第6話
1
「そろそろ休憩しませんか」
ミケはそう言うと机の上にワイングラスの形をした玉でできた杯を出現させた。
「酒?」
「いえ、これは薬草の根を煎じたもので、なんとなーく疲労が回復します」
「ふむ」
グラスを手に取り、琥珀色の液体を口に流し込む
(げ、激マズ・・・)
青臭いネチャーッとし味だが、ミケの目の前で吐き出すわけにはいかない。
苦労して飲み込んだ。
奥にいたエリカにも飲ませたのであろう、グエッという声がする。
「いかがでしたか?」
味のことを聞かれたのだろうが、ミケをがっかりさせたくないので仕事の話にすり替える。
「報告書になってない。ダメだな、各部門検査の必要がありそうだ」
「そうですか」
「エリカ、そっちはどんな感じだ」
「同じような請願が多いです。数出せばいいって物ではないでしょうに」
「どんなのが多いんだ?」
「はい、一番多いのが騎士を貴族に列するようにというものです」
「却下だ、代官が勝手に雇ったゴロツキを面倒見る筋合いはないからな。他には?」
「代官ではなく昔のように貴族には領地をいただきたいというのも多いですね」
「却下だ」
「他にはジョブチェンジを認めて欲しいと」
「それは帝王に請願するようなものなのか?」
「いえ、それぞれのギルドでできるはずです」
「司祭のような宗教がらみを狙っているなら潰さねばならないからな。何が足りないのか具体的に書けと」
この世界に教会など蔓延られたら優一にとって邪魔でしかない。
(帝王が他人に倫理観を押し付けられてたまるか)
あくまでも共に世界を統べるミケが嫌がらないかどうかが優一には重要なのである。
「わかりました」
「どちらも見る価値がないと分かったのが今日の成果か・・・」
やれやれ、である。
「だったら、夕は後宮に戻ってゾフィーのところでゆっくりしませんか?」
「そうだな、ゾフィーのところで話でもしようか」
ゾフィーの部屋はピンクを基調としており、知らない人が見たら風俗店かと思うような調度品が揃えられている。きっと前魔王は何度かあちらの世界に抜け出したことがあるのであろう。
天井にはミラーボールまである。
この世界にカラオケや新幹線があってももはや驚くまい。
とは言えピンクピンクした空間で意味不明なミラーボールを回すこともなく、その手の接客をしたことはないであろうゾフィーが優雅に座っていると、確かに異世界だという感じはする。
「ゾフィー」
「お帰りなさいませ」
ゾフィーは立ち上がることなく満面の笑みで迎えてくれた。
優一が妾に望むのはまさにこの態度である。
ゾフィーは脚が長いので、隣に腰をかけると肩に腕を回すのにちょうどいい塩梅になる。
「おっぱい揉ませろ」
エロオヤジモード全開で空いた右手で胸を鷲掴みにする。
ゾフィーは嫌がるどころか体重をこちらに預け右手の上に軽く掌を被せる。
感じる場所に誘導しますという合図だ。そちらはお任せモードにすることにした。
ミケとエリカを見ると立ったままジト目を送ってきていたので空いている斜向かいのソファに腰掛けるよう促す。
「いきなりこれですか・・・」
ミケがため息をつく
「ミケの美しい整った胸は好きだが、こんな風に乱暴に揉んだら痛いだろ?」
「大きければ痛くないってものでもないんですよ。まあ、それはいいとして」
(いいのかい)
「ユーイチ、ちょっと魔法を使ってみませんか?」
「魔法?」
「はい、普通の魔法使いでは使えない、私とタマとユーイチだけが使える黄金魔法です」
「ああ、そう言えば第1王女がなんか言ってたな」
「はい、まあ、胸は揉んだままでいいですので、『ミケよ魔法に手を貸せ』と唱えてください。私から魔力を引き出して魔法を使えるようになります」
「ミケよ魔法に手を貸せ」
「や、柔らかい」
「ん?」
「失礼しました。今感覚が共有されています。遠隔操作しちゃうことも可能ですけど、せっかくなので覚えてくださいね」
「お、おう」
「口に出す必要はありません。頭の中で『キュアウォーター』と唱えながら水がミケの体を包み込む想像をしてください」
「いや、せっかくだしゾフィーの体を借りよう。ゾフィー身体を借りるぞ」
「ご随意に」
(キュアウォーター)
首から下の部分を水で包み込むような想像をしてみる。
「うぉっ」
いきなり裸体が見える。
首から下の3Dモデルで、肌の上に透明な液体が纏わりついている。
「上手です。今水が触れている部分に汚れや傷があれば、その水が勝手に汚れをとり癒します。」
「へぇ」
「そしてこれはこういう使い方ができます」
ミケは首から水を一滴引き剥がし、水蒸気に変えてゾフィーの鼻から入れて胃の中に下ろした。
「こうすると、例えば毒で焼けただれていても治すことができます」
その水蒸気に意識を合わせると、好きなように動かすことができる。
「これって視覚につなげることも可能なのか」
「可能ですが、体の中を見たいのですか?」
「いや、やめておく、見たところで診断ができる医者じゃないしな」
つまりやろうと思えば魔法で内視鏡検査ができるということだ。
「ゾフィーは水が体を包んでいるのはわかるか?」
「いえ、何も感じません」
「じゃあ、これは?」
水蒸気ではなく水をそのまま肛門から大腸へ入れてみる。
「ひゃっ」
「そうか、動かせば感覚が働くのか」
体を包んでいる水を少し回転させてみる。
「あう・・・」
間違いない。
「ユーイチ、次は水を水滴に、そして大気に還る想像をしてみてください」
水の塊が一粒一粒の水滴に、そして空中に、消える
「いきなりでできてしまうなんて、すごい才能です!」
ミケが絶賛する。
「これさ、応用すればいきなり雨を降らせたり、水を干上がらせるのも可能ってことか?」
「はい、その程度のことでしたら可能です」
(その程度なのか・・・)
「では『ミケよ、魔力を満たせ』と唱えてください」
「ミケよ、魔力を満たせ」
「はい、これでユーイチの魔力が減っていれば補充をして接続を切ります」
「ということは今はミケと共有していた感覚が切れているんだな」
「はい」
「魔力が減っていたらというのは?」
「はい、私とつながった状態で魔法を使う限り魔力が減ることはありませんが、ユーイチ独自に魔法を使えばその分魔力が減りますので」
「ということはミケに隠れて魔法を使うことも?」
「可能です」
「こっそり魔法を使って、魔力の補充だけ命じるというのも?」
「可能です」
「もし魔力を使い果たしてしまったら?」
「ユーイチは意識を失って、ユーイチの身体はミケが気を追える程度の微弱な魔力を作るのを優先します」
「ミケがいつも言う気というのは魔力だったのか」
「はい、種類や強さは様々ですが、誰の身体にも魔力は蓄えられています。魂が抜ければ魔力も完全に抜けます」
「そういうことか」
「あ」
「ん?」
「第1王女がすごい勢いでこちらに向かっています」
「ほう」
「止めますか?」
「いや、好きにさせろ」
「わかりました。危害が及ばない限り知らぬふりをしています」
「ああ」
2
第1王女がピンクピンクしい部屋の扉を開けた途端、めまいを起こすほどの猛烈な魔力を感じた。
部屋の一番奥には姿だけは前帝王そっくりの男がこの部屋にいた妾ではなく見ず知らずの女と乳繰り合っている。
問題はその手前にいる女で、凄まじい量の魔力を天井のところでぐるぐると回し、あきらかに王女を威嚇している。
その前にいる幼女は昼寝の真っ最中のようだ。
「陛下!」
王女は大声で叫んだ。魔力の暴風が声を遮るに違いないと思ったからだ。
「なんだ?」
帝王はあっさりと答えた。
「陛下、私に仕事をお命じください」
「ん、じゃ5日やるから後宮を含めた王宮内の全ての部署の仕事内容、問題点とその対策の案をまとめておけ」
「はい」
「王宮内の調査に関しては全権を与える。以上だ、かかれ」
3
「優しいですね」
寝たふりをしていたエリカが目を開けて
「一人でやれとはお命じにならなかった」
「それだけじゃないわよ」
ミケが感心したように
「全権ということは、あの子の質問に答えなかったり嘘を言うとユーイチに楯突くのと一緒だから、体の中の魔力が暴走してすごいことになるわ」
「そうなのか?」
優一は自分にそれほどの力があるとは思っていなかったので驚いた。
「はい、魔力が見える子ですから、相手が嘘をつけばすぐに見破れるでしょう」
「俺としては結構ブラックなことやったかと思っていたんだが」
元の世界のセオリーなら、何ができるのかを申告させて、それよりも少し難易度の高い仕事を与えて成長を促進させるのがホワイトなやり方で、こういう能力関係なしでヒントなしの仕事の振り方はブラックな「できなきゃ寝る時間削ってでもやれ」という従業員をただの消耗品として扱うやり方のはずである。
「馬鹿認定されたら平民に落とされると思って必死なのでしょうね」
「ふむ、じゃあ期待させてもらおうではないか」
「はい、ではまあそちらは良いとして、タマに送る銅銭ですが」
「うん」
「あまり撒き散らしすぎると銅銭が市場に溢れて物価が高騰する恐れがあります」
「それはそうだが、それは銅銭の量だけで解決する問題なのか」
「今のところはそうです」
「今、新しく鋳造した銅銭はどのように分配しているのだ?」
「はい、毎月各ギルドから錆びついたり変形した銅銭を鋳造所に送ってきますので、同じ分量の新しく鋳造した銅銭を配分して帰しています」
「ならば、銅銭が過剰に出回る前に輸送中の銅銭を魔物に襲撃させれば魔王討伐の正当性も付与できるしいいのではないか」
「そうですね、タマも今の話は理解したと思います」
「お前ら、便利だなぁ」
「はい」
ミケはにっこりと微笑んだ。
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