39.5-2 愛情、友情、斗いに燃ゆる情

「電装マシン戦隊が来ますからね。やはり私があの親子に引導を渡さないといけませんし」

「その為に、各惑星の兵力をかき集めるってことね~」

「総力戦に持ち込まないと、彼が出てこない事もありますからね」

「ですが、ここでバグロイヤーの全兵力を喪えば後は……」


 ――大気圏内で既にバグロイヤーの勢力は皆無に等しかった。電次元での本土決戦を想定する必要があると、天羽院は七大将軍が支配下に置いていた惑星から、兵力を結集させる必要があると少し危惧の色が表情に交じっていた。

そんな彼の元に従う七大将軍は既にセインクロスだけ――ではなく、隣に鉄兜と甲冑で全身を包んだ男の姿があった。天羽院が自分の復讐のためにバグロイヤーの全兵力を結集させることに疑問を呈し、


「まぁ、ハインツちゃんには分からない事かもしれないけど♪」

「どうしてもでしたら、別に貴方は前に出なくても良いのですよ? まぁどの道その時はどうなるかですが」

「……いや、ここは従う事を選びます」


 天羽院やセインと異なり、ハインツだけが個人的な感情で動かず、ただバグロイヤーの為に忠誠をつくし続けてきたようなものであった――そもそも皇帝が既に殺されて今まで替え玉であると知らずに従い続けてきたうえ、彼を手にかけた天羽院を目の前にしても淡々と従っている。今の自分が天羽院の部下として尽くす側に回る日が来るとは、予想もしていなかった様子かもしれないが、


「私たちさえ無事でしたら、後はいくらでもどうにかなりますから。少しでも多く蹴散らせば十分ですしね」


 天羽院として、自分の復讐を成し遂げた上で後は新天地への逃亡を目論んでいる。早い話バグロイヤーやゲノムの未来などは眼中にもない自分勝手極まりない作戦を立てていた。その為の前線指揮官としてセインを立てているが、これも彼自身とウマが合う一種の享楽主義者だから抜擢された事が大きく、


「ハインツは、機を見計らって切り込んでください……ドラグーンを沈めるのも一つの手ですかね」

「……はっ」

「……私の目的と一致すれば、どこへ切り込まれても。貴方が七大将軍のリーダーですから、これでも信頼は寄せてますよ」

「……裁量次第でしたら、私も私なりに」


 その一方で天羽院はハインツに対して一種の遊撃要員としての役目を与えた。主義や生き方からしてソリが合いそうにない彼に対しては、念には念を入れる対応を取っていた。彼が万が一独断で動くことを想定し、彼の裁量次第に委ねると建前を提示して納得をさせており


「いいな~、ハインツちゃん。セインちゃんみたいにみんなを束ねないといけないのになぁー」

「今まで尽くしてきた私に、バグロイヤーを裏切るような選択肢はないが」

「その通りですよ。セインも私と同じように復讐を望んでいる訳ですから……貴方もですよね?」

「……では、これで失礼します」


 セインがハインツに二心がないかどうか、彼女なりの皮肉を浴びせるもハインツは自分自身のスタンスやペースを変える事がない。天羽院が目を向けると共にセインをたしなめてハインツの肩を持つが、彼の眼光は彼を威圧するように睨みを利かせる。二人の様子を横目に、自分は二人へ必要以上の干渉をする意図はないと部屋を後にしており、


「ハインツ様……よくご無事で」

「うむ……」


 屈強なその体を重厚な鎧で覆う鋼鉄将軍ハインツ――武骨な彼とは一見不釣り合いそうな彼女が駆け寄る。紫の髪を棚引かせてホワイトプリムをつけた従者の彼女の首にはタグが付けられていた。ハインツが首元に視線を寄せつつ、


「あの男も使える駒が欲しいと考えているようだ、目的を果たすまでは好きに泳がせてくれる」

「できればハインツ様をこれ以上戦わせたくありませんが……」

「皇帝陛下が既に偽物として替え玉になっていた――お前の裏切りは、その真実の為に不問としたはずだ」


 かつてレーブンに控えるメイドであり、近衛兵を率いて猛獣軍団の留守を務めたアオイはゲノム解放軍へと寝返った。それも皇帝が天羽院らの手に殺められ、傀儡同然の偽物からの命令に従って戦い続ける事を止めようとして打った手であった。

 けれどもその望みは大きく裏切られた。自分の裏切りによって七大将軍の中で後がなくなったとしてレーブンら猛獣軍団が猛攻をしかけた結果――彼女を含む猛獣軍団が玉砕する結果に至った。


「私のせいでレーブン様まで! ハインツ様がこうも戦う事になっているはずです!!」

「レーブンもいずれ死ぬ事を覚悟して戦場に出た身だ。それに殺したのは電装マシン戦隊だ」


 ハインツとして、アオイが親友の娘として長い付き合いなり、彼女なりに自分たちを案じた事情鳴りで裏切りを許した訳ではない。レーブンが敗れ去った事は電装マシン戦隊との実力差によるものと見なしていた上で、


「だが、既にバグロイヤーの為に戦うかどうかで気持ちの整理はつかん。レーブンの仇を討つ為にも電装マシン戦隊を打倒する事しか道はない」

「……こうも指摘してはいけない事は承知しています。ですがハードウェーザー1機で電装マシン戦隊を仕留めれるかどうかも」

「だとしても1機は確実に仕留める。その俺の覚悟を知った上でお前も……」

「既にこの体となった身として、生きて帰ろうとは考えてません」


 戦いをやめるべきだとのアオイからの忠告には従えない、この戦いで自ら死のうとも娘の仇を討つ復讐に自分自身が突き動かされているのだろうと悟り、戦いを止める選択肢を取らなかった。その戦いをやめるべきと主張する彼女でさえ、既にハドロイドとしてその身をささげハインツに付き従う覚悟であり、


「仮にあのまま解放軍に回っていれば、それ相応の待遇は約束されていたが……」

「ハインツ様まで裏切って一人のうのうと生きる選択肢は私にありません……貴方に顔を合わせるにはこうでもしなければと」


 解放軍に投降したシーラがケインを殺め、再度バグロイヤーへと帰参した――彼らを生かすための裏切りが実を結ばなかったとなれば、自分だけ安穏を手に入れてはならないと踏まえた。その為にゼルガの部下を殺めた上で、自らに約束されずはずだった退路を断ち切った。


「まさかお前がその体になるとは……」

「私に戻れる道があるか分かりません。ですが共にレーブン様の無念を晴らす覚悟です」

「うむ……」


 その上、一度寝返った身でバグロイヤーに帰参するとなれば、ケインの命だけで対等な対価にはならない。アオイ自身が何らかのアドバンテージを持たなければならないとして、ハドロイドへの被験者を選んだ為、今ハインツの目の前に彼女はいた。彼女の覚悟にハインツが僅かながら苦渋に苛まれている様子が声に出ていたものの、


「お前のお陰であの時、命拾いした……鋼鉄将軍として情けないが、お前に助けられたことも私が許す一つの理由だ」


 アオイがハインツの為にハドロイドへと身を変えた――その為バグユーゼルがイーテストから窮地に立たされた中で、天羽院の指示によって退却と至った。彼自身鋼鉄将軍の面子に加え、レーブンだけでない数々の部下を喪った身として、やるかやられるの状況にまで追い込まれており、最悪の場合玉砕も想定をしていた。


「それで私をレーブン様に代わってここまで生かしているのだと」

「お前も私も最終的にここまでで果てるかもしれない。ただそれまでにあのイーテストだけはこの手で」


 アオイによって自分をまだ生かす価値が生まれたのだと、アオイに対して少し自虐めいた様子で触れ、微かな笑みを兜の奥で浮かべてもいる。この戦いで生きて帰るとの目的を果たせるかどうか、鋼鉄将軍の彼でさえ保証するだけの自信はない。その上で最低限の目的だけは果たすと意気込むと共に、


「……バグアーサーも最後の調整に入る。手を貸してくれないか」

「はっ……ですが、ロミ様の事はよろしいのですか?」

「私がゲノムへ帰還したから、会いに行けと」

「そ、その通りです! 長らく離れて寂しい想いをしている筈です、少しでも会いに行ってあげるべきだと思います」


 ハインツが仇を討つ戦いに身を投じようとするのと別に、ロミという人物の元に顔を見せるべきだと進言する。彼女の口ぶりでは自分の部下に命じさせて身柄を保護しているとの事であったが、


「戦うことしか知らない私だぞ、レーブンまで死なせた身として父親が務まる筈はない」

「ですが……ロミ様は幼くとも、ハインツ様の胸の内をよくわかっていると思います! 最期になるかもしれないと分かっているのでしたら!!」


 レーブンと異なる妹・ロミは戦いから遠く離れた場へと身を置いていた。ゲノム解放軍が乗り込む中で、アオイの部下たちが彼の身柄を守らんと今に至るが――既に何年も顔を合わせていない娘に対し、アオイは後がないかもしれないと釘を刺すと、


「……私に無茶ぶりもいい所だが、またお前に助けられることになりそうだ」

「……了解です! 私で力になれることでしたら!!」


 父親としての務めを果たせていないと自虐しつつも、ハインツの答えに思わずアオイの声も弾んでおり、彼女の部下へと連絡をとり親子が再会する場を設けている傍ら、彼は一人兜に包まれた顔を上げ、密かに目を滲ませていた


「……せめて今だけは父親としての責務を果たす。ロミに私が出来る最後の務めだ」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「おいおい、そう俺に詰めよって何なんだよ」

「そなたが無理したらいけないって、将軍も釘を刺してたではないですか!」


 リフレッシュ・ルームにて、アンドリューは一人缶コーヒーをアンドリューは口にしていた。彼自身が壁にもたれかかるようにして寛いでいるにも関わらず、駆け寄るウィンが切羽詰まった様子。何時もながら生真面目な彼女故とのこともあるが、


「そりゃそうだけどよ、シミュレーターで稽古つけるくれぇなら大げさだろ」

「アンドリューさんより、リタさんの事って分かっているなら何で!!」


 シミュレーター・ルームにて、アンドリューが他の面々を相手にしている――実際の三次元に電装されるといった実戦よりも、あくまで二次元上としてハドロイドへの負担は少ない事もあって、リタの負担も微々たるものである。その上でウィンが懸念する事は大げさであると触れるものの、


「そりゃま、俺らがあいつらを引っ張らないけねぇし、俺もそうしてぇんだよ」

「シャルもですが、玲也もわざわざ面倒見る事もないではないですか。才人はまぁ……」

「バーロー、シャルにも玲也もそう割り切れねぇよ」


 ここまで来てわざわざ、玲也達の面倒を見る意味に対し、ウィンとして懐疑的なスタンスだが――アンドリューはそれでも首を縦に振ってコツ英下。玲也やニアと同じような“まさか“が自分の身に訪れるかもしれない。ゲノムでの戦いは”まさか“との隣り合わせであると、サラリとした口ぶりに熱が込められている。


「俺らがここでオダブツになっちまったら意味がねぇ。生きなきゃいけねぇからよ」

「それはそうですが、アンドリューさんはその後どう捉えて!?」

「あのなぁ……俺が一体どうすりゃあ気が済むんだよ、おめぇは」


 けれども、ウィンは今のアンドリューに対して納得がいかないのだと抗議を続ける。少し頭を掻きながら、腹の虫の居所が収まらない様子で返せば、


「……リタさんの事、リタさんの事をもう少し考えたらどうですか!」

「リタの事? 俺はあいつと食う寝るも一緒だけどよ」

「それなら猶更です! 一緒にいるだけが大事じゃない事ぐらい分かる筈ですよ!!」


 思わずウィンがアンドリューへ前のめりになるようにのめり込む。彼女が震え上がる体で何度か、目の前の想い人のへと何度か叩きつける。彼女からの憤りを硬い胸板で黙って受け止めているが、


「私と違ってリタさん達には先が! 戦うだけのハドロイドじゃない先があるんですよ!!」

「……俺もリタもそう簡単にゃあくたばらねぇよ」

「それでしたら何故! 戦いしかない私がいるのですよ!?」


 自分だけはハドロイドとしての宿命から抜け出すことが出来ない。元の体を既に喪っている事から本来の人としての日々に帰る事は出来ない。その身としてアンドリューを想いながらも、本来の相手に対して諦める選択肢を受け入れていた筈だった――けれどもアンドリューとリタに至っては、自分が二人に臨んでいるような関係へ発展していく事はなかった。長らくその状況が続く事に黙ることが出来ないままであることが自分のように歯がゆく、もどかしくさえ思っている。リタの寿命が迫っているとなれば猶更の事と主張をぶつけるものの、


「……俺もリタも満足しちまってっからよ。おめぇの期待にゃあ応えられねぇ」

「そんな! アンドリューさんの事を好きなリタさんが可哀そうでは!!」

「おめぇの言う通りにしちまったら、傷を嘗めあっちまうんだよ」


 アンドリューとして、一線を越える先には、互いの心の傷を嘗めあうだけしかない。ウィンから望まれる想い通りにはならないと、彼女の体を自分から引き離した上でリフレッシュ・ルームを後にする――ウィンの体が怒りに突き動かされ、納得しかねる様子に変わりがなくとも。


「リタと一緒にやってくのも、玲也達を見守っていくのも嫌々じゃねぇ。それで俺は生きてけてるんだよ」

「……私にはわかりません!」

「ちと戻らねぇといけねぇけどな……文句あっなら後で聞いてやらぁ」


 シミュレーター・ルームへ向けてアンドリューが席を起つ。彼自身決戦へ向けて玲也達を導いていく事が最優先だとのスタンスであり、ウィンの言い分を聞くことは彼としては優先順位が低いように見なしているかのようで、


「待ってください! そういわれただけで納得なんか」

「お前も、土足で踏み込む真似はするな。俺でも鬱陶しい」

「そなたは一体……」


 アンドリューを呼び止めようとするウィンに待ったが入った。彼女が振り向いた真後ろの相手は、サングラスでいかつい視線を隠す男。アンドリューとアメリカ空軍からの付き合いを持つラディであり、


「……俺とあいつは一度やりあった。互いに許せないとしてな」

「そなたとアンドリューさんが腕を競い合った事は私も知ってたが……」

「それも生ぬるいと思えてくる事だ。ポーラが死んだことが原因だ」


 決戦を控えている上で、アンドリューがリタとの距離を遠ざける背景を明らかにする。アメリカ空軍時代にアンドリューと、ラディがそろって心を寄せた女性“ポーラ”が同期にいた。その際にあの頃のアンドリューが一種のプレイボーイであり、不器用な自分と異なり一枚も二枚もリードしていたと、ライバルのいないところで愚痴を交えつつ。


「だが、俺とポーラが出た時が最後でなアンドリューが物凄い剣幕で殴りかかってきた」


 中東への出兵に伴い、ラディとポーラがかつて出撃するものポーラの機体は墜落――二度と彼女が帰ってくる時すら訪れはしなかった。この原因は直ぐにポーラ機の整備不良によるものと判明した事だが、


「聞いている限りでは、ラディさんの責任とは思えないのでは……」

「あいつなりに俺がポーラを託せると信じたからこそ……俺もアンドリューを許せる筈がなくてな」


 ラディとしてポーラの事でアンドリューに憤られる事も許せなかった。あの頃の軽薄な彼に正真正銘の恋人のようにポーラの事で憤られる様子に、自分の秘めた想いを冒涜されたかのように、ただ許せなかった――ポーラを本当に想うならば、他の女に現を抜かしている暇があるかと。


「……あいつはなりふり構わず女を断ち切った。元々才能があったあいつが本気で戦ってやろうとな」


 ポーラとの死別を経て、アンドリューは変わった。ラディの目から同じ女を競う因縁から、パイロットとしての腕を競うライバルのように。彼が一念発揮した上で、パイロットとしての実力を引き離しにかかろうとする彼の姿はラディとして彼なりに、アンドリューを見る目を変えていくと共に、


「追い付こうにも追いつけない、その矢先にイーテストだ。パイロットからプレイヤーにあいつが転身した時は呆気にとられた」

「ラディさんとしては……やはり許せないものと」

「許せないより、呆然としたかもしれない……」


 ラディはアンドリューと異なり不器用な男ではある。飛行機乗りとして生涯を全うする宿命と誓うラディとして、競うべきアンドリューが躊躇いもなく、プレイヤーとして戦う事で道が別れたようにも思われたが……ラディを自分の元へと誘いかけた事により、彼が見据えている先を知り、


「――あいつは飛行機乗りとしてでなく、戦いに生涯を賭けたとな」

「それでリタさんも、アンドリューさんの事を……」

「リタもあいつのことを分かっている。無論あいつも本気だから俺など……」


 ラディとして飛行機乗りとしての道を曲げるつもりはなくとも、戦いへ生涯かけて向き合う事に共感することは出来る。同じ戦いへ向き合うライバルとして接する中、リタに対して少なからず意識していた自分の軽薄さを自嘲する。ストイックかつ厳格な彼として珍しい一面だと本人も自覚しているようだが、


「あいつは同情する事も、される事も人一倍嫌う。だから誰にも弱音を吐きたがらない。そんな奴だ」

「……はい」

「PARの合同演習があるから、俺もあまり時間はないが……」


 ウィンの肩を軽く叩きながら、アンドリューと付き合う為に必要な事をそっとラディはリタに口添えする。少しぎこちなくも彼女を案じつつ、今は自分自身の用事を果たさんと立ち去っていく。ウィンとして自分自身がアンドリューの一部分しか目にしていなかったのだと、恥じらいを感じ入ると共にその場で立ち尽くして暫く動けない中で、


「ただ、リタにお前の想いが負けているとは言い切れない。後はお前次第だ」


 ――去り際にラディは今後に幸がある事を念じるように助言を送った。厳格な彼に関わらず微かに口元を緩ませながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る