレスの右隣に腰掛けた。
長い毛立ちの絨毯のおかげか尻が痛いという事はない。
エルベレスがうっすらと目を開けたが、左手を肩に回して抱き寄せると再び目を閉じ安らかな寝息を立てた。
どこから持ち出したのかミケが毛布を掛けてくれた。
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