38-4 戦士レクター、南の海に翼休めて

「レクターさん、いくら何でもそこまで貴方がやられたら……」


 今玲也をティービストに搭乗させた上で、機体の上でレクターは自ら仁王立ちするように構えていた。南太平洋、南極海を横断してオーベ島に到着までの時間を稼ぐ為に緩やかな速度で前進しているものの――マルチブル・コントロールでティービストを制御する彼の負担は多大なものとなりつつあった。たとえサイボーグとしてワイズナー現象に耐えうるだけの能力を備えようとも、


「俺は一度死んだような身。お前のマルチブル・コントロールの為に体を張るだけだ」

「ですから何故そこまでして俺の為に。ゼルガに送られた貴方がそこまで俺に尽くす義理が……」

「言っておくがお前に尽くす義理があってのことではない、ただ……」


 玲也が流石にレクターの身を案じるものの、あくまで彼として余計な同情を必要とはしていないと言い聞かせる。ただ彼としても打ち明ける時が来たのだと悟ったように口を開き、


「羽鳥玲也は我が最大の好敵手――ゼルガがそう認めたからだ」

「その為に……貴方は一体ゼルガの」

「幼い頃からゼルガを見てきた。あの男は昔から何をやらせても一流で、まさに王に相応しいよくできた男でな……」

「その口ぶりですと……まさか!」

「話を最後まで聞いてくれ。今はな……」


 昔からゼルガを見てきていた――その過去へ触れ込んだ瞬間、玲也もようやく彼が何者か確信を得ようとしていた。ただ確信した正体を告げられるまで、レクターは自分の伝えるべきことを今明かさなければならないと告げる。


「あの男は生まれ持っての天才、だがそれ故に孤独を味わい、自分の身を憂う男でな……」

「貴方に直接言うのもどうかと思いますが……俺がゼルガに勝った時は凄く嬉しそうでした。ただ立場が逆でしたら俺も……」

「……同情のつもりで言っていないな」

「男を成長させる者は、なまじの味方よりも優れた敵であり嵐である――俺が知っている言葉です」


 ――好敵手である。互いに認めた上で玲也はゼルガを評しており、その言葉を聞けば猶更レクターは内心で信頼を寄せ、


「切磋琢磨しあえる好敵手がなくては……褒めたたえられる栄誉だけでなく、時に敗れ挫折する敗北を求めているとあいつ自身が一番わかっている」

「貴方では満たされなかったのですか? 武術の腕では貴方に敵わなかったとゼルガが」

「そうとも言えるし、そうとも言い切れない。しかし俺はもう長くない事位分かるだろう」


 そのゼルガが敵わない相手として敬意を寄せる相手として、異母兄の彼が当てはまるが――バグロイヤーを前に、一度死んで蘇った身であり、いつまでも自分の背中を追う事は時が許さないであろう。そのように本人が捉えており、


「だから、この先も俺にゼルガの好敵手になれと……」

「俺もこうお前に強いている時点で、あいつを甘やかしているかもしれないが……」

「貴方の気持ちも分かりますが――ゼルガの好敵手であり続けられる保証はありません」

「……」


 ただ、玲也としてレクターからの言葉を一度は否定する。彼自身一方的な願いを玲也に押し付けているだけに過ぎないと、特に何も言い返さない様子だが、


「俺はあくまで父さんを超える為に戦い、今へと至っています。ゼルガの好敵手で止まる男ではありません」

「……なるほど、ゼルガを見ている暇はないと」

「こうは言いたくありませんが、寧ろゼルガに遅れるなと伝えてください……あの人が一番わかっているような気がしますが」

「……これは一本取られたか」


 あくまで玲也自身がゼルガの好敵手以上に果たすべき目標がある――それと共にレクターが思う程自分という壁に固執して生きるような男ではなく、飛翔を続ける男がゼルガだとも触れていた。すると、自分自身が弟を見くびっていたのだと気づかされたのか、レクターは少し苦笑いを零していたものの、


「俺にも聞かせてくれ。お前は親父さんと決着をつけた後どうするかを……?」

「えっ……」

「今言うべきではないが、お前こそ先を見据えていかなければ、壁を越えて終わりだろう……」


 レクターも同時に少し厳しい言葉をかける。玲也へその先の、未来への目標を見出していかなければ今後の成長は閉ざされていくだろうと――今までバグロイヤーを倒す事と、父を超える事の2点を人生の目標として戦いへ身を投じてきただけに、思わず青天の霹靂と言わんばかりの表情を作ってしまい、


「戦い終わって、父さんを超えて……俺は考えた事も」

「今直ぐにとは言わないが、そこで終わらない男ならそうもいかないだろう。何れ考えたほうがいいとな……」


 それだけに今後の未来――いずれ終わるであろう戦いからその先を考えた試しもない。それとも彼自身が先を考える事に恐れを感じてのだろうか。微かに玲也の胸の内に未曽有の恐れが込みあがりつつあった途端、目の前に3点の反応をレクターは探知した事に――ミュータントの生き残りである。


「確かNo,5、9……見慣れぬ顔がいる」


 ニードル・シーカーが感知した情報から、察するもののマスク越しに思わず歯ぎしりする。仕留め損ねたミュータントの二人だけでなく、ティービストと同サイズと思われるボード型のマシンが目の前に迫ろうとしていた事も拍車をかける。


「真打はこのミュータントNo.11っすからね……!」

「……レクターさん!ティービストは俺に動かせないのですか!」

「生憎、ティービストはお前が動かしたこともない。今までいきなり動かせる訳がないのは分かる筈だろう」

「それはそうかもしれないですが……」


 専用のマシンを駆るNo.11は機首からのエネルギー砲を射出し、間一髪ティービストが身をかわす。あくまで玲也ではなくレクターが制御する関係から、彼自身の手で動かしようがない現実に歯がゆさを感じるところであり、


「だからお前をニアの元に送り届ける。俺が動かせばそれくらいの事は出来る!」

「レクターさん! だったら何故!!」


 ティービストを遠方へと向かわせつつ、レクターはその跳躍力と共にNo,11のマシンへと飛び移る。彼として余命後僅かな中で、玲也をここで失う事こそ深刻な事態になり得ると捉えていた為ではあった。


「お前はネクストを動かしただけでなく、クロストも動かした。今度は俺の力も借りずにお前は成し遂げた」

「俺はもう一人で出来るとでも……!」

「何余計な事喋ってやがる!!」

「うっ!」


 レクターの思念に突き動かされるように、玲也を乗せたティービストはただオーベ島へ向けて急いだ。彼の思念により、玲也とすれば彼を見殺しにせざるを得ないようなもので、コクピットの中で必死に呼びかけるものの、彼の思念で動くティービストの中で何を言っても無駄に等しかった。

 そうこう二人が言い合う間に、宙を浮遊するNo,9の腕に備えられたマシンガンが繰り出されていく。流れ弾はレクターのマスクへと被弾し、ひびが生じると共に半分が頭から脱げ落ちるように海原に沈む。玲也が確信した通りの人物の素顔が露わになろうとしている中、


『あのティービストを落とせばあたしの勝ちっすね。もう一発今度は……』

『玲也さんはやらせませんこと……!!』


 No.11は軽い口調ながら、ちょうど相手に背を向けるようにして飛ぶティービストめがけて、マシンの主砲で仕留めようと目論もうとしたは――その瞬間に洋上から身を乗り出すようにしてネクストが体当たりを敢行する。


『レクターさん、今のうちに早く!!』

『すまない……だが、お前達こそ急げ! ここで油を売る余裕はない筈だ!!』


 ビーグル形態ゆえに討たれ弱さに拍車をかけていたものの、相手がバグロイドより遥かに小柄で故に致命傷へは至らなかった。逆にネクストの質量をぶつける事で相手を怯ませるだけの威力は示していた。エクスが咄嗟の機転で打った一手により、No.11のマシンが姿勢を崩しかけており、


「調子に乗るのもいい加減に……がはっ!!」


 ネクストの横槍に対し憤慨するよう、No,9は標的をレクターではなくネクストに定める。両腕のガトリング砲はビーグル形態のネクストへは少なからず通用するだけの火力を備えている様子だが――ネクストもまたボンネットを開放して収納された状態の頭部から弾丸を炸裂させる。ロボット形態と異なりサイズを大型化させなくとも、対人用には有用だった事は返り討ちに遭ったようにNo.9が力なく海原へ落ちていく様子から証明されたようなものであった。


「悪いが殺させてもらう……!」


 続いてレクターがドラゴノガンへ手をかけて、マシンのコクピットそのものを目掛ける。彼が乗り込んだ時点でNo.5は咄嗟に上空へ飛び上がって避けるものの、コクピットへ既に乗り込んでいる状態のNo.11は容易に身動きが取れず、直撃を受けたフロントガラスに放射円状に亀裂が生じ、内側からガラスは赤い血で塗りつぶされていった。


「やはりそうか……!!」


 自分と同じようにタグから生成されていたのだろう。彼女の死に呼応するようにマシンが力を喪ったように墜ちていき、その身を消滅させつつあると気付けば、レクターがすかさず飛ぶ。


「これであと一人……うっ」

『……あなたは、いえ!』


 残りはNo.5を仕留めるだけであったが、彼女の攻撃が僅かに早く、ダガーが頭部に着弾して爆散した瞬間に、残されたマスクの半面が崩れ落ちた事で、素顔が露わになる。リンとしても目がつぶれようが彼の素顔から何者かと直ぐ判断がついたものの、この身に変えて自分たちを向かわせようとする彼の意向を無駄にすることは出来ない。ただ振り払うようにネクストはオーベ島に急ぐことが今出来る最善の手であった。


「……うああああっ!」

「……あとは玲也達がたどり着けば!』


 ドラゴノ・サーベルを右手にして、No.5を確実に仕留めようとレクターがとびかかるが――一方の彼女も同じような事を考えていた。間合いが狭まるにつれてダガーを投げつけ、至近距離の爆発を巻き起こして道連れにする事を想定した結果


「流石お前が認めただけの好敵手だったぞ、ゼルガ……」


 密着した状態で巻き起こる爆発は、確実に二人もろともを巻き込んでいった。ただレクターは自分の身ではなく、後を託した玲也達の無事を念じようとどこかその顔つきをしていた。やるべきことはやり切ったと涼しい顔を浮かべ、苦痛も今となっては心地よい刺激のようにも思えてくる。心頭滅却すれば火もまた涼しではないが南極の海に二人の体は沈み、ただ海面には花弁のように流れ出る血が広がりつつあった。


「あれだけ動かしても、結局倒せない……セイン様の言う通りとんだできそこないだね」


 少し後にして南極海上空へと、トランザルフは現れた。ミュータントの面々から居場所を知らされた故、彼女たちにとって最後の戦場へとたどり着くことが出来たものの、彼の反応は、消耗品が期待通りの働きをしなかったのだと、非常に冷淡極まりない――最もセインから自分の元に割かれたミュータント達が、彼女が作り出したお人形のおさがり。早い話彼女が既に関心もなくなりつつあった面々を自分の元へ回されたに過ぎない事はトランザルフでもわかってはいた。それ故に元々期待を寄せていなかったとの意味があったものの、


「セイン様がもう少し僕に使えるお人形を送ってくれたら苦労しないけどね、まぁその為にも僕の手柄を上げないといけないからね」


 少なからずセインが使えない手駒を自分へと回された事に対し、微かな不満も見せてはいた。けれども自分が彼女に真っ向から苦言を呈せば、彼女に何をされるか分からない。だからこそ地道に手柄を立てて寵愛を喪わないようにする必要があると捉え、


『でも、ガレリオの反応はまだあるのは、天は僕を見捨ててなかったと思いたいね! 僕の為に無駄死にしてないことだけは褒めてあげるよ!!』


 最も部下のミュータント達が仕留める事に失敗しようとも、自分が直接引導を渡すことが出来れば、純粋に自分の手柄としてカウントする事が出来るである。トランザルフの胸の内では、単に無能でしかない部下は足手まといなり、穀つぶしとしてしか見ていない。一方で有能すぎる部下は、いつ自分の足元をすくいにかかるか分からないと改めて認識した所、


『ガレリオより僕が優れているって示せば安泰だ、その為には手を汚すことだってできるんだよ!』


 既に、天羽院やセイン直属の部下として、ある意味ガレリオより今後の地位を保証されていながらも、完全に彼を出し抜こうと功に逸ってはいる。それもいらぬ功だろうとはおそらく冷静ぶっているようで、底が浅いトランザルフが気づいていないだろう。本人はあまり好まないだろうとも、懐に忍ばせたナイフを手にして水中へ身を投じようとした所、



「……え?」



 ――が、あくまでレクターはまだ息があるとの点を、トランザルフとして単に深手を負っただけに過ぎないと捉えていた。その迂闊さが命取りとなった。彼の意識がある限り、首元のタグは微かに輝きを放っており、ティービストも稼働し続けるだけでなく、ニードル・シーカーも彼の目として最後の武器として機能を続けていた。


「馬鹿め……俺が言えた身ではないが」


 自分がレクターの標的として狙われていた。死の淵の彼の執念を読み切れず、自分が窮地へ追いやられる可能性を自覚すらしていなかった。見通しの浅いトランザルフは、首筋を一閃の熱に貫かれた事は気づくものの、彼に狙われていたとは最後まで認識する筈もなかった。彼自身が糸の切れた操り人形のように、全身の力を喪い成す術もないまま南極の海へと沈み――海面を突き破るように爆発とともに彼は果てた。


「今行くぞブルーナ、後はお前に……ゼルガ」


 トランザルフを道連れへと追い込んだ事に対し、レクターは悔いがなく事切れようとしていた。最愛の彼女の元へ旅立とうとする中で、異母弟へ全てを託しながら、深海へとその意識は既に引き離されていた。

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