第3話 小さな勇者、運命と出会う

「プレゼントぉ?」

「おいおい、なんだその反応は。そこはもっと喜ぶところだろう」

 そりゃ世間一般ではそうだろうが、残念ながらウチの親父は世間一般には程遠い。むしろ危険な香りしか漂ってこない。

「入学祝どころか、誕生祝すらまともにもらったことがない身としては当然の反応だと思うんだが」

「HAHAHA!そりゃすまんな!まあ今までの分を埋め合わせてお釣りが来るくらいのプレゼントを用意したから安心しろ」

 全く悪びれていない様子で笑う親父に、思わず溜息が漏れる。まあ、この辺は今更何を言ったところで変わらないので言及しても時間の無駄だ。

「で?溜まりに溜まった16年分のお祝いを合わせてあり余るっていうそのプレゼントとやらはどこにあんだよ?」

「ふっ、よくぞ聞いてくれた!こっちだ、ついてこい」

 俺の問いかけに対してパチンと指を鳴らすと、親父はラボの奥へと引っ込む。俺と野次馬二人は、訝しげに目配せし合った後親父の背中に続いた。

 親父に従ってラボの奥に進み、更に地下へと続く長い階段を5分くらいかけて下りると、明るく開けた空間に出た。高い天井に蛍光灯がいくつも連なっている。そしてその空間の奥の方には、巨大なカーテンのようなものが何かを覆い隠すように引かれていた。

「ここは……?」

「見ての通り、MMの開発室さ」

 確かに、周りを見回してみればMMのパーツと思われる部品がそこかしこに見受けられた。隅っこの方には取り付けに失敗したと思わしき壊れた腕のパーツが転がっている。後で再利用回収業者を呼ばなければならなさそうだ。

MMマシンメイルの開発室……ってことは、プレゼントってもしかして……?」

「そうさ、MMだ。しかも琥太郎専用の特別製。良かったな琥太郎、お前は今日から専用機持ちだ」

「はあっ!?」

 心底驚いた。そりゃそうだ。まだ高等部に入学する前の段階で専用機を与えられるなど前代未聞にも程がある。

 一般的にMMには「汎用機」と「専用機」の二種類がある。汎用機というのはつまり量産型のことであり、同じタイプの機体が多数存在するMMのことだ。専用機はその逆で、個人専用に作られる唯一仕様ワンオフ機体のことである。

 基本的に汎用機は操作性に優れ扱いやすいが、その分スペックは控えめだ。対して専用機は癖があり使い手を選ぶことが多いが、代わりにスペックが高かったり強力な武装があったりと総じて汎用機を遥かに凌ぐ性能を持っている場合が殆どだ。

「いや、でも良いのかよ?専用機の製作って確か特別な申請が要るはずだろ?それはちゃんと通ったのか?」

「無論、事後承諾だ」

「いや無論じゃねえよ!そこ無論にしちゃダメだろ!?貰っても申請通らなかったら速攻お蔵入りじゃねえか!」

「HAHAHA、気にするな。そんなものトップの権限でどうとでもなる」

「うわ最低な発言を息子の前で堂々と言い切った!」

 相変わらず無茶と無軌道を体現したような存在だった。

「まあ、冗談は抜きにするとしてもだ。琥太郎、お前機甲兵士科への志望が通らなかったんだろう?」

「ッ!?」

 ぐっ、と息が詰まった。見れば親父の表情からは先ほどまでのふざけた感じが消え、真剣な面持ちになっている。

「なんで知ってるんだって顔だな。そりゃ知ってるさ。これでも俺はお前の親父だからな」

(まさか……だから専用機なんてものを……?)

 確かに、俺は体格制限に引っかかっている為機甲兵士科に進学することができない。だがそれは、既存汎用機体のコックピットが俺の体格に合わないからに過ぎない。故に、『最初から俺の身体に合わせて作られた機体』であれば搭乗することは可能。乗ることができる実機があれば、機甲兵士科への進学ももしかすれば叶うかも知れない。しかし、例えそれが可能だとしても―――

「いや、でも……じゃあ尚のことダメだろ。仮にも親父は『MIRI』のトップなんだぞ?息子だからって贔屓してたらトップは務まらねえだろ」

 身内だから、息子だから。そんな私情を挟んだ特別扱いをトップが自ら行ってしまっては、組織にとって必ず悪影響が出る。

俺の夢が叶わなかったのは、そりゃ悲しいし落ち込みもした。できることなら今でも機甲兵士科に進みたいと思っているのも事実。しかしだからと言って、『MIRI』の屋台骨を揺るがすような真似をしてまで自分の希望を押し通そうとは思わない。

「やっぱり受け取れねえよ。こんな―――」

「琥太郎」

 親父は俺の言葉を遮ると、頭をポンポンと軽く叩いてきた。

「ガキがいっちょまえに余計なこと考えて遠慮すんじゃねえよ。親が息子にプレゼントをして何がおかしいってんだ。小難しいこと考えずに黙って受け取っとけ」

「けど―――」

「お前が言ったように、俺は父親らしいことなんて何もしてこなかった。だからこうしてお前が困った時くらい、多少強引に手を貸したって罰は当たらねえさ」

「…………」

 今まで見たことのない親父の表情に、何も言えなくなる。思わず視線を反らすと、ちょうど横にいたカズと目が合った。お気楽で能天気な幼馴染は、難しいことなど何も考えていないかのように屈託なく笑った。

「良いんじゃねーの?おやっさんがこう言ってくれてんだし」

「……貰えるものは貰っておけば良い」

 ユナまでもがカズに同調して頷いている。なんだか俺が「受け取る」と答えなければ収まりそうにない雰囲気だった。

 だがまあしかし、俺も親父のことを誤解していた部分があったかもしれない。ずっと仕事と研究ばかりで家に帰ってこなかった親父を「家庭を顧みないダメ親」だとバカにしていたが、そんなことはなかった。多忙な日々の中でも、ちゃんと俺を気にかけてくれていたらしい。

「……後でどうなっても知らねーぞ」

「おう、お前は知らなくて結構。だから安心して受け取りな」

「……ああ、分かった。じゃあ有り難く受け取ることにする」

俺の答えを聞くと、親父は嬉しそうに指を鳴らした。

「そうこなくっちゃな!じゃあ早速お披露目といくか。その名も『ジャック・スプラット』!ご対面~!」

そう言って、どこからともなく取り出したリモコンのようなもののスイッチを押す。同時に巨大なカーテンが左右に割れ、中に隠されていた機体が露わになり始めた。

(俺の専用機……『ジャック・スプラット』か……)

 もしかすると、これで機甲兵士科へ進学できるようになるかもしれない。夢を諦めずに済むのかもしれない。そう思うと、否が応にも期待が高まるのを感じた。

 親父自ら製作した専用機というのはどのような機体だろうか。仮にもMM開発の第一人者であり、『MIRI』のトップでもある人物が作ったのだからそれ相応に高性能な機体であることは間違いないと思うが。

 あれこれ考えている内にカーテンは全開となり、その機体の全体像が見えるようになる。


「……綺麗」


 ユナが思わずそう呟くのも頷けるほど、美しい機体だった。白を基調としたカラーリングに青いラインが所々に引かれている。丸みを帯びた少々ずんぐりしたフォルムだが、細すぎず太過ぎずで体型のバランスも整っている。腰部分の両サイドに鞘のようなものが見えるのは、武装を収める為の収納スペースだろうか。全体として、「凛然とした戦士」という表現が良く似合う姿だった。


 ……ただ一つ、誰の目にも明らかな重大な問題点を無視するならの話だが。


「……おい親父。これは一体何の冗談だ?」

「うん?何か不満でもあるのか?」

「いや……何か不満も何も……!」

 息を大きく吸い込み、声のボリュームを全開にしてその問題点を叫んだ。

「小っさすぎんだろ!!どっからどう見ても!!」

 例えば、現行機の中で最も多く配備されている日本製汎用機の『おそれ』であれば全長約7メートル。防衛戦特化の汎用機である『奥羽おうう』であればもう少し大きく約7メートル半。まだ試作段階だが、近々実戦配備される速度・機動性重視の汎用機である『阿蘇あそ』ですら6メートル半はあった筈だ。

 それに対し目の前の機体は、どう大きく見積もってもバスケットゴールと同じくらいの高さしかない。つまり、約3メートル半。平均全長の半分以下だ。いくらなんでも小さすぎる。

「なんだよこのチビ機体は!こんなんでどうやって戦えってんだよ!?」

「HAHAHA!いやなに、折角息子への贈り物にするんだからオリジナリティーを出したくてな」

「間違ってる!オリジナリティーを出すベクトルが致命的に間違ってる!完全に明後日の方向向いてる!」

 俺は頭を抱えたくなった。

 そうだった。こういう親だった。さっきまで少しでも親父のことを見直そうとか考えてた自分をぶん殴りたい。

「だっははははは!コタロー専用ってそういうことかよ!そりゃこんなちっこい機体コタロー以外乗れるわけどべぐほぁ!?」

 ひとまず自分よりも先にバカ笑いしているカズをぶん殴っておいた。

「なるほど……『ジャック・スプラット』ってそういうこと……」

 ユナはというと、何やら一人で納得していた。

「なんだよ、なんかあるのか?」

「名前の由来。『ジャック・スプラット』はマザーグース童謡集の一節……もしくは、『一寸法師』の英名を意味する」

「物凄く知りたくなかった情報をありがとう!お前らマジでちょっと黙ってろ!」

 さらっと傷口に塩を塗り込んでくるユナと鳩尾を抑えて悶絶しているカズに沈黙を促してから、改めて親父を睨み付ける。

「俺はごめんだぞ!誰がこんな機体に―――」

「さーて、次は武装も見せてやろう」

「聞けよ人の話を!」

 喚き散らす俺をよそに、親父はまたどこからともなくリモコンを取り出し別のスイッチを押す。すると、今度は頭上からチェーンに固定された二本の細長い物体が下りてきた。

 先の尖った円錐状の形をしている銀色のそれは、一見すれば西洋風のランスに見えなくもない。先ほど見た機体の腰部分にある鞘にも形が合う。

ただし、やはりというべきかなんというべきか50㎝ほどの長さしかないので、MMの基準で考えればランスと呼ぶよりもむしろ……

「……針?」

「ユナちゃん大正解!その名も『一寸法針』だ!」

「そのまんま過ぎるそしてダサい!というか機体名は横文字なのになんでそこだけド直球なんだよ!どっちかに統一しろ!」

「なんだ、何か問題でも?」

「大有りだわ!むしろ問題しかねえわ!武装が針ってどういうことだよ!ここまで一寸法師に対して忠実にする意味はどこに!?」

「見た目で判断しちゃいけねえぜ?なんせこの針はただの針じゃねえ。刺せば一撃で相手がお寝んねする魔法の針さ」

「おいこらなんか他の話混じってねえか!?そもそも刺せばって言うがどうやって刺すんだよ!」

「え?それはこう、普通にぷすっと」

「アホか!装甲に弾かれて終わるわ!ただでさえ機体が小さいのに!」

 もういい、叫び疲れた。あまりにも突っ込みどころが多すぎて全部突っ込んでいたら日が暮れる。とにもかくにも結論は一つだ。

「俺はイヤだぞ!これに乗るくらいなら普通に整備科行くわ!」

「えー、んなこと言ってもなあ。高等部の理事会には既に事情話して琥太郎の志望書受理するように打診しちまったし」

「はあ!?何勝手なこと……それで理事会はなんて!?」

「『小人代表のお頼みとあれば喜んで!』だそうだ」

「なんてことしてくれたんだあああああああああああ!!!」

 頭を抱えて絶叫した。

 なんてこった。じゃあ俺はこのネタとしか思えない機体を専用機として機甲兵士科に進まなければならないというのか。何の嫌がらせだこれは。

「琥太郎、おめでとう。これで一緒に機甲兵士科に行けるね」

 ユナは俺の苦悩などどこ吹く風で拍手している。隣ではカズが未だ地面に転がったまま悶絶しているが、今度は痛みではなく笑いすぎによるものだった。

(この先どうなっちまうんだ……)

新たなる学園生活を前にして、小さくも巨大な不安を抱える羽目になってしまった俺なのであった。

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