第31話「突然!?泣き虫マイを特訓せよ?」
31-1 かくして特訓!インド代表
「ニアちゃん! 将軍も玲也君も怒ってないんだしさ!!」
「早くビャッコに行きませんと、カプリアさん達に悪いですよ!!」
――ニアの個室は鍵がかけられていた。シャルが何度も扉をノックしており、リンもまた彼女がこのまま引きこもって良い場合ではないと説得を試みるものの、
「別に新人のコーチにあたしが来るまでもないでしょ! エクスでも務まるんじゃない!?」
「ニアさん!? 別に私も好きで行く訳でも、あなたを呼ぶ訳じゃありませんわよ!!」
「どうかしら、どうせ何時ものように玲也様~って、どこでも尻尾を振る癖に!!」
ビャッコ・フォートレスから招集がかかった訳は、退院とともに電装マシン戦隊へ復帰したインド代表をコーチする為。実戦へ投入するにあたって、経験がないどころか入院生活でシミュレーターの勘も鈍っている事が危惧されたため。速成での特訓で最低限の実力を備えさせる意味合いで、玲也たちが抜擢されたとの経緯だった。けれどもニアとしてはまるで役不足だと鼻であしらい、エクスを煽っており、
「ニアちゃん! それは今関係ない事ですよ!!」
「そうだよ! 僕だってエクスの方持つわけじゃないけど」
「ただでさえ一番ビャッコの層が薄い。戦いは一人だけでは勝てないからには、ウーラストにも頑張ってもらう必要がある」
この場でエクスを煽るニアながら、リンだけでなくシャルも彼女に非があると口を揃える。玲也もまた、インド代表の実戦投入がビャッコの層の薄さを補えるためだ落ち着いた様子で説く――今までロシア、中国代表の2チームだけと他フォートレスの協力がなければ、24時間スタンバイが可能なシフトは成り立ちそうにないのだと、
「ねぇ……それ本気で言ってるの?」
「当たり前だ。俺だってエクスやリンだけでここまで来れた訳が」
「でも二人いるなら、戦えないあたしなんてお荷物でしょ?」
「そんな! 別にニアちゃんがそうだと思って……」
其々が手を取って助け合う電装マシン戦隊の結束に自分は入っていない――ニアが卑下する様子へリンが少し慌てて、彼女の思い込みが大袈裟だと諭そうとした所、彼女を制止させるように手を払う。静かに首を横に振れば、リンとエクスが互いに顔を見合わせ、少し申し訳なさげにゲートへと向かいだす。
「れ、玲也君……まさかだけど、その……?」
「暖簾を腕で押すようなものだ。こう信頼されてないならな」
「で、でも! そんな事したらマルチブル・コントロールは……」
「どのみち今すぐには無理だ……ニア!」
ニアへの説得を断念したのではと、シャルは少し玲也へ慌てた様子を見せてもいた。だが玲也は動じる様子はなく、扉に背を向けたまま彼女へ呼びかけ、
「お前一人の為に、時間は無駄にできん……そこまで意地を張るなら分かっているな」
「わ、わかってるわよ! べ、別にあんたが好きで拗ねてる訳じゃないんだから!!」
「それなら俺からもこれ以上は言わん。好きなだけ引きこもっても閉じこもっても構わん」
突き放すような玲也の言動へ、ニアは何時ものように強がっている節があれど、どこか声が上ずっていた。そんな彼女の本心を知ってか否か、彼の姿勢に変わりがないように見えたが、
「ただ、お前がその気なら俺は何時でも受け止める。それだけの覚悟はある」
「……!!」
「パートナーに変わりはない事だけは忘れないでほしいからな、シャルお前も深入りはしないでくれ」
「そういわれてもちょっと困るけど……玲也君とニアちゃん達の問題だもんね」
玲也として今は好きなだけ、ニアに考える時間を与えようと判断を下す。自分が必ず答えを見つけ出すと、余計な心配をする必要はないとシャルを気遣っていたものの、どこか彼女は今の玲也を直視する事が出来ないままだった。
「あんた……あたしはもうまともに戦えない、空っぽなの分かって言ってるの!?」
玲也の足音が聞こえなくなってから、ニアが一人ドアに背中を預ける形で崩れこんでいった。ブレストをまともに制御できなかった事を負い目としていた背景には、彼女自身空虚ともいうべき自分の過去を戦うことで忘れ、補わんとしていた為。エクスやリンと違って過去がない自分は戦いしかない――その希望が潰えてしまった事が彼女を窮地へと追い込んでおり、
「なんであんたはそんなに優しいの!? エクスにも、リンにも……あたしにもさぁ!!」
思わずオレンジ色の照明めがけて、ニアが顔を上げながら叫ぶ――張り裂けんとする彼女の胸の内が、涙交じりで声となって空間を叩きつけていった。
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「それでニアがいない……それは分かったつもりだが」
「その二人が一緒なのが私にはわからないわよ。代わりのつもり?」
「いや、二人ともいつの間についてきました」
――ビャッコのリフレッシュ・ルームにて。ニアが欠席の事情に関してカプリアは納得したようで何も問う事はしない。しかし一人足りないどころか一人予定より多い事をコイは指摘する。真っ先に彼女が突っ込むであろうと、玲也も即座に答えを用意していた訳だが、
「火のないところに煙は立たないって言うだろ? 休んだ分はしっかり目立つからよ」
「貴方はそういいますけど、休んでいた間色々ありましてよ」
「それより、あんたスタンバってたほうがいいんじゃ?」
「コイさん、しっかり“働く“とは言ってないですから」
まるでカメラ目線でシーンが、アピールを続けているが、休むボケが抜けていない故か彼の言動に緊張感はない。別に呼んでもいないなら控えに回した方が良いとコイが確かめるものの、彼が働くより目立つ事にウェイトを置いているのだとリンによって気づかされた瞬間、彼女は頭を抱え、
「全く……クレスロー以下の馬鹿と一緒で可哀そうで貴様も困ると思うが」
「困る~?ステファー困ってる事あるの~」
「なら、私でなく奴に言えば……足ばかり見ているようだが?」
ステファーはシーンに振り回されているのだろうと、一応彼女の話に耳を傾けるサンだが――彼女の指は自分の影を指し、さらに自分の足元にも視線を挙げれば、
「やっぱり~ステファーの影薄くないのに~変だな~」
「……馬鹿だ、貴様も奴も馬鹿の殿堂入りだ」
ステファーとして、ウィンやイチから指摘された事を一応は気にしている様子。だが影が薄い意味を明らかに勘違いして捉えており、彼女の勘違いがあまりにも低レベル過ぎる事から、サンですら壁にもたれかけて脱力していた。
「べ、別にお前たちはスタンバってもいいぞ。俺達だけでもどうにかなるから」
「なんだよ、俺だって手合わせしたいから来てやったのによ」
「いや、シーンさんが勝手についてき……」
「「すみません、遅くなりました!!」」
流石の玲也も、オーストラリア代表の二人を引き返させようと打診していた。シーンとしてインド代表の腕を知りたいと一応まともな理由を明かしていると、3人の姿が向かい角から現れ、
「こうして玲也さんと直接会う事は、多分初めてですね」
「アンディさん、テディさん……見舞いにもろくに行けないままで申し訳ないです」
「いえ。玲也さんがプレイヤーとしての使命を優先されるのも当然です」
「あ、あの……羽鳥さんが私たちのコーチで」
オレンジと茶髪のツートンカラーで揃えられたこの双子――テディとアンディがほぼ全快した様子を見せていた。二人の回復に玲也は安心を覚えつつ挨拶をかわした時、双子に隠れるよう、ピンク色のツインテールを靡かせた彼女が恐る恐ると、玲也がコーチかと尋ねる。同時に双子も何らか思う所があった様子で、互いに顔を合わせて意思を確認すると、
「僕たちの先輩としてコーチしてくださるのでしたら、畏まらなくても大丈夫です」
「……何?」
「僕たちが1つ年上ですが、プレイヤーは年功序列ではない筈です。僕たちが偉そうな事を言えないかもしれませんが」
「玲也さんはカプリアさんやマーベルさんと同じ立場ですから、僕たちには堂々と振舞ってほしいです」
インド代表の双子が自分より僅かながら年上であるため、玲也は敬語を使って接していた。けれども彼らからは、プレイヤーたちの腕や経験に年齢は関係ないとの指摘された瞬間、一理ある意見であると気づかされた。少し気が弱そうで、内向的な雰囲気を漂わせている双子だが、彼らの芯は見た目以上に強いのだと確信し、
「いや……わかった。そう捉える事にしよう」
「ありがとうございます、精一杯頑張ります!」
「玲也さん達から多分参考になる所が多いかと思います。マイさんも学んでください」
「ふ、ふぇ……じゃないや、はい!」
年の差で生じる敬意を今は抑え、対等な立場で玲也が接した途端にアンディは固い握手で彼の心意気に堪える。実質的な初対面ながらも互いに意気投合している様子の二人を他所に、テディもマイへ玲也の元で学ぶ必要性を説くものの――どこか彼女は眼を逸らしているようにも見えた。
「自慢しているかもしれないが、二人ともうまく連携が取れていて伸びしろは十分ある。ウーラストの特徴ともかみ合ってな」
「多目的汎用型としてイーテスト以上ですが、二人で役割分担をすれば十分対応できますからね」
カプリアが評する通り、テディとアンディは双子としての連携、役割分担を設ける事でプレイヤーとしての腕を底上げさせている。彼らのハードウェーザー・ウーラストが異なる武装が設けられた7つの腕を換装することで、様々な戦局へと対応しうる。3形態への換装を誇るイーテストの倍以上ともいえるハードウェーザーだが、
「プレイヤーとしての腕より、マイが戦いを恐れている……腕が良くてもそれをハドロイドが追い付けないとなればな」
「うぅ……」
「ちょっとサン……って言いたいけど、まぁ私たちにもあまり時間がないからね」
マイがバグロイヤーとの戦いに恐れを感じ、思うように制御できない事こそインド代表が実戦投入されることを阻む最大の要因であった。コイの言う通りビャッコがロシア、中国の2チームだけで回すにも限度があり、早急にインド代表を戦力としてカウントできる体制を作らなければならなかったのだ。
「確か貴方はオーストラリア代表の……」
「……確か男の方ですとそこにいるイチさんとサンさん、ドラグーンのリズさん、ヒロさん、ビャッコのムウさんと」
「あれ? 誰か分かりますか?」
「いえ、僕もどうもわからな……って!」
アンディとテディの視線にシーンが入ったものの、オーストラリア代表の所までを思い出す時点で精一杯でもあった。すると頭に血がのぼったようにシーンが二人の胸元を掴みあげ、
「何でこんな事……また忘れてるのかよ、あんた達はっ!!」
「忘れてるも何も、初めてでしたわよね!?」
「二人が怪我でもしましたら、洒落になりませんよ!!」
シーンがドスを効かせた声で威喝しようとした瞬間、後頭部をエクスが思いっきり彼を殴りつけた。ハドロイドが人間に手を挙げる事が御法度であり、彼の手から解放されたインド代表を案じながら、リンも流石に少しキツい口調で叱りつけるものの、
「殴りたいのなら別に構わないけどよ! けど俺は間違ったことはなぁ!!」
「ご、ごめんなさいシーンさん! テディ君もアンディ君も悪気があって……」
「流石、綺麗ごとのように謝るのは……ってシーンさん!?」
「は、はい……シーン・シュバルカーフさんですよね?」
二人に叱られようとも、ヘソを曲げているシーンだったものの――マイの謝罪を通して彼は180度態度を変える事となる。念のためにと言わんばかりに彼女は丁寧に自分のフルネームを口にしており、
「俺の事マイちゃん覚えてくれてる!ステファーだけじゃなかったんだ……!」
「……ニアさんがいませんと、こうも貴方の対応に疲れますのは分かりましたわ」
「……確か、玲也だけで務まると言っていたが」
「いえ、目を離す何するか分かりませんので俺たちが見てます」
マイの何気ない一言のお陰で、シーンは感極まったように恍惚した様子だったものの、エクスだけではなく、カプリアですら彼らに引き取ってもらうよう玲也へ打診していた。それでも猶更不安を感じたのか、彼は仕方なしに二人の面倒を見る意思を明かした後、
「玲也も―、ステファーの事気にしてるー?」
「き、聞こえたか。済まないお前の事ではないが……」
「ほらー、玲也の影もステファーより薄いよー」
「何……」
ステファーに自分の話が聞こえてしまったのか、彼女に尋ねられると共に少し慌てた様子で、彼女は該当しないと否定する。けれども彼女は怒るどころか平然とした様子で、彼の足元を指さす。ちょうどリフレッシュ・ルームの電灯が切れかかっている場所に彼は突っ立っていた為であり、思わず玲也も言葉を失ってしまっていた。
「入院中でも、こうしてリハビリを続けられていたのですね」
「はい、メルさん特製のコントローラーで少しでも……ブランクがある事に変わりはないのですが」
「ステファー、このコントローラーでも動かしてみたい~」
「多分ステファーさんのポリスターとも、ペアリングできる筈です。どうぞ」
一方テディとアンディはカバンから取り出したコントローラーをリンへ見せた。だがコントローラーに関心を抱いたステファーへアンディが手渡した瞬間、
「待ってくださいまし! ステファーさんにコントローラーを渡されては!!」
「ステファーさん、確かプレイヤーとして二重人格と聞きましたが」
「まさか普段もコントローラーを持たせたら……あの、もしかして、もしかしたらですが?」
エクスが事の重大さに気づきいて双子へ問いただす。彼らはステファーの二重人格はあくまでプレイヤーとしての一面だと捉えていた様子だが、彼女がその場で立ち止まっている事から、アンディは実際不吉な予感を察知した。早速彼女を落ち着かせようとしたが、
「ひゃっはー! こういう病気は荒療治に限るんだよなーこれが! おい、とっととバトろうぜー!!」
「嫌ぁぁぁぁぁぁ! 助けて、リンちゃん! 何か凄い私怖いの! この人おっかなさそうで何されるか!!」
「マイちゃん! もしもの時は私がちゃんと止めるから、とりあえず一緒に行きましょう!!」
ステファーが強引にマイの腕を引っ張っりだした。気の抜けたような表情が一変して、目が血走っている今のステファーが明らかにただ事ではないと、マイが泣き叫んでいたが、彼女がシミュレーター・ルームへと向かわなければ話が始まらないのも事実である。リンは二人に同伴してマイへ万が一の事態が来ないことを祈るのが精一杯だった。
「何やってんだよステファー! マイちゃん泣いてるだろ!!」
「てめぇはステファーかマイ、どっちの味方だぁ!?」
「お、俺は俺の名前を忘れない人の味方だ! だからマイちゃんもその……!!」
「シーンさん、僕たちの問題を余計ややこしくしないでください」
「あの人、いつもこうなのですか……?」
「……やはり二人とも連れてこない方がよかったかもしれない」
“シーンがステファーと別にマイへの関心を持っているとの事は、双子からも察し始めていた。その結果、彼が余計状況を悪化させかねないと警戒心を抱き始めていた事を玲也は否定することはしなかった。それはともかく、この物語は若き獅子・羽鳥玲也が父へ追いつき追い越すとの誓いを果たさんと、抗いつつも一途に突き進む闘いの記録である“
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