38-6 ニアを救え! 許すなガレリオの略奪愛‼︎

「……どうやらお目覚めのようだな!」


 ――寒風が吹きすさぶオーベ島の洞窟にて、ニアが意識を覚醒させれば、目の前にガレリオが待ち構えていた。両腕を組んで誇らしげの彼は、地へ膝をつかせている自分を見下ろしている。微かに後ろを向けば自分の腕が後ろで固く結ばれている為、身動きが取れないと悟った途端、


「あたしを人質に取るなんて、玲也のクローンは所詮出来損ない……!」

「……ガレリオを貶める資格があるとでも!?」


 卑劣な手を駆使するガレリオへ、やはり辟易とした感情を叩きつけるように減らず口を叩く。すぐさまシーラが彼女の頬を平手でひっぱたくが、今の彼女が突きつける視線はガレリオのそれとは異なる。本来彼を嗜めるため、冷静であり続ける筈の彼女の目からは、羨望と憎悪が立ち込めている。


「やめろシーラ! お前が手を上げる理由もない!!」

「……しかし!」

「ニアが傷物にでもなれば、どう責任をとる……すまないな、礼儀もわきまえない奴でな」


 ガレリオの対応は冷たい。本来のパートナーとなるシーラは、ニアよりも軽い存在、いわば替えが効く相手だと言っているようなものだと。彼は少ししゃがみ込むようにし、ニアへ向けて手を差し伸べると、


「ばっかじゃない! あんたがあたしを人質にしてるくせに!?」

「……貴方をここで自由にすれば、ガレリオの目的は果たされないわ」

「ほらみなさいよ! どうせ玲也を呼ぶためにあたしを利用してるオチなんでしょ!! 」

「ほぉ……可愛いなぁ」


 ニアとしてはガレリオの胸の内がわかっていたつもりだった――羽鳥玲也を超えようとする事も、クローンとして生まれた彼を駆り立てているのではと。だが彼は自分が見透かされた事への憤りよりも、見透かされたつもりでいる彼女へ苦笑をしてみせる。彼なりに余裕をアピールしているようで、


「残念だが羽鳥玲也を呼ぶつもりはない! なぜなら」

「……マリア・レスティ。人質に相応しいと見た相手よ」

「マ、あんな人を!?」

「……そうよ、貴方を作って捨てた相手の筈よ?」


 余裕ありげに、自分の目論見を堂々とガレリオは明らかにする。マリアが人質となる事へ微かに動揺しているニアを他所に、後方へ回り込んだシーラが妙に声を弾ませていると、


「シーラも偶には良い事を言うが……俺はお前を救おうとしている事が分からないのか?」

「す、救うって、バグロイヤーのあんたに救われる理由なんてないわよ!」

「……バグロイヤーに貴方の家、厳密にはスーシェイという養護施設のようで」

「その言い方はやめなさい……!!」


 自分の記憶を消して迄、自分を捨てる事をマリアは選んだ――そんな親の情もないような相手を狙うガレリオの作戦は、自分の胸の内を揺さぶり、彼女の心が幾度もなく波を引き起こそうとしていたともいえる。シーラに見透かされているように、自分の過去に土足で踏み込まれていく様子に、彼女は逆に余裕を保てなくなりつつあり、


「お前があの場所を喪って憎しむ事も、元をたどればあの女がお前を捨てたからじゃないのか!」

「やめて! あの女とあたしの今までがどう関係あるっていうのよ!!」

「……関係ないなら、もう少しあなたは冷静でいられるはずなのに」


 あくまでオリジナルになれない自分は、親に実の娘と認められずに捨てられた――このコンプレックスを自分へ植え付けさせた張本人こそマリアその人、“あの女”である。彼女の話が出てくるたびに、ただ必死に拒絶する事が今の自我を保とうとする術のような気がしてならなかった。だが現実は非情であり、囁くようにシーラはそのコンプレックスにニアが縛られていき、囚われている事実を突きつけて追い討ちを仕掛ける。


「バグロイヤーに復讐する為! だから、あいつと一緒に戦ってるんだから!!」

「その羽鳥玲也の元から、お前が飛び出したのにか……?」

「……そうよ。自分から羽鳥玲也を拒んだ癖に、都合が良すぎないかしら?」

「あんた達には分からないわよ、あたしの事なんか……!」


 あくまで、玲也達と共に戦っている事の今の自分の存在意義がある――こう追い詰められていく中だからこそ、ニアは必死に叫んだのかもしれない。

 けれども、その存在意義を自分から否定するようにニアは飛び出した。玲也の制止を振り切って自分が作られた存在だとの事実が、彼女のプライドを打ち砕かんとしていた。玲也のパートナーとして存在する資格を剥奪されたと見なしているように。ガレリオとシーラが揃って自分の存在意義を否定されており、もう反芻する余裕もなくなりつつあった中、


「だが、俺は同じクローン。喜びも悲しみも、傷もなめあえる相手として相応しいだろう」

「……ガレリオは貴方の苦しみや悲しみを解き放とうとしているのよ。分からないかもしれないけどね」

「わ、わかったつもりでいるのは、あんた達の思い込みで!!」

(……別に私は分かったつもりではいないのに)


 クローンである出自から、玲也を拒んだニアへ同じクローンのガレリオが相応しい――彼は自信ありげにニアの全てを受け入れることが出来る相手だと豪語する。ニアに対して相変わらず情を自分がかける理由はないのだと、シーラは渋い顔を微かに浮かべたまま、


(……別にニアがどうなろうと私は構わないわ。どの道玲也よりマリアを呼ばないと意味がないの)


 そもそも玲也ではなく、マリアを呼ぶべきだとガレリオに進言したのはシーラその人である。これもニアを潰す為であり、彼女としてガレリオがニアへ感情を寄せている事に、自分の存在意義が危うくなろうとしていた。淡々とガレリオに尽くす彼女の胸の内も、ニアと別の意味で揺さぶられていたようだが、


(……マリアをニアに始末させるようにすればいいわ。本当にそれが出来そうにないからね)

「しかし、トランザルフはどうした。玲也達をおびき寄せているなら伝えても良いが」

「……大きな口を叩いているわりに、待って」


 ニアへさらなる心の傷を刻み込み、精神の消耗、その上でたどり着く限界へと至る――シーラがこの企みが成就する事を想定していたからか、彼女が珍しく悪い顔で笑いを浮かべていた最中、ガレリオからトランザルフの連絡が途絶えた事を触れられる。

 シーラも半ば忘れかけていたのか、少し思い出したような顔をしつつ、ガレリオに取り入るだけの能力がない男だと断じる。猶更あざ笑うような笑みを見せかけていたものの、彼女は直ぐに普段通りの沈着冷静な顔つきへと戻る。


「……来たわ。立ちなさい」

「……」

「その中にマリアがいるだろうな! さもなければ……」


 同時に北東の方角、広大な北極海へ視線を移すや否や、海面を突き破るように1台のマシンが、ライムグリーンのスーパーカーが砂浜に上陸しようとしていた――既に約束の時間は迫っていた。シーラが背中に銃口を突きつけた為に、ニアは半ば大人しく立ち上がる。既に自分の存在意義を何度も打ちのめされた為に、抵抗する術も気概もないと諦めたのか。あるいは――


『……言われた通りに来たわよ』

「……!」

「なら早く姿を見せろ! 声だけなら信じれないからな!!」


 メディカル・ルーム越しに聞いた通り、どこか淡々とした声がネクストから響き渡る。一瞬ニアが目を見開いており、実際に自分を解放するための人質としてわざわざ現れるとは考えてもいなかったが。


「なんで、なんで……こんな時にだけ母親面するのよ!」

「……早くこれを」


 自分を捨てた彼女が今更、母親としての責務を果たそうとしている事に気持ちの整理が付くはずもなかった。ただシーラとしては彼女が出てくるタイミングを見計らうように、すかさず自分の手にした拳銃を後ろからニアへ託し、


「……殺せっていうの!?」

「……それがあなたを救う事になるのよ……ガレリオからしたらね」


 念には念を入れて左手でもう一丁の拳銃を握っており、シーラはニアの逆襲に遭う事を阻止しようとしていた。それと別に彼女の視線はネクストに向けられており、ガレリオからの要求に従うよう、ネクストのドアが開くまで待ちわびていた所、


「なっ……!?」

「悪いけど、その子に差し出す命なんてないわ」


 ガレリオも、シーラもただ驚愕の表情を浮かべずにはいられなかった。ネクストから出現したマリアは堂々とその姿を露わにした――それも拳銃を前へと一方的に突き付けたのだから。

 この彼女の予想外の行動に対し、一番衝撃を味あわされたのはやはりニアだ。マリアはあくまで自分を救うつもりはないのだと堂々主張しているのだから。震える手へとシーラは咄嗟に拳銃を落ち着けるように握らせており、


「ほぉ……ニアを見殺しにするならそのまま俺が持ち帰ろうとなれば、面白……!」


 淡々とマリアがネクストから降りれば、一歩一歩島へと足を踏み入れていた。彼女が銃を手に歩みを止めない様子にガレリオは高笑いを浮かべていたものの――彼の余裕は直ぐに打ち砕かれることとなった。すかさず発砲すれば洞窟の岩壁へと弾は素早く放たれて、打ち付けられた瞬間に細かい岩片が四方へと飛ぶ。さらにその一片が彼の頬をかすめる。


「悪いけどバグロイヤーを見逃せないの。折角招かれたんだからこうでもしないと気が済まないわ」

「……たかが技術屋の女と見ていたが! それが間違いだったようだな!」


 ――マリアとして、単身でバグロイヤーを葬り去ろうとする覚悟があったのか。人質同然の彼女に牙をむかれた事へ、ガレリオはプライドを傷つけられたのだと激昂して報復に出ようとするが、


「……待って!」

「ええい、俺が侮辱されたからには……シーラ!?」



 だが逆にガレリオ以上に憎悪を噴出させようとして、ニアが彼を止めて名乗りをあげた。彼が横目に見れば、身震いしながらも彼女の両手に黒光りする拳銃を握られており、いつの間にか体の自由もシーラの手によって解放されていた。思わずシーラへきつい視線と言葉を浴びせようとするが、


「……ガレリオが手にかける程の価値がある相手じゃないわ。彼女の場合は別だけど」

「そうよ……少しでも信じようとしたあたしが馬鹿だったのね」

「貴方のうぬぼれすぎよ。貴方一為に電装マシン戦隊が総力を挙げる程の余裕はないわよ」

「……バグロイヤー相手に立派なママかもしれないけど、そんなママであってほしくなかったわ!!」


 互いに銃口を突きつけながら、母と子の会話が交わされる。マリアとして個人の感情や願望よりも本来の目的を重んじる。一方のニアとしては拒絶したはずながら、一寸でも母であってほしかったとの娘心を踏みにじったのだと――互いの主張が平行線をたどり、それが相容れないと悟ろうとすれば、


「悪いけど、私は貴方の母親だとは思ってもないわ! それがどうしても許せないと言うなら殺しなさい!!」

「そこまでして、あんたは……!」

「そもそも、貴方に殺されるような女じゃないわ! 貴方一人に倒れる訳にはいかないの!!」


 実際銃火を母と娘で交える覚悟も、その上で相手を手にかけてまでマリアは我が道を突き進もうとするとしている。実際足が震えているニアと異なり、相手はただ一歩一歩静かに歩みを止めようとしない。この豪胆な信念を持つ彼女の行動は、シーラの目論見までも狂わせつつあり、


「俺の前でニアを殺すなら……!」

「……黙って! ニアがやるのよ……」


 母親の筈が、本気でニアを殺しかねないのだとガレリオでさえ、マリアに気迫で圧されようとしていた。直ぐに自分が引導を渡そうと痺れを切らして動くも、シーラでさえガレリオに声を荒げて制止させようとした途端――頭上にオレンジ色の機体が自分目掛けて飛び込もうとする瞬間をこの目にした。


「……ティービスト! ガレリオ、さがって!」

「特攻か……本気で俺たちを道連れに!!」


 シーラの目に捉えた機影はティービスト――それもまるで自分たちに向けて神風のように墜ちようとしており、自分たちまで巻き込まれる危険性があると咄嗟にシーラは捉えた。せめてガレリオだけでも救い出さなければならないのだと、自分が仕えるべき彼を後方へと思わず下がるよう促す。


「……私より貴方を大切にしてくれる相手がいるみたいだからね」

「えっ……」


 だがマリアとしてティービストが押し寄せる瞬間も、計算の内で立ち振舞っている様子。実の娘に対して少し諦めた顔つきで、突きつける拳銃を地に向けて下げると共に、目の前の母親体が瞬時に消え失せていく様子が娘の視界に入った。さらに地表へと接するにつれて、ティービスト機体を構成する要素が失われつつあった。まるで鱗をはがされるように装甲が宙ではがれて粒子と化していく。瞬く間に骨組みだけ残されるものの、地面へと叩きつけられる前にティービストそのものが完全に消失しており、


「……ニア!!」


 ――いつの間にか、ニアの両手首はその先の行動を遮るように強く、ただ固く握る手からは確かな温もりが漂っていた。立ち上がっている彼女の視界には、頭一つ分、自分より小さい弟のような、それでいて見慣れていた彼の姿が映し出される。敵地へと乗り込まんと金色のスーツに身を固め、金髪を棚引かせる彼こそ、


「……あんた、呼ばれてないのに」

「……呼ばれてないから来ないと誰が決めた」


 自分が一方的に拒絶してしまった相手に対し、ニアは真正面から彼の顔に目を凝らす事は気が引ける――それでも真正面から凝視するように彼は淡々とした口ぶりながらも微かにほほえみ、どこか息を切らせつつも微かな安堵と怒気が入り混じっている。


「その通りだ……まさか超えるべきオリジナルがここに来るとはっ!!」


彼の視線から自分は外れており、既に関心もない――そんな彼にわざわざ高らかに名乗りを上げるように、ガレリオはホルスターからセイバーを取り出そうとするや否や――彼の体そのものが頬から一気に後方へと吹き飛び、壁に背中を思い切り叩きつけられる。



「これ以上ニアに好き勝手はさせん、お前が俺のクローンと騙るなら猶更だ……!!」



 オリジナルである彼――羽鳥玲也としてとうとう堪忍袋の緒が切れた。対峙するバグロイヤーの人間である以上に、ニアを奪い取ろうとする下劣な行為を及ぼしたことへの個人的な憤りも、ましてガレリオが自分のクローンとの話にすら悪趣味にしか聞こえない。憤りを右手に込めて力いっぱいぶちかまし、


「俺は羽鳥玲也のクローンだ! オリジナルのお前に作られた者の心など!」

「都合のいい事を言うな! ニアが傷をなめあう女にみえるか!!」

「……!」


 自分より劣る筈のオリジナルの彼に、拳を振るわれた事をガレリオのプライドとして許せるものではない。オリジナルの彼が自分より高みにあってはならないのだと、作られた者の葛藤をさらけ出すものの――玲也は彼の叫びを泣き言同然だと一蹴すると共に、



「ニアが何者だろうと、俺は一緒に泣いて笑って、時にぶつかって喜び合う事を選ぶだけ! だが、お前に出来ないとだけは言おう……!!」



 ガレリオがニアへと求める関係は、傷を舐めあう慣れあいだと否定した上で玲也は叫ぶ。本来のパートナーとして、自分が望む未来のビジョンは戦いを終えた先も続くか定かではないとしても、主張する事に躊躇う理由はなかった。


「あ、あんたって、本気でそう……」

「ここで本気を出さなければどの道助からん! ニア・レスティとして本気を出してくれ!!」


 自分より背丈が低く非力なはずながら、玲也は大の字に立って構えている。身体能力で勝るガレリオを相手に回そうとも、気迫で玲也は彼を圧す。それでも自分だけでは無理かもしれないと、自分の方を振り向き、ただ力を貸してくれと“ニア・レスティ“に必死の形相で語り掛け、


「あんたねぇ……その位わかってるわよ!!」

「なら話が早くて助かる! いくぞ!!」


 直ぐ顔を背けながらも、自分の眼がしらが既に熱くなっている事は本人が一番わかっている事だった。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


次回予告

「来いガレリオ! お前が俺より優れていようともここで負ける訳にはいかん!! 強化されたウィナースト・ウィナーを相手に、俺とニアはブレストで立ち上がる。3機分の性能を持つウィナーストがどれだけ強く大きくとも、それで勝負が決まったと考えているなら大間違いだ。筋書きのない戦いに俺達の腕をみせてやる!! 次回、ハードウェーザー「生か、死か!? ニアを賭けた一騎討ち!!」にブレスト・マトリクサー・ゴー!」

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