第4話 小さな勇者、諍いを起こす
4月8日。機甲士養成学園のみならず、日本全国の学校で入学式が行われる日。新たな生活がスタートする輝かしい日だ。
「はぁ……」
そんな輝かしい日であっても俺の溜息は止まらない。そりゃそうだ。何が悲しくてこの日を笑顔で迎えることができようか。
「コタローよお、いい加減割り切ろうぜ。形はどうあれ、おやっさんのおかげで機甲兵士科に入れるんだろ?」
俺の溜息を聞き咎めたカズが、そう諭してくる。
「それはまあ、そうなんだけどよ……」
カズの言葉がもっともなことは俺とて分かっている。そもそも本来俺は機甲兵士科には進めなかったはずなのだから、そこを曲げてくれただけでも親父には感謝すべきなのだ。
「……まあ、あの専用機がまともに機能するかどうかも疑問だけど」
「言ってくれるなよ。考えないようにしてんだから」
ユナがぼそりと指摘したその点こそが、目下最大の問題だった。
確かに機甲兵士科への入学は叶った。校門前に張り出されていたクラス分けの掲示板にも、機甲兵士科の覧に俺の名前があったことを確認したから間違いない。
しかし、しかしだ。入れたのは良いが、何も「入れたら良い」というわけではない。機甲兵士科はその名の通り、MMでの戦闘行為を学び、兵士となることを目指す学科だ。即ち、そこに入る生徒は必然的にMMに乗って戦うことを求められる。とてもじゃないが、親父から託されたあのチビ機体がまともに戦えるとは思えない。
「先が思いやられる……」
「あははは。まあ何とかなるって!気楽に行こうぜ、気楽によ!」
どこまでも能天気なカズにばしばしと背中を叩かれながら、俺は校門をくぐったのだった。
* * *
「うぃーす」
「はよーっす」
「……おはよう」
三者三様に挨拶をしつつ教室の扉を潜った途端、教室中の視線が一斉にこちらに集まった。誰も挨拶を返さず、ひそひそ話を始める。どうやら俺が親父の強権発動で機甲兵士科に進んできたことは既に知れ渡っているらしい。
(おい、あれがそうだとよ)
(ああ、知ってる知ってる)
(よくもまあ臆面もなく……)
そこかしこから聞こえる話声は、決して好意的なものとは言えなさそうだ。
(ま、そりゃそうだよな……)
元々俺はこの機甲兵士科には進学できない予定だったものを、所謂「親の七光り」で無理矢理進学できるようにしてもらったのだ。後ろ指を指されるのも仕方ないというものだろう。
「HEY!コタローじゃないですカーー!!」
「おぶっ!?!?」
とりあえずは適当な机を見つけて鞄を置こうとしたその時、猛スピードで突進してきた何者かに抱きつかれ、押し倒されるような恰好になった。
「話には聞いてまシタが、ホントに機甲兵士科に来れたのデスね!また一緒のclassになれて嬉しいデース!!」
「むぐっ……分かった!分かったからちょっと離れろアンジェ!当たってる!色々当たってるから!」
若干片言気味の言葉で捲し立ててくる金髪碧眼女生徒のホールディングから、何とか脱出しようと試みる。
彼女の名はアンジェリーナ・ウェルシー。本人が愛称で呼んで欲しいと希望した為、皆「アンジェ」と呼んでいる。名前から分かる通り日本人ではなく、アメリカからこの学園に留学生として来ている生徒だ。
機甲士養成学園は日本国内にある学校だが、海外からの留学生も多く受け入れている。正確に言うとMMが開発された際、その技術の公開を求める世界各国から圧力がかかった為に受け入れざるを得なかった、という事情があるのだがまあそれは置いておこう。
一応留学を受け入れる条件として「日本語を習得済であること」が求められている。これはMIRIという組織自体元々親父とその仲間内で発足したものである為、スタッフの大半が日本人である為だ。無論日本語しか話せない者ばかりということはないが、流石に何ヶ国語にも対応した授業を行うのは不可能であるとの判断故だろう。
この「日本語の習得」というのがなかなか厄介で、特に英語圏の者は結構な苦労を強いられるらしい。
まあ、今まで26文字しかなかったのがいきなり倍近くに増える上に平仮名、片仮名、漢字と文字の種類まで増えるのだからその苦労は察するに余りある。その為留学はかなりの狭き門となっているようだ。
目の前のアンジェとは中等部で同じクラスだった。彼女も出会った頃は日常会話くらいなら(片言気味とはいえ)問題ないレベルだったのだが、読み書きが壊滅的だった。
教科書や黒板とにらめっこしながら半泣きでうんうん唸る姿を見るに見かねた為、仕方なく日本語の読み書きを手ほどきしたこともある。そのことがきっかけでアンジェとは仲良くなった―――もとい、懐かれた。ちょっと過剰なくらいに。
あっちの国ではこのくらいのスキンシップは普通なのかもしれないが、何せ体型があっちの国らしく出るとこが出ているので抱き着かれると精神衛生上よろしくない。こちとら体が小さいとはいえ立派な高校生男子なのだから。
「だっはっは、相変わらず元気だなぁアンジェちゃんは」
「おはよう、アンジェ。そろそろ放してあげないと琥太郎が窒息するわよ」
「Good morning!カズもユナもお久しぶりデス!中等部の卒業式以来ネ!」
幼馴染二人もこの光景には慣れっこなので特に騒いだりはしない。というかユナよ、分かってるなら止めに入ってくれ。マジで苦しい。
「フン、朝から何やら騒がしいと思えば、キミが原因か。ナナヒカリ君」
気取ったような声が聞こえた。その声にアンジェが振り向いた隙にようやくベアハッグから脱出すると、背の高いブロンドの男子生徒と目が合った。
「なんだ、イアンか」
「なんだとはなんだ!相変わらず礼儀というものを弁えないなキミは!」
俺の無礼な言葉に対して不快げに眉を吊り上げる目の前の少年の名は、イアン・マルクス。イギリスからの留学生で、詳しくは知らないが由緒正しい家柄らしい。そのせいかやたらと態度が尊大で、何が面白いのか俺にもよく絡んでくるのだ。一応その尊大な態度に見合って成績は非常に優秀だが。
「いきなり人のことをナナヒカリ呼ばわりする奴に礼儀がどうとか言われたかねーな」
「なんだい?間違っているとでも?僕と同じことを考えている人はこの教室にも大勢いると思うけどね?」
「ヒヒ、そうっスね!イアン君の言う通りっス!裏口入学反対っス!」
いちいち芝居がかった仕草で両腕を広げてみせると、その脇から男子生徒がもう一人現れる。こいつの名は取田 巻次(とりた けんじ)。何かとイアンの発言を持ち上げたがる腰巾着のような存在で、そのせいか妙に小物くさい。
こいつらの言うことはある意味正しい。俺も別に特別扱いしてもらったことを否定する気はない。ないがしかし、ここでだんまりを決め込んでこいつらを増長させるのもそれはそれで面白くない。
「はあ、裏口入学ね。それで、それがどうかしたのかよ?」
「……なんだと?」
「確かに俺は特例で機甲兵士科に入れてもらった。けど、それがお前らに何の関係がある?別にお前らが何か損するわけでもねえだろうよ」
「損得の問題ではない!機構兵士科に来る資格のない人間がここに居るということが問題なんだ!居てはいけない人間に居られては迷惑なんだよ!」
高慢ちきに背を逸らしながら人差し指を突き付けてくる。というか人に向かって指をさすな。礼儀はどこ行ったんだ。
「Oh,イアンはコタローがいると迷惑なのデスか?コタローのことキライなのですか?」
「……多分イアンは自分が一番になれないのが気に食わないだけ」
「あー、そういや中等部の頃もずーっとコタローに次いで二番だったよなあ」
あ、バカ、お前らなんてことを。薄々感じてはいたけど口には出さなかったのに。
という俺の心中での抗議も虚しく、ユナとカズの呟きをしっかり聞いていたイアンはカチンと来てしまったようだ。
「ええい!中等部の話は良い!そもそも座学やシュミレーターでの成績が良いからと言って、それが実機搭乗時に於いて反映されるとは限らない!それに―――ハハッ、そうだ。実機だ。君が搭乗できる実機なんて存在するのかい?その小さい体で!」
「うっせ、小さい言うな!実機ならあるわ!だから機甲兵士科に来たんだよ!」
「……何だと?」
―――あ、やべ。
今俺、とんでもないことを口走ったような。
「君、まさかとは思うが……専用機を作って貰ったのか?御父上に?」
「……ああ、そのまさかだよ」
言ってしまった手前誤魔化しも利かず、素直に白状することにする。
「はー!?裏口入学だけでなく専用機まで!?どんだけ特別扱いなんスか!?」
取田の叫びを皮切りに周りからもどよめきが上がる。
(うわ、マジかよ……1年なのに専用機とか……)
(いくら代表の息子だからってなあ。ずるくね?)
やれやれ、入学初日から悪目立ちしまくりである。まあ遅かれ早かれバレることではあるので、早いか遅いかの違いでしかないが。
「フフフ……そうか、実機があるのか……なるほどね……」
一方で目の前のイアンはというと、何やら怪しい笑みを浮かべている。
気色悪いな。なんなんだよその気味悪い笑顔は。嫌な予感しかしない。
「決めたぞ。小人君、これから僕と決闘したまえ。実機同士の一対一で!」
「は、はぁ!?」
嫌な予感どころの話ではなかった。最悪である。何がどうなったらそうなるのか。
「おいおい、いきなり何言い出すんだお前」
「常々思っていたのさ。僕が君の後塵を廃しているなど何かの間違いだと。それを証明する為には、やはり実機同士で戦って決着をつけるしかないとね!君にも乗れる実機があるとなれば好都合だ。今日こそ僕が一番優秀なのだということを証明してやる!」
なんという自己顕示欲の塊か。ここまで来るといっそ清々しい。
「いやおい、冷静に考えろよ。これから入学式も控えてるし、そもそもまだ入学したてなのに演習区の設備が使えるかどうかも―――」
「君は小人代表の息子だろう?それくらい頼めば何とかしてくれるだろうさ」
「おいてめえ人のことを何だと思ってやがる!?言ってることが無茶苦茶だぞ!」
なんて都合のいい奴だ。ナナヒカリ呼ばわりしていた奴の台詞とは思えない。
「とにかく!僕は君と決闘をしなければならない!君に機甲兵士科でやっていく力はないと教える為にもね!それとも何かい?僕からの挑戦を前に尻尾を巻いて逃げる気かな?」
「ぐっ!?そ、それは……」
逃げる、わけにはいかない。売られたケンカは買うのが性分だ。
性分なのだが、しかし。俺の実機は到底戦えるようなシロモノではないわけで。
どうするべきか迷う俺に、更なる追い打ちがかかる。
「おやおやあ?もしかして自信がないのかい?せっかく無理をしてまで機甲兵士科に入ったというのに、実機での戦闘を前にすると尻込みするのかい?そんなことではこれから先機甲兵士科でやっていけるとは思えないけどねえ?なあ、皆もそう思うだろう?」
イアンが教室中の生徒にそう呼びかけると、生徒達からも同調の声が上がる。
(そうだそうだー!)
(逃げるなんて情けないぞー!)
(やっぱり親の七光りで入ってきただけかー?)
「…………」
カッチーン、と来た。
そこまで言われてすごすご引き下がるほど、俺も大人じゃない。
「良いだろう、やってやろうじゃねーか!泣いて帰ることになっても知らねーからな!」
「ハハハ!そう来なくては!では、入学式が終わった後に演習区に集合するとしよう!それまでに使用許可を取り付けておいてくれたまえ!ハハハハハ!」
威勢の良い高笑いの割りには人任せな発言を残して、イアンは入学式会場へと向かって行った。他の生徒達もそれに続いていく。
段々人が少なくなっていくにつれ、俺の頭も冷えてきた。
そして気づく。ひょっとして俺、とんでもない約束をしてしまったのでは。
「……どうするの、琥太郎?」
「どう……しような……ハハハ……」
ユナの問いかけに答えることもできず、ただ乾いた笑いを漏らすしかない俺なのだった。
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