43-6 息子よ
「ここは、どこだ……?」
――玲也は意識を取り戻したものの、視界には人影どころか周囲に物一つ置かれていない。それどころか自分自身の体が横たわる様にして宙に浮いていた。微睡に墜ちるようにして再度彼の瞼が閉ざされようとしており、
「そうか、夢だ……もう一度目を覚ませばいい。あれだけの事を果たしたからな……」
既にプレイヤーとしての戦いでこのような荒唐無稽な状況だろうとも玲也はすんなり受け入れて、眠りに身を任せる。ただこの状況だけに限らず、バグロイヤーとの一戦を終えた事で緊張の糸が切れ、マルチブル・コントロールの反動による疲労が彼自身、正常な判断を妨げていたのかもしれない所――。
「馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「なぁっ……!!」
自分の耳元へと、大音量で叫ぶ子供の声がする。自分の睡魔が彼によって引っぺがされるように退散するものの、
「いきなり叫ぶ奴があるか!」
「お父さんに勝つって約束を忘れるなんて! 最低だよ、最悪だよ、最高……いや、えーと、えーと・・…」
「……お前、まさか! 痛くもないならやはり」
自分を起こすには流石に非常識な方法であるとして、目の前の子供へ思わず彼はしかりつける。だが同時に小さな少年の面影がとてもなじみが深い。過去に見覚えがある所ではない既視感があり、自分と同じ真紅のパーカーに袖を通していたのだ。直ぐに玲也は自分の頬を抓ると痛覚を感じない様子であり、
「――俺が二人いようとも、夢なら納得がいく」
「納得するな! お父さんがいなかったと諦めるなんて!!」
5年もの歳月を超えるようにして、かつての自分、羽鳥玲也が目の前に現れていた。あの頃の自分が感情に走りやすく、泣き虫でもあり甘えん坊であった。あの頃の自分は見境なく父へ依存してもいたが――その父が行方不明になった事実に対して、父の死を認めようとしない一心が今の自分を形成していたのも確かである。
「……すまない、確かにお前の言う通りだ」
「だったら、早くお父さんと決着をつけてよ! 僕なんだからさ!!」
今、過去の自分を否定しようとしているのだと気付き、玲也は直ぐに意識を覚醒させて謝る。自分へ謝るよりも父との勝負をつけるべきだと催促しており、まだ納得がいかない様子でもある。
「よしなさい、玲ちゃん」
「……母さ」
「お母さん……はぁい」
夢枕に現れた理央が玲也を優しくたしなめる。地球に留まる母を前に思わず声を挙げようとしたものの――過去の自分が先に、母へしおらしい態度を見せながら、彼女の影に隠れていった。この様子から、直ぐ玲也は母を呼ぶことをやめると共に、
「……玲也、一度決めたことは最後までやり遂げなさいとお母さんも言ったよね?」
「父さんとの約束があってこそ、俺はここまでたどり着いたよ。ただ、気が緩んでいたばかりに……」
「玲也がそのつもりなら、私も何も言わないわ。ただ玲也がこの後どうしたいかなの」
理央が約束を果たすにあたって、息子へ最後の意思が如何なるものかを試しにかかっていた。自分が5年前の約束を果たすとの想いだけで父に挑んではならないのだと、玲也は彼女が明らかに今までと違う態度で接していた様子から察しており、
「……俺が今、やり残している事。たった一つの大切なことです」
「玲ちゃんとして心残りなのは私も分かるわ。それだけかしら?」
「父さんの背中を追う事もこれで最後……もう俺は羽鳥玲也、子供と違うから」
「そう……」
父を超える為にここまで玲也は戦い続けた。バグロイヤーとの戦いがゲノムと地球の命運を背負った、己個人の意思や望みだけで戦えないものとするならば、秀斗を相手に決着をつける戦いは、自分自身の意思や望みによって駆り立てられていた。自分が子供の頃の約束に決着をつける事で、過去に悔いをなくすとの姿勢であり、
「なら直ぐに行って……玲也がこれからも精一杯生きていくなら猶更よ」
「母さん……父さんだけでなく、母さんの子として俺も約束するよ。だから……」
「もう玲ちゃんじゃない筈でしょ。私の事で寂しがってどうするの!」
理央が天へと指を刺せば、玲也の頭上へと太い縄紐が垂らされていた。この紐を握りしめると共に自分はこの世界から解き放たれていくのだと気付くものの、目の前の彼女の元から吸っていくのだともどこか察していた。物寂しさが顔つきから見え隠れしており、踏ん切りがつけられない息子に対し、目の前の母は自分に構うなとこつ然とした態度で突き放す。その時の彼女は自分を直視しようとしないで背を向けており、
「お母さん、急にな……」
「言わないで、玲ちゃん。お母さん大丈夫だから……!」
「……」
背中を見せている者の、理央の両肩は震え上がっており、自分を心配しようとする幼い息子に対しても、自分の今の胸の内は知られたくないのだと思わず叫ぶ。目の前の母が自分を突き放して迄、彼自身の未来を歩ませようとしているのだと玲也が捉えた途端、直ぐに縄紐を右手で掴んだ途端、急速に働きかけた力へ引っ張り上げられており、
「ありがとう、母さん……本当、今まで!!」
「いいのよ、玲ちゃ……玲也!」
真上へと引き上げられる力と共に、同じ場にいたはずの理央の姿は見えなくなろうとしている。母の元からの巣立ちを悟ると共に、彼は母への恩義と感謝を叫びながら伝える。その息子の様子へ、彼女自身完全に子離れしきれていないものの、息子の巣立ちにエールを送る。
「母さん、俺は父さんと……」
羽鳥玲也として巣立つための第一歩を表明しようとした瞬間、彼の頭上からまばゆい光が押し寄せていった。その光が自分の声だけでなく意識もかき消そうとしていたが……
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「だから、俺はまだ父さんを探さ……」
意識が覚醒した玲也は、メディカル・ルームのベッドへと身を任せていた。マルチブル・コントロールの反動で気を喪っていた彼は意識を取り戻すと共に夢を見ていたのだと自覚する。少し言葉を失うと共に恥じらう様子を一人見せる。
「しかし、何故起きたままだ……変な姿勢で寝ているなど、俺も余程疲れていたか」
「俺がお前を引っ張り上げて起こしたからな」
「そうでしたか、貴方が俺を起こし……」
ただ、上半身だけ起き上がった状態で夢から醒めた様子へは流石に不自然だと玲也も気づく。彼の隣から声をかけた人物を見るや否や、納得した様子を一瞬示したものの――明らかに聞き覚えがある声が自分の元へ届いていたのだ。
「あ、貴方は……夢ではない」
「当たり前だ。それにお前も俺に他人行儀はやめてくれ」
目の前の彼はぼさぼさ頭と共に無精ひげを蓄えておいる。椅子にジャケットを羽織っていた為に、筋肉質な上半身にタンクトップ一枚だけ着用したラフな姿は、5年前までの彼と殆ど変わりがない。その人物が突如目の前に現れた事へ、玲也が自分の頬を抓るものの直ぐに痛みを感じた事から、夢ではないと自覚せざるを得なかった。それでもなお信じがたい光景を認めきれないようで、畏まって接する玲也へ彼は堅苦しい付き合いは不要だと声をかけた。
「……と、父さん、ここにいるのも夢ではないと」
「ポリスターでここまで送ってもらった。無事目を覚ました時を見計らってな」
「それで父さんはあの時……」
――羽鳥秀斗は今、目の前にいた。あの時マルチブル・コントロールの反動で気絶した玲也の容態を見計らうなり、ゼルガへその先の道の在り方を示すなりとの所要があった。かくして、ひと段落突いてユカのポリスターによって、秀斗はドラグーンとたどり着いた。今こそ急いで駆けつけたようなものだが、
「お前にも母さんにも本当長い間苦労をかけた……本当にろくでもない父親だ」
「そ、そんな……父さんはこうして帰ってきたのに何を! それに俺は父さんの背中を追い続けた事は無駄じゃないよ!」
それだけで玲也を待たせた事が帳消しになる訳がない、秀斗は既に自覚しており5年もの長い歳月の間理央共々苦労をかけたのだと、自虐を交えながら触れる。
それでもなお、玲也としてその今までが決して無意味ではないと強く主張する。この5年間が苦節の時期だとしても玲也として、ゲーマーとしてプレイヤーとして飛翔を迎えた時期でもあったと。翼が背中に生えたように若き獅子の子は、親獅子の背中を捕捉する所までたどり着いているのだ。
「俺を超えようとして、お前はここまで来た。素晴らしい好敵手に巡り合えた事もあるが……お前の力があってこそだ」
「父さん……!」
特にプレイヤーとしての玲也の成長は、ハードウェーザーを設計した父親としても太鼓判を押す程であった。己自身だけでなく、数々の好敵手と競い合い認め合う形で腕を磨いてきたともいえるが、好敵手たちに囲まれる中で息子にはそれだけの力量があったと。父からの称賛を受けると共に、思わず玲也の顔が歓喜の感情で緩みそうになるが、
「その上で俺はお前がどこまで伸びていくか見届けたくなった。だからあの時、俺からお前に会おうとしなかった。どうだ、ろくでもない父親だろう」
自分の息子はここまで成長を遂げていった――自分が強要した筈もなく、自分を救い出そうとする動機の元で、ハードウェーザーのプレイヤーとしての道を選び、その腕を伸ばしていく様子へいつしか父親として強い期待を寄せるようになっていたと。
その為にゲノムの地から電装マシン戦隊の元へ戻ろうとはしなかった。戻れる状況だろうとも玲也が自分の力でたどり着くのだと強い自信と期待に駆られ、この戦乱を一人息子の為に利用していた節もあると触れながら、
「こうして俺と出会っただけで、俺の罪は帳消しにされた訳ではない」
「罪を帳消し……って父さん、一体何を言い出して……」
「今は俺に父親としての務めを果たさせてくれないか。これで帳消しにしろとは言わん」
「だから俺が父さんを恨む理由など何も……」
玲也として追い続けてきた父親を憎み、恨むようなことをしたくないと頑なに主張するが――彼は素早くその腕で自分を抱き寄せてきた。ごついその手は誰かを抱く事に不慣れな様子であったもののその手から温もりを感じ取っており、
「余計な見栄や建前はいらん。お前の胸の内をぶつけてこい」
「父さん、それは……俺はまだ父さんと決着をつけていないから、それだけは」
「お前がそうしたい気持ちは分かる。だが、今のお前にはそれが許される」
父親として5年もの間積み重ねてきた息子の想いを、その身で受け止めようとしていた。一人前になってこそ、胸のうちの想いは昇華されるのだと捉えていただけに、少し心の準備がつかない様子だったが、
「これからの為に、今は俺に縋れ。俺の息子としてそれが今許される」
「……」
「お前との約束を果たすにあたって、真っ新な心構えで挑みたい……だから父さんの胸で泣け」
「……うぅ」
秀斗は玲也が胸の内に抱える葛藤は、まだ子供のうちに解き放つことが許されるのだと説く。玲也自身が未来を悔いなく生きようとする姿勢を汲み、それどころかその為の一戦で全力を互いに出し切るために必要な事であると説くと共に、
「父さん、父さん……! 俺、本当に辛くて寂しかったよ……!!」
「……それでこそだ。好きなだけ今は泣け」
――玲也は泣いた。声を張り上げて握りこぶしで何度も父の厚い胸板をその両腕で叩きながら。あの頃のように自分の元へ甘え、泣き付いている息子の姿に対しても、今この時だけは許されると秀斗は静かに息子の小さな体を抱き寄せていた。
「玲也さん、よかったです。本当に……本当に……」
「うぅ、ニアさん顔がくしゃくしゃですわよ、親子が嫌いなはずで」
「それとこれと、関係ないわよ! あんたこそひどい顔してさぁ!」
「うぅ、父さん、父さん……!!」
メディカル・ルームの外にも丸聞こえであり、ニアも、エクスも、リンも揃って涙を流しても流しきれない感動を味わされていた。羽鳥玲也という若き獅子の闘いの記録は今、ここにひと段落を迎えようとして――残された最後の試練、親父越えへと到達しようとしていた。
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次回予告
「長かったバグロイヤーとの戦いは終わり、ニアも、エクスも、リンも、ハドロイドとしての使命を終えて、これからの道を歩みだしていく。だが俺の戦いはまだ終わっていない。5年前の約束を果たすための戦いにて、父さんが組んだ幻のハードウェーザー・ゲーマストこそ、俺に立ちはだかる最後の壁、その時が来るまで、弛まずに今日も明日も歩んできた……父さん、俺は全力で挑む! 次回、ハードウェーザー「ただ父さんに追いつき、追い越せと」にブレスト・マトリクサー・ゴー!」
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