理想の原点
奇跡。
誰もが諦め、誰もが膝を折り、誰もが下を向いている中、一人諦めず、膝をつかず、前を向いて進み続けた者が掴む栄光。または、そこに至るまでの軌跡。
騎士道物語は、魔術がまだ人の手では到達し難い遠い領域にあった頃、多くの人々の心を動かし、皆に騎士という憧れを抱かせ、目指させた。
魔術が発達した今でも、魔術の才に乏しいと断言された者が大切な誰かを護るため、目指す際にきっかけとなる場合が多い。
騎士道物語に出てくる騎士達は農民の子だったり、スラムの捨て子だったり、恵まれない環境に生まれ、恵まれない運命に翻弄されながらも自らの手で護りたい何かのために奮闘し、奇跡を起こした者達。
無能と言われようと努力と鍛錬と研鑽で這いあがり、奇跡を起こし、目的を成し遂げた彼らの物語は、才能が求められる魔術の溢れる世界において、才能なしと判定された者達にとっての希望であった。
そしてそれを架空の物語でなく、実現に至った彼女の存在は、魔術の才に乏しい者達にとって奇跡であり、希望だった。
故に万人は幾年に一人の逸材よりも、凡人から英雄にまで這い上がった彼女に縋る。
天才が認められているのは神が与えた天賦の才だけ。凡人から英雄へと這い上がった者にはそれまでの軌跡、経緯、功績が認められている。だからこそ、信頼される。
今の彼女は、誰もが読んでいた物語の騎士に至った人間。
騎士道物語に成り代わり、皆の理想の根源へと至った人物だ。
才能ではなく、努力と研鑽が深く干渉して英雄へと至った者への、凡人からの信頼は厚い。
ただ少なくとも、才能を周囲に振りかざし、見せびらかすような、馬鹿と変わらない天才よりは、という話になるが。
* * * * *
歪め、ねじ曲げた空間を引き裂いて、
以前の夜にやられた復讐か、出現直後に中央の水晶体にエネルギーを収束、ほぼ無傷の王城に対して解き放つ。
だが以前と同じく、何重にも広がった光の防壁が破壊の災禍が放った光線を真正面から受けて立って、防壁を幾つか破壊されながらも光線が細く萎れるまで持ち堪えた。
湖の騎士、アストルフィドルの盾が金色に輝く。
この日この戦いのために新調した盾は、前回の戦いで使用した盾が一撃で亀裂が入ったのに対し、一撃を受けた今、亀裂どころかヒビの一つも入っていなかった。
「湖の騎士、アストルフィドル。今宵の私はあのときよりも固く、重いぞ災禍!」
光線が防御されたことを認識した災禍の、金属の輪のような頭部(?)が回る。
胴体に当たる中央の水晶体が流動的に変形し、一六の鋭利な角が伸びる球体となって回転。角の先にそれぞれ小さなエネルギーを収束させて、回転しながら解き放つ。
だが直後、災禍を覆うようにドーム状の氷塊が立ち上がり、細く伸びた光線を乱反射させて災禍へとすべてぶつけさせる。
一六にもエネルギーを分散させたせいで、氷塊を貫通できるほどの威力もなかったものの、災禍の体を傷付けるには充分だった。
さらに早く頭部が回転し、四つの腕を天秤のように動かしてよろける体が倒れないよう支えながら、水晶体を高速で変形。巨大な砲身のように変えて、回転させながら放つ。
氷塊が跡形もなく溶けてなくなり、周囲の山の頂上を削りながら一周。
先ほどアストルフィドルが構えた防壁よりも高い位置を一周したため防壁は張らなかったが、それでも周囲の山々の標高が変わって、アストルフィドルは息を呑む。
災禍が狙った白髪を乗せる天馬の手綱を握る緑髪もまた、放たれた光線の速度に息を呑みながら、光線がすぐ近くを通過して興奮した天馬を必死に宥める。
すぐさま災禍の追撃が天馬に乗る緑髪と白髪に襲いかかろうとしたとき、吹き荒れる突風に乗って舞い上がり、放たれた太い光線よりも上に飛んで回避した。
颶風の騎士、リベルデ・スタロンは上空の二人と同じくらいに深い安堵の吐息を漏らす。
災禍の回る頭が自分に気付く前にと側にいた馬に跨がってすぐに走らせ、その場を離脱。その先で待機していた騎士と合流し、先ほど天馬を舞い上げた風を生み出したレイピアを抜いた。
「遅かったな」
「ごめんなさいねぇ。ちょっとお手伝い、してきたものだから」
「妹達が世話になったわね、お礼を言うわ。じゃあもう一回、力貸して頂戴!」
「あらららぁ! 任せて! もしかしたら
「……頼むぞ」
前回は目立った活躍どころか足手まといにすらなれず、何も出来なかった龍人族の焔の騎士、クトゥガァ・ゴードンは牙を剥いて唸る。
前回は敵わなかった災禍を燃やし尽くしてやらんと、先に自身のやる気を燃やしていた。
「じゃあ、あ……いっくわよぉ!」
リベルデの突きで繰り出された風が周囲の大気を巻き込み、災禍の真下から渦を巻いて天へと昇る。直後、赤髪と焔の騎士が放つ輝ける煌炎が風に乗って駆け抜け、炎の渦となって災禍を閉じ込める。
鋼の体(?)が凄まじい速度で熱され、赤く変色する。
四つの輪と上下運動を繰り返す腕が高速で回転し、手の先から繰り出された光線が渦を斬り裂く。
が、炎の勢いが凄まじく、壁も厚い。斬り裂いてもすぐに塞がって、炎の檻は災禍を閉じ込め続けた。
「灰にする!」
「燃やし尽くす!」
周囲の森は、すでに前回の災禍との戦いで災禍自身が焦土へと変わっている。
故に手加減する必要はない。鋼の体を消し炭にするつもりで、最大火力を放ち続ける。
災禍は頭と体を回転させ、絶え間なく光線を放ち続けるが、光線を放つためのエネルギー――すなわち魔力も、厖大ながら無限ではない。
かつての魔女としての名残か、無闇矢鱈に光線を放つことをやめた災禍は頭だけを回転させながら停止する。
文字通り、頭を回転させて考え込んでいるかのように沈黙した災禍は、しばらくして、渦の唯一の抜け道である頭上へと飛び上がった。
無論、逃がしたつもりなどない。
飛び上がって渦からゆっくりと抜け出した災禍に、有限かつ厖大な数の花弁の刃が降りかかり、全身を切り刻む。
溶岩にも劣らない炎で熱された鋼の体に、花弁の刃が突き刺さり、斬り裂き、深いところに入り込んで痛覚を刺激。赤い血こそ流れないものの、災禍は痛みを訴える悲鳴を上げる。
災禍が初めて生物らしい悲鳴を上げたとき、弾ける閃光の槍が災禍の水晶体と衝突。激しい火花を上げて回転しながら、水晶体を覆っている防御壁を削っていく。
無数の花弁に斬り裂かれ、落ちる先には炎の檻。
二つ以上の脅威に追い詰められた災禍は、判断力を失い、水晶体を変形させることを忘却。花弁の刃の処理へと意識を向け、光線を無駄撃ちし、さらに魔力を失って防御力が削がれた膜を破り、閃光の槍が水晶体を貫通した。
甲高い女性の悲鳴に似た奇声で、災禍が叫ぶ。
さらに追撃の閃光が、七つの槍となって分散。花弁の嵐を突き抜けて災禍の胴、頭、腕、水晶体の七カ所を穿ち、貫き、災禍にさらなる悲鳴を上げさせる。
槍が飛んできた方向を計算し、敵の位置を補足した災禍の頭が回転。輪の内部で魔力が収束し、雷霆の如く輝き、震えて轟く。
「……来るぞ」
「わかってる!」
精霊族の光芒の騎士、レイチェル・スピットが煙草の白煙を吐きながら告げ、アストルフィドルが盾を構えて応じる。
青白い光線が一直線に王城へと走り、光の防壁と衝突。一撃目とは比較にならない巨大な魔力の塊を受け止めるため、アストルフィドルは前傾姿勢で力の限り踏ん張って耐える。
脚の防具に亀裂が入り、両腕の装甲が砕けても、尚耐え続けたアストルフィドルの盾は、神話の雷霆が如き巨大な魔力の塊を受けきって、背後の精霊と違い、煙草なしで白煙を吐く。
たった一人湯気を放ち、白煙を吐くほどの熱量と魔力を帯びたアストルフィドルが持つ盾は、彼の熱と魔力を伝導させ、中央にはめ込まれた石を金色へと輝かせる。
同時、ずっと背後で待機していた青髪が背中から倒れ、新たな鎧兜をまとった金髪が厖大な魔力を得て、金色の輝きを右手のガントレットへと収束させていた。
何もしてないはずの青髪が息を絶え絶えに乱しているのは、金髪へ持ちうる魔力の大半を譲渡したからであった。
「青、髪ちゃん……」
青髪は親指をグッと立てて、上げた口角の隙間から白い歯を見せる。
「なっちゃえ。二代目、
騎士は凡人が憧れる存在だ。
種族も才能も関係なく、努力と鍛錬と研鑽の積み重ねだけで這い上がり、偉業を成し遂げる物語。
誰もが英雄になれる、英雄になる可能性があることを示した物語に誰もが惹かれ、震え上がったものだった。
だけど自分は湖の乙女。
騎士を導く立場であり、騎士自身にはなれない唯一の存在。
あらゆる種族の細胞を取り込み、ただ湖の乙女になり得る美貌の持ち主として作り上げられたホムンクルス。
あらゆる種族の力と才能が詰め込まれ、あらゆる生物の非凡な部分――特別、美に関わる部分を集結させた肉体には、非凡などという言葉は通用しない。
だから非凡な人間が非凡から脱する騎士という存在に憧れたとき、大きく失望し、深く自身を蔑んだものだった。
が、自分だって努力を怠ったわけではない。
龍人族にだって精霊族にだって、姉に当たる特殊なホムンクルスらにだって、ましてや憧れの騎士が直々に手掛けた騎士らにだって、負ける気はない。
ただの天才に負けたくなどない。ただの非凡な存在になど負けたくない。
自分だって努力してきた。自分だって騎士になりたいと、自分なりの努力を陰で続けてきた。
自分のことを卑下するし、自分のことを蔑むこともあるけれど、それでも、努力だけはし続けてきたのだ。
例え自分自身で卑下しても、例え周囲に認められずとも、今日まで続けてきた努力とそれが紡ぎ出す結末をも否定することは自分ではしないし、誰にもして欲しくない。
だから、自分の努力を認めてくれた人の気持ちに応えるためにも、理想へと至るためにも、思い出す。心に描く。
自分自身が心に描いた、理想の原点を――
* * * * *
「君か……なるほど、確かに湖の乙女みたいだね。綺麗な顔してる」
面と向かって会うのはもちろん初めてで、顔を見せたのなんて、ましてや触れられるだなんて緊張して固まってしまう。
病床に伏せるあの人の手は弱々しく、若干冷たくもあったけれど、数々の偉業を成し遂げ、栄光を掴み取った手なのだと思うと、光栄以外に抱く感情はない。
か弱く笑う女性の目を見れば、死の淵にありながらも誰より鋭く光っているものだから、つい、本物だと思ってしまった。
後から思えば失礼なのだが、しかし病床に伏せていて、死が近くなっていても尚曇りなく輝く瞳の輝きと、死ぬことなく凜として生きる覇気には、敬意を抱かずにはいられなかったのである。
「騎士道物語が好きなんだって?」
「は、は、い……」
「うん、私も大好きだ」
それから時間の許す限り、全世界の騎士が憧れる女性と話した。
人と長い時間話すだなんて滅多にしたことがないから、何度も躓いたりどもったりしたけれど、それでもゆっくり、じっくりと話した。
だけどそんな深い話をしたわけではなくて、騎士道物語のここが好きで、あのときの騎士のこんな言葉、行動が好きだけれど、あの騎士の最期にだけは納得がいかないだとか、純粋に物語を愛する者同士の、物語についての話ばかりをした。
彼女も相づちを打ったり、どもったり躓きながらも話すのを待ってくれていたり、それで自分の好きなところ、意義をもうしたいところをたくさん、たくさん話し合った。
時間の許す限り、金髪のホムンクルスとなって現界した湖の乙女と、世界に最高の騎士だと認められた女の会談は続けられた。
そして騎士の限界を告げる血色の咳が漏れ出たとき、会談は強制的に終了。
互いに語り尽くしたどころか、まだまだ語り足りないと、人見知りで無口な金髪でさえ思ったが、騎士はそれでも足りたと、充分だ満足したと、己に言い聞かせているかのように枕に深く頭を沈み込ませた。
「うん、君ならいい。君なら、託せる。少し悔しいが、あの災禍を倒す術が今これしかないことも……事実だ」
「で、でも……」
それは、騎士の本懐から遠い。
弛まぬ努力の果て、天才を超える領域に至るのが騎士の在り方。皆が目指した理想の原型。
ならば災禍を討ち倒すためとはいえ、騎士の本懐、その原点に抵触するような事態があっていいものなのか。
騎士を目指す者として、実際に今、憧れの人と会話を交わしたことで、より強い迷いが生まれてしまう。けれどその憧れの人が呑み込んで、堪えて、笑っていた。
だからもう、自分一人の我が儘では覆らないのだろうこともわかっていたし、彼女ももう、終わりの時が近いのだと悟った。
「私の力が、君にとってどんな風に変わるかわからない。けれど一つだけお願いだ。その力で、立派な騎士になってくれ」
「――はい」
最後まで苦しそうな顔を一切しないで、ずっと笑ったまま話してくれた人を誇りに思う。
だから応えなければならない。この力、あらゆる種族のあらゆる才能が刻み込まれた細胞の一つ一つの全霊を振り絞ってでも、応えねばならなかった。
* * * * *
「最後の一撃、来ます!」
アストルフィドルの宣言通り、全身のあらゆる箇所を激しく損傷した災禍は本能的に己の限界を悟ったのだろう。
最後の最後、自爆も必至の最高出力で、王城目掛けて光線を放つつもりらしく、崩壊寸前の水晶体の中で、青白い光が今までと比較できない高密度の魔力で光っている。
「金髪さん……」
「下がって、いて……」
力は、己が右手の中に。
約束は、己が鼓動を打つ心臓の中に。
誓いは、これより放つ一撃の名に籠めて放つ。
アストルフィドルの盾に蓄積された、人間一人の器では収まりきらない厖大な魔力を、これまた人の器では本来収まるはずのない魔力を借り受けて、放つ。
災禍の放った魔力の塊である光線を蓄積、圧縮。それを砲身に、引き金を引く者が全身全霊の魔力で解き放つ。一回限りのカウンター。
【外道】の魔術師と呼ばれた有数の魔術師と、戦線離脱を余儀なくされた鎧いじりが好きな元騎士とで作り上げた合作。英知と技術が籠められた努力の結晶。
この一撃を、ただ破壊するだけの災禍が果たしてはね除けられようか。
「
災禍の光が圧縮、神の雷霆の如く轟き、大気を震わす。
「に――」
震えていた大気が、収まった。
「いち――」
眩い光が、眩さを増して輝いた次の瞬間――
「“
災禍の放った最期の光を、金色の光が穿ち、貫き、水晶体の中枢で自爆仕掛けていた災禍の核を打ち抜いて、跡形もなく粉砕。
災禍は、木っ端微塵に砕け散った。
誰もが、状況を静かに見守る。災禍という人類がずっと抗えなかった力の一角が、自分達の手で崩れゆく様を見届ける。
そして、災禍が完全に崩壊、沈黙。再起動しなくなったと誰もが認識したとき、誰が最初かはわからなかったが、勝ち鬨を上げた。
閉鎖された部屋の中にいながらも聞こえるくらいの大きな勝ち鬨に、世界が本物と認めた騎士は、微笑みを浮かべる。
「勝ったのか……勝ったんだよな……なぁ、アヴァロン?」
アヴァロン――外道魔術師は、かつての友に、同じ戦場で戦ったこともある仲間に、返事を返さなかった。
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