35-2 深海将軍、決死の出陣

『ハインツの失敗に代わって、お前が前線で指揮を執ると……』

「はっ。私がハインツに代わって責任を負うと……ここまで負けが込んだとなりましたら」


 円卓の場にて、グナートは皇帝へと自ら前線への出陣を志願した。彼が見まわすように、既に自分と同僚のはずだった七大将軍は一人たりともいない。ハインツは敗北の責任を取る建前として、謹慎に入っていた為だが、


「そうだよねー。レーブンまで死んじゃうしハインツまで負けちゃうんだからねー」

「……後から入った新参が偉そうに」


 しいて言うならば、飛翔将軍として後から加わったトランザルフが七大将軍の一人として一応は当てはまる。ただ実力を披露する事も出ず、ただ偉そうに口だけで同僚を詰るだけしかしていない。グナートは白い目で蔑むように向けていたものの、


「まぁ、でもこうも立て続けに敗れるなんてやっぱトップがダメなのかもねぇ」

「貴様! ここで大将軍の俺を!!」

「……ガレリオ、こんな奴にムキになっても仕方ないわよ」


 ただ、トランザルフとしてガレリオの腰巾着でもないようである。部下のはずの彼に堂々詰られたガレリオは逆上し、


「ですから、私に責任を取らせてください。これが最後の一戦として覚悟をしまして」

「当たり前だ! これで負けておめおめと帰ってくる事は許さん!! 死ぬか勝つかだ!!」

「そうですねー、今度は誰が責任を取るかわからなくなりますから……」

「……ガレリオ! 貴方も少し口を慎みなさい!!」


 ガレリオをなだめる意味合いもあり、グナートは再度総攻撃の指揮を執る事へ志願する。跡がないうえでの部下からの進言に対し、当の本人はまるで使い捨てのように言い放っており、それが余裕を失いつつある故の焦燥だとトランザルフへ遠回しに皮肉を飛ばされる。部下の立ち位置ながら上官だろうと慇懃無礼な態度を取り続ける彼へシーラがしかりつけたのち、


『そうですそうです。折角人がその気になっているところ水を差す真似はいけませんよ』

「て、天羽院様……出過ぎたまねで申し訳ありません」

『いえいえ、それよりグナートに聞きたいことがありましてね……多分、オークランドを狙うつもりだと思いますけど』


 天羽院がトランザルフの減らず口を諭して、グナートへと総攻撃の意図を尋ねる。オークランドへはビル艦隊が降下した為、解放軍の戦力を一掃できるため意義があるといえたが、


「ドラグーンが停泊していますから、ビル艦隊ともどもまとめて潰せますからね」

『ビル艦隊にドラグーン……何か個人的な感情も見えるような気がしますけど』

「それは否定しません……ただその為に勝つか死ぬかを選べるのでしたら」

「貴方にとってはどちらでもよいと……勝ってほしいと言ってほしいのですが」


 天羽院はグナートが総攻撃へと前のめりになっている背景へ、個人的な確執や因縁があるのだと薄々感づいて誘導するように尋ね続けた。ただ事実を突きつけられようとも、グナートは動じる様子もなく、その個人的な理由で総攻撃に出る必要があると主張する。半ば捨て鉢な態度が見え隠れしている事へ、彼は少し苦言を呈しつつも、


『何、私も人の事を言えませんから……陛下』

『良いだろう。グナートに次の一戦を委ねる事を許す』

「はっ……ただハインツへの温情だけ私は求めます。それ以外は何も」

『無論、ハインツはそれまで謹慎以上の処罰は保留する。その後の待遇も保証しよう』


 天羽院として、グナートが戦いへと逸る動機は理解できるものでもあったと皇帝へ同意を促す。すると実際彼はグナートに次の戦いの指揮権を託すことを快諾しており、


「それでは……総攻撃への準備がありますので」


 グナートとして、戦いへ赴くまでに懸念する憂いはないと判断し円卓の場を後にした――深海軍団の個室では深緑の髪を地へ垂らす女性の姿があり、


「グナート……本当に後悔はないのね」

「無論だ。私は寧ろこの時の為にバグロイヤーへ身を投じたかもしれなくてな」


 背水の陣へ自らを置き、グナートは総攻撃へと出る――レズンは彼が自ら死地を選んだ事への公開はないのかと尋ねたものの、当の本人はそれよりもさかのぼり、自分がバグロイヤーを選んだ事まで遡って触れていた。


「私はゲノムの軍人として恥じぬよう言われ、私もそのつもりだったが……ごほっ、ごほっ」


 本来バグロイヤーに与する道を歩んではいなかったと、どこか憂いのある目で過去をぼやいていた所、突如彼はせき込んでしまう。口を押えていた右の掌をまじまじと眺めた後、


「この体では血を吐くこともない。バグロイヤーの軍人として戦えるためにな」

「そうね……私も、貴方の妹も同じ体なのがね」

「その話はやめてくれないか……君にとっても妹になっていた筈だが」

「ごめんなさい、ただあの子が貴方を慕っていたからなちょっとね」

「確かに……君は羨ましいように見てたかもしれないが」


 レズンとして、グナートが身を投じる戦いが同じ血が流れる者同士、本来なら起こりうることはない戦いだと少し悲し気な気持ちで口にする。レズンと自分が結ばれる可能性がありながら、彼女は自分の復讐へついていく事を選んで今に至っている点へ一抹の罪悪感があったものの、


「だが、父も妹も今は同じ――私の道を潰して、バグロイヤーへ追いやった憎い敵だ」

「グナート……」

「父さん、貴方は私よりも……ふふふ、ははははは」


 自分の生きる道は妹によって潰え、父は自分よりも妹へと期待をかけるようになっていった――この過去に生じた事故が、今もなお拗れとしてグナートの心に住み着いていた。彼がバグロイヤーの深海将軍として親兄妹と骨肉の争いを繰り広げる事になるが、彼の笑い声はどこか悲し気に聞こえていた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「ビル艦長……電装マシン戦隊総司令官として、無事お会いできましたことを光栄に思います」

「こちらこそ……こうして打倒バグロイヤーの為に手を取り合う日が来るとは」

「……どうやら、エクスちゃんのお父さんのようですけど」

「何か思っていたイメージと違うわね。何か拍子抜けだけど」


 ――ドラグーンの司令室にて、エスニックはグレーが少しかかった緑髪のナイスミドルと握手を交わしていた。ビル・ファルコという人物がエクスの父親として、清潔感と共に品位を感じさせる外観だけでなく、細身の体からは篤実な人柄を醸し出され、その傍ら第2艦隊を率いる者としての威厳も示していた。傍からその様子を眺めるニアとリンが小声で話していた所、


「本来なら戦うはずもなかった君たちのおかげだ……私から礼を言わせてもらうよ!」

「はっ、ビル中将もよくご無事で……!」

(ビル中将……お父様じゃないのか……?)


 本来戦うはずのなかった3人へとビルの視線が行く。そしてビルが触れる“本来戦う事がない者達“から真っ先にエクスが前に出て、凛とした声で敬礼を示し、直立不動の姿勢を取る――玲也はこれほど凛々しい彼女の姿は今まで見た事もなかった。少なからず父を前に思わず甘える姿を見せるのかもしれないとみなしていた。


(やはりエクスも父さんと会えて嬉しい、そうに違いな……のわっ!)

「おんしがボーっとしてどうするんじゃ。尋ねられちょるぞ」


 ただ既に彼女が父と娘ではなく、同じ軍人として接している様子には慣れていた。そういわんばかりの慣れた応答と共に、柔和な笑みをビルは娘へと向けている。やはり親子の再会が果たされた事に、互いも喜びを胸の内に秘めていた。エクスだけでなく玲也もどこか安心したような笑みを浮かべていたが――少し二人に気を取られてボーっとしていた所、ラルに肩を叩かれて我に返る。ビルが彼女たちから自分へと関心を寄せて、尋ねていた事に気づいておらず、


「す、すみません! 俺が羽鳥玲也です、ドラグーンのリーダーとして、エクス達と共に戦ってまして……」

「ほぉ、君か! 電装マシン戦隊の小さな英雄、玲也君だね」

「え、英雄とは俺がですか?」

「さすがじゃのぉ、わしらがゲノムにも知られているとしても、まさかそこまで玲也が有名じゃとは」


 落ち着く間もなく、玲也が少しあたふたした様子でビルに名乗っていた所、彼は思わず感嘆の声を上げた。解放軍からすれば電装マシン戦隊の英雄として、その小さなプレイヤーの活躍は知られており、当の本人以上にラルもほめたたえるように述べており、


「秀斗君の御子息がプレイヤーとして戦っているとかで、君の名は知られててね」

「ビルさん。それは勿論今まで玲也君が戦ってきたからで」

「当然ですよ。仮に玲也君が秀斗君の御子息としても……七光りで収まらない力がありますよ」

「流石お父様……いえ、ビル司令」


 エスニックが尋ねる胸の内は、ビルもまた同じように捉えていたのだろう。父が玲也に対して秀斗の息子としてではなく、彼故人を見ている姿勢には、エクスが思わず素の感情を露わにしかける時点で自分ごとのように胸の内で燥いでいる。


「ありがとうございます……これからも精一杯戦います。エクスも同じ姿勢です」

「れ、玲也さ……!?」


 そして、玲也自身も思わず高揚した感情と共にプレイヤーとしてこれからも戦うのだと意気込む。ただ彼が意識していたかは定かでないが、その時エクスを自分の元へと抱き寄せており、父の前で自分たちの熱愛を示すのは流石に気が引けると、胸のドギマギを何とか押さえこもうとするものの、


「それは頼もしいが、私もまだ表舞台から降りられないからね……他にも玲也君と同じように」

「皆それぞれの事情や壁にぶつかりながらも、ここまで戦ってきました」

「そうか……確か、リン君も苦労していたようだね。御両親の事も……」

「い、いえその事はもう大丈夫です。玲也さんもイチもいますから……」


 そして娘以外に玲也とともに戦ってきた二人の事へと、ビルの関心は及んだ。リンがバグロイヤーに両親を殺された身であると触れて、憂いの表情を浮かべながら彼は案じていた。実際の所既に乗り越えた過去であると、彼女は気遣いに感謝しつつも、気丈に振舞っていたものの、


「あたしがニア、ニア・レスティだけど親なんかいないわ!」

「ちょっとニアさん!? お父様に向かって何て態度で!」

「そうだぞ、別にビルさんに悪気があって言ってる訳でもな」

「まぁ、あんた達からすればそう聞こえてもおかしくないわよね」


 ただ、親の話を持ち出された身としてニアは面白いはずがない。実の父へと悪態をつくような態度にエクスは黙っていられず玲也も彼女の無礼を諭す。それでも猶更素直になれない様子でもあり、


「んもぅ、こんなところで揉め揉めしたって面白くないのに~」

「当たり前じゃあ。すまんのぉ……ニアもニアで辛いことがあるんじゃが」

「いや、人それぞれだから構わないよ……確かニア・レスティと」


 別の方向で心配しているリズへ突っ込みつつ、ラルもまたニアの件で謝ったところ、ビルは彼女の態度で特に機嫌を損ねた訳ではないと寛容な態度を示す。ただ、彼女の名前をもう一度口にした途端、何かに思い当たったようで直ぐエスニックへと何らかの話を振ると、


「すまない、ちょっと大事な話が出たようでね……ここから出てもらえないかな」

「な、何か……急ですわね。ビル司令、ここは私が同伴しても」

「これは親子でも上司部下とかの話ではないのだよ。私ももう少し早く思い出してたらよかったのだけどね」

「司令がそう仰るのでしたら……ただ、その」


 唐突に別の話をビルがエスニックへと持ち掛け、親子の再会はそこで一時中断となった。玲也たちがそれぞれ自室へと戻る中、エクスは何等か父へ話すことがある素振りを取っていたが……。

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