第11話
1
「よう、久しぶり」
タマはそう言うと、ミケの正面の椅子に腰掛けた。
呼び掛けたら即座に転移してきたということは最初から覗いていたのだろう。
瞳の色を含めてミケと同じ外見にして来たということは本当の姿を見られたくない、すなわちエルベレスを信用していないということだろう。
「それじゃ始めようか」
正面のエルベレスに視線を移すと、明らかに表情が引きつっている。
まあ、正面に帝王、右側に魔王が座り、左側には記録と称してミケが座っているので見るなと言われても膨大な魔力に圧倒されているだろうことは想像に難くない。
「ちょっとお前ら魔力を隠せ」
「はぁい」
ミケとタマは瞬時に魔力を隠したようで、それはエルベレスのほっとした表情から読み取れた。
「えっと、魔力の色もお姿も同じということは・・・」
「双子だよ、オレとミケは双子」
あっさりとタマはエルベレスにネタばらしした。
「で、これは食っていいのか?」
タマは丸テーブルの中央に置かれた大皿に視線を注いでいる。
大皿には様々な果物が一口大にカットされて積み上げられていた。
「どうぞ、お代りはたっぷりありますので」
エルベレスがそう言うや否やタマは手を伸ばして頬張り始めた。
「うめぇ!オレのところにはない味だ」
あれもこれも口に運ぶタマは一見意地汚く見えるが、実は優一のために毒見をしてくれているというのが分かる。そもそもミケが食事をするのは優一に食事を楽しんでもらうための付き合いであって、がっついて食べるような食欲そのものが存在していないのだからタマにも食べるという行為そのものには執着していないはずだ。
同じ魔力の持ち主なので毒が存在すれば手に取るまでもなくわかるのだが、あえて口にすることで大丈夫だよと見せてくれているのだ。
「どれも最高!」
タマがしているように右手を伸ばして果実を取り、口に入れたなら目の前に置かれたパンで指についた汁をぬぐい取る。
白い果実は甜瓜のような味だ。
「よろしければ魔王様、お土産に準備しておきますわ」
「あー、タマって呼んで」
「あ、はい、私のことはエルベレスとお呼びください」
「エルちゃんか、可愛いね、妖精族の王って感じでいい」
「はい、というか、妖精族という言葉を聞いたのは100年ぶりくらいなのですけれど」
「ああ、先代とは仲良かったからね。先代はエルフ王じゃなくて妖精王と呼ばれていただろ」
「はい」
一体何年生きているんだという探りの視線がエルベレスからタマに注がれる。
「タマは果物が好きなんだな」
会話の修正を試みる。
「獣肉、穀物、果物、どれも食べるために手が加わっているだろ、オレはそういうのが大好きなんだ」
「手が加わると魔力が増えるとか?」
「いやいや、そういうわけじゃなくて、誰かがオレのために時間を掛けてくれたのが嬉しいわけ」
「ああ、なるほど。そういうことなんですね」
エルベレスが微笑んだところで本題に入ることにした。
2
「この会議だけど、丸テーブルでやってるから円卓会議って名前でいいかな」
「まあ、事実だしね」
タマはネーミングなどにはこだわらなそうだ。
「よろしいのですか?」
さすがにエルベレスには立場の序列をつけないという意味が分かったらしい。
「対等だと言ったはずだぞ」
「はい」
「だから王同士ではあるがミケも何か気がついたら口を出せ」
「はい」
「ちなみに記録ってどうやるんだ?」
「決定事項を生命の魔力線を使って伝達します。まあ、帝国外の生物にも伝わってしまいますが、この世界の共通認識になりますし、人間でも貴族でなければ文字など読めないのが普通なので、この方が早いです」
つまり魔力を使った号外のようなものか・・・
「よし、それで頼む」
「お任せを」
「では、この会議の目的だけど、帝王と魔王、そしてエルフ王で世界の運営について概念の共有と方針を策定することを目的とする」
「オレは難しい事わかんないからさぁ、やりたいこと決めてから相談してくれても構わないよ」
まあ、タマはこういう奴だ。
「まあまて、それだとタマが俺の部下みたいになってしまうだろ」
「部下じゃないけど、あんたオレの男じゃん」
「こら」
こういうのを茶化すという。
「男なのですか?」
エルベレスがなぜか喰いついてくる。
「・・・この話は会議の後な」
「はい」
「まあ、ぶっちゃけ今の状況は俺がやりたいことをミケとタマが手伝ってくれているというのは確かだから、それは否定しない。俺は前帝王と入れ替わって日が浅いので、まだこの世界を把握しきれていないというのが正直なところなんだ」
「はい」
「それで、まずは種族の特性だけど、人間とエルフは成長の違い以外見た目は変わらない。ただしエルフには生まれつきの鉄アレルギーがある、という認識でいいかな」
「アレルギーというのは?」
「触れたり体の中に入ったりすると炎症を起こしたり病気になったり、場合によっては死に至るような感じかな」
「はい、それで間違いありません」
「魔族についてはタマが好きなように創造できる魔的な生命体、という認識でいいかな」
「そういう言い方もあるね~」
「で、俺は人間の帝王だから、人間にとっていいように考えるわけで、魔王とエルフ王から見て受け入れられない事についてはスルーしないでその都度教えてほしい」
「わかりました」
「んー、オレは退屈にならなければそれでいいや」
「まずは地域だけど、帝国を中心にみると、帝国の北側に魔族の国が、北東部にエルフの国があるという認識でいいのかな」
「それは違う。魔族や妖精族に国土という概念はないよ。それぞれが住みやすい場所に居ついているだけで、魔族はまあ、魔力の塊だからオレが統御してるし、妖精族は知能が一番高いエルフが頂点にいるというだけ」
「つまりは決まった国土はないということか」
「はい、ですから領土をめぐってエルフと人間が戦いになるということ自体あり得ないんです。一緒にいるのが嫌なら妖精族は住みやすい所を求めて出ていきますので」
「ということは、帝国は人間が住むのに適したところに人口に応じた大きさで保っているというところかな」
「まあ、この大陸に限っちゃそうだね」
「この大陸にってことは、他にも?」
「海を隔てて別に大陸があるということはわかっているよ。魔力の生命線は明らかに海の向こうの方が多いしね」
「はっきりとは分かっていないんだ」
「オレとミケは魔力の分布からこの大陸の大体の形は掴んでいるけど、普通の人間は帝国の外なんてほとんど知らないと思う」
確かに普通の人間には山の向こうにいるものや海の中にいるものの存在など感知できない。
「なるほど」
「前の帝王陛下も国の外のことには興味を持たれませんでした」
ミケが補足をする
「だからエルフにも奴隷にも疑問を持たなかったし、ただの遊び道具でしかなかったです」
「今までの話から考えると、帝王の無関心をいいことに辺境伯がエルフを使った奴隷ビジネスを始め、それを既得権益化しているといった感じかな」
「はい、特に鉱山と農地での使い捨て労働力と性奴隷は需要が大きいので」
大儲けしている、つまりはそれだけ力も蓄えているということか。
「わかった。そこで、今回導入した冒険者制度だが、将来的な姿としてはダンジョンの攻略パーティーではなく、正確な地図の作成と海外への領土拡幅のための偵察部隊、規模が大きくなったなら尖兵としての役割を持たそうと考えている」
「ほへぇ」
タマが驚きの声を上げた。
「じゃあなに、オレは冒険者を鍛えるのが本当の役目なの?」
「端的に言えばそうなる」
「ほへぇ」
「そしてエルフの奴隷も解放していこうと考えている」
「うまくいくでしょうか」
「今のままで手放せというとおそらく反乱がおきる。そうではなくて奴隷を使っている奴がエルフの奴隷を持つよりもいい思いができるとしたら可能だと思う。
タマ、知能は弱いけれど忠実でどんな危険な労働でも死ぬ危険がなく食事や休息が不要な魔物って作れるか?」
「できるよ、姿にこだわらなければ有毒なガスの中で実際に作業させている奴らがいるよ」
「あとは逆に姿にこだわって生殖を目的とするものは?」
「まあ、そっちの方が簡単って言えば簡単。生物の姿を丸々複製できるからね」
「となれば今の奴隷を魔物に置き換えるのは可能だろう。名目とタイミングの問題だろうな。それよりはおそらく測量や造船技術を身につけたものを配置したり育てたりする方が難しいだろうな」
「造船はともかく測量ならエルフがお役に立つと思います」
「エルフが?」
「はい、もともとエルフには探している物や鉱物、行きたい場所などを見つけた時に、2人以上いればそこまでの距離を正確に計算する能力が備わっています」
「そうなんだ」
「問題はそれを紙に表現しようとすると、うまく表せないということです」
「もしかして等高線というものがこの世界にはないのかな?」
「等高線?」
「まあ、これもあとでエルベレスに個別に説明するよ」
「はい」
「ここまでが状況の認識と将来的にどうしたいかという腹案。これからが発表する内容だけど」
「うん?」
「まず、魔王からの申し入れとして『人間と共存したいという魔王に反旗を翻した魔物が勝手に魔王を名乗って帝国内にダンジョンを築いたので討伐をしていただきたい。対価として無償の労働力を提供する』いいかな?」
「いいよ、おっけぇ」
「それに対して帝王は『広く冒険者を募集する。一定以上のレベルに達したパーティーにはダンジョンの魔王討伐以外にも帝国外への冒険クエストと懸賞金を用意する。
パーティーにはダンジョンや帝国外のマッピング要員としてエルフを2名以上配置すること。
ギルドから奴隷供出の要請を受けたなら必ず応じなければならない。その穴埋めにはそれ以上の能力を有する魔物を無償で提供する』これで辻褄あうだろう」
「なるほど」
「エルフ王は『帝国で奴隷として使役されてているエルフ族を調べてギルドに情報を提供する。なお、エルフ族と人間が戦争をした事実はなく。その捏造の歴史の消去と奴隷身分からの解放を要求する』これでどうだ?」
「はい、私の望みと一致します」
「よし、帝王の回答『歴史及び奴隷身分については調査をし、捏造であれば直ちに修正をなすであろう』と、こんなところでどうだ? ミケ」
「理解しましたのでいつでも発信できます」
「それと、『冒険者急増につき、魔族、妖精族を問わず造船や装具の作成等の技術を有する者の移住を歓迎する。また、商取引を活性化させるため、銀貨及び金貨の鋳造を準備する』こんなところかな」
「銀と金ですか。たしかそれらの鉱脈には竜族が好んで住み着いていますので、私の方で交渉してみます」
「妖精族の中には竜もいるのか」
「はい、変身具を使って人間に化けることもできますので、今度謁見させますね」
「楽しみにしよう」
「確認だけど、奴隷の代わりに提供する魔物にはお金やアイテム持たせなくてもいいよね」
「もちろん。魔物というだけで刃を向ける者も多いだろうから、消滅させられた場合、その経緯を記録できると助かる」
「まあ、もともとが魔力の塊だから、それはできるよ」
「エルベレスは何か確認したいことはあるか?」
「エルフ王と帝王の関係ですが」
「妖精族を束ねる王と人間を束ねる王としての対等な同盟関係でいいだろう」
「ありがとうございます」
「私とタマは何かあれば個別に申し上げますので、今までのところを発信しますね」
「ああ頼む。これで会議を終わる」
「やったぁ、ねえエルちゃん、ここお風呂ある?」
「いえ、普段は水浴び程度なのでありませんが、今日は皆さんにお湯くらいなら準備できます」
「じゃあオレんとこ来いよ、ついでにこれから毎日日帰り入浴に招待するよ」
「え?」
「タマが住んでいる場所が魔王温泉だものな」
タマが何かを企んでいるのは雰囲気でわかった。
「そうだったのですね」
「うんうん、エルちゃん可愛いしさぁ、入浴以外にもあれやこれや楽しいこといっぱい教えちゃうよ」
タマの瞳が不敵に光った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます