第30話

木の上に立つというのはおかしな感覚である。

梢に足場を作っているそうなのだが、揺れたりはしないので透明なガラスの上に立っている感じである。

月の光に照らされてミケの顔や手は白く輝いて見えるが、ミケに言わせれば、ただでさえ足元が気になる夜に木の上を気にする人はいないから大丈夫なのだそうだ。

ただ念のため結界は張っているらしい。

話し声を漏らさないためであるが、風も臭いも遮断しているようだ。

「なんか、対照的だな」

立っているのは敵側の稜線の側方で、稜線から我が方斜面にかけては死傷者の回収が行われいるらしく、松明が盛んに動き回っている。

稜線の敵方斜面には大きな天幕が建ち、松明の光が繋がっているのでそこが救護所なのだろう。

稜線の右奥に広がる平地には不規則に天幕が建ち、煌々と篝火が灯されている。

「なんか焚火に人が集まっているな」

「貴族と騎士、そして娼婦たちですね」

「何をしているんだろう」

「酒を飲み肉を喰らい女を抱く。他に何かあると思いますか?」

「片や友の躯を拾い、片や享楽に溺れる、か」

「まあ、貴族に言わせれば酒と女でもないとやっていられないのでしょう」

「呆けているように見せて、実は別動隊が動いているとか」

「それはありません。召喚者がいたらわかりませんが」

「そうか」

「はい」

つまりこちらからの夜襲は全く想定していないという事だ。

日中に気が済むまで戦い、翌日に持ち越すのが貴族流なのかもしれない。

貴族が攻撃を始めるまでぼーっと待っていると思い込んでいるのだろう。

娘たちが臨戦態勢のまま停止しているだけだとは思ってもいないのだろう。

「なあ、関係ない事なんだけど、1つ聞いていいか」

「なんでしょう?」

「お前もタマもよくステータス書き換えているだろう」

「はい」

「あれって書き換えると能力も変わるのか?」

「はいでもあり、いいえでもあります」

「急に閃いたことなので特に意味はないんだけど、差し支えなければ教えてくれないか」

「はい」

ミケは真剣な顔つきになった。

「ステータスには表のステータスと裏のステータスがあります」

「表と裏?」

「表のステータスは魔力を魔法として扱える者が相手を見る時に使うステータス表に表示されるもので、人間だと4割くらい、精霊族は全員これを見ることが出来ます。もっとも戦場にいる時は不可視にしておくのが普通ですが」

「いつもステータスがどうのこうの言っているのはそれだな」

「はい、これには自分で好きなように名前、職業、スキル名を書いて載せられますが能力には全く連動しないのでデタラメを書いても問題ありません」

「あ、俺が他人のステータス見えないって、もしかしてほとんどの人がデタラメ書いてるから?」

「はい、書かれているものを見ると人は無意識に信じてしまうものですから、あえて見えないようにしていますけど、不快ですか?」

「ミケが俺のためにしてくれていることを不快に思うことはないよ」

「よかった。次に裏のステータスですが」

「うん」

「これは全てが能力と連動しています。魔力の割り振りなどにも係るので、これを見る、つまり書き換えることが出来るのは私とタマだけです」

「見ることが出来れば弄れるわけか」

「はい」

「エリカやメルミアに魔法使用の条件を付けたのもそこだな」

「はい」

「ということは、前の帝王が持っていなかった金色の魔力を俺が持っているのも」

「私が書き換えました」

「マジ?」

「はい。私を心から慈しんで下さっているのを実感して、あまりに嬉しかったので、魔力付与とともにあれこれステータスを弄ってあらゆるスキルを修得できるようにしました。いずれユーイチだけには裏のステータスを見せてもいいと思っています」

「やっぱりミケは女神様だな」

「女神様だなんて、そんな・・・」

ミケは明らかに照れながら

「私はユーイチだけの便利な女にすぎません」

(これ、使いようによっては世界の仕組みさえ変えられるってことじゃないか)

「いや、間違いなくそれ以上だよ」

ミケもタマも求めた時にだけ絶大な力を行使して来た。

それは先代の帝王の時も一緒だったではずである。

自ら好き勝手に能力を振るわないのは、誰かの為だけにというのが安全弁になっているからだろう。

この世界を作ってきたのは先代の帝王。この世界に飽きて俺と交代した男だ。

あの男はおそらくミケとタマの能力を正確に把握できていなかったのではないか。

「まあ、こんなこと、敵を眺めながら話すことではなかったな」

「あ、いえ、いつでも気になったら聞いてください。優一に不信を抱かれるほど辛い事はないので」


竜族の娘の巣へと転移した。

想像では宝を抱えた巨大なドラゴンが三つ巴になって休んでいるはずだったのだが、

実際には小さな焚火を前に3人の幼女が寄り添って眠っていた。

彼女らの周りには宝でなく、大量の果物や木の実が積まれている。

(ナンダコレハ・・・)

「んんっ」

幼女が1人目を覚ました。

「あ、へいか~」

この間の抜けた言い方は映電に違いない。

「映電」

「はい~」

「寝ていたところを済まんが、状況を報告してくれ」

「はい~、伝送を切って朝まで休めと言われたので休んでいます~」

「それは分かっているが、ええと、姿を変えたのか?」

「はい、この姿が一番魔力を蓄えやすいんです~。竜の姿だと威圧スキルが勝手に働くので~」

「昼間の姿と違ったので少し驚いただけだ。もう良い、眠れ」

「はい~」

休息に邪魔にならないように少し離れることにした。

道に出て、エルフ達が封鎖している方向に歩く。

「なあミケ」

「はい」

「どこから見てもあれは人畜無害な幼女だよな」

「はい、昔は生贄に処女を捧げていましたから、幼女から少女までいろいろいます」

「ん? 生贄?」

「はい、竜が雑食だと知られる前は肉食の神だと信じられていて、国境沿いの村では生贄をささえる儀式が良く行われていました」

「そうなんだ」

「村の近くに飛んで来た竜をヒカリモノで祭壇に誘導して、そこで生贄を捧げていたんですよ」

「詳しいな」

「前の方が好きだったんですよ、その、生きながら食べられるのを見るのが・・・」

「・・・」

前のといえば前帝王である。嗜虐趣味があったのは分かっているので、本当に楽しんでいたのだろう。

ミケはもともと帝王以外には興味を持たない女だ。淡々と説明をする。

「生贄には結婚していない若い女を選び、意識がなくなるまで無理やり酒を飲ませ、裸にして祭壇に横たえておくんです」

「うん」

「そのうちに竜がやって来てきて酒で満たされた内臓を食い破ると、目覚めた生贄は苦しみ叫び、やがて身体から魂が抜け出ますが、それを竜が飲み込み、残った身体も骨ごと食い散らかしてから飛び去るのです」

「げっ」

「生贄を食べた竜は、飲み込んだ魂の生前の姿を再現して擬態することが出来ます」

つまり竜の3人とも複数の生贄を食べてきたという事になる。

「それであの姿なのか」

「はい」

「祭壇に置かれた生贄は自分に捧げられた獲物だという事を理解していたのだな」

「人語を解しますから。呼び付けられて巫女とやらに召し上がれと言われれば、腹を空かせた竜としては断る理由はないですしね」

「なるほど、それで色々な魂の姿を試し、休息に一番適した姿を見つけ出したという事か」

「はい、ユーイチは竜が人間を食べたことを不快に思いますか?」

「思わないな。俺など人を殺しても食うどころか魂の利用もしていないからな」

「もしかして召喚者の事を気に病んでいます?」

「いや、全く」

「それならいいです」

ミケはほっとした表情になった。

































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