42-4 故郷(いえ)なきウィン、星へ還ると約束して

「もぅ、失敗しちゃうなんて~このまま放っておくのも嫌だし、ぷんぷん!」


 セインが少し不機嫌そうにぼやくのも、ヴィータスト及びウィンを掌握する事が出来なかった為であろう。自分の人形になる事を拒んだヴィータストだけでなく、目の前のハードウェーザー2機へと狙いを定め、


「やっぱり、みんな殺しちゃお~お人形さんだけでいいんだし~」

『だったら、直ぐお寝んねさせてやらぁ!!』

『チェンジ・ビーグルです! アンドリューさん!!』


 早速息の根を止めると宣言するセインへ向け、アンドリューはその言葉をそのまま返すとの姿勢で向かう。両肩のジャイローターをパージさせるとともに、質量弾としてデスパライア・シーカー目掛けて撃ちだす。

 そしてその隙にネクストは地表へと着陸しながら、あおむけで倒れる姿勢と共に機体のサイズは圧縮されたようにコンパクトになりつつある。変形が開始されている為であり、


『もう! 目の前で変形するなんて、迂闊だよ!!』

『確かに、シャルちゃんがいう、お約束かもしれないですが……』

『一気に決めるからよ。おめぇらも頼むぜ!!』


 有事に備えて地表へと忍ばせていたアビスモルが次々と爆発を起こしていく、サイコミストに対して足を止める程度の威力でしかないものの、変形を試みるネクストを護るためのカモフラージュとしてもシャルは駆使していた。彼女のフォローに感謝しつつ、すぐさまアンドリューは玲也から受信したデータをリンのモニターへとフィードバックさせており、


『一気に行くぜ!!』

『はい!!』


 最もスーパーカーへと姿を変えたネクストを前に、デスパライア・シーカーのクローでも被弾すれば致命傷となりうる。その為質量そのものでネクストを潰さんとしていたものの、間一髪電次元ジャンプを発動させてこれを逃れ、


「あら~逃げちゃった~クロストを見捨てるなんて、やっぱ薄情で~」

『誰が見捨ててトンズラしたぁ!?』

「逃げてないとしたら、一体どこに……」


 セインが初めて目を丸くした――それも電次元ジャンプでネクストが転移した先はサイコミストのコクピットそのもの。ビーグル形態でサイズまで変わるネクストの特長を活かした奇襲戦法であった。


『命を懸けたコンパチちゃんからのデータに……』

『玲也が前に見せてたな! こういう惨い手は気が引けるけどよ!!』

『大丈夫です! チェンジ・ネクスト!!』


 コクピットへと突入する為に、ネクストはサイコミストの胸部装甲へ風穴を開けるか、何としてもコクピットの内部情報を必要としていた。そして後者のデータを手にする為、コンパチが刺客からデータを吸い出すことに成功した。彼の命を賭した行動がネクストへ反撃の一手を与えるに至った。そして今、アンドリューが言う惨い手へ踏み切る事へ、リンも覚悟を抱いて叫びをあげれば、


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

「マ、ママ……きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


 今、クロストが変形する――この行為が単なる変形だけでなく、ビーグル形態から巨大化していく事を意味しているとなれば、内部からサイコミストのコクピットは、ネクストに押しつぶされ、機体そのものが崩壊を遂げていこうとしていた。セインの部下となる4人のハドロイドが一斉に圧死を遂げ、亡骸が次々と投げだされていく。両腕からの電次元サンダーが、サイコミストを真っ二つに分断させていき、


「嘘……セインちゃんのお人形さんが、みんな……!!」

『バリアーが消えました事! シャルさん!!』

『プランAだよ、アンドリュー!!』

『わーった、直ぐトンズラすっからよ!!』


 機体そのものが真っ二つに至るほどのダメージを負い、超常軍団のハドロイドが次々と斃れる事態を前に、クロストを封じるフィールドは消滅していった。フィニッシュを飾るのは自分たちだと、ネクストが宙に上げたサイコミストの上半身に砲身は向けられ、


「い、嫌……セインちゃんはこうも虐められて、お返しもしてないのに!!」

『何の事か知りませんが、シャルさん!!』

『そうだね、電次元ブリザードだよ!!』


 死の間際になると流石に確信したか、彼女がお人形さんとして従える部下が全滅に至った為か――今、この状況下でセインは恐慌した。もはや超常将軍だろうとも、普段の人を食ったような余裕が失われ、直面する死への恐怖にしたかのように悲鳴を上げるが、既に放った二筋の光線が自分の元へ迫る事に目を見開いており、


「セインちゃん、本当にお人形さんのまま! なんで、なんで……!!」


 子供のように泣きじゃくり、自分自身がお人形さんであると先ほどまで自嘲していたセインだが、今となればそのお人形さんであろうとも生を望んでいたかの様子でもあった――だが時は既に遅く、クロストの目の前で彼女はサイコミストごと氷細工のように凍結していくままであった。


『はぁ、はぁ、はぁ……』

『わりぃな……俺に付き合ってくれてよ』

『私たちのあの手を使うのも、流石です……』

『まぁ、あいつに今回は本当助けられてばっかだな……』


 変形を利用して内部からサイコミストを壊すとの奇策は、ネクストに負担を少なからずかける戦法であり、彼女は少し息を切らしている。アンドリューとしてこの戦法は、ネクストがスフィンストに対して駆使した一手と酷似しているとリンが気づくと共に、彼の口元はどこか緩んでいたが、


『……そうだ、さっきからエクスも気になってんだけどさ』

『……リタの事だな、わーってらぁ』

『アンドリューさん、今それを言っちゃいますのは……あっ!』


 そしてひと段落着くとともに、前々からの疑問を――隠し通すにも限界がある事柄へと触れ込んだ。おそらく尋ねたシャルも、問われるアンドリューも既に察しがついて覚悟はできていたのだろう。リンだけ戸惑って口を滑らせてしまっていたようで、


『リンさん! やはり私たちに何か隠されて……早くなさい!!』

『は、早くってアンドリューさん、その、あの』

『まぁ、そうカッカしなさんな。エネルギーもあまりねぇのによ』

『これはエネルギーとかの問題ではありません事! 分かってまして!?』


 エクスがリンの様子から不信感を抱き、自分たちへ隠し通そうとしている事柄を追求しようとする。あたふたする彼女を他所に、アンドリューは自らのカルドロッパーをクロストへと供給する。電次元ブリザードを連発した故にエネルギーは既に半分を下回っている。消耗するには少し早いと涼しい顔でアンドリューは宥めていたものの、エクスにはやはり効果はない様子でもあり、


『リタがやられた、ハインツと刺し違えちまってな』

『……リタさん、悪い冗談で……?』

『ここで悪い冗談なんて、言える訳ないですよ、エクスちゃん!』


 そして、すかさずさりげない状況でアンドリューは答えを明らかにした。流石にショックが大きすぎるとエクスが思わず現実逃避しかけようとしていた。そんな彼女に現実を突きつけなければならないと、リンが強い言葉を返し、


『本当考えたくもなかったけどね、リタがやられたなんて……』

『あいつもそれを覚悟してたけどよ……止めなかった俺に責任があらぁ』

『本当あと少し、リタも、コンパチも……』


 内心では察しがついていたとはいえ、シャルが呆然とコントローラーを落とし、流石に動揺を隠せない様子である。改めて自分の責任であるとアンドリューも声のトーンを落とし、少し沈んでいる様子の元、彼女はあと少しで決着つく状況での犠牲を苦々しく述べると、


『けど、俺たちが弱音吐いてたらなぁ。ゼルガが既によ』

『アンドリュー君、ゼルガ君が天羽院を……』

『ちょうどその話をしてましたよ、将軍!』

『天羽院を捕まえたのでしたら、これでもう』


 天羽院を追わんと先行していたゼルガに申し訳が立たない――そのようにアンドリューが触れた途端、エスニックから急を要する通信が入った。天羽院を突き止めた様子からエクスが思わず戦いの幕が下りようとしているのだと、少し楽観的な様子を見せていたものの、


『いや、天羽院がバグロイドに、とても巨大なサイズのね……』

『それなら、俺たちもすぐ行きませんと』

『玲也君も今からブレストで電装する、連戦で悪いけどね』

『何、ちょっと消耗もしてますけど、すぐ行きますよ』


 追い詰められた天羽院が最後の抵抗を試みている――エスニックの様子から、リキャストだけでは分が悪い相手との様子から、アンドリュー達もまた直ぐに後を追うようにビーグル形態へと変形させ、


『わりぃけど、ジャンプしてる余裕はねぇからよ。先に行かせてもらわぁ』

『まさか、アンドリュー、僕たちの分まで!』

『おめぇらはジャンプしねぇと間に合わねぇだろ』

『まだビーグルで急げば消耗も少ないですし、大丈夫ですよ!』


 カルドロッパーを2基クロストへと提供した点も、自力での現場への急行が困難と判断した上であった。それもありビーグル形態でネクストが一足先に飛び出したが、


『まぁ……ちとウィンと話してぇからな』

『……はい。玲也さん、すみませんが少しだけ制御の方を』

『わりぃな、手短に終わらせっからよ』


 また、アンドリューはウィンへ話すことがあるとの点で、ネクストはクロストより先に飛び出す必要があった。一時玲也の脳波による遠隔操縦に任せる必要が生じ、リンが彼の協力を要請している間、アンドリューはポリスターでウィンとの対話を試みており、


『アンドリューさんの言いたい事は私にも、足を引っ張ただけでしかない私にも』

『まず最後まで聞いてくれねぇか。俺が言いてぇのは別にあっからよ』


 ウィンはこの状況故か、流石に自分が戦えるのだと主張するような事はしなかた。自分に対してしおらしく省みるは過去に何度も見せていたものの、自分が戦えるとのスタンスまで曲げる様子は恐らく初めて見た。アンドリューはそんな彼女の様子を踏まえた上で、苦笑を交えつつ問いかけており


「まぁ長話にはしねぇし、リタから頼まれてっからな……」

「リタさんに……リタさんが私にですか!?」

「そういうこった。あいつがそう頼んだから俺が叶えねぇとな」


 その後リタが最期に託した頼み、それもウィン宛への内容をアンドリューの口から知らされる事となり――。二人の話を耳にした玲也もリンも思わず目を丸くしていた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「……」


 ――帰還後、ウィンは自室のベッドの上へ座り込む。玲也達が総力戦を畳みかけているだけでなく、才人も、カプリアも、マーベルも各方面のバグロイドを相手にして戦闘を続けている。自分だけが取り残されて良いのかとの不安があったものの、


『お姉ちゃん……』

「ポー、いや……」

『おめでとう、お姉ちゃん。これからも生きることが出来るんだね……』


 またも自分の視界に、見慣れていた妹の姿が映る。超常軍団との一件もあり、思わず身構えしてしまっていたものの、彼女はそっと姉の元へと抱きかかえた。魔の前の彼女は既に元の体がない今の姉を憐れむような言動をせず、自分の未来を心から祝福した。これからも生きることが出来る――その言葉の意味に彼女が少し躊躇していたものの、



「リタさんが、私に託してくれた……リタさんの体を」



 ウィンとして躊躇が微かにあったものの、それはリタが自分自身の体を託すと死の間際に約束していたからだ。ハドロイドとしての体が機能を停止したと共に、元の人格が既に移植されたリタの体は抜け殻同然。その為にウィンが戻るべき新たな体として、今わの際で彼女は提供を申し出た事をアンドリューへ伝え、先ほど彼の口からウィンは知らされたのだが、


「しかし、それは今までのこの体を……」

『リタさんの体は変えられないよね……』

「当たり前だ! 私が弄る真似をすれば、それはリタさんへの冒涜だ!!」


 ウィンとして心残りがなくなったわけではない。彼女の体に自分を託すことは16年余り生きてきた自分の体と別れる事を意味するのだから。ハドロイドとしてのこの体が既にない本来の自分へ似せた作り物だろうとも、過去の面影を強く持ったこの身と別れる事は、自分が自分でなくなる事を意味するのではないかと――。


『お姉ちゃんがお姉ちゃんじゃなくなる……ってこと?』

「それはない! それだけは私に……」

『お姉ちゃんとしては一体どっちがいいの……?』

「それは……いや、私はポーを……」


 ――ポーに問われると共に、ウィンは自分がこの先生きるためにウィン・スワンでなくなる事への不安が再燃しつつある。彼女から一度見捨てられるのではないかと尋ねられれば、猶更悩み苦しむ様子であった所、


『全く……』

「ポー、どうした……やはり私が」

『だってお姉ちゃん、相変わらず私の事しか考えてくれないんだから』

「私の事……どういうことだ?」


 呆れたようにして、自分を抱きしめていたポーの手が離れた。彼女から愛想を尽かれたのではないかとウィンが少し慌てていたものの、彼女は自分の事しか考えていないと意外な事を口にする。長年ポーの姉を務めていた身としても思わず目を点としていたが、


『お姉ちゃんは、私の為に昔から戦ってくれてた。苛められてた時も、バグロイヤーが来た時も』

「当たり前ではないか! ポーがたった一人の妹だから私は、それくらいの事……」

『妹として本当に嬉しい。でもお姉ちゃんはずっと幸せなの……?』

「な、何……私が辛いと思った時など一度も……」

『お姉ちゃん、本当嘘が下手なんだから』


 幼い頃から自分を守ってくれていた頼もしい姉――そのようにポーは強く肯定していた。ウィン自身強くあろうとする事は、妹の自分を守ろうとする原動力であり、彼女自身の誇りであった。だが既に思念だけとなったポーからすれば、亡き自分を案じ想いづづけている事が、彼女自身を摩耗させてしまわないかと危惧もしており、


『お姉ちゃんはもう私のこと考えなくていいよ。もう私はここにいないんだから』

「……!!」

「いいんだよ、もう私の事忘れても」


 既にポーはこの世にいない――この事実を突きつけられれば、思わずウィンは妹の手を取ろうとするが、自分の腕は何度もすり抜けていった。だがそれでも、既にポーがいないと分かっていようとも、何度も実体のない手を救い取ろうとしており、


『お姉ちゃん――お願いだから、幸せになって』

「ポー……」

『お姉ちゃんに守られてずっと私は幸せだよ。でもお姉ちゃんは、これから幸せにならないといけないんだよ?』


 妹として、姉に守られて続けたゆえに、それまで姉へ面と向かって忽然と主張することが出来なかった。けれども今、ポーは今姉の幸せを望むからこそ、既に存在しない自分に引きずられる必要はないと見た。それ故に、姉妹としての関係を断ち切る必要がある事を意味しており、彼女の眼もとには涙があふれようとしており、


『私も寂しいかな……だからお姉ちゃん、もしよかったら』

「……わかった。“そなたのお姉ちゃん”はもうすぐやってくる筈だ」

『……よかった』


 けれども、互いに姉妹が望んでいる幸せを理解した上で、互いに姉妹の関係を断ち切る事を選ぶ。ポーの思念として、自分の呪縛に囚われることなく生きる未来があるウィンを送り出そうと――彼女を姉として接する事はもうないと悟ると共に、



『お姉ちゃん……いや、ウィンさん、じゃあね』



 ポーがそう笑うと共に、彼女の姿は、姉だった彼女の前からかき消されるように消えていった。迷う自分に対して、妹として自分の背中を押すかのように、彼女はあの世から現れたのかもしれない。目の前で二度と会う事がないであろう妹が消えると共に、彼女はその場で両手を突き、


「すまんポー……せめてウィン・スワンとしてこの体はお前の元に送りたい、いや、送る事が出来れば!」


 妹へもう少しの辛抱だと声をかけると共に、ウィンとして新たなる生き方へ踏み切り、ウィン・スワンである今までを清算せんと覚悟を決めた。何れ自分が自分でなくなるかもしれないと捉えると共に、


「今度は、もう少し優しく、もう少し余裕を持てますか……リタさん」


 声をあげながら涙を流すと共に、閉ざされた自分へと未来を託したリタへと、ウィンは今後の自分の生き方を模索していく事を約束するのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る