第39.5話「勝負だ親友(とも)よ! 偉大なる好敵手(とも)よ!!」

39.5-1 迫りくる電次元決戦の日

「尽きるまでロングレンジで頼む!そのあとは飛んでくれ!!」


 ――今となれば北極点に君臨する要塞こそ、バグロイヤーの地球侵攻を想定した最後の拠点ともいえた。電次元での決戦を前にしてこの拠点を攻略せんと電装マシン戦隊は挑んでおり、ヴィータスト・ヴィクトリーのエレクトリック・スナイパーが戦いの口火を切り、


「それまでウーラストだけになるが! いけるか!?」

『はい! 僕たちだけは初めてですが』

『出来る限り引き寄せます! 大役ですしね!!』


 ヴィータストがハチの巣を突くように狙撃を続けており、出てきたハチのようにバグロイドが電装されつつあった。北極上空で彼らの相手を務める役回りにテディとアンディは張り切っており、


『できる事なら、私が前に出たいけどね』

「そうはいいましても、コイさんのウィストは飛べないですし」

「その通りでして!」


 一方ウィストはジャガノーツ形態で地上のバグロイドを相手にロングレンジでの砲撃にあたっていた。カイザー・キャノンが火を噴く隣で、クロストの繰り出すミサイルがバグファイターの足を止めていた。


「こちらに来る前に蹴散らしてしまえばよい事でして、私が出ていますから貴方の出番は……」

『そう決めつけないでほしいわね! 素人のくせに!!』


 エクスが自負する通り砲撃戦ではクロストが一枚上手であるものの、彼女がひけらかす様子にやはりコイの腹は立った。とはいえ彼女は素人だと玲也相手には見くびっているような挑発をかわしてており、


「うわぁ、コイさんやっぱいら立ってるわ……」

「何をのんきな事言ってまして!? これも貴方が動かしてますから‼!」

「わ、悪かったな……さっき任せとけって言ったのは誰なん?」

「才人さん? 今何か言いまして」


 ただエクスとして素人の点に反論できなかった理由として、実際に動かしているのが玲也ではなく才人との点にあった。これもマルチブル・コントロールでのフォーメーションに対応するためとの事情があったものの、エクスとしては彼の腕へは懐疑的である。自分が信頼されていないことへ思わずぼやく彼だが、


『あんたもあんたよ。そいつもオマケでついてくからってね』

「才人はオマケではない。だからこうしてだな」

『そうだよ! スタメンに選ばれなかったからって八つ当たりじゃん!!』

『誰が八つ当たりだって!? 事実のつもりだわ!!』


 ただコイの不満は玲也へも向けられていった。これも電次元での決戦にてシャルや才人が乗り込む役回りになった傍ら、自分は大気圏外でドラグーンの護衛との役回りに甘んじる事が不本意との様子である。特に才人の実力へは懐疑的な目を向けており、


『そもそも、アンドリューさんの判断なら文句もないんだけど!』

「まぁ! 今玲也様に従う事が納得いかないなんて!!」

『そなたにも分かるはずだろう! アンドリューさんはリタさんの為に……』

『それは分かってるわよ! なんであたし達があんた達に従って…』


 今回の作戦に関しても、玲也が指揮官の立ち位置でウィストやウーラストも管轄下においている。自分より後輩にあたる玲也に彼女が従う事も不本意な様子であり、


『僕たちは玲也さんの元でも安心できますが……』

『ったく、あんた達はドラグーンと仲いいからね』

『それとこれとは話は違うが……何?』


 玲也達とコイの間の不穏に対し、テディは仲裁に回ろうと話に入り込むものの――最後発の点も含め、玲也やアンドリューの元で腕を伸ばしていたからか、彼女からはあまり耳を傾けられていなかった。パートナーとして私情を持ち込むなとサンが窘めようとした所、


『こちらに来る……バグソルジャーか』

『バグソルジャー……確か大分前の』

『兄さん、僕たちがこうして戦うのも初めてだけど』

『ふぇぇぇぇ……珍しく調子いい気がしたのに』


 自分たちの砲撃を潜り抜ける、バグロイドはバグソルジャー――テール・シーカーで捉えたサンが言うには戦鬼軍団のバグロイドでもある。最も戦鬼軍団はインド代表が実戦へ赴く前に壊滅を迎え、アンディとして実戦で初めて渡り合う相手だと微かに弱気を見せていた。そんな彼の心境に触発されるよう、やはりマイが弱音を吐いている訳だが、


『弱気になったら負けだよ! みんなの仇だよ!!』


 テディは弱気を見せる二人へ叱咤激励をかわす。彼ら二人として自分たちの家同然の教会を襲った相手であると意気込む。目の前のバグファイターが邪魔な存在だと、レールガンを打ち出す体制の隙をつくように、クラッシュアームを射出、打突させて隙を作る。そのまま懐へと潜り込むようにセイバーアームの右腕を抜き手のように突き刺して仕留め、


『兄さん! こっちに来てるよ!!』

『だったら二の舞だよ! 弟!!』


 そんな自分たちを狙うかのように、バグソルジャーが飛び立った。仇と同型であるとテディは少し血気に逸ったようでクラッシュアームを振るうものの――右手のデリトロス・ベールにワイヤーを切断される結果となり、


『俺を前にタイマンはなぁ!!』


 バグソルジャーのパイロットからは、似たような手を使われて頭に来た様子もあった。ワイヤーで接続された左手の万力“タウファンガー”を打ち出してウーラストへ万力をひっかけさせ、


『ふぇぇぇぇ! つかまってるみたいだけど!!』

『マイさん、落ち着いて! セイバーで同じように』

『いや、ここでアイブレッサーの方が……うわぁ!!』


 ウーラストのコクピットが今、屈強な万力タウファンガーによって潰される危機に直面しようとしていた。アンディとテディの間でワイヤーを切断する術を模索していた中、バグソルジャーはワイヤーを収縮させながら、デリトロス・ベールの一太刀を浴びせにかかるつもりであり、


『俺の刀の錆になれぇ! アルバトーレ様の為にぃ……!?』

『おっと! 僕たちがいるんだからね!!』


 だが2機の間に割り込むようにして、ヴィータストのハイドラ・ゾワールが飛ぶ。タウファンガーのワイヤーに巻き付くとともに、帯電させた電撃を見舞う形でバグソルジャーの動きを封じる手に出た。実際襲い掛かる電撃を前にタウファンガーの万力の動きが止まり、ヴィータストの左手からさく裂したエレクトロ・キャノンが軌道を曲げてバグソルジャーの背中へ着弾した。


『危なかったね! クラッシュは結構隙もあるからね』

『すみません、ちょっと頼りすぎてたみたいで……』

『今度手を加える時に考えてみます』

『それは構わないが今は戦いだぞ! おしゃべりは後だ!!』


 ヴィータストに救われた事に対し、シャルへ感謝するとともに、ウーラストの今後を双子は模索する必要を感じ取った。そんな彼らに対して目の前の敵に集中するようにとウィンは檄を飛ばしており、


『ごめんごめん、けど急にどうしたの?』

『急にではない! 戦いは常に手を抜けないとアンドリューさんも日ごろから!』

『分かってるよ! 別に手を抜いたとかじゃないのになぁ……』


 直ぐにウィンへと詫びるシャルだが、何時も乍らの態度に対してウィンは急に改まった態度で自分を叱っていた。パートナーの姿勢に少し不満げな表情と共に、彼女は違和感を覚えていたが、エレクトリック・スナイパーでの砲撃支援の役目から、ウーラストともども空中でバグロイドを相手に立ち回っており、


「コイさんも動いたとなれば、あとは俺だけが」

「何か私たちだけ大人しくというのも少し癪ですが」

「だ、だったらあの要塞を一気に攻めようぜ! ほら!!」


 自分たちの砲撃をかいくぐりながら、バグロイドが迫りつつある――既にウィストがティガー形態による白兵戦でバグロイドと渡り合っており、後方での砲撃支援はクロストだけとなりつつあった。機体の特性からして打倒ともいえたが、華がない事をエクスは苦言を呈す。そんな彼女を宥めるようにして、才人は本陣を叩くことを促しており、


「確かその為にアビスモルを向かわせたはずだが」

「そうだけどさ、こうガラ空きなんだから電次元ブリザードでしょ!」

「少し癪ですが、この方の仰られることも一理ですわね」

「うぅ、俺への風当たりがやっぱ冷たいんだけど!」


 最終的に要塞を粉砕する目的もあり、アビスモルを既に潜航させてはいた。ただ玲也に対して何か急かすようにして、電次元ブリザードを直撃させることを彼は望み、エクスもまた同委はしていた為に、既に照準を要塞へ定めようとしており、


「いっけぇ! 電次元ブリザー……!?」


 要塞の中枢に狙いを定め、クロストの砲門から水色の光線が噴出した瞬間――射線上にはヴィータストが入り込んでいた。同じく逸るウィンと共に上空でバグソルジャーと相手にする過程で、、彼らの射程圏へ知らずとも踏み込んでしまい、


『うわぁぁぁぁぁ……!?』

「嘘!? 何でそんなところに!!」

「貸せ! シャル、ウィンさん!? 無事化!!」


 ヴィータストの背中へと電次元ブリザードが直撃した――彼女を誤射したようなものだと狼狽する才人を他所に、玲也がコントローラーを手にしながら二人へと呼びかける。直撃した被害はポータル・シーカーが甚大とのこともあり、バックパックをパージさせることで無事であったものの、


『どうしてこうも馬鹿な事やってるのよ! あんたたちは!!』


 最も連携が取れない故の同士討ちに対して、コイが呆れと共に憤慨もしていた――彼女もまた少し憤る様子で、バグビーストの首元を噛みついては背中から地表へ叩きつけ、ザオツェンを吐きつけて粉砕する。彼らに代わる様に要塞へと足を進めるが、


『……少しばかし遅かったか』

『まさか、あいつのアビスモルとかで』


 サンが少し不満げにぼやくが、目の前で要塞はキノコ雲を巻き上げながら爆発、跡形もなく微塵となって砕け散っていった。玲也が言及したアビスモルが着弾したためとコイは捉えていたものの、


「いや、アビスモルの狙いが良くてもそこまでは」

『だとしたら、内部から爆発が起こったと……』

「つまり、俺たちを引き寄せるための囮と……」

『思っていたより抵抗がない事も含めてな。もう少し早く気づいていればな』


 玲也の触れる通り、北極の要塞はバグロイヤー側が内部から起爆させたのだと見なしていた。地球侵攻となる最後の砦を犠牲とした行動は、打つ手がないと短慮に走っての内部崩壊か、散り散りになろうとも起死回生を狙う為の一手か、


『でもバグロイヤーが滅びたかどうか分からない筈ですし』

『散り散りでもバグロイドが出たら出たらですから』

『テ、テディ君、アンディ君……ここは内輪もめして自滅って考えれないかな?』

『『……』』


 テディとアンディも、窮鼠猫を噛むように離散したバグロイヤーに対して警戒を強める必要性を考えてはいた。ただ一人マイだけは楽観的にとらえていたが、これ以上戦いが続くことから逃げようとする一心もあっての事だろう。双子が揃ってコメントしがたいような表情を向けており、


『全く、少しは慣れたなと思ったんだけど』

『ふぇぇぇぇ、慣れたからって戦いが好きとは限らないですよ!』

『……確かに貴様は早く戦いから降りたが良いかもな』


 曲がりなりにも双子についていけるだけの腕まで至ったマイであったものの、相変わらずの逃げ腰に変わりはないようである。コイと別にサンもさじを投げたように戦いに向いてないと評した所、


『よ、よかった~サンさんもそう考えられているのでしたら』

『いや、そこで喜ばないでくださいよ!』

『僕たちも流石にどう反応すればよいか困ります!』

『……流石に異論はない!』


 マイとして期待されていない点がむしろ有難いと言いたげでもある。そんな彼女のリアクションが斜め上過ぎると双子だけでなく、サンも頭痛を覚えているように頭を抱えていた。


『マイもだけとあんた達もあんた達よ!』

『全くでして! シャルさんが勝手に動かれますから‼!』

『うぅ、二人にこういわれるのもちょっと嫌だけど』

『……私が気を取られすぎていた。すまん』


 それと別にコイからすれば、同士討ちを引き起こした玲也たちにも不信を寄せていた。彼女の側に回ってエクスが詰っている事も含め、シャルは少し機嫌が悪いような態度を示していたものの、何か思い当たる節があるのかウィンが自分の非を認め、頭を下げていた。


『それに、やっぱりあんたみたいな素人じゃ務まらないと思うんだけど!』

「し、素人ってやっぱ……?」

『他に誰がいるのよ! 全くどういう流れで決まったか知りたい気分だわ!!』

「……その時、コイさんを選べばよかったのですか?」


 さらにコイは才人の実力が至らない故に生じたと踏み込む。それだけでなく彼女の視線が自分へ向けられている事から、メンバーの選定に関わった身として、あえて玲也は挑発めいた口ぶりで問い返し、


『コイも言い過ぎだ。今の役回りが軽すぎる訳でもない』

「……わかってるわよ、そのくらい」

『ありがとうございます。俺も少しキツい事を』

「貴様たちを助けるつもりはなかったが」


 ただ決戦へ赴くメンバーへと抜擢されなかった点で、コイが根に持っているのではないかとサンは再度彼女を言い聞かせるように窘める。パートナーであるサンにまで気を遣わせていると玲也が礼と共に詫びるが――彼は玲也にも少し冷めたような視線を向け、


『ただそれだけの腕がないと務まらない。それだけは……』

「その通りですね。決戦に赴く身としては少しも油断は出来ないと」

『貴様がその心構えなら、それ以上は言わない。ただそれだけの物を背負っている事だけは』

「むろんです。俺もシャルも、才人もそのつもりです」


 決戦へ赴くものとして、それだけの力量を持つプレイヤーである事が求められる――周囲からの信頼や期待にそぐわなければならない。サンから釘を刺されると玲也は改めて自分の心構えを確かめるように返答していたが、


「全く、シャルさんも才人さんも玲也さんの足を引っ張ってばかりでは」

「やめろエクス! そう本人の前で……」


 彼の後方にて、エクスはシャルと才人の腕が疑問だと愚痴る。この言動が才人のいる場で言ってはならないと、玲也が止めようとしたものの、自分の口ぶりもまた当人の心へ土足に踏み入りかねなかった。慌てて自分の口を塞いで隣の才人の方へ振り向けば、


「いや、俺だってそういわれてもおかしくないか大丈夫だって、いや大丈夫じゃないんだけどさ」

「どっちにしても、ちゃんと慣れるようにするのは大事だ。戻ったらすぐにでも」

「お、おぉ……そりゃ俺もそのつもりだけど」


 ――明らかに才人は動揺していた。その中でもなんとか平静を装うとしていたものの、空元気に等しいリアクションをとっており、


(確かに俺は腕がいいわけじゃ……玲也ちゃんやシャルちゃんと違ってよ)


実際の所、オンラインゲームで二人のような腕はなく玲也の秘密を知った事から、力になれるとの一心でプレイヤーへ志願した。彼なりに幾多もの実戦を潜り抜けて奮闘していたが、


(けど、俺大丈夫なん? 俺がバグロイヤー相手に……)


 ただそれでもなお、バグロイヤーとの決戦に自分の腕が至るか否か――当の本人は自信をもっているとは言い難い。プレイヤーとしての自信を見失いかけていたのだ。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「これが今できる限りかしらね」

「まだ実際に動かしとらんからのぉ……わしは心配で仕方ないんじゃが」

「博士、そこであっしらが弱気はダメでやすよ」


 一戦を終えた玲也は、ブレーンからのメディカル・ルームへとの招集を受けた。彼だけでなくジーロとマリアの姿があり、3人からはバイザーを――レクターが自分へと託した形見同然のデバイスは、改良を兼ねた調整が施され、玲也はふと自分の頭にバイザーを着用し、


「元のスペックは調べがついてね。それで」

「マリア君もできる限りの事をしたんじゃが……玲也君がもし」

「――3機とも動かすとなれば、無理があると」

「あの時、貴方が気を失ったからね……」


 レクター亡き後ながら同じ電次元の技術であるが故、マリアには辛うじてバイザーのスペックを解明しての改良まではこぎつけた。けれどもバイザーそのものの容量には限度がある。彼が実践したようにハードウェーザー1機をマルチブル・コントロールで動かす事は可能なれど、ブレスト、クロスト、ネクストの3機を一斉にはごく僅かな時間のみに限られる。これもブレストを動かした直後、玲也が消耗状態となり気を失った事例から彼女が懸念し、解明した結果でもあり、


「仮に他の誰かに任せるとしても、無理があるとしましたら……」

「エスニック君の考え通りにはのぉ……無理して玲也君にもしもがあれば」

「……そうですか」

「そうですかって博士! 玲也君を弱気にしてどうするんでやすか! ! 」


  エスニックが玲也の擁する3機を基点として、総攻撃をかける展開に支障が生じようとしていたが――自分の口ぶりが玲也を不安に追いやっているのだと、ジーロから指摘されればブレーンが直ぐに表情を変えて慌てふためき、


「そうじゃった! その為にTCS( トリニティ・チャージ・システム)に対応させたんじゃて!」

「トリニティ・チャージャー……コンパチと同じ仕組みですか」

「そうでやす。コンパチ君を送電させようとシンヤさんが今必死にやってくれてやす」


 ブレーンが提示したバイザーの補強案として、コンパチを遠隔式のバッテリーとしてバイザーに送電させようと急ピッチで進められていた。コンパチがフォートレス内でTCSによる受電が常時されている故に半永久的な稼働が可能である。そのコンパチを中継としてバイザーをも可能な限り半永久的に稼働させるとのことだが、


「ただ、元々は才人君の為にコンパチは作られたんじゃから……」

「確かに彼の腕は一枚か二枚……」

「その心配は必要ありませんよ」


 そもそもコンパチは。才人がプレイヤーとして至らない点を補う目的で開発された。教育型コンピューターを兼ねたもうひとりのプレイヤーともいえた。バイザーのバッテリーとしての役割を果たすとなれば、彼は玲也の傍に留まる必要がある。才人として頼れる右腕を失ったようなものだと、ブレーンとマリアが顔を見合わせていたが――玲也は微かに笑みを浮かべながら、自分の事のように力強く答え、


「才人も俺たちと一緒にここまで戦って、何度も助けられましたからね。肩を並べた俺がここまで断言しますから」

「でも、ウーラストの件は彼が至らなかった……そう言ってるみたいだけど」

「それは俺にも至らなかった訳ですし、才人の本命はスフィンストですよ」


 マリアから、才人のプレイヤーとしての素質を疑問視されていたが、玲也は涼しい顔をしながらも強く才人は一人でも戦っていけると太鼓判を押す。マリアの表情はそれでも晴れてはいなかったが、


「けど、もうシンヤさんに渡しちゃいやしたからね。今更中止にするのもあっしは……」

「どっちつかずになるのものぉ……桑畑君の事じゃから大分手を加えとるような気も」

「マルチブル・コントロールの障害を取り払う……それが最優先事項だから」


 ジーロの言う通り、既にコンパチはオール・フォートレスへ送られて今頃改造の真っ最中。既に計画は進行しているとして、コンパチを才人から玲也の元へ異動させるプランは続投となり、


「まだ時間がありますから、才人の事は俺に任せてください。俺も信じてますから」

「くれぐれも頼むぞい……玲也君に相変わらず頼ってばかりじゃが」

「貴方がくたばる事だけは許さないわよ。ニアの事も……」

「大丈夫ですよ。誰一人斃れる訳がないですから」


 仮に才人が至らないとすれば、自分が決戦の時までに底上げすれば済むと玲也はみなしていた。マリアは自分の事を最優先させているような口ぶりだが、彼はあくまで自分だけでなく全員が生き延びなければと主張した時。メディカル・ルームの扉が開き、


「あら、まだ玲也ちゃん達いたの~」

「まぁがきっちょもがきっちょで大変だからな~、気にしてないから大丈夫だぞ~」

「リタさん……すみません、もう用事は済みましたので」

「おいおい、どうしたんだそんなに元気ないなんてなー!」


 ジョイと共にリタが現れたとなれば、おそらく消耗著しい彼女がわずかながらの延命、藁にも縋る思いでの底上げに挑もうとしているのだろう。自分以上に万が一が訪れるリスクが高い彼女に対して、玲也は直視しきれずにそそくさと部屋を後にしようとしたが――突如腕を強い力で引っ張られていく事を感じ、


「リタ君何を! ここでやるのは!?」

「がきっちょ~、最近かまってやれなかったからな~! アンドリューばっかなのもマンネリだしな~」


 ブレーンが唖然とした表情で慌てふためいていたが――何を思ったのかリタが玲也の顔を自分のたわわな胸へと押し付けてきた。彼女としてまるで一種のスキンシップの様でもあったが、彼は窒息しそうな状況で手足をじたばたさせ、抵抗が弱まろうとした時を見計らって胸から彼の顔を引き離せば、


「な、何て事をするんですか! その……」

「馬鹿なことと思うかもしれないけどなー、それだけあたいは余裕なんだぞー?」

「そ、それはわかりましたけど! 注意一秒怪我一生って言葉もありますよ!!」

「おーい、がきっちょ! 照れるなよー!!」


 なぜかリタに対して顔を向けることが出来ないまま、少し速足で玲也はメディカル・ルームから飛び出していった。見送る彼女の顔が微かに寂しげな笑いも浮かべていたが、おそらく彼女の僅かな表情の変化に気が回る余裕もなく、


(全く急にリタさんは……できるだけ意識しないのも、そのな……)


 シミュレーター・ルームに向かう途中、リフレッシュ・ルームの自販機から麦茶を手に取って高ぶる気を落ち着かせる。エクスより一回りも二回りも大きく柔らかい感触に対して、一瞬年相応の邪な下心が差し掛かったものの、すぐに我に返る。できるだけ意識しないようにする対象は、彼女の胸元だけではなく、


(リタさんの事はアンドリューさんが一番わかっている……それはわかっていても)

「……玲也―どこだー! 出てこーいー!」

(リタさんが突然あぁもしたら、その.……なんだ?))

「リハビリがてらに、勝負しようとな―ー、忘れただなんて……」


 アンドリューを差し置いて、自分たちがリタを案じる資格はない――彼の強い意向もあり自分たちは極力二人の間に関して意見は控えようとしていたものの、彼女の行動にふと玲也は不吉な予感も抱きつつあった。だがそんな彼の思慮する間を遮るように、自分を呼びまわる声に反応して立ち上がれば、


「誰だ、俺を相手に勝負って……」

「玲也ちゃん、シミュレーターにいたんじゃ」

「いや、少しばかし色々あってだな……それより、まさか」


 シミュレーター・ルームへつながる曲がり角へ踏み込めば、才人の姿がそこにはあった。むしろ彼としてこの場で玲也と会う事が予想外であり、少々戸惑っていたものの、その本人から逆に尋ねられた途端、図星と言わんばかりに驚きの表情へと変わり、


「いや玲也ちゃん……まさかと思うけど、何で」

「あぁも大声で俺を呼べばそれくら……リハビリがてらに勝負したいとかな」

「いや、俺そんな事言った覚えないんだけど……」

「一体誰が……出来れば俺も勝負したいと考えていたが」


 微妙に話がかみ合わない様子だったものの、玲也として才人との勝負を受けて立つ姿勢は既にあった。それを知れば彼の顔つきが引き締まり、


「だったら玲也ちゃん! 直ぐにでも勝負してくれよ!!」

「急にどうし……いや」

「俺はわからないんだよ! このままやってくには自信がなくて…その…」

「……分かっているか? “それ“が何を意味しているかを」


 “決戦を控える中、悪友が、戦友が――そして親友が自分へと答えを求めて縋った。同じ戦いへ赴こうとする者同士として友の選択を受け入れつつも、その覚悟を確かめようと静かに言葉をかけた――そんなこの物語は若き獅子・羽鳥玲也が父へ追いつき追い越すとの誓いを果たさんと、抗いつつも一途に突き進む闘いの記録である。“


「あんたって人は俺が呼んでも気づかないのかよ!? 3回ぐらい休んでたら本当に忘れてるとかじゃないよな、なぁ……!?」


 ――なお、才人と別に玲也との勝負を求める者がもう一人存在していたようだが、この話では何の接点も意味もない事も念のために付け加えておく。

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