44-6 約束の後……越えた先には何がある
「やった……やったよ、玲也ちゃん!」
「はい、本当どうなるかとハラハラしましたけど流石玲也さんです!!」
「才人っち、玲也君は僕達の好敵手だから当然だよ? アンドリューみたいに構えてないと」
「そりゃまぁ、シャルちゃんの言う通りだけど、玲也ちゃんの親父さんもそりゃ強い訳だったし」
「まぁ、そこは流石秀斗さんってのもあるけどな」
――今、シミュレーターで最後になろう戦いは幕を閉じた。才人とイチが一進一退の勝負を繰り広げていた事へハラハラを抑えきれないでいたようだが、シャルは彼の勝利を信じていたかのように悠然と構えている。それ以上にアンドリューは秀斗の健闘も称賛しつつ、自分と互角の腕を誇るであろうドイツの彼女に対して誇らしげな視線を向けており、
「そんなに私を見るな! 見る目が曇ったかは知らんが、逃げも隠れもせん」
「さすがマーベル、なんだかんだ潔いみゃー」
「な、なんだメル。こうは言いたくないが少し気味が悪いぞ」
秀斗が勝つと見なしていたマーベルとしては、この勝負の結果は必ずしも喜ばしい訳ではない。アンドリューと賭けに敗れたようなものであり、如何なる罰だろうと受けるとの内容に彼女は弁明もせず堂々と構えている。ヨーロッパの女傑と言われているだけの事はあるが……何故かパートナーのメルは異様ににやけた様子で近寄っており、流石の彼女も多少怖気ついていたが、
「マ、マーベルさん! 気を付けてください!!」
「メルさんはそなたに“アレ“をやろうとしてる!!」
「アレ……だと!?」
「悪いけど、マーベルにも一度やって見たかったんだホイ。なんでもするとかだったから折角だみゃー」
メルが自分の首元のタグを掴んだ瞬間、イチとリタは真っ先に“アレ“が行われようとしていると確信して呼びかけた――が、マーベルが気づいた時は既に遅く、彼女の髪が逆立った事で露わになった両目と視線が合うと共に、金縛りにされるように身動きがとれなくなる。彼女が少し沈黙した後に首を何度か頷かせて、
「10歳の頃に、サッカークラブの彼に渡すはずのチョコが、何故か同じ先輩の女子が受け取ってたホイ。それでマーベルは男でなく女が好きだと一気に噂されたみゃー」
「「……」」
メルがマーベルの過去を探り当てた。あまりにもプライベートすぎる内容にリタとイチは何とも言い難い顔を見せていたものの、
「そ、そそ……それを言うな、馬鹿者ぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「そして、実際同じクラスの女子に睡眠薬を盛られて……」
「……」
マーベルとしてあまりにも他人に知られたくない過去ともいえた。だから彼女は顔を一気に赤くしてシミュレーター・ルーム中に響き渡る様子で叫ぶ。メルが懲りずにその続きを言おうとした途端、彼女は力ずくでメルを連れ込んでシミュレーター・ルームから駆け出していった。思わぬ形でアレが明かされた事に対しての衝撃と、自分の隣でアンドリューが必死に笑いを抑えている様子に才人が少し呆然としており、
「メルさんは、相手の恥ずかしい事だけを言い当てる為に金縛りが使えるんです……それで僕も先ほど」
「な、何かよくわからないけど嫌な能力じゃん……」
「それを最初から知っていれば……あの時の私は迂闊すぎた」
「や、やっぱ怖ぇぇぇ……」
イチからアレについての説明がされているが、メルの能力はあくまで相手の弱点や秘密を見抜く事でなく、個人的な恥ずかしい過去だけを見抜くという妙にピンポイント過ぎるものであった。実戦で役立つかはともかく、彼女のアレで殆どの面々が今まで戦慄して来た事、実際未だトラウマが払拭できないリタの様子から才人も察せざるを得なかった。
「あ、おじさん出てき……」
青のシミュレーター・ルームの戸が開こうとしていた――シャルが気づいた途端、真っ先に自分と同じほどの背丈の彼女が駆けだしていき、
「秀斗さんとかですが! 何故貴方が勝たなかったのですか! お陰でマーベル隊長の恥ずかしい秘密が暴露されまして、私としては少し嬉し、いえいえいえ! マーベル隊長の右腕として……」
「次はルミカにもって、メルさんに言おうかしら~」
「……」
マーベルの腰巾着として、ここまで来ると怖いもの知らずにもほどがある。戦い終えた秀斗を相手に誰よりも先に喧嘩をふっかけようとする彼女だったが、相方へ関節技を決められて沈黙する流れも変わる事はなかった。彼女が一体自分へ何か恨みがあるのかと秀斗が知る筈もなく首をかしげていたものの、
「お気になさらないでくださーい。将軍、失礼しまーす」
「あ、あぁ……まぁドイツ代表ではよくある事と思ってもらえればいいとしてだ」
ルミカを連れてアズマリアもまたシミュレーター・ルームから出ていった。エスニックも多少調子を狂わされている様子ながら、秀斗に対して彼女たちはあくまで平常運転だからと一応安心させた後に、
「秀斗君も見事だった……玲也君との約束を果たしてくれて」
「俺が負けて褒められる事も少し変ですがね、ただやはりあれだけの修羅場を潜り抜けた玲也に俺が勝てる筈がない」
「秀斗さんも今まで大変だったはずですが、玲也も貴方の為に本当ここまで来ましたからね」
「アンドリュー君にもここで礼を言わせてもらうが……」
エスニックと握手を交わしながら、秀斗はゲーマーとして自分があの一戦へ全力を絞り出そうとも、プレイヤーとして最前線を潜り抜けてきた玲也へ既に格をつけられていたのだと認めていた。アンドリューから自分を追い越そうとする一心から、バグロイヤーからこの世界を守らんとして戦い続けた息子を後押しされれば、息子を今まで導いてきたアンドリューへ礼を述べると共に、
「ニア君、エクス君、リン君……玲也と良く戦ってくれた。本当今まで俺からも感謝したい所だ」
「そ、そんな……玲也さんのお父さんにこう言われますと何か」
「まぁ、それがあいつなのよ。それがわかってくれたならまぁね……」
ニア達3人へも感謝の意を伝える。玲也の父からとの点でリンが少し畏れ多いと感じつつ照れつつあり、ニアは彼の父に対して少し素直になれないながらも、自分のパートナーは太鼓判を押せる程の腕を持っているのだと、自分のように胸を張る。
「ただ秀斗様。私たちは今までもだけでなく、これからもと行きたい所で……」
「玲也君!」
「そうですわ! 玲也様が戻られましたのにこうも……ニアさん、何されまして!?」
エクスだけ3人の中で一歩リードしようとしており、玲也が赤の扉から出たと共にシャルと才人が駆け寄る。一歩遅れる訳にはいかないとする彼女であったものの、ニアに肩を掴まれて制止されている事に突っかかるものの、
「待って……確かに勝ったは勝ったけど」
「ほぉ……」
玲也が特に特別なリアクションを示すことなく、どことなく力だけでなく自信まで抜けた様子であった――彼の様子にニアが気づいてエクスは止めたのであり、秀斗としても彼女が自分の息子の胸の内を見抜いていた事へ静かに感嘆の声を漏らし、エスニックとも示し合わせた上で歩みだす。
「……」
「玲也ちゃん、親父さんに勝って嬉しくないのん!?」
「こういう所でこそ胸を張って……おじさん!」
まるで糸が切れたタコのように、虚脱状態で心もどこかここにあらずの玲也へシャル、才人の二人が揃って心配もしていた所に、秀斗が歩み寄り、
「父さん……俺は本当にこれで……」
「そうだ。お前が俺に勝った事に変わりない。5年前の約束をお前は守ったから誇れ」
「確かに父さんの言う通り誇りたいけど、こうもあっという間に、あっけなく終わるなんて考えてもいなかった」
自分に勝った事へ胸を張れ――超えるべき父からの称賛を本来なら素直に受け止めても良かった。けれどもその父と一線を交えた中で、手ごたえを感じていたものの、予想よりもあっという間に勝負がついた事が自分自身、拍子抜けさせるような感情へ襲い掛かっていたようで、
「あの、玲也さん……お父さんに勝つことが今までの夢でして」
「玲也様が夢を叶えられましても、その……」
「まさか、お前は俺を超える夢を果たして満足してしまったのか?」
「……!」
リンとエクスも、玲也のリアクションが予想外へ振り回されつつあった所、秀斗だけは息子が今のような心境へ陥ってもおかしくないと既に予想していたように声をかける。すると彼が直ぐに首を横に振って否定した様子にニアだけは少しハッとした様子を示し、
「俺はここでまだ終われない、俺がそうだと分かっている筈だから……!!」
父を超えてもなおその先も生き続ける――その意思は固くとも、5年前の約束を果たした瞬間、自分の目標が初めて胸の内で不在となった。それ故に今まで自分を突き動かしてきた信念が消えゆくと同時に覇気が喪われつつあった、けれども、自分の息子がこのまま虚脱してぬるま湯に浸かって生きることなど望んでいない。秀斗として彼が今の心境へ陥っている様子へ静かにうなずいた。
「……玲也、あんた一体どうするつもりなの?」
今、親子の間に漂う空気が変わりつつあった――ニアが察知したものの、玲也が新たな道を望んで藻掻いている様子から、彼の選択を肯定しようとも、どことなく心に穴があけられる気分も味わっていた。
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次回予告
「いつまで続くかは分からない。だが俺はこの場にとどまり続ける事よりも、まだ見ない世界を目にするためにまた走りだすと決めた。あの空もあの丘もあの海を見ていく俺の道がいつ終わるかは分からない。けれども、独り立ちの苦しさを恐れる事より、一度きりの俺の道を悔いなく生きるために……いずれ必ず帰る事を約束して今は俺にも言わせてくれ。次回、ハードウェーザー最終回「若き獅子よ、栄光の彼方にはばたけ!」」
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