第9話

目の前ではエルフ母娘が寄り添うようにして眠っている。

見た目は発育の悪い高校生と小学生低学年姉妹、実年齢は気にしないことにしよう。

感動の再会もそこそこにベッドに寝かせて体力を回復させている。

娘が隣にいると心が安定して魔力が暴走しにくくなるということらしい。

まもなく夜明けだ。

ミケはずっとベッド脇でメルミアの体内に残る魔力の微調整をしている。

その様子を椅子に座って眺めていたのだが、

「宿の外に人が集まりつつあります」

という言葉に、昨日見せつけるように使ってしまったに応急手当ての治癒魔法を酒場の男が盛大に言いふらしたに違いないということに思い至った。

「よく解釈すれば治療を求めてだろうな・・・だが、医者になるつもりはない。逃げるぞ」

「はい、では2人を先に馬車に移動させます」

「寝ている状態から大丈夫か?」

「はい、馬車の中で回転させて抱き上げて座らせますので」

言い終わらないうちに母娘は忽然と消えた。

「行きます」

今まで座っていた椅子が馬車の椅子に変わり、隣にミケが座った。

「引き続き辺境伯領に向かいます」

「よし」

動き出しの衝撃と加速感を感じた後は、振動も騒音もない。

さすがにエリカは気が付いて目を覚ましている。

「エリカ」

「はい」

「メルミアが目を覚ますまで、くっついて寝とけ」

「はい」

エリカは素直に目を閉じた。

「ミケ」

「はい」

「辺境伯領はなぜ代官でなくて伯爵領なんだ」

「それは前帝王陛下がそうお決めになったからです」

「伯爵ということは王家の血筋じゃないよな」

「はい、元は商人であったと聞き及んでいます」

「そいつが売り払った奴隷が貴婦人になって戻ってきたら、どういう反応をするだろうか」

「私が伯爵だったら、殺すでしょうね」

「まあ、そうだよな」

この世界では奴隷のみならず女を殺めることに関して倫理的に糾弾されることはあり得ないのだろう。

「その辺をうまく利用してぶっ潰してやりたいんだが、情報が少なすぎる」

「潰すのですか」

「帝国内に貴族領など邪魔なだけだろう」

「はい、そう思いますが伯爵は内戦時からの功労者という、貴族間でも一目置かれた存在です」

「ならば巧妙に仕掛けなければな。俺が言うのも変だと思うだろうが、この2人が受けた苦しみを思い知らせてやりたい」

「御心のままに。構想がまとまりましたらお聞かせください」

「わかった」


沢が道路を横断しているところで馬車が止まった。

喉が渇いていたので助かったと思いながら馬車を降りる。

道路脇の岩のくぼみに水が湧いている。

手を差し入れると痺れそうなくらいに冷たい。

夢中になって水を掬う

「う、うまい!」

(水ってこんなに美味かったっけ?)

「ユーイチ、手を動かさないで」

道に突き出している木の枝から掌にポトリと小さな丸い黄色い果実が落ちてきた。

「柔らかいので皮ごと食べられます」

ミケを見ると丸ごと口に入れて美味そうに咀嚼している。

真似て口に入れて噛むと熟し切った柿のように甘い。

「上手い! ミケ、4つほどとってくれ」

すぐに掌に向かって果物が落ちてきた。

馬車に乗り込み1つを噛み砕く。

とろっとした汁が口の中に広がる。

口の中の汁をメルミアに口移しで飲ませると、メルミアは素直に汁を飲み込んで、ゆっくり目を開ける。

残りの実も一度噛み砕いてから口移しで飲ませるが、嫌がられないのが幸いだ。

飲ませているときにミケが馬車に乗り込んできたのが振動でわかる。

エリカが「代わります」と言わないのは飲んで回復してくれるのが嬉しいという態度全開だからであろう。

「もし目を開けているのがきつかったら眠っていても構わないぞ」

「大丈夫です。商人様」

「メルミア、多分今、商人のステータスが見えていると思うが、魔力的にごまかしている。余の正体は帝王だ」

ミケが偽装を解いたのであろう、メルミアが驚いた表情で目を見開いている。まあ、無理もない。

「な、なぜ私をお助けになったのですか?」

「エリカの母親だから」

お助け下さったでなくお助けになったという表現が引っかかったが、あっさりと答えるとなぜか絶句している。

「エリカは余の妾であるのだからな、当然であろう」

「それで、私がエルフとお分かりになったのですね」

「実は確信がなかった、だから尻に棒が突き立てれる前に買う決心がつかなかった。それは許せ」

「はい」

エリカが微妙に体を震わせている。

「エリカ、馬車の前に川が流れているからおしっこしておいで」

「え、は、はい」

エリカは顔を真っ赤にして馬車を降りて行った。

「ふふ、あの子もう、子供じゃありませんよ」

「わかっている。だが心の成長も緩やかなのだろう? 伯爵どもや奴隷商人どもには酷いことをされたようだが、乙女に戻しておいた。身体が成熟するまで決して手は出さない。そこは安心してくれ」

幼女趣味はないと母親に明言してみる。

「では、その、陛下の夜のお相手は私がすればよろしいのでしょうか」

「無用だ」

娘の目の前で母親と交わるような性癖も持ち合わせてはいない。

「そのような心配はいらん。そのつもりがあれば奴隷から解放したりせん」

エルミアはハッとして自分の胸に目を落とした。

「夢でなかったのですね」

「そうだ。悪い夢はもう終わったのだ」

メルミアはしばらく黙って考えていた。

エリカが馬車に戻って座ると、エリカをじっくりと眺め、また視線を戻した。

「私は伯爵を憎む以上に帝王陛下を憎んでおりました。思い違いをお許しください」

「それは構わん、前帝王は十分に鬼畜だったしな」

「前帝王?」

「余は新米帝王なのだ」

「それで、私は何をするべきなのでしょうか」

「それなんだが、ついさっきまでは辺境伯を潰すための餌にしようかと考えていたのだが、考えが変わった。お前たち母娘が帝国では幸せになれないのならエルフの国に戻っても良い。国までは送って行こう」

「私はもういらないのですか?」

エリカがじっと見ている。

「本音を言えば2人が欲しい。もっとエルフの事が知りたいしな。しかし帝国に残るかどうかはお前の母に一任しよう。王宮にいるよりエルフの国の方がエリカが幸せになれるのなら、その方がいいのだよ」

「わかりました」

メルミアははっきりとした口調で

「一度エルフ王に会い、その上で決めたいと思うのですが、よろしいでしょうか」

「構わない、期限は切らない、というかエルフ王というのは誰でも会えるものなのか?」

「はい。エルフの国にお連れいただければ」

「ミケ、エルフの国の場所はわかるか」

「帝国の場所がわかるかと言われるのと同じ程度の認識です、具体的にはどこへ行けばよろしいのでしょう」

「国境の北側に人を寄せ付けない密林があると思います」

メルミアが記憶を手繰り寄せうようにして答えた。

「ああ、隊商路が大きく曲がっているところね」

「はい」

「着いたわ」

「え?」

「窓の外を見て、ここじゃない?」

メルミアは向かって右側の窓を見て驚いた。

「ど、どうしてここに」

「場所違った?」

「いえ、合っています。けれど馬車は動いていませんし、魔法詠唱も聞こえませんでした」

「魔法で移動はさせたけど、なんで詠唱なんて面倒臭いことをしなければならないのよ」

「ミケ、それを言っても混乱するだけだ。馬車から降りろ」

「はい」

女3人が降りたのを確認して、椅子の後ろに隠しておいた小型のサーチライト型懐中電灯を取り出して右肩からたすき掛けに体にぶら下げ、予備の単一乾電池2個パックを2つポケットに入れた。前帝王の置き土産である。

「ユーイチ、それなんですか?」

馬車から降りるとミケは懐中電灯を目ざとく見つけた。

「密林と聞いたので、一応の用心だよ」

「それでは参ります」

メルミアが歩き出そうとしたとき

「じゃあ、ミケはここに残りますので、気を付けて行ってらっしゃいませ」

とにこやかに手を振った。

「ミケはいかないのか?」

「だって、怖がらせちゃいますから」

「怖がる?こんな可愛い女の子をか?」

「かわいいだなんて、きゃっ・・・じゃなくて」

ミケはまじめな表情に変えて

「種族を統べるほどの方ならここに『化け物』がいることはもう察しているでしょうし、ミケにしてもユーイチにもし無礼な言葉を吐かれたりしたら、その場でこの森ごと消滅させてしまうでしょうから離れていた方がいいのです」

「ああ、第一王女みたいな感じか」

「ああ、そうですね。あそこまで雑魚ではないと思いますが」

(雑魚かい・・・)

「わかった、行ってくる。ミケも気を付けるんだよ」

ミケに軽く口づけをすると、メルミアとエリカの間に挟まれる位置に進んだ。

目の前の木々はざわざわと動き、メルミアに通路を提供し始めた。













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