35-3 エクス、永遠(とわ)なる想いは

「……エ……クス……だね……」

「ゲ、ゲーツお兄様! 無事でございましたの!!」


 ――おおよそ8年前へと時は遡る。とある病室のベッドに横たわり、手足だけでなくその顔にまで包帯で包み込まれた彼は、目の前の少女をエクスと呼ぶ。途切れ途切れにしか喋れない、今の彼の言葉を聞いた時に思わず彼女はあどけない瞳から大粒の涙を零した。

 エクスと呼ばれる彼女は言うまでもなく、今となればクロストのハドロイドその人を指す。ただ、背丈は今の玲也よりはるかに小さく、シニヨンはそのままながら髪は腰よりも長く伸びていた。その彼女が容態を案じていた人物はゲーツ・ファルコ。彼女からすれば最愛の兄にあたる人物だが、8年前となれば今の彼女と然程背丈は変わらないようにも見えるものの、


『ゲーツ様、私が少し目を離したすきにお嬢様が勝手に……』

『アクア、あのそのですね……ううん』

『部品が……間に合わず、組んでいたからね……』


 この頃から、エクスのメイドとして従事していたアクアは、ただ彼女に代わって自分の責任だと何度も頭を下げて必死に償おうと謝っていた。ただエクスとしてこの事態に至った原因を伝えなければいけないと、必死に伝えようとしており、ゲーツ自身も事故に至ったのは自分の監督不届きだと妹のせいだとは一言も触れておらず、


「旦那様! 先程ゲーツ様が意識を取り戻しまして……」

「何とか切り上げて戻ってきた……事故についても概ね」

「お父様、あの、そのですね……お兄様も悪くありませんわ! ですからお兄様を……」

「……ゲーツとの話、無理のない程度にします。負担はかけさせません」


 息を切らせながら、息子の病室へとビルはたどり着いた。仕事を切り上げたとの事で軍服の上にコートを着用した姿でたどり着くが、その中でも極力冷静さを保って周囲と接する。


「特殊宇宙服ECM……その為の放射能が不完全だったとはな……」

「わ、私が、そこまで、目を行き届かせる事が出来ないばかりに……」


 宇宙線の人体への影響を最小限に抑えるかつ、携行が容易かつ軽量級の宇宙服ECM――士官学校の技術科に所属していたゲーツが率いる班によって設計、そして試験用を完成させて、実用を想定したテストもパスをしていた。

 そして関係者をはじめとする一般観衆へ想定した祭典にて、完成したECMのデモンストレーションがあった。だが、その直前で放射能照射装置へ故障が見つかり、急遽部品を交換する必要性が生じ――祭典の日まで部品の到着が遅れた事が今回の悲劇へと至った。


「ゲーツ宛の部品を、エクスが受けとり、装置の部品だと気付いて立ち入り禁止の部屋へ足を運んだとの事だな……」

「はい、ゲーツ様がお嬢様を引き留めようとした時、装置が暴発しまして……」


 アクア曰く、エクスが制御室から投げ出された所を探していた自分が受け止めたとの事。その直後に室内で放射能が大量に漏れ出して、ゲーツが咄嗟の判断でわが身を犠牲にして妹を救い出したとの事だが、


「まさか……隠蔽してまで間に合わせようとするなんて……これに私が気づいていたら……」

「お前が功に逸り危険を冒すことはない……だが、チーフであるお前の責任も少なからずあると言わざるを得ない」

「お父様! 悪いのはゲーツお兄様に話さず……」


 ゲーツが重傷を負ったのも、功を焦った研究仲間が危険性を無視して、装置を不完全な状態でくみ上げてしまった為であった。彼が仲間に巻き込まれた事は不幸な災難であり、父親として彼を案じなければならなかった。けれどもチーフの監督不届きも責めざるを得ない――その複雑な立場をまだ幼いエクスは理解しきれない。


「いいんだ……エクスは悪く……ない」

「そんな! ゲーツお兄様ばかりどうして、どうして……!」

「お嬢様、気持ちはわかりますが、どうか落ち着いてくださいまし……」


 当のゲーツ本人からは、直接気にしてはならないと宥められていても彼女は納得しがたい様子だ。アクアによって半ば抑えられるよう止められていた時、担当として重視した医者が密かにビルへ耳打ちをかわす。この知らせを聞くと苦み走った顔つきをしており、


「お父様、一体何が……何がおありで」

「もう……軍人になれないんだ……もう無理だよ」

「そんな……!!」


 エクスの関心が父の表情へと移った瞬間、さらなる不幸を予測せざるを得なくなっていた。実際既に当の本人がその場にいる事もあり、ゲーツは躊躇うことなく今の自分の容態をさらけ出した。その残酷といえる結果が、彼女にさらなる動揺をもたらされ、ショックで虚脱状態になったところ、アクアによってその小さな体を支えられる。


「ゲーツ様、何を弱気な事を……お嬢様、しっかりお気を確かに!!」

「どの道、私の運命を知る事に……なりますからね……」

「一命をとりとめただけでも幸いだよ……くれぐれも無理はしないでほしい」


 放射能を密室で浴びた身として、ゲーツは健康な肉体を喪ったも同然、長期間の療養を余儀なくされ人並に生活するまでに隔たりがある。そのような深刻な運命は本人が最も自覚していた為、エクスへも躊躇うことなく明かし、ビルも彼に療養を促すよう気遣う言葉をかけていたものの、


「父さん、ただ技術者としての勉強はまだできます、僕はファルコ家の人間ですから休む訳には」

「何を生き急ぐような事を言っているんだ。今は誇りがどうこうを言っている場合じゃない」


 それでもゲーツが技術者として軍へと貢献する、ファルコ家の人間としての務めを頑なに果たそうとする姿勢に変わりがない。今の彼が内心では誇りある家柄の人間として、焦りを見せ始めている。穏やかに振舞う中で脆い本心を追い詰められた状況下にて、さらけ出していたようなものだとビルが止める所、


「そうですわ、ゲーツお兄様の代わりに私が……私がなってみせますわ!!」

「……お嬢様! 一体何を!!」

「エクス、これはお前の問題ではない事はわかる筈だが」


 エクスもまた兄に無理をさせる事へは父と同じ反対のスタンスを取ったものの――早い話、彼の成し遂げなかった夢を自分が代わりに成し遂げようと踏み切ろうと決意した瞬間ではあった。けれども、まだ6歳の彼女の決意は口にする事と成し遂げる事とのギャップが激しく、ハードルが険しいものになる。アクアだけでなく、ビルも遠回しに実現が程遠い事と指摘するも、


「私があそこに入ったから、ゲーツお兄様が、ゲーツお兄様が……!」

「エクス、やめるんだ……軍人になって、お前が幸せになる事は……」

「ゲーツお兄様の事を考えて、立派なレディになれませんことよ!!」


 無論ゲーツもエクスが自分への罪悪感から、その道を目指しているならば人生を棒に振りかねないと考え直すことを促す。それでも今のエクスに諦める気配がない状況から効果は薄いようだが、


「お嬢様、ここは早く戻りましょう! ゲーツお兄様のお体の事も」

「離して ! 私は家に帰りましても諦めませんし、二度とアクアの言う事も聞きませんわよ!!」

「そう早まった事を言うものじゃありません! 旦那様も何か……」


 アクアが少し強引にエクスを病室から引っ張り出そうと、半ば実力行使に出る。それでも小さな体で病室の柱にしがみつく様子は彼女のドレスに皺が突こうとも、汚れがつこうとも本人は全く気にする事はなく、アクアに引っぺがされないように全身へ力を入れる。彼女の頑固さから思わずビルに助けを求めようとするアクアだが、


「入学まで猶予はあるが、それまでに音をあげないか……?」

「旦那様、一体どういう風の吹き回しでして!? お嬢様、ここは落ち着いて考えるべきで……」

「さっきから言ってますわよ。私の考えはもう……」


 穏やかな口ぶりながら、ビルの視線は先ほどまで責任の一片たりとも問う事がなかったエクスに向けて鋭く突き刺さる。今彼女は自分が口にした事へ責任を持ち続ける事が出来るかと、父から投げかけるように瞳で問いかけられている。

だが責任の重さを突きつけられながらも、それでもエクスの考えは変わる事はなく、ただ“勿論ですわ“との一言を強く口にした。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「……それで今、こうして俺の元にいる訳か」


 ――以上の過去から現在へと至る。玲也の個室には布団の上に正座したエクスの姿があった。彼が少し崩したような姿勢で、胡坐をかいて楽になっているとは対照的に彼女が必要以上に畏まっているようだが、


「その通りでございます。話が長くなってしまいまして、玲也様には退屈かもしれませんでしたが……」

「いや、何というか……正直色々とお前を見直したような気がする」

「そうですか、私を見直し……玲也様!?」


 エクスは玲也の元へ自分の過去を打ち明けていった。父や兄にあこがれて軍人としての道を選んだ彼女だが、その背景にはまだ6歳と幼かったとはいえ、彼女の行動によって兄の目指すべき道が断たれた事になる。

そのような苦い過ちを他人に打ち明ける事は心を許した相手に対しても勇気が問われる。たとえ惹かれる相手に対してもリスクがある選択だった事は、玲也自身も頷ける所があった。その上で過去の過ちを打ち明けた事へ“勇気がある”と素直に称賛した。


「俺がそう決意したのは5年前。お前には負ける」

「玲也様に謙遜されますと恥ずかしいですわ……素直に喜ぶべきかもしれませんのに」


 ビルからすれば、エクスが士官学校への道を選んだことも最初実際どれだけ険しく辛い道か知れば折れる、好きにやらせればよいとのまだ幼い彼女の覚悟を軽視していた面もあったという。それでも彼女が現在まで主席として成績を収めていただけでなく、ハドロイドとしての使命を全うしていると聞かされれば、思わずあの頃の自分が娘を侮っていたと素直に頭を下げていたとの事。

 エクスが父に自分の腕を認められるまでに至ったのも、おおよそ8年にわたる必死の努力と信念があってのものだろう。玲也は素直に彼女の一途さを称賛した所、エクスは顔を赤らめながら俯いていたが、


「本当に今までありがとうございます。そして不束者ですが……今後とも宜しくお願いいたします」

「こちらこそ今後……っていや、待て、いきなり何を言い出すと!」

「ち、違いましてよ!? 私の夢が叶いましたから、今度は玲也様の夢を果たさないとでしてよ!」

「そ、そっちか……いや、今までの流れからすると失礼だが……」


 布団の上でエクスが直々に頭を下げた所、暗喩的な意味かと玲也が少し過剰に反応して慌てふためく。ただ彼女がいつもながら暴走する流れと思いきや、エクス自身が真面目に玲也の妄想と勘違いへ突っ込みを入れる――まるで人が変わったようにエクスへ落ち着きと恥じらいを醸し出しているのだ。


「もう玲也様ったら、流石に私もそこまで節操のない女ではございませんわ!」

「すまない……ついお前と長く過ごしていると慣れ、いや俺が節操ない人間になっているかもしれない。申し訳な……」


 少なからずいつもと様子が違うエクスに戸惑いを憶えつつも、良からぬことを想像した自分が悪いと直ぐ玲也が頭を下げた。同時に自分の下劣さへ呆れるように頭を掻いていた所だが、


「前にもお話しましたが、自分を見くびらないでくださいまし。貴方こそ揺るがない信念を持たれている事はこの私が一番わかってましてよ」

「いや、何かいつもなら慣れているが、こう改めて言われるとな……」


 エクスから褒めちぎられている事は何時ものように慣れており、場合によって度が過ぎるとしてあしらったり耳を傾けなかったりとの事もあった。しかし今の彼女が自分の手をそっと優しく握りながら、自分に向けて励ましの言葉を受け取る。何時もの色恋に対し激情的な彼女ではなく、絵にかいたような淑女さながらの彼女に戸惑うと共に、かすかな照れが玲也の顔に浮かんでいた所、


「どうしまして……わ、私に何か至らないところが……」

「いや、何というべきかその、いや本当に一体何があった?」

「い、いえ私はお父様とお会いしまして、それから特に変わりは……」

「明らかに、いつものお前ではない。頼むから話してくれ」


 エクスの意外な一面に対し、感心を通り越してもはや心配せざるを得ない領域に差し掛かっていた。胸の内で芽生えつつある淡い想いを上回りつつある懸念になろうともしていた。


「実はですね、お父様が……」


 実際、玲也自身が困惑を抑え込んで、自分の瞳を真正面から見据えてくる様子から、エクスは流石に折れた様子で口を開く。ただ胸の内の困惑を口に出していくにつれて、彼女はもじもじしながら顔を赤らめていく。問いかけた本人ですら思わず顔を徐々に紅潮させていくだけの内容であり、

 

「お前のお父さんが俺との仲を認めている!?」

「そ、そうですわ……お父様は玲也様を大変気に入られていたようでして、それで、その、む……」

「いや、その先は喋らなくていい!お前ならむしろ喜んで舞い上がっていそうだと俺は思ってたが」

「私もそこまでおめでたくありませんわよ!」


 思いつめたエクスの表情からして、玲也は深刻めいたではないかと察していたが――彼の予想は斜めの方向へ見事に外れた。けれどもビルが二人の仲を公認しているとの話になれば、それはそれで重大な問題ともいえる。玲也が仰天していたのはともかく、エクスですら寧ろ同じようなリアクションを返しており、


「も、申し訳ございません! ですが私も正直どう受け止めれば良いのか分からないもので……」

「もしかして、それでお前の様子がいつも違っていたと」

「私も恥ずかしいですのよ! お、お父様の認められた相手が玲也様になりますと、あの、その……」


 普段から人目を気にすることなく玲也に対し一途。それ故に暴走も当たり前。そんなエクスとして父へやはり頭が上がらないのだろう。彼から認められている相手とエクスが意識すると共に、畏まった様子で接していたようだが、


「おかげで、いつものように振舞おうとしましても恥ずかしく……本当玲也様に対してありのままで接すべきだと思いまして」

「いや、事情が分かった事もあるが……俺は良かったと思うぞ」


 先ほどのお淑やかな佇まいも、エクス曰く本人が思わず緊張していた為に見せていた一面ともいえた。彼女としてむしろ先ほどの自分へあまり自信を持っていない様子だったものの――自覚していたかはともかく、玲也としては寧ろ彼女の新鮮な一面を肯定したが、


「や、やめてくださいまし! そう真正面から言われますと私、本当……」

「い、いやお前を恥ずかしがらせるつもりは……悪い! 少し外の空気にあたって……おわっ!」


 ただ、エクスが余計恥辱を遭わせる結果となり、自分の発言が逆効果だと気づいて、玲也も慌てふためてしまう。咄嗟にその場から離れようと彼が立ち上がるものの、ドアの外からブザーが突拍子もなく鳴り響いた。


「いつまで部屋にいるのよ! もうとっくに時間過ぎてるわよ!!」

「ニ、ニア……! 待て、直ぐ行くから!!」

「玲也様、落ち着かれ……きゃああっ!!」


 よりによってニアから催促された時、更に玲也は驚きと共に動揺する。足場が不揃いな布団の上で遭ったこともあって体勢を崩す。咄嗟にエクスが彼を支えようとするも――全身で受け止める事となり、


(なっ……)

「……」

「あんたらしくないわよ! こうすっぽかすなっ、なっ、なぁぁぁっ……!!」


 苛立ちが蓄積されていた故か、時間になろうともアラート・ルームへ玲也が現れない事態にニアは思わず実力行使に出た。ドアのロックはかけていたものの、ハドロイドとしてニアが並外れた怪力を発揮する点を前にすれば、半ば実力行使でドアをこじ開けることは容易かった。それから彼を引っ張り出そうと踏み切った所、


「な、な、何二人で、何二人っきりで……!!」


 飛び込んできた光景へと、ニアが顔を赤らめる――紅潮する頬は乙女としての恥じらいだけでなく、目の前の事態へ怒りも込みあがった為である。二つの感情が交錯する原因は目の前、アクシデントとはいえ彼がエクスを布団の上で押し倒した様子が目に入った為だからだ。


「ま、待て! これは急に呼び出されての事故、いや時間をすっぽかしてだな……」

「玲也様と初めて、玲也様との接吻、玲也様とキス、玲也様とファースト……」

「そう、わかったわよ……本当、嫌という程よくわかったわよ!」


 玲也自身事故だと弁明しようとも、一方のエクスが既に思考を停止した状態で、顔から湯気を延々と発しながら顔は緩み切っている。満足この上ないほど蕩けきっている彼女の様子から、弁明は困難を極めようとしている。実際既にニアは怒髪天。心のリミッターは半ば力ずくで引きはがされようとしており、


「恋にかまけて任務を留守にするな! 馬鹿ぁぁぁっ!!」

「待て、俺の話を聞いてくれ!」


 誤解したままニアは飛び出していった。このまま誤解されてしまえば更に状況は拗れてしまうと、トリップしたまま、現実から一時的に脳が離脱したままのエクスを置いて玲也も後を追ったが――ハドロイドの彼女とでは身体能力に差があり、おそらく全速力で曲がり角を曲がっていったのかもしれない。彼女はもう視界には映らない。


「ニア、俺の話を聞いてくれ! それからどう思おうと……あだっ!!」


 直ぐニアを探さんと、玲也自身半ば本来の任務をほったらかしの姿勢で彼女の名を呼びながら通路を駆け巡る。声を張り上げている事から、他人に丸聞えでもおかしくないが、彼にそれだけの余裕は残されていない様子だった。それ故か彼に余裕は然程なく、曲がり角からの人影に気づくことが遅れ、とある相手と接触してしまう。目の前に白一色が映り、石鹸のように漂白された匂いがほのかに彼の嗅覚へとくすぐりかけた。


「すみません! ちょうど今人を探している所でして」

「……あの子なら、何とかなる筈だわ」

「あの子って、俺が誰を探していたか知ってますか……マリアさんでしたっけ?」

「そうよ。まさかこんな形でまともに合うとはね」


 玲也が思わず接触した白衣の女性――マリアという名前の人物はビルに同伴する形でゲノムからドラグーンへと出向した人物でもあった。 けれどもドラグーンに訪れて間もない彼女の筈だが、まるでこの艦へ前からいたように振舞っている。少し彼が首をかしげて問いかけるものの、


「何となくはね……私を誰だと思っているつもり?」

「私を誰……いや、貴方がハードウェーザー計画に関わっていた事はビルさんから聞きましたが」

「それもあるけど、もうすぐわかるでしょうね……マリア・レスティの事も」

「マリア・レスティ……?」


 マリアがハードウェーザー計画へ携わった一人となれば、万に一つでも秀斗の手がかりを掴んでいるかもしれないと、玲也でもうっすらと推測はしていた。

 しかし、この状況は父の手がかりが結びつくには若干不自然だ。実際彼女も羽鳥玲也が秀斗の一人息子だとの事にさほど関心はない。ただ自分がマリア・レスティだと告げただけですれ違っていった――どこかで聞き覚えのある固有名詞が彼の脳裏にアクセスしようとするも、


「……まさか、あの人!」

「玲也君、さっきからニアちゃんの事、探してるみたいだけど!」

「私たちと交代のはずだぞ、貴様が道草を食っている場合か!」

「す、すみません……あとでちゃんと説明します」


 ニアを玲也が探す一方、シャルとウィンもまた同じように玲也を探し回っていた。自分とアラート・ルームでのスタンバイから交代の時間は既に過ぎており、ウィンからすれば、彼が私情を優先させている事に呆れるよう久しぶりに怒声を飛ばしている。実際個人の事情で動いていたとして、二人に対して、玲也は頭を下げており、


「当たり前だ! アンドリューさんからリーダーを任されたのに貴様は……」

「まぁまぁ、まだ急げば間に合うし玲也君がすっぽかすって余程の事だよ」

「あ、あぁ……」


 ウィンより幾分か玲也へ擁護的なシャルとして、彼の事情を酌むべきだとウィンをやんわり宥めている。気心が知れる相手だけにここでフォローされると助かる傍ら、彼が薄々と察していた真実は、扱いを間違えれば余計収拾がつかなくなる為、


「すまないシャル、ひと段落ついたら打ち明ける」

「オッケー、僕も気にしないつもりでいるから、玲也君も引きずらないようにね」

「……あぁ、そういってくれると助かる」


 せめて、明かす必要がある真実があるとだけ彼女に告げた。シャルとしては玲也が任務を忘れかけるだけの意事情があったとそこで察し、ただ互いに任務へ差し障る要因としてはいけないと互いに約束を交わす。そのままアラート・ルームへ向かうのであったが、


「確かニアちゃんも苗字は同じだよな……」

「苗字というより、ファミリー・ネームというべきパチね。レスティとレスティパチ」

「ですから、ニアさんの身内……あの人が母さんではないでしょうか……」


 彼女がマリア・レスティだと知った者は玲也だけとは限らなかった。シャルたちと別に玲也を探し回っていた2人と1機だが、


「ちょっと、これとんでもない事実だよ! 玲也ちゃんとんでもない事知っちゃったってなったらどうすりゃあ……」

「オマエが玲也以上に驚いてどうするパチ! オマエがこの秘密をバラせば40%の確率でボコボコ、35%の確率で……」

「コンパチさんも何を計算しているんですか! ニアさんが知ったらどうなるか僕分からないですよ!!」


 才人が玲也以上に狼狽えているのをコンパチから突っ込まれる。一方コンパチ本人は分析・予測を主にするロボットの宿命からか冷静に今後の展開を予測している訳で、当の本人も逆に冷静すぎるとイチは指摘する。


「エクスちゃんだったら喜ぶ話かもしれないけど、ニアちゃんからしたらどうすりゃいいんだよ……」

「ニアさんの母さんですと……そのニアさんを棄てた人だからですよね?」

「……俺も分かるんだよ、期待も何もしてなかったのに親を名乗られてもさ」


 徐々に落ち着いていく才人として、マリアが母親としてニアの前に現れようが喜ばしい話ではない。彼自身の身内から特に期待されていない“はみだし者”として生きてきた境遇がそう推測させるのだろう。ニアの胸の内の葛藤が何か自分事のようにも少し思えてもいる。


「確かに才人さんの言う事もわかるかもしれません。ただもし母さんが現れたら僕は甘えてしまいます」

「……それも今となっちゃ分かるよ。ろくでもない身内だろうと喪って分かるんだよ……なぁ、姉ちゃん」


 イチが自分と反対の意見を珍しく主張していた。これも彼の場合身内に恵まれた境遇が才人と正反対だった事もある。しかし同じ戦火で身内を喪った共通点があるからこそ、否定しきれない慕情を共有している事は同じではある。懐に入れたお守りを握りしめながら才人は既にいない姉の姿を脳裏に思い浮かべており、


「ロボットのオレに親兄弟の事はよくわからないパチ」

「まぁ、確かにコンパチが聞いても面白くないかもしれないけどよ」

「けど、オマエ達が悲しんでる事はわかる気がするパチよ」


 ただ一人、親兄弟がいない純粋なロボットながらも、コンパチも彼らの気持ちを汲む姿勢を見せる。なぜかその様子は二人の心を微かに癒していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る