第7話
1
エリカの部屋は客間、居間、寝室の3部屋のある大きな部屋で、調度は若草色で揃えられ、桃色が主張してくるゾフィーの部屋から来るとホッとする。
エリカの部屋でご一緒に朝食をというミケからの連絡に感謝だ。
「おはようございます」
エリカから元気に挨拶された。
ミケとエリカは客間のテーブルに既についている。
テーブルを挟んで左の長椅子にミケ、右にエリカである。
もちろん真っ直ぐミケの隣に向かう。
「ミケ」
「はい」
「寂しくなかったか?」
そう言って隣に座ると、身を寄せてきて上目遣いで視線を合わせる。
「寂しかったですよ、でもこうしてすぐに寂しさを埋めてくださるので嬉しいです」(か、可愛い・・・)
ミケの髪を弄っていると、テーブルの上のグラスに気がついた。
グラスには朝から葡萄酒が入っている。
優一が前の世界で何度か付き合わされた接待の場に出ていたようなものではなく、甘く濃厚な、蜂蜜に似た感じのものである。
それを軽く口に含んでミケの唇からゆっくりと流し込んでみる。
ミケはうっとりとした表情でそれを飲み込む。
調子に乗ってミケの口に舌を入れてみる。
ミケは嫌がるどころか嬉々として絡めてくる。
「うぉっ」
これは超高度な技ではないか!
暫くそうして感動していたら、いきなりミケが目を開けた。
女性が目を開けるとキスが強制終了になるというのは初めて知った。
「2人が腹ペコだと思います」
そうだった、とゾフィーとエリカに目を移すと、2人ともにこやかにしている。
(生ぬる〜く見守られていた・・・)
「料理を」
姿勢を正したミケが指示を出すと恭しく料理が運ばれてきた。
運ばれてくる態度は恭しく食器は豪華だが、食事内容は3食とも同じ
パンに煮込まれた野菜、そして肉の塩茹で
野菜と肉の種類は変わるが基本的にはどこでも一緒で、身分が高いと好きなだけ量が食べられるという違いしかない。
「前の奴がいかに食べることに興味なかったかわかるな・・・」
「?」
ミケが言っている意味がわからないという顔をしている。
「ミケは甘いものは好きか?」
「果物ですか? 大好きです」
(やはりな)
「果物ではなく、砂糖というものがあれば、小麦でミケの好きな甘いものも作れるんだが」
「砂糖・・・聞いたことないですけど、もしかしたら地下にあるかもです」
「地下?」
「はい、前帝王陛下がよく使い方のわからないものをどこからか取り寄せられては地下に貯めていらっしゃいました」
「そうか、あとで案内してくれ」
「はい、あの、ユーイチ」
「ん?」
「ミケのこと大事に思ってくださるのは嬉しいのですけれど、あまり小麦を使われると臣民に行き渡らなくなるかもしれません。小麦を使った酒造りを禁じているくらいなので・・・」
「わかった、頭に入れておくよ。あとは芋ってわかる?」
「いえ」
「それもあとで探そう」
どうやら食糧事情は中世とあまり変わらなそうである。
かと言って見たことのない作物をいきなり魔法で出現させることは危険であることくらいは本能的に理解できる。不特定多数の臣民に対する「奇跡」は慎重に行う必要があるのだ。
甜菜や芋は後から考えよう。
「ユーイチ、はい」
ぼーっと考え事をしているうちにミケがナイフで肉を細かく切って口に運んでくれる。ミケの指は汁でぐっしょり濡れているので指も舐めてしまおう・・・
「ゾフィーとは楽しめました?」
今日はいい天気ですねという程度のノリでさらりと聞いてきた。
「あ、まあ」
(これ、下手な答え方したらあかんやつだ)
本妻に妾の目の前で妾と寝た感想を聞かれているのである。
「お前の知るとおり俺はおっぱい好きだからな。なんか自分だけが楽しんでしまったような気がする」
途端にゾフィーの顔が真っ赤になる。
エリカは話聞いてませんよという態度でひたすら野菜を口に運んでいる。
「あら、ゾフィーは楽しくなかったの?」
「い、いえ、そんなことは」
「本当は?」
「・・・太い棒でかき回されて苦しかったですけど、嫌ではなかったです」
「ふーん」
どうやら想定内の回答だったらしく、ミケはあっさりと矛を収めた。
2
「きゃっ」エリカの声がした。
転移したのは真っ暗な空間、しかしすぐに全体が明るくなり、たくさんの部屋のある広い空間が目の前に現れた。
「ここが王宮の地下です」
「明るくなったのはミケが照らしている?」
「はい、ここは魔力を遮る造りになっていますので魔法使いでも松明を持ち込まない限り真っ暗で何も見えません」
「遮っているミケは好きなように明るくできるということか?」
「そのとおりです」
つまり、前帝王がこっそりとミケに隠れてここに何やら溜め込んでいるのをミケは知らん振りをして照らしてやっていたということである。
「お前、本当によくできた女だな」
ミケは小首を傾げた。
「ざっと配置を説明してくれ」
「はい、階段を降りた正面にあるのが拷問部屋です」
「拷問部屋!?」
すごく中世っぽい響きである。
「前帝王陛下がお好きで、いつも奴隷を連れ込んで遊んでおられました」
「遊び場なのか・・・」
「はい、情報が必要なら魔法で引き出せます。身体を損壊させる必要はありませんので」
「奴隷も災難だったな」
「まあ、彼女らの悲鳴が囚人たちを怯えさせるのには役立っていたとは思いますが、責め殺されてしまうとさすがに治癒できないので、それだけが頭痛の種で・・・」
(鬼畜すぎる・・・)
「何度も何度も殺されかけた奴隷がいるってことだな」
「はい」
「後でその者たちに会いたい」
「わかりました」
「本当に奴隷は物なんだな」
「はい、奴隷商にしてみればいくらでも商品が売れるので、帝王陛下は最大のお得意様です。女子の奴隷は優先して回されます。逆に言えばゾフィーやエリカともそれで会えたようなものですけど、帝王陛下が変わられて本当によかったです」
「その部屋、残しておく意味はある?」
「ユーイチに奴隷を縛り付けて苦痛を与えたり杭を刺したりバラバラにする趣味がなければありません」
「ないよ、そんな趣味」
「では、消してよろしいですか?」
「ああ」
一瞬にして部屋は消え、広い空間が残った。
「こちらが前陛下が持ち込まれた物です」
扉の向こうに出現した風景は、あらゆる商品をぎゅうぎゅう詰めにディスプレイした前世界の某総合ディスカウントストアを彷彿とさせる。
「これはすごいな」
「はい、何に使うものかわかりませんが」
まあ、娯楽の発展していない世界でゴルフクラブやラケットを見せられても意味はわからないだろう。野球バッドなら武器だと思うだろうけれど。
「これはなんでしょう?」
エリカの目が輝いている。
きっと前世界に生まれていればショッピング大好きな女の子であっただろう。
「ああ、それはね、ジョウロといって花などに水を与える道具だよ」
「花に水を与えるのに道具を必要とするのですか?」
「ここではすべての植物をミケが管理しているのだろうけど、他の世界ではミケのように魔力を使える有能な管理者はいないんだよ」
「なるほど、帝国の外の世界の道具なんですね〜」
「これはなんですか?」
ゾフィーは目覚まし時計に興味津々のようだ。
「時計という、時を刻む道具で、時を知ることができる代わりに時に支配される」
「これはなんですか?」
エリカがワクワクした声で聞いてくる。
「サーフボードといって波に乗る道具だよ」
「波?」
「海という場所で見ることができる。今度みんなで一緒に遊びに行こう」
「はい」
「ユーイチ」
「どうした?ミケ」
「こちらに変なものがあります。毒です」
ミケが招く場所に急いで行くと、そこには袋一杯のジャガイモがあった。
ジャガイモはもう発芽が始まっている。
「これが芋だよ」
「芋、ですか」
「毒なのは芽のところだけで、白い部分は食べられるんだ」
「食べられるんですか」
「よく見つけたね、この辺は食料なのか」
たくさんの袋にはマジックのようなもので名前のようなものが書かれている。
おそらくそれは品種名で、前帝王が譲り受けたか盗んだかした時のものだろう。
「ん?」
記憶に引っかかる名前が書かれた袋に気がついた。
「クローナって、確か甜菜じゃなかったっけ?」
「甜菜って、いつも食べてる野菜ですよね?」
「あ、そうだけど、葉っぱを食べる甜菜じゃなくて、葉っぱを取らずに置いておくと根っこが大きくなって、そこから甘い砂糖ができる種類のものなんだ」
「そうなんですか」
「うん、今は小麦と甜菜を交互に作っていると思うけど、そこに芋や豆を加えると畑に無理がこないし、甜菜も甘くなる。最悪小麦が育たないようなところでも芋はできるはずなんだ」
「詳しいですね」
「前にいた世界でそういうことをしている所があってね、学校で習った記憶があるんだよ」
「学校?」
「うん、それについてはまたいつかね」
「はい」
しかし、もし本当に今が中世なら、ここにある物は全てチート級のものだ。
使えば臣民の生活が画期的によくなるだろうに、放置していたということは面倒だったのか・・・
「ちなみに聞くけど、畑の酸性度の管理や窒素などの栄養の管理もミケがやってるの?」
「はい」
やはり女神級の存在である。
その存在を自由に使える帝王はチートコマンドを使えるシミュレーションゲームのゲーマーのようなものだと優一は理解した。
3
ホールに麻袋のような粗末な貫頭衣を着た少女100人余り
全員が額を床につけている。
(どんなエロゲだよ、これ)
「ああ、いい、いい。全員立て、余に顔を見せよ」
全員が一斉に立ち上がる。若い。制服を着せたらJCの集団にしか見えないだろう。
「ユーイチ、最初に言っておきますけど」
「ん?」
「奴隷印は思考を歪めます。主人から何をされても何を言われても喜びと感じるようにです。例え四肢をもぎ取られようとです」
「そうなのか」
「ですから、前帝王がしたことに対してこの子たちに罪悪感を持たないでください」
思わずエリカを振り返って見ると
「はい、私は何人か主人が変わっていますが、恥ずかしかったり痛かったり苦しかったりはしても主人を喜ばせるのは当然だと思っていたので恨んだりしたことはありません」
「今も?」
「今は身分を引き上げていただいたことに感謝がいっぱいです」
「そういうものなんだ」
道理でひどいことをされて来ただろうに睨みつけてくる視線を感じないわけである。
「この中に貴族はいるか?」
「おりません、元は農村から売られるか攫われるかした平民の出です」
「帝国内に実り豊かな土地で空き地になっているところはあるか?」
「ございます」
「ではゾフィーに命ずる」
「はい」
「この者たちを率いて帝王直轄の農園を経営せよ」
「経営、でございますか」
「その通り、そなたに土地を下賜する。そこに麦、甜菜、豆、芋の畑を作り、収穫したなら隣の畑の作物を植え付けていくのだ。失敗しても良い。農機具と種などはミケに送らせる。できた作物をどうするか、これも一任しよう」
「下賜ということは、そこで暮らせということですね」
「そうだ。そなたに相応しい屋敷とこの者たちの家も準備させよう」
「ありがとうございます」
「余は時々そなたのもとに参る。その時に働きの良い者が居れば上申するが良い。奴隷から平民に取立てよう」
ホール内が騒ついた。彼女たちにも理解ができたという証である。
「聞け、ゾフィーも元は奴隷であったが、その素晴らしい資質により今は王家に近い身分で取り立てている。汝らの主人としてこれほど相応しい者はない。誠意を尽くし心から仕えよ」
そう言いながらゾフィーを抱き寄せ、口付けをする。
「税など細かいことは気にするな、これはな、お前の故郷でもできる作物があるかどうか見極める実験なのだ。小麦を手に入れるために女が体を売ったり娘を奴隷として売り払わなくてもいい、そんな世界にしたいのだ」
「わかりました」
「行け、次は農園で会おう」
そう言った刹那、ホールから優一、ミケ、そしてエリカ以外の気配が消えた。
「ミケ、苦労をかけるが細部は頼むぞ」
「お任せを、ところでユーイチ」
「ん?」
「ゾフィーの素晴らしい資質って何? やっぱりおっぱい?」
大笑いしてわざとミケの胸を揉む。ミケも嫌がることなく笑う。
ゾフィーとはしばしの別れであるが、寂しくさせまいというミケの心遣いがとても心地よい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます