42-2 42-3 雁字搦めの白鳥、悠久の湖畔に誘われ
「さっきからお人形、お人形と……こうも戦いを愚弄されてはな‼」
「落ち着いてよ! もしかしてクロストの事かもしれないよ!!」
『今そんなこと言ってる場合……って強がる余裕もありませんわね』
セインは自分の眼鏡にかなった“お人形”を手に入れる為前へ出た――ウィンからしてみれば、半ばおふざけも良い所と言いたげな動機であり、その為に自分の部下を平気で切り捨てるやり方には憤怒を隠せない。
彼女よりまだ冷静であったシャルとしては、バグエスパーのバリアーにて、動きを封じられたクロストの事ではないかと宥める。自分が木偶の坊と思われているのではと、やはりエクスが機嫌を損ねるものの、今の状況は間違っていないとしおらしい様子でもあり、
『とりあえず、オレがいる限り大丈夫パチ』
『アズマリアさんとルミカさんも移しましたからね。ただ……』
「相手が超常将軍だけに何があるか……だね」
改造されたコンパチがジャミングを展開させたうえ、マルチブル・コントロール用のバイザーを玲也が装着した状態のまま――これにより、クロストのコクピットへと及ぼす、ゲルウェーブの影響を最小限に抑えてこんでいた。無論超常勝軍が打つ手は他にもあると油断は出来ない事をシャルが触れるが、
『しかし、あの超常勝軍が一体……ロボットの貴方でもわからないのでして?』
『オレはロボット、何でも出来る訳ないパチよ』
「もう!エクスが、そんな事言ってられる訳と思うけど……」
「本当だよ」
「そうそう……って、あれ?」
セインの超能力が脅威とみなし、少ししびれを切らしていたのかエクスはコンパチへと攻略の術がないかと尋ねかける。ロボットである彼でもセインの超能力を察する事は困難だとさじを投げ、シャルですらエクスに危機感が足りていないのだと突っ込みをかわそうとしたが――自分たち以外の第三者がすぐそばで相槌を打っている事に気づき、
「玲也君も、才人っちでもないなら……って、ちょっと待って!?」
「あ、あぁ……!」
「なんで、なんで……夢じゃないよね!?」
自分に知らせることなく、おそらくポリスターで誰か転送された――そのよう捉え、警戒する事もなくシャルは振り向いた。実際目の前の彼女は確かに見覚えがあるが、それ以上にここにいては明らかにおかしい筈の人物である。実際ウィンからすれば、自分以上の衝撃と驚愕を味あわせられており、落雷が撃たれたようにその身を震わせている。本人も自分が幻を見せられているのではないかと、頬を抓るが痛覚が存在することに変わりはない。
「どういうことって……お姉ちゃんなら分かるよね?」
淡い青紫のセミロングヘアをなびかせる彼女は、どこかウィンへ甘えるように、小悪魔じみた笑みを浮かべて“お姉ちゃん”と呼ぶ。同時にウィンの眼が見開くが、彼女があの時まで守るべきだった最愛の相手でもあり、自分がバグロイヤーに抗う原動力――の筈だった。
「待て、何故だ、どうして……どうしてポーがいる!!」
ポー・スワンは既にいない――自分の為にバグロイヤーに翻弄された挙句、不慮の事故でその命を既に落としていたのだから。ウィンとして自分がハドロイドとして目覚める迄を待たずして妹が戦死したなどの事を認めたくはなかった。それでも復讐がバグロイヤーと戦う動機であると長らく言い聞かせると共に、認める事が既にその身へしみついていた中で彼女は現れた。唐突に見覚えのある姿と共に。
「あの時、バグロイヤーに助けてもらったの。セインさんのお陰で……」
「ウィン! 罠だよ、これは……!!」
ポーの口ぶりから、キューブストと共に運命を共にしたと思われていたものの、セインの超能力によって九死に一生を得たと触れるが――明らかにバグロイヤーが自分たちに送り込んだ刺客に違いないと、シャルは即座に否定してポリスターを発砲した途端に、自分の掌を突き出した。するとポリスターの光が自分へと跳ね返されるように軌道が代わり、撃ったはずの彼女の姿は消え失せ、
「その力は……お前!!!」
「お姉ちゃん、シャルちゃんの方が大事なの」
「だ、大事も何も……」
あり得ない力を駆使した様子から、ウィンもまたポーを警戒するきっかけとなった。既に彼女は妹のようで、自分が知っていた頃の妹ではないとの違和感を生じさせる。そのまま彼女に真相を問いただす事が――出来る筈であったが、
「確かにバグロイヤーが私とお姉ちゃんの体を消したんだよ?」
「ならば何故! バグロイヤーに助けられていようともそれだけは!!」
ポーとして、ウィン共々バグロイヤーには元の体を始末された過去があると忘れる事はなかった。彼女がまだ自分と同じ想い――恨みや悲しみ、憎しみや苦しみを分かち合えるのだと、互いに正気を取り戻すべきだと必死に呼びかけるが、
「お姉ちゃんの言う事も分かるけど……バグロイヤーに勝ったら私たちどうなるのかな?」
「……!ポ、ポーが言いたいことは私にもわかる! しかし、しかしだ!な!」
それでもポーは彼女の耳元で囁く――戦いに駆られ続ける事が虚しいのだと。妹の言葉は、ウィンとして自覚せざるを得ない泣き所を的確についており、戦いに依存する自分が抱える心の脆さが悲鳴を上げようとしていた。真っ先に自分が庇護すべき妹に、自分の心が飲み込まれようとしていた。そのように弱気となる姉の胸元へ妹が飛び込めば、
「私だって、私だって……ニアちゃんともう違うんだよ……」
「それは……私が、お姉ちゃんが不甲斐ないばかりに!!」
「お姉ちゃんのせいじゃないし、お姉ちゃんだってそうだよね……」
ポーの触れる通り、彼女がバグロイヤーとの戦いを終えようとも、後となればハドロイドの戦いは無用にすぎない。成長することなく、わずかな寿命を迎えるだけの機械の体で余生を送る事に堪えている。姉として、妹がニアと同じ未来を送ることが出来ない苦悩を汲み取って謝るものの、彼女からは自分も同じ苦しみを抱え込んでいると逆に触れられて心の琴線を震わされた。思わずぎこちない手つきながらも、昔の様に妹を暖かく抱き返していた。
「お姉ちゃんだって、私の事だけじゃなうはずなのに! お姉ちゃんだって好きな人がいるかもしれないのに」
「……!」
「でも、お姉ちゃんだってもうその人と一緒になんか……」
「……やめろ!!」
――思わずウィンは怒号をあげた。こればかりは戦いに赴く前に気持ちの整理をつけたばかりの問題であり、あくまで整理をつけたのみで答えまで手につけていない事柄へ踏み込まれる事を姉として思わず拒絶するものの、
「す、すまない! お姉ちゃんは決してポーを……」
「ううん……お姉ちゃんの事分かってるって、踏み込んだ私が悪いんだから」
「いやだからな……ポーは悪くない! お姉ちゃんがいうんだから!!」
「でも、お姉ちゃんと私はずっと一緒。お姉ちゃんがずっと大好きなんだから……!!」
妹に強く抱き返されると共に、ウィンの体も共鳴するように震えが止まる事はなかった。少しして、ウィンから手を離すと共に、彼女はシャルが落としていったコントローラーをそっと拾いあげ、
「――だから一緒に戦おうよ。私はお姉ちゃん以外要らないから」
「私もポーが……ただ、でもだ……」
シャルに代わり、ポーがプレイヤーを務めると共にヴィータストの上半身が再度飛び上がりだす。先ほどまで、自分へ依存するように甘えていた妹だったものの、急に彼女は人が変わったように、後ろの姉を見向きもしない。そんな妹に自分のヴィータストを動かしている事態など、ウィンがそのまま受け止めてはならないものだったが――自分の体は自分の意思で動くことを封じられていた。それどころか、まるで何者かに暗示をかけられたかのように瞳は虚ろと化していた。
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「ちょっと、シャルさん一体どうしまして!?」
「僕だって分からないよ! そもそもポーが急にやってきてさ!!」
「ポーって……貴方正気でして!?」
――その一方、ポーによりポリスターの光線が反射された為、彼女は何故かクロストのコクピットへと電装されていた。クロストへと送り返されたこともだが、それ以前にポーが何故現れたか分からないとシャルでも混乱が隠せない。エクスですら戯言を言うなと突っ込むものの、
「ポーって確か……キューブストのハドロイドパチか」
「それはそうだけど、ニアちゃんの親友で玲也君が……ってそのポーがおかしいんだよ!!」
「おかしいのは当たり前じゃありません事!? ポーが幽霊にでも化けて出たとも」
「いや、相手は超常将軍だ!!」
ポーと面識がないコンパチは淡々と彼女の詳細を自らの記録から引き出しているが、シャルとして彼のリアクションに付き合っている余裕はない。そしてエクスもまた彼女の話が突飛すぎるからか、妙な方向に勘違いしていたものの、玲也はあり得ない事態だろうと、セインと対峙している現状から信ぴょう性があると確信を抱き、
「ウィン! 一体どうしたんだよ!! 答えてよ、ねぇ!!」
「通信拒否……一体どのようなおつもりで!?」
「まさかポーがシャルに……あまり考えたくはないが」
『本当シャレにならねぇみたいだな!』
「アンドリューさん!!」
シャルの手から離れ、ややおぼつかない操縦であったもののサイコミストの元へと歩みつつあった。そのような彼女の行動を察すると、玲也の表情に苦みが走る。その折ドラグーンの守りを固めていた筈のネクストから通信が入り、これまでの経緯を話すとともに、
『こりゃ持久戦だな、電次元兵器も効かねぇとかだしよ』
「そ、そっち!? ウィンが人質になってるんだけど!!」
『わりぃわりぃ……けど、超常将軍をどうするかが一番大事じゃねぇか?』
『もちろん、ウィンさんを救う事も大事です! それでですね……』
アンドリューとして、ウィンの身柄以上にサイコミストの脅威を除去する事を最優先とみなす。シャルが抗議する通り情け無用な主張であり、リンが二人の間を取り持つように手短に作戦のやり取りを済ませ、
『とりあえずクロストはしのぎ切れ、フィールドと張ってりゃどうにかならぁ!』
「どうにかってそんな、結構大雑把のようで……」
『何、すぐパパっと片付けて向かうからよ。俺は玲也の方が心配だけどよ』
「すみません、シャルを戻す手も考えていましたが……」
ネクストが到着するまで、クロストはバリアー内で沈黙を保って時間を稼ぐ――その方針でおおむねサイコミスト打倒の一手は纏まった。ただ玲也が最も危険な役回りを担う事に対し、アンドリューとして懸念があったものの、
「……ポーが蘇ったとの事でしたら、俺が一番恨まれている筈ですからね」
「玲也君、やっぱり自分を囮にして……僕が止めても無駄だと思うけど」
「オレも絶対うまくやるから信じるパチ、玲也には指一本触れさせないパチよ」
「頼む。これ以上犠牲を増やす事も、俺がここでくたばる事も何としても」
玲也とコンパチがヴィータストへ乗り込み、ウィンを救出する役回りを担う。ポーに対して自分が囮となり、コンパチが反撃に転じるとの作戦に対し、玲也自身が絶対的な勝算があるとアピールしていた所、
「これ以上犠牲にって……そういえばアンドリューさんが何故」
『マルチブル・コントロールですよ! 何もおかしい事はないですから‼!』
「そういえば、全然リタの姿を見ないけど……って玲也君!?」
ただ玲也の口ぶりから、既に“誰か”が犠牲となっているのではないかとエクスが疑りの感情を抱く。少し苦しい様子でリンが紛らわすも、シャルもまた謎の喪失感を察していた所、玲也からバイザーが託され、
「少しの間頼む、サイズが合わないかもしれないが」
「これがないとシャル迄操られるパチ、だとしたら負けパチよ」
「わ、分かったよ! それに任されたよ!!」
「だとしたら助かる、すぐ撃ってくれ!」
自分に代わり、シャルがクロストを操縦する事となった――内心最悪の事態を想定して彼女がマルチブル・コントロールの要になりうる事も玲也は視野に入れていたが、好敵手の一人として万が一を託すことに迷いはない。シャルもまた好敵手の覚悟に応えるよう、ポリスターで二人を送り返し、
「全く、折角玲也様が来られましたのに……」
「こんな時に拘ってる場合!? ぶっつけ本番じゃないだけマシだよね!?」
「まぁ、私も別に心配はしていません事よ。ただ耐えるだけですし」
結局シャルとエクスという犬猿のコンビだけが、クロストのコクピットに取り残された――互いに減らず口を叩いていたものの、サイコミストを相手にしながらも、二人とも自信を見失っていない様子であり、
「最も、このまま大人しくしていられますのも味気ないですわね」
「生憎僕も同じ事考えててね、玲也君の為にどっちが頑張れるかだね!!」
「その通りです事……おや」
その上で、一方的に待ち続ける事が勝利へは繋がらない。自分たちの作戦の勝率が絶対でもないことから、少しでも勝率を挙げる為の下拵えが必要と見なしていた所、エクスはモニターへ入力されたコマンドに気づいた様子であり
「分かってると思うけど、ブリザードは通用しないみたいだね。そう簡単に倒せたら苦労しないし」
「違いますわ、ルミカさんがアビスモルを入力してまして……」
「少なからず足を止める事は出来るかな。気づかれないように出さないとね」
偶然、操られていたルミカはアビスモルのコマンドを打っており、彼女たちを収拾させる際に出力までエクスの手が回らないでいた。それに今気づいた事が寧ろ好機といえた。生憎パンツァー形態のクロストなら感づかれず地底にアビスモルを忍ばせられるため、即座に行動へ移し、
「玲也様を誰よりも深く愛してるのは私ですから! 失敗は許されません事よ!!」
「それは僕だって同じだからね。僕の腕にちゃんとついてきてよね!!」
「全くニアさんもですが、私に張り合うのでしたら、下手な真似はしないですわね!!」
口でシャルに張り合いつつも、エクスは彼女の自信を裏付けるだけの腕を信じてもいる。だから彼女なりの激励を吹っかけると共にクロストを進撃させる。サイコミストが待ち構える前方へといつの間に二人の顔は同じ方角を向いていた。
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