外道魔術師と橙髪の青年

橙髪の青年

 第五国立魔導学校含め、世界に点在する魔術学校は家政婦メイドを雇っている。

 主に学内に設けられている学生寮の清掃や、食堂での調理などの家事全般が仕事だ。

 第五国立魔導学校でも、男女それぞれの寮で五〇名ほどの人数を雇っており、毎日シフトが組まれて順に働いている。

 彼女達は元々教会で育てられた戦争孤児であったり、両親が不明であったりと何かしらの事情を抱えている者が多く、大体は行き場がなくてやって来る者達ばかりだ。

 修道女、ジェメニー・アリサもその一人だった。

 だからいくら文句を言ってもしょうがないし、追い出されたら行く当てもないので頑張って働くしかないのだが、家事手伝いならともかくとして、ジェメニーにはどうしてもやりたくない事があった。

「メアリリード。カルラネラ。ジェメニー。今日女子寮で、風邪を引いて発熱した生徒がいるらしいので、お医者様が来るまで看病をお願い」

 これだ。

 今日はまだ女子だから良いが、これが男子だと最悪だ。色々と溜め込んでいるし、学生によっては研究道具とかで散らかり放題だったり、看病してやった恩を勘違いして好意を持ってきた事からトラブルになったりと、とにかく男子の看病だけはしたくなかった。

 が、女子も女子で面倒だ。

 種族によっては肌を見せたくないと駄々を捏ねる生徒もいるし、スッピンを見せたくないと化粧なんかしたがる生徒までいる。

 また、看病には特別チップを払わねばならないため、苦学生はとにかく嫌がる。

 結局病気が長引いて、出席日数を確保出来ずに単位が取れないなんて事になったとしても知った事ではないと言うのに、いざそうなったら責任を押し付けて来たりする生徒もいるから、看病の当番になるのだけは本当に嫌だった。

 が、命じられれば拒む術はない。

「こんにちは。メアリリード・シフォン。カルラネラ・ティラルタ。ジェメニー・アリサが参りました。お加減は如何ですか?」

 相当熱が高いらしい。

 顔が真っ赤で汗だくで、ガラスに当てれば白く曇りそうな、熱の籠った呼吸を荒く乱しながら繰り返している。

 とても大丈夫そうには見えなかったし、当人も言えなかったのだろう。返事はなく、並ぶ家政婦メイドを順に見て、荒い呼吸をただ繰り返していた。

「とにかく、まずは体を拭きましょう。カルラネラ、ジェメニー、手伝って頂戴」

 メアリリードに促されるまま、生徒はゆっくりと体を起こす。

 今回は素直な生徒でよかったと安堵していたら、分厚い布団から出て来たのは、まるで一国一城のお姫様のような、もしくは職人が丹精込めて作り上げた人形のような青年だった。

 空やずっと眺めていたせいで染まったような青い瞳に見つめられると、言葉が詰まって出て来ない。

 熱で紅潮する肌は陶器のように白く、シミもニキビも一つもないため、背中の大きな傷がもったいなく感じられるくらいに綺麗で、同じ女性として羨ましかった。

 結んでいたのをほどき、長く伸ばした橙色の髪は、まるできめ細かな絹の糸だ。これが一番、ジェメニーの言葉を頭から奪い取っていた。

「ジェメニー?」

「……い、今やるって」

 同じ女性でさえ、触れるのが憚られるほどの美しさと艶めかしさ。

 汗で濡れた体に橙色の髪がベッタリと張り付き、まるで彼女の裸体を隠しているようで、どことなく色っぽい。

 さながら、雨露に濡れた果実のように瑞々しく、汗臭いはずの体から甘い匂いが漂っているような気がする。

 三人の家政婦メイドは、柑橘系の果物を浸して置いた冷水で絞ったタオルで体を拭いてやり、髪も同じ様に拭いてやってから、花の香りがする香水を吹きかけて消臭。新しいシャツに着替えさせた。

 着せ替え人形を着替えさせたかのような、予め彼女のために作られていたかのような治まりように、ジェメニーは驚きを禁じ得ない。

 今さっきまで汗だくだったから拭いたとはいえ、そこまで落ち着くものかと、そこまで美しく整うものかと思わざるを得なかった。

「……はい。三九度二分、ですね。もう少しでお医者様が到着なさいますから、もう少し辛抱なさってくださいね」

「は、い。ありがとう、ございまし、た……」

 風邪で喉を傷めているのだろうが、静かで可愛らしい鈴の音を思わせる声。

 熱を含んだ涙を孕む目に見つめられて、きぅ、と締め付けられる胸の感覚と共に言葉を呑み込んでしまって、何も言えなかった。

「何か御用がありましたら、部屋のベルを鳴らしてくださいね。行きましょう、二人共」

「……ジェメニー?」

「あ……い、今行くわ」

 初めてだった。

 部屋を出る時に、後ろ髪を引かれる思いをしたのは。

 初めてだった。

 部屋を出る時に、何も言えなかった事を後悔していたのは。

 初めてだった。

 もう二度と来て堪るかと、病人の部屋を出る時に思わなかったのは。

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