外道魔術師と回廊迷宮

迷える少女

 世界各地に点在するダンジョンと呼ばれる区域には、世界政府公認のランクが存在する。

 いわゆる、突破攻略難易度。無事に生還できる度合いを五段階で評価した値。

 例えば災禍レキエムが住処にする霊峰、ラストオーダーは言わずもがな、最高のレベルⅤ。ほぼ生還不可能と設定されている。

 ラストオーダーのような例外はあるが、ダンジョンはレベルによって入るのに許可が必要な場合があり、許可の取り方はその場所ごとに違う。

 突破攻略難易度、レベルⅣ。回廊迷宮、ミストリー。

 入るには隣国の審査を受け、入場許可証を貰う必要があるのだが、この男にそんなものは必要ない。

 が、世界屈指の【外道】の魔術師当人は、入り口に鎮座したまま入る様子はない。

 彼の代わりに、八人のホムンクルスと、一人の少女が入っているからだ。

「あの、【外道】の魔術師殿は入られないの、でしょうか……?」

「私の作ったホムンクルスでは、この程度の迷宮も抜けられない、そういうのかネ?」

 憲兵はすぐに後悔した。

 彼が作ったホムンクルスを侮辱することは、それらを作った彼を侮辱することに直結する。

 ホムンクルスとはいえ人型に近しい彼女達だけが入っていったことを思い出し、心配になって訊いてみたものの、男はすぐさま自身の傲りを知らされる。

 魔術師の眼光が彼の目を射貫き、走る戦慄が心の臓腑を握り締めた次の瞬間、魔術師の漏らした吐息が憲兵の臓物を離し、その場に片膝を付かせた。

 魔術でもなんでもない。ただの威圧で、殺されると本当に思った。

「まぁ、それはあいつら次第ダ。十人入れば六人が消える無限の回廊。絶えず発生する霧が方向感覚を鈍らせ、方位磁石さえ進路を迷う迷宮。無事に抜け出しても、深い霧の魔力で幻聴や幻覚に苛まれ、三人は自決してしまう。結果、生き残れるのは十人に一人、触れ込みはこんな感じだったかネ」

 そう言い切ってから、魔術師はわずかに違和感を感じる。

 何か忘れている気がする、と考えてから、違和感の正体を思い出した。

「そうダ……こんな話もあったネ。迷宮より無事に生還した十人の一人は、一切の迷いがなくなり、その後の人生も晴れ渡ったと」

 ただその話は、随分と最近になってから聞かれるようになったものだ。

 おそらく、ダンジョンに入る人がいなくならないよう政府関係者が意図的に流した噂だろう。

 未だ未開拓の多いこのダンジョンには、魔術的に貴重な資源が多く眠る。誰も入らないが故に、誰も取りに行けないという事態を避けたいがために流したのだろうが――

「さて。ならあいつの正体にも、何か近付ける物があるのかネェ……」

 右も左もわからない。無限の霧が絶えず覆う、夢幻の回廊迷宮。

 幻惑と幻想の混濁する迷宮に、少女オレンジは八人のホムンクルスらと飛び込んだ。

「うん? こんなところでどうしたんだい、お嬢さん。迷える子羊さん、かな?」

 迷える少女は、少し数奇な運命と出会う。

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