39-3 斗え本気で! 勝利に掟も情もない!!
「全く、玲也様の到着が遅いと思ってましたら、余計な殿方が一人」
「ちょっとエクス? それ、才人の前で言わないほうがいいわよ」
「……エクスちゃんもだけどニアちゃんも才人さんの前でそれは」
シミュレーター・ルームでは、エクスが一番玲也が道草を食っていた事へ不満を露わにしていた。ニアが窘めつつも彼が余計とのことは否定していない様子であり、リンが苦笑いを浮かべながら二人を宥めようとしていた所、
「玲也さんにもエクスさんにも迷惑だと思います。ですが……」
「まぁ、あんたも才人のフォローで大変だもんね。コンパチもいないし」
「確かに……ってニアさん、才人さんを困らせないでください!」
玲也たちのスケジュールに割り込んで迄、自分たちの頼みを押し通している事にイチはやはり罪悪感があった。パートナーに尽くそうと幼いながらも生真面目な彼の苦労をニアは一応汲んでいたが、才人が至らない話になりかねない流れ故慌ててその話を遮り、
「本来でしたら、私がシャルさんを相手に気持ちよく勝つつもりでしたのに」
「何で負ける前提なの? 僕を舐めるな!!」
「シャルの言う通りだ。79戦39勝31敗9分……」
本来玲也とシャルの真剣勝負がシミュレーターでは想定されており、彼女としては元々の対抗心とハードウェーザーのスペックから、最初からヴィータストに勝つつもりでいたのだろう。そんな彼女を窘めるように、実際のシミュレーターでの戦歴を触れる。玲也が優勢であったものの、スペックの差を考慮したならば互角の実力であり、
「そうそう。でも僕も先に才人っちの腕を見たいかなー」
「シャルちゃん!? まさかそこで俺に振るの!?」
「いや、振るって元々あんたが頼んだんじゃ……」
玲也に自分の腕を称賛された為か、シャルは少し気を良くした様子で才人に自分の出番を譲るつもりであった。当の才人が急な話だとビビったようなリアクションをしており、ニアが少し呆れ気味に突っ込んでおり
「まだウィンさんも来ていないからな。先に俺たちが勝負してもよいだろう」
「そうそう。ウィンが遅刻するって珍しいんだけどなぁ……」
「うぅ、何かこんなイレギュラーな事態が続くと、その……ね?」
「だーかーらー、その……ね? じゃないでしょ、あんた」
最もヴィータストと勝負するにあたってウィンの姿が見当たらなかった。それもあってイチがその場にいるスフィンストと相手に勝負する流れで話がまとまりつつある。猶更プレッシャーに圧倒されたように才人が委縮していたが、
「はぁ……48戦46敗2分でしたっけ? 確か」
「お、俺と玲也ちゃんの……恥ずかしい」
「恥ずかしいじゃありませんわよ。この間もクロストでやらかしてましてよ、貴方は!?」
ニアに代わり、エクスが才人の実力は不足していると指摘を続ける。戦績から分かる通り彼が玲也へ1勝も果たしたことがない為、猶更彼女は軽んじているようで、
「玲也様、まだシャルさんの方が相手に不足はないといいますか……」
「た、戦う前からそんな事言わないでください!!」
エクスとして、シャルの方がマシだと口にした途端、それまで従順に大人しくしていたイチが叫ぶ。敵わない色が濃厚だろうとも勝負を交える前に、こうもパートナーが侮られてしまったら、穏やかな彼でも黙ってはいられなかったのだろう。少し鋭い目つきをして彼女を見返し、
「コンパチさんもいませんが! 僕と才人さんはそれで戦ってきました!! 一人前だと僕は言いますよ!!」
「……確かに、ここの所コンパチいなかったからね」
「あたしやリンの時とか、玲也と一緒で……言われてみれば」
イチが主張する通り、コンパチの力を借りずともスフィンストは七大将軍との戦いを潜り抜けていたのもまた事実ではあった。シャルとニアが互いに思い出していった様子に、玲也は少し微笑ましげに頷き、
「そういうことだ。2対2で不足はないみたいだからな」
「玲也様!? まさか才人様の事をそこまでして」
「そうだ。シャルと同じように俺に勝つ可能性も十分だとな」
「れ、玲也ちゃんまでそんな……俺にプレッシャーをかけて」
コンパチが存在する意義を考えると、彼が不在だろうとも一人のプレイヤーとしてやっていける力量を才人は既に備えていたともいえる。猶更勝負を受けて立つといわんばかりの口ぶりの彼に、才人が弱気な面を露呈していたようだが、
「……自信が欲しいなら、俺に勝て。それ以外の道はない」
「玲也ちゃん、そんな……シャルちゃんと違って、その……」
「ならこの場から去れ。お前を外すように俺からも頼むが」
「れ、玲也さん……それに才人さんも、その……」
自分に勝負を持ち込んできた覚悟へと玲也は踏み込んで問う。シャルが実際自分と互角に渡り合い勝ちを何度も手にしている様子に対し、才人にもそれだけの力量があると玲也は信じてやまなかった。そんな自分への親友からの強固な信頼は、才人からすればかえって心苦しいのか、彼へ背を向けてしまい、二人の気まずい空気にイチが右往左往していた所、
「ほらごらんなさい。そこで尻込みしてしまうようでしたら、才人様は所詮……」
「……望むところだ! 玲也!!」
「才人さん……僕も精一杯頑張ります! ですから‼!」
エクスの嘲笑と共に振り向いた親友の目は座っていた。決意するとともにちゃん付けではなく、自分を呼び捨てする様子から、パートナーが吹っ切れた瞬間だとイチが自分のように心を躍らせてエクスの元を向けば、
「エクスちゃん、悪いけどここは私が……」
「姉さん……まさかクロストじゃなくネクストと!?」
「いきなりどうしまして!? 元々私の筈でしたのに」
「やめときなさいよ。あんただと油断してそうだし、それに……」
ところがエクスではなく、リンがこの勝負を受けて立つと珍しく好戦的な姿を見せる。自分の出番が奪われると抗議するエクスを他所に、ニアとして彼女が名乗りを上げた理由を既に察しており、
「どうやらリンもその気の様だからな。ネクストで行くぞ」
「玲也さん、それに姉さん……望むところですよ!!」
「こう何度も勝負してきたけどね、お姉ちゃんも玲也さんも本気よ!」
「勿論ですよ!ここは姉さんだから手加減しませんよ!!」
ネクストとスフィンストが競う流れになる中で、実の姉弟同士が腕を競う事へイチもまた珍しく好戦的に胸を躍らせていた。姉弟のテンションが高揚しつつある中で、玲也は才人の顔を向き、
「俺はお前を信じている。だから全てを俺にぶつけてこい!」
「あぁ! 俺もスフィンストも玲也のサポートで終わる訳ないからな!!」
「当然だ! そうでないと俺も困る……!!」
――ここに今、互いの覚悟を確認しあうとともにそれぞれの組は扉へと足を踏み入れていった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「玲也さん、違和感もなさそうですか?」
「多少違和感はあるが、この位は直ぐに慣れるはずだ」
「ですが、相手が全く姿を現さないとなれば」
「そうだな……実際に戦ってみない限り、調子も分からない」
リンに触れられた通り、今の彼が頭部に銀色のインカムを装着していた訳が、戦場となる月面に手肝心の相手が一向に姿を現す気配がない。本来の目的を直ぐに果たす必要があると、玲也の口から少し焦る様子ながら、サ一向に姿を現さない相手の居場所を突き止めようとすると、
「土遁の術ですかね……」
「上手い事を言う、クレーターどころか月そのものに隠れるとなれば余程」
「ですがスフィンストは唯一それが……待って!」
『その通りだぜ! 玲也!!』
月面の中――まるで穴を掘るようにスフィンストが身を潜めているのだとネクストが背負うカイト・シーカーが察知した。ただスフィンスト地中に潜伏している事に対して、リンは直ぐに違和感を抱く。スフィンストそのものが地中で自在に動けるはずがないのである。実際それに気づいた途端才人の呼びかけと共に、ネクストの後方へと反応があり、
『それは少し迂闊でしたね!姉さん!』
『あぁ……スパイラル・クエイカーなんだよ!!』
スフィンストはあくまで地中へと身を潜めたうえで、ネクストの注意を逸らし上半身だけを電次元ジャンプで背後を衝くように電装させた――これもブレイザー・ウェーブを要するカイト・シーカーを早々に潰す必要があると見なし、スパイラル・クエイカーによるハンマースイングを豪快に振り下ろす。両手を組むことでハリケーン・ウェーブを逆流させることで、フレイム・バズソーに超音波を付与させて、破壊力を高めており、
――ネクストのバックパックに装備された
反応がある事にリンが捉えた時まではまだしも、目の前の彼は両腕からの展開されるソードガンの刃でシーカーそのものを突いた。
「玲也さん、早く引き離さないと厄介ですね!」
「……やはり思うだけでどうにもならないな!」
「って、何感心しているんです! 電次元サンダーで引っぺがす必要があるかと!」
「そうだ! 生憎両手が自由なら……うあっ!!」
カイト・シーカーを集中して狙われる最中、玲也はマルチブル・コントロールのように思う通りの一手を勝手に撃ちだそうとしない様子へどこか安心を覚える。ただ流石にこの状況で感心する事柄ではないとリンに突っ込まれ、我を取り戻す形で次の一手に踏み込もうとした。両手が自由なアバと電次元サンダーでスフィンストを背中から衝くことを狙っていたものの――背後からは切り刻まれるだけでなく、抉られるような衝撃を味合わされており、
『電次元サンダーはさせませんよ!!』
『こういう時しか使えないけどよ! 一回きりじゃないんだからな!!』
これもカイト・シーカーをスフィンストの頭が衝く――天へ伸びるが如く螺旋状のドリルを兼ねた頭部が唸りを挙げて回転数を挙げていくが、ドリルプレッシャーとして打ち出される事はなく、
『名付けてトルネードクラッシャーってね……!!』
至近距離かつ密着した状態で、頭となるボタン・シーカーそのもので抉る。ドリルプレッシャーの派生として才人が豪語するトルネードクラッシャーとの技は既にカイト・シーカーを貫通させており、
「玲也さん! このままですとこちらまで」
「どのみちシーカーは捨てる! こうも一方的に……!?」
リンが危惧する通り、ネクストそのものの装甲が脆い故に、トルネードクラッシャーにより貫通される事態とも隣り合わせといえた。少し苦々しい表情ながら玲也はカイト・シーカーをパージさせようとした途端、囮として地中に潜ませていたキャタピラーの姿が浮上しており、
『驚いたかもしれませんが、僕も姉さんに勝ちたいですからね!』
『お前にどう思われようがなぁ……俺が玲也に勝ってオマケじゃねぇって見せてやる!!』
後方から一方的にネクストを責めるスフィンストだが、キャタピラーからのレールキャノンがさく裂した――2機がかりで空と地から分断して攻めていった彼は、カイト・シーカーと接続されたネクストにレールガンを浴びせ、
『やったか……どうだ!』
『それは言っちゃだめですよ! 信号を探ってますが……あっ』
爆散するカイト・シーカーからスフィンストの上半身は離脱しており、ネクストを仕留めたか否かを探る。シミュレーターとしてアナウンスが下っていない点も含め、頭部のボタン・シーカーをパージさせてイチがネクストの存在を探っていた所、彼が思わず驚きの声を挙げており、
『まだネクストはいます! ジャンプしたようです!!』
「そうだ! 悪いが立て直させてもらうぞ!!」
『どうします! シーカーでもギリギリですけど!!』
それもネクストは電次元ジャンプで難を逃れ、ビーグル形態で月面を走行し続けていた。ハードウェーザーの中でも機動性で上位に入るネクストではある。さらに速度が向上するビーグル形態ではボタン・シーカーでもついていく事がやっとだと、イチが才人へ判断を仰いでおり、
『うぅ、玲也ちゃんの奴、時間を稼ぐつもりか!?』
「悪いが、俺も手段を選んでいられなくてな!!」
「確かにこのまま逃げ切れましたら、勝ちは勝ちになりますけど……」
シミュレーターで所謂持久戦に玲也は持ち込んでおり、ビーグル形態ではエネルギーの消費を最小限に抑えられる点から、エネルギーが尽きての行動不能を誘い込む術が取れるともいえた。ただ玲也らしくない勝負の仕方に才人は少し拍子抜けしたようなリアクションを取っており、実際リンも彼の手が意外だと戸惑っていた所、
「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候との言葉があってな……プレイヤーとしても同じ筈だ!!」
『それって、また戦国武将とかの例えで』
「後で話すがそうだ! 俺もお前も畜生かもしれないが、勝てば良い!!」
朝倉宗滴の格言を例に出した上で玲也は説く。何事も勝つことが優先される事を玲也は厳しく説く。このまま持久戦が続けば玲也が勝つことになるが、
「それが嫌なら俺に勝て! このままじゃ終われない筈だ!!」
『それはそうですけど……才人さん、これは絶対玲也さんが何か考えて』
『あぁ、玲也ちゃんの事だから、絶対何かあるに違いないけどなぁ!!』
挑発迄仕掛けてくる玲也に対し、イチは今までのパターンから次の手、またその次の手を彼は打っているに違いないと確信と共に危惧を示す。才人もまた彼の言う通りだと捉えていたものの、
『けど、このまま一方的に負けたら俺は何も、何も……!!』
『その気持ちもわかります! 策には策がいいと思いますが……』
『一か八かの手が俺にもね……うまくいくかわからないけど!』
『……あの手ですか! 行きましょう!!』
ただ、決戦へと自信を得るにあたって、このまま待つよりもわずかな可能性だろうとも勝負に賭ける事を才人は良しとした。それも無策ではなく彼なりに考えての選択ならばと、イチは承諾しており、
『……たとえ畜生で恥知らずだろうともな、俺は玲也を倒す!!』
「それでこそだ……俺も負けるつもりはない!!!」
玲也の奇策に思わず闘志が滞っていかけたものの、大勝負に出ると踏み切った才人はまた魂を燃やしつつあった。再度目の前の彼は自分を“玲也ちゃん“ではないと断ち切った上で、真っ向から対決せんとする姿勢に玲也の口元は少し緩む。
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