第8話

前帝王が集めた謎の品物の一部を載せた絢爛豪華な馬車は辺境伯領に向けてかなりの速度で走っている。人ごとのような表現だが、見た目こそ馬車であるがミケが魔法で何かしているのであろう。全く揺れないし騒音もない、ただ窓から流れ去る風景が見えるだけだからである。

「エリカ」

「はい」

「どうして奴隷になったのか、聞いてもいいか?」

隣のミケに話し掛けるのも悪いような気がして、目の前のエリカに質問をしてみた。

「はい、私は奴隷エルフの子ですが、伯爵閣下は屋敷に引き取っていただき、人間として兄弟と一緒に育ててくださいました」

「うん」

「見た目はこうですが、兄弟の中でも年上なので当然勉学など兄弟よりもできてしまいました。兄たちが部屋に押し入ってきて押さえつけられ、奴隷商人から借りてきた焼きごてで印を入れられたのです」

「そりゃひどいな」

「誰であろうと経緯はどうあろうと奴隷の印が押されたら物になってしまいます」

「そうなのか・・・」

「伯爵閣下はすぐに奴隷印を貸した奴隷商人を呼びつけられました」

「焼きごてを貸したことを怒ったのか?」

「いえ、私はもう物だから、この場で鑑定をすると仰いました」

「鑑定?」

「男の奴隷は労働が主なので筋肉だけ見れば良いのですが、女の奴隷は性奴隷が主なので複雑なのです」

「え、女は基本性奴隷なのか」

「はい、雑役が主な王宮とは少し感覚が違います」

「ふむ」

「それで、私は裸にされて背中で手を縛られて、頭の上に足を乗せられた状態で尻と膣に棒を突き入れられました」

「な、なんだって!」

「普通は孕ませないよう尻だけなのですが、私にはその恐れがなかったので両方試すことになったのです。その時の悲鳴は伯爵閣下が気に入ってくださって、私の膣を使って実際に射精までお試しになりました」

「実の娘にかい・・・」

「物ですから娘ではありません。私はとにかく母のところに残りたかったので泣き声に興奮しているのがわかった時には少し希望を持っていたのです」

「そうか」

「ところが、次の長男は尻で射精したのですが、双方の穴とも出血していたため引き抜いた時に血がついたので激昂して蹴飛ばされ」

「おいおい」

「次男は私の口の中に射精したのですが、吐き出してしまったので激昂し・・・」

「・・・」

「結局兄弟4人に髪を切られ、袋叩きにされ、こんな奴はいらないと」

「ひどすぎるな、おい」

「そのまま奴隷商の馬車で生死の境を彷徨っていたら、少女であれば何でも買い上げるという王宮の荷物の方に入れられて、今に至ります」

「そうだったのか、つらい過去を思い起こさせてしまったな」

「いえ、毒味役と言われてこのまま死ぬんだと思っていたのに、身体を綺麗にしてくださったどころか妾にまでしてくださって、とても感謝しています」

エリカを抱き寄せたい衝動に駆られたが、怖がらせてしまう可能性が高いので思い止まった。

「奴隷市がありますが、見たいですか?」

ミケがそっと呟くように声を掛けてくる。

「近くにあるのか?」

「はい、間も無く到着します」

「そうだな、後学のため見学してみよう」


「星空の街」と書かれた門扉のところで馬車が止まった。

ここで馬車を降りるのは普通のようで、門番らしき男はこちらを注目はしているが特に不審がっている様子もない。

「この街には魔力が見える者が多くいますので、暗殺よけに身分を偽装します」

「うん」

「ユーイチは商人、ミケはその妻、エリカは娘という身分を設定しました。ユーイチだけはいつでも魔力を使えるように魔力自体は見えるようにしてあります。」

「すごいなそれ」

「いつでも書き換えられますので、もしお気に召さなければ仰ってください」

「いやいや、これでいいよ」

「では参りましょう」


街は広場を中心に道路が放射線状に整備され、宿屋、酒場、市場などが区分けされ、市場もギルドを中心に同業者が固まっているので迷う心配はなさそうである。

「まずは宿をとりましょう」

そう言うとミケは一番大きな、元の世界の基準でいうとシティーホテルのような建物に先導してくれた。その意味は言われなくとも分かる。安宿をとると商人として舐められるのである。

「3人ですね、こちらにご記入願います」

「俺の名前だけで良いか?」

「もちろんでございます」

「・・・これは辺境の文字で優一と読む。帝国共通語を添えないとダメか?」

「いえいえ、文字に落ちた魔力で判別できますので結構でございます。金色の魔力なので大商人様ですね。相応しい部屋を用意させていただきます」

「ありがとう」

「優一様のお手荷物を運び入れさせましょうか」

「いや、すぐに奴隷市を見に行くからいいよ」

「ああ、なるほど、それでしたらお連れの女は別部屋に入れておきますのでごゆっくりお楽しみください」

「んん?済まない、意味がわからない」

「は?」

「実は奴隷市見るの初めてなのでね、詳しく説明してもらえるだろうか」

「おお、そうでしたか。それは説明が足りず申し訳ありません」

フロントの男の顔は申し訳ないという顔でなく、明らかにカモを見る目だ。

「まもなく広場に市が立ちますが、今日は女市なので参加できるのは男だけでございます」

「女の奴隷ということか」

「はい、良い声で鳴く奴隷は30〜50銭、本日限りの使い捨てならば5銭ほどで手に入ります」

「安いな」

「左様でございましょう」

男の笑顔が卑屈になった。

「最高の部屋で奴隷をお楽しみいただき、出立の際に奴隷を部屋に閉じ込めておいていただければこちらで処分いたします」

「それは随分気の利くサービスだな」

「はい、当宿屋には魔力掃除のできるものがおりますので、部屋中血だらけにしても問題ありません」

「よくわかった、ここにいる女は同じ部屋に通せ」

「は?」

「わからんのか、複数の女とヤルのが好きなんだよ」

「あ、左様でございましたか。それならば一番大きな風呂付きの部屋にご案内いたしますです」

「うむ、よろしく頼む」

つまりこの街では女に人権はないということはよくわかった。

「ミケ」

「はい」

「聞いた通りだ、部屋で結界でも張っておけ」

「ご心配なく、それよりこれを」

渡された小袋はずっしりと重い。

「鋳造したての銅銭が100枚入っています。足りなければ魔力を繋げてくださればいくらでも補充しますので」

「好きなだけ奴隷を買ってこいと聞こえたが」

「はい、気になった者がいたら好きなだけお連れください」

(気に入った者ではなく気になった者か、ミケは何かを感じていると言うことだな)

「わかった、行ってくるぞ」

ミケを抱きしめて無理やり口付けをした。もちろんフロントの男に見せ付けるためである。


広場に出ると中央に朝礼台のような台がおかれ、台上の左側に小さな机のような物が置かれている。右側では男が何かを話している。多分その男が奴隷商人なのであろう。台の手前は男たちで溢れ、よく状況がつかめないので前の方へ出ることにした。

「ん?」

ちょうど同じタイミングで広場に来た体の大きな筋肉質の男が話しかけて来た。

「おめえ、見ねえ顔だな」

「今この街に着いたばかりでね」

「商人か!」

「そうだ、奴隷市をやっていると聞いて」

「今日は女ばかりだがいいのか?」

「旅の間ご無沙汰だったからな、1人くらい買えるといいんだが」

それを聞いた途端男はがははと笑い出した。

「おーい、商人様のために場所あけろや」

すると目の前にいた男たちは両脇に退き、台の正面の最前列にこの男と陣取ることができた。

「ここの顔役?」

「いやいや、ただの酒場のオヤジだ、がはは」

酒場の主というだけにしては周囲の男の態度が恭しすぎる。おそらくはその酒場で食客を養っている侠客といったところなのだろう。

「今台の右側に女が並んでいるだろう」

言われて目を向けると、確かに10人程並んでいる。

「あれが今日の商品だ。おめぇ、奴隷を買ったことは?」

「今日が初めてだよ」

「そうか、じゃあ説明しよう」

システムの説明はありがたい。台上にいる男は特に何も言わないので拝聴することにする。

「女は売れそうな順に並んでいて、ここにいる連中はもう目星をつけてやがる」

「そうなんだ」

「相場は見ていりゃわかる。まず女を一人ずつ台にあげて競りをするから、欲しけりゃ金額を口に出せばいい。競り勝ったら台の左にいるジジイに金を渡して奴隷をお持ち帰りだ。気に入った奴隷がいなくなったら途中で去って構わん」

「理解できた、ありがとう」

「おう、じゃあ、始めようや」

最初の奴隷が台に上げられた。

黒髪の長髪で肉付きの良い20代前半に見える女である。

「この女は山賊が襲った馬車の中にいた、もとは貴族のお姫様だ!いい声で鳴くぜ!」

奴隷商が煽り文句を口にするとすぐに男たちが喰いつく。

「聞かせろ!」

「声を聞かせろ!」

女は何をすべきか知っているかのように、左に置かれた机に向かい、こちらに背を向けて机に手を突き、尻を突き出した。

奴隷商人が貫頭衣をめくると尻が丸出しになった。

「さあ、いい声で鳴けよ」

奴隷商人はそう言うと手に持っていた棒を女の肛門に突き立てた。

女の悲鳴を聞くと、即座に隣の男が「30!」と叫び31・33・34と数値が上がって行き、42の値をつけた初老の男のものとなった。

「今日はあれを聞きまくるのか、いいなぁ」

若い男たちは悔しがり、その女だけを狙っていた者は広場から去った。

次に台に上がったのは少し痩せ気味の10代後半に見える女で、悲鳴というより絶叫に近い声が上がり、値段は前の女よりもつり上がり、53銭で中年太りの男が落札した。

「40銭以上になると、若い衆にはきついからなぁ」

酒場のオヤジはやれやれという表情をしている。

3人目の女はそこそこ肉付きの良い10代後半に見える女で、高値がつくだろうという下馬評に反して、歯を食いしばって少ししか悲鳴を出さなかったため、10代の若者が5銭で落札できた。

つまりは悲鳴の良し悪しで価値が分かれるということはわかった。

4人目以降は皆小柄で痩せており、広場に残った男は10代の若者が主になった。

「あれ? 値が釣り上がらない」

「ああ、9人目までは申し合わせているからな、こいつら。いい悲鳴が聞ければ競りになるが、そうでなければ余計な銭を使わない、そういうことだ」

「9人目?」

「10人目はいつも並んでるが声を出さないし見た目も悪いので買い手がつかん」


9人目の女が競り終わった時に若い男たちは去り、酒場の男と2人になっていた。

台に昇った10人目の女を観察した。

女は栗毛のロングだが手入れが悪くハネまくり

小柄で痩せぎすで、10代前半と言ったところ

目は虚ろで表情がない

手足は細すぎて立っているのもやっとのようである

棒を突っ込まれても無反応

ただ、何かが引っかかる

ミケが言った気になった者というのは、多分この女のことだろう。

「なあ」

「なんだ」

「あれ、買ってもいいか?」

「あれをか?」

「そう、俺の趣味に合う」

「まあ、いいが、いくら出す?」

「100だ」

「なに!?」

「もっと出してもいい」

「ふざけるなよ、どう見ても2銭の価値があるかどうかってところじゃねえか」

「だが、あれがいい!」

「わかったわかった、おーい」

奴隷商に男が声をかけた。

「そいつを商人様が100銭で買い取りたいとのことだが、文句はないよな」

「100銭! もちろんでございます。どうぞお持ち帰りを!」

左側にいた会計のジジイが恭しくやって来た。

「ほら、ここに100銭ある。確かめてくれ」

ジジイは袋を開くと驚きの声をあげた。

「これは!」

男も一緒になって覗き込む

「おいおい、新品の銅貨じゃねえか、ピカピカしてる銅貨100枚だと120枚ほどの価値があるが、いいのか?」

「おう、これであの女は俺のものでいいんだよな」

「もちろんだ!楽しめよ!」


台に上るとひどい悪臭がした。

脚から下半身にかけて固まった糞尿は何度も突き入れられて裂けた肛門から垂れ流されたものであろうし、血はおそらく内臓を傷つけたものだ。

魂が抜けかけているのが本能的にわかった。

「おい」

「は・・い」

「お前はエルフだな」

耳は尖ってはいないが、この女はエルフに違いないという確信があった。

「は・・い」

「今からお前の下半身を治すから、生きるのを諦めるな」

「は・・い」

(キュアウォーター)

急ぎ、この女の下半身に水がまとわりつくイメージをする。

下半身が立体的に浮かんだところで裂けた肛門から水を中に流し入れる。

糞尿が消え、血が止まったところでお姫様抱っこをする。

奴隷商人が驚いて見ているのがわかる。

「つかまれ!」

魔法を解いていないので水の感触があるが、構わずそのまま台を駆け下りて宿へと走る。

「部屋はどこだ!」

扉を蹴っていきなり宿へ飛び込んだのだが、フロントの男は驚いた様子もなく

「奥でございます」

と指差した。

部屋の扉は自動で開いた。ミケの仕業だろう。

「ミケ」

「はい」

「この子を完全に治せ」

「はい」

「奴隷印を消して全身を美しく整えろ」

「はい」

「あの、どうして」

女が微かな声で呟いた。

「お前には娘がいるな?」

「は・・い」

「会わせてやる、しっかりしろ」

「・・・」

「ミケ、伯爵夫人の身分を付与できるか」

「はい、付与しました。ですが衰弱がひどいので、魔法の付与は後日に」

「それで良い、緑のドレスを着せろ、軽いやつをな」

「はい」

ふわっと薄絹でできたようなドレスが纏わりつく

「私を、ご存知なのですか?」

「いや、初対面だ。汝の名は?」

「メルミアです」

「メルミアの娘はエリカで合っているな」

「はい」

「エリカは帝王の妾となり、今ここに居る」

「ええ?」

「ミケ、エリカは?」

「風呂です」

「とにかく汝はもう奴隷ではない、伯爵夫人として風呂上がりの娘に会え」

「は、はい」

理解がついて行けずに混乱しているが、魂が抜け出るのは阻止できたようである。

ソファに座らせるとメルミアは軽く目を閉じた。

とりあえず死ぬ心配はなくなったが衰弱がひどい。

「麦がゆをもらってきます」

ミケが部屋を出て、すぐに麦がゆ入りの皿を持ち帰った。

この速さは予見して準備させていたに違いない。

メルミアには咀嚼する気力もないであろう、口移しで与えようと優一は思った。





















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