30-6 ラグレーよ、優しき胸に泣け!

『ロット兄さんを唆したのは父上でしょう! 逆に頼られたのもあり得るでしょうが!』

「わしが焚きつけた証拠でもあるのか! ロットが勝手にやったにすぎん!!」


 ――現エジプト大統領ロナン・ゼブラの執務室にて。電話越しにロディが自分を糾弾する内容はロットが引き起こした騒動を指す。既にアフリカ支部が壊滅したニュースはエジプトへも行き届いており、バグロイヤーのスパイを引き込んだ疑いをかけられる形で、ロットとベルディは逮捕されたとの内容で報道されている。

 特に次兄のロットが主犯として報道されているが、ロディはロナンが真の首謀者ではないかと糾弾する。既にロナンが自分へサンディストを担ごうとする野心を明かしていた為だが、当の本人は次男が暴走して独断でやらかした事と、電話越しに少しひきつった表情で頑なに主張しており、


『……どうしてもロット兄さんが勝手にやった事にするつもりですか、父上!』

「くどいぞロディ! 所詮貴様もプレイヤーの恥さらしの癖に口だけは偉そうにして!!」

『自分から戦おうとしない父上や兄上よりは立派なつもりですよ、余は!!』

「き、貴様……もし戻ってきたらどうなるか!!」


 この事件があろうとも、ロナンが三男坊をゼブラ家のお荷物として見る目が変わる気配はない。思わずロディは父へ啖呵を切った――安全な所でぬくぬくしているだけの家族よりはマシではあると。不肖の息子がこうも自分に楯突く様子へ思わず歯ぎしりをしているが、


『余はもうゼブラ家の人間ではありません! 父上も兄上も赤の他人だ!!』

「お、おい! 貴様本気で……わしは何もしていない!!」

『ロット兄さんが悪いのでしたら、彼のせいです。ゼブラの家がもう余には信じられなくなりました!』


 さんざん罵ろうとも、ロディが自分から縁を切ると言い出した時だった。目が見開きながらも自分の責任ではないと一点張りするものの、先ほどまでの覇気は彼から失われつつあった。気弱になりながらも自分の責任だと認めようとしない父へ折れる形で、ロットの責任だという事にした。その次兄が釈放され、互いのこじれを取り持つようなことがあれば考えても良いと触れつつ、次兄はこの一件で自分を許そうとはしない事も付け加えており、


『父上、まさかこの出来損ないの不肖の息子でも家に戻ってきてほしいと』

「だ、誰がお前をそこまで買うか! ロットに貴様が協力してやれ……」

『もうこれ以上余が話しても無駄のようですね……ロナンさん』

「ま、待て! わしはロットの事は何も知らんと……くそ!!」


 一瞬躊躇したような父の本心を確かめようとロディが試みたものの、彼は父親かつ現大統領としてのプライドが上回ってしまったのだろう。すぐさま不肖の息子として高圧的に接し、ロットとの縁まで口を滑らせかけていた。結局相いれないのだろうと悟り彼が電話を切った後に、慌てて宥めようとした時は既に遅かった。思わず感情的になって、受話器を床目掛けて叩きつけ、


「ロットめ、せめてボーガンとかいう司令のように死んでさえいれば!!」


 キュリスに射殺されたボーガンは、アフリカ支部が壊滅すると共に名誉の戦死と美談のように取り上げられている。命が奪われる事がなかろうとも、逮捕されて生き恥を晒すような次男に対して、美談の為に命を落とせと一人詰る。父親にあるまじき事を口にしているが、


「ゼブラ家の人間はどうしてこうも! 無能の癖にわしに楯突き、わしに頼っては失敗してと……あぁもう」

「そんなに貴方は息子が迷惑と……?」

「そうだ! どいつもこいつもわしの足を引っ張る屑ばかり……ってラーツ、お前か」


 執務室の扉を開けた人物は、中年太りが目立つロナンと異なり、2m近くの屈強な体格をスーツに包む強面の男。息子の至らなさを悉く詰る彼に対して、淡々と接していたものの、その顔を目にすれば少しバツの悪そうな顔で大人しくなる――ラーツと呼ばれている男こそ、ゼブラ家の長男。ロット以上にエリートの道を歩む彼は、ロナンの秘書として仕えている身であり、


「奴から縁を切るといったなら、別にそれでいいはずでしょう。それで奴が花形になる訳でもありませんし」

「た、確かにそれで強くなれば苦労しないからな」

「奴のような屑は、どうせつまらない戦いで勝手にくたばりますよ。赤の他人でしたらどうだっていいじゃないですか」


 部屋に足を踏み入れた時は仏頂面をしていた筈だが、口を開けば彼もロディを出来損ないの弟と見なして、彼から絶縁を申し出た事も都合が良いと捉えていた。何らか踏ん切りがつかない様子の父以上に、辛辣な目彼を見ている節もあり、


「奴もですが、ロットやフレークもです。どうして私の足を引っ張らないと気が済まないのか」

「フレーク……あいつが何を!」

「聞いてくださいよ、何かニュージーランドへの留学を考えてましてね」


 末弟のフレークまでやらかした事に対して、ロナンが狼狽える。双子のロディと異なり、自分たちの示したレールから外れることなくエリートの道を歩んでいる。その上末弟として可愛がっていた節もあった為である。

 ラーツが言うには、ニュージーランドへの留学を志す理由に問題があった。それもオークランド島にて、ゲノムの人々との共存を自分事として考える必要があるとの事。エジプト政府に君臨するエリートの道を自ら放り出さんとしており、


「私が寸での所で止めましたが……父さんも何とか言ってやってください」

「わ、分かっておる! しかし今の地位の事も考えたらな」

「あいつ迄迷惑をかけるなら……もう勘当だ!!」


 一応彼なりに末っ子としての愛着があったのか、フレークまで自分の手が届かない所に行こうとしている事へロナンが思わず頭を抱えてしまう。ロットの失態から自分の政権存続にも深刻な影響が出ようとしている事への危惧もあり万事休すに近かった。手一杯の父に代わりラーツは自分が強く言い聞かせ、最悪絶縁も検討すると飛び出したが、


「どうしてこんな事に……わしにはわからん、なぁ」


 執務室で一人ロットは写真立ての中に写された人物へと語り掛ける――その人物は今とさほど変わらない外見の自分へと甘え縋る女性の姿があったものの、彼女はロディとさほど年齢が変わらないようにも見えた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「……貴殿がヒロさんと一緒ではないとは。珍しいな」

「ロディの兄ちゃんこそどうしたっぺ、元気がないだべよ?」


 ナイロビからドラグーンは安全圏へと離脱し、オークランドで十分な修理と補給を受けるための航路をとっていた。陽が落ちる中、アフリカの景色が遠ざかりつつあり、ラグレーが一人デッキでその景色を眺めていた事をロディは気づき、彼の元へと歩み寄る。振り向いたラグレーの顔つきは戦いへ赴いた後故か、少し元気が鳴りを潜めている様子だったものの、


「貴殿こそその……どうして何時ものようにだな」

「おいら元気じゃないっぺよ! ロディの兄ちゃんが元気じゃないからだべ!!」

「……貴殿に余の身の内を話してもだな、まぁ良い」


 ロディには何時ものラグレーに見えたのだと接するも、彼は自分の胸の内を見透かしているように少し怒り気味にもなっていた。自分が彼のように元気が有り余ってなければならないのかと、少し呆れていたものの――ロディはゼブラ家の人間として縁を切った事を明かす。まだ幼いラグレーが自分の身の内の葛藤を把握しているかはともかく、極力彼なりに分かりやすい言葉で説明を加えると、


「つまり、ロディの兄ちゃんも父ちゃんがいないって事だべか?」

「そうなるな……貴殿がこうも強くある事が羨ましい」

「おいらにはゴローやピーコがいたから、父ちゃんがいなくても寂しくないっぺ! それに爺も……」


 ロディが家族を捨てた事をラグレーは自分と同じ境遇にいるのだと、幼げに見なしていた。自分と打って変わって、ラグレーが常にガッツとバイタリティにみなぎっている事をロディはうらやむものの、彼にとって動物たちだろうとも親のようにたくましく育てられた事が今に至っており、済む世界が違うのだと苦笑していたものの、


「ロディの兄ちゃんだって、アグリカ姉ちゃんがいるっぺ。おいらと……あれ」

「確かに彼女は良く支えているが……どうした急に首を振ってだな」

「違うっぺ、爺とアグリカ姉ちゃんは違うっぺ……」


 ラグレーとして、ロディとアグリカの関係が自分と爺と似たものであると最初触れようとした。幼いながらもロディが気を落とす事はないのだと、彼は励まそうとした矢先、急に言葉が止まって顔を俯せてしまった。さらに顔を横にまで振り出した事にロディが慌てていた所、


「母ちゃんはどうだべか……父ちゃんと違うっぺか」

「なっ、今度は父上でなく母上の事か……」


 父親となる人物に会おうともラグレーの心は傾くことがなかったものの、母親に対しては慕情を募らせていた様子だ。急に母の話を触れられれば、10年以上前に病で世を去った母の姿が脳裏によぎるが、


「あの頃はまだ幸せだったかもしれない……ロット兄さんはまだ面倒を見てくれてな」

「母ちゃんがいたからだべか……?」

「母上が私たちの面倒を見てくれていた頃は余も別に威張ろう……おい!具合でも悪いのか!?」

「おいら母ちゃんを知らないっぺ、母ちゃんが分からないから寂しいんだべか……?」


 ロディがまだ幼い頃、自分を他の兄弟を分け隔てなく接していた相手は自分の母。彼女が斃れてから自分は防波堤を喪ったようなものであり、父によって兄弟と引き合いに出され続けた結果、虚勢を張らざるを得ない今へと至っていた。

 そんな過去にロディが浸っていた途端、ラグレーが顔を床へと俯かせて足元へ池を作りつつあった。顔も声も一片たりとも覚えておらず、二度と会う事もないであろう母へ想いを馳せると同時に、幼い彼の防波堤もまた崩れだし、


「な、泣くな! 余は貴殿をどうすれば……」

「こうしてやるんだよ!」


 ラグレーをあやす術が思い浮かばず、慌てふためいてしまっているロディを他所に、アグリカは後ろから暖かく弟のような彼を抱擁する。彼女のたわわな胸が自分のうなじへ当たった瞬間、


「どうだラグ坊~おっぱいはまだ出ないけどなー」

「アグリカ姉ちゃん! おいらおっぱいはもう吸ってないっぺよ!!」

「たはは……流石に子ども扱いしすぎたか。でもまぁ聞いてくれよ!」


 アグリカへ特に懐いているラグレーだったものの、今母親のように彼女が接している様子には珍しく恥じらいを感じてムキになっているようなところがあった。はねっかえり彼に弟のような面影を感じたようで彼女は快く受け止める、既にヒロも傍に控えており、


「ラグ坊は家族がいっぱいいるんだぞー、ヒロさんもあたしも、ついでにロディもな」

「つ、ついでにとは、余の扱いが軽いようだが」

「アグリカ姉ちゃん? ロディの兄ちゃんが家族だっぺか」

「ほら、ラグ坊はあたしらを姉ちゃん、兄ちゃんって呼んでるだろ?」


 アグリカが自分たちがラグレーの家族であると評し、彼が普段兄ちゃんや姉ちゃんと他の面々と接している様子が家族として接しているのだと気づかさせる。同時にヒロに彼女が目で合図をしており、


「おぉ、私とした事が気付きませんでしたぞ。若にはたくさんの家族がいらっしゃったとは」

「爺! なら爺もおいらの家族だっぺか!?」

「勿論ですぞ。その私めから若にお話ししたい事がございましてな……」


 ヒロもアグリカの芝居に合わせるように振るまいつつ、ラグレーの肩へ両手を添える。その時主君を見下ろす執事の顔は、柔和ながら真摯に青い眼差しを向けており


「若も少しずつ大人になられてます。私としましても大変喜ばしい限りです」

「大人……? おいらが爺みたいになるっぺか!?」

「それはまだ私も存じてませんな。ですが大人になる事は辛い事もありましてな……」

「ヒロさん、ラグレーを励ましてるのか脅してるのか……」

「とりあえず黙って聞け、ヒロさんを信じろよ」


 実の父の本性を知らされ、彼から利用されようとしていた仕打ちに直面しながらも、ラグレーはへこたれずに戦い抜いた。自分の見込み以上にラグレーの成長が著しいのだと彼は心から祝福する。同時に成長するに伴う痛みを触れている様子に、ロディが少し不安めいた表情になるものの、アグリカが彼を落ち着かせ、


「辛いだけで逃げてはなりませんが……今の若は思いっきり甘えてよいのですぞ」

「甘えるってアグリカ姉ちゃんにだべか?」

「ほらーこっち向け―、一緒に風呂入った時みたいにさー」

「何か恥ずかしいっぺ……それに、照れるっぺよ」


 アグリカへ気が済むまで甘えてよいとの許しを得たものの、ラグレーは彼女に対して何か躊躇したように目をきょろきょろさせ、体中をもじもじさせていた。けれどもアグリカはそんな小動物のような彼の仕草にますます心を許し、ハリネズミのように尖った頭髪へそっと手を添えて撫でまわし、


「姉ちゃん、アグリカ姉ちゃん……!」

「いいぞ、母ちゃんって言ってもさ」

「おいら、母ちゃんの事わかんないっぺ……けど!」


 生じつつあった恥じらいや躊躇いを吹っ切り、ラグレーは抑え続けていた感情を爆発させるようにして泣きだした。アグリカが母のように彼女を抱き寄せて頭を撫でる。ロディも気のせいか目じりを拭っていたが、


「おいおい、お前迄母ちゃんが恋しくなったのかー?」

「よ、余はもう二十歳だぞ! ぬくもりが恋しい年は既にな……」

「まぁまぁ、ちょっくら揶揄っただけなんだしさ」

「左様、ロディ様も御立派でしたぞ」


 ヒロが称賛するように、ロディもまたゼブラ家の人間である事を捨て去った。それも一人のプレイヤーとして独り立ちする決意の表れであり、先ほどまで揶揄っていたアグリカは、気のせいか顔を少し赤くしており、


「折角つまらないプライドを捨てたならさ、その分も腕磨けよなー」

「よ、余計なお節介だ! 余もやるからには真剣だ!!」

「まぁ、あたしも手伝うからよ。後はその言葉遣いかなー」

「これは元々だ……それこそ関係ない話だ」


 いつものような軽口でロディと接しており、ロディもまた尊大な言動だったものの少し照れるように視線を逸らしていた。3人をヒロが見守りつつ、デッキの出入り口にはまた別の二人の姿があり、


「ロディさんもラグレーも立派だ……俺は父さんを拒めないが」

「確かにそうじゃが、別にそれでおんしが悩む事はないぜよ!」

「えぇ、俺は俺の意思で父さんと決着をつけるために戦ってますからね」


 家族の要らぬ干渉を振り切り、プレイヤーとして自立の一歩を踏み出したロディとラグレーの姿が一回り大きく見えた――玲也として逆に自分が父を求めるために戦っている事から、卑小な存在ではないかとまで見なした時に、ラルは彼の考えすぎであると背中に張り手をかましつつも激励する。ヒリヒリとする背中を玲也が思わず抑えていると、


「リズもいっちょったが、わしもおんしらも十人十色、いっさん大きくなるのも同じじゃのぅ!」

「ありがとうございます……そうですね、俺は自分の選んだ道を行くまでです」


 玲也としては、父の背中を乗り越える約束を果たしてこそ一皮剥ける瞬間なのだと自分へ言い聞かせる。アフリカの二人へ称賛をしつつも、自分は選んだ道を成し遂げる迄と強く誓った。同時に4人の姿を両眼に焼き付けている中で、


(もしパートナーが一人なら、俺も心が通い合うのだろうか……)


 ロディとアグリカ、ラグレーとヒロ――エジプト、ケニア代表の二人の心は、距離を狭めていき、互いの信頼も強固なものになろうとしている。玲也が素晴らしいと心の内で称賛しつつも、同時に自分たちが今ギクシャクとした関係が改善されないままの現実が、彼の顔を確かに曇らせた。もし自分のパートナーが一人だけならば、こうも心を砕く必要がないのではと一瞬考えかけた所、


「もしよろしければ、こちらへ来られませんかー?」

「そうじゃのぉ、ラグ坊も頑張っちょったからお祝いじゃあ!」

「流石ラルさん、玲也もあたしのおっぱいが欲しいのか~?」

「それは違いますよ……全く!」


 ヒロが手を振りながら自分たちを呼んでいる事に一瞬過った玲也の思惑は雲散霧消となった。ロディのように自分がアグリカに揶揄われた事に対し、口では怒りながらも顔は少し苦笑した様子でラルの後を追う。


(今は焦ったらダメだ……俺には俺の向き合い方がきっとある筈だ)


 マルチブル・コントロールを会得する前に、まず自分たちの関係を修復しなければならない課題がある。けれども、今は自分の胸の内で疼く焦燥と不安の感情を沈める事が最優先であると、玲也は密かに自分へ言い聞かせていた。


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次回予告

「相変わらずギクシャクしている俺達に、将軍はビャッコ・フォートレスへの出向を命じた。それも退院したインド代表を実戦投入へ向けて調整する為だが、マイは実戦に参加する事を強く恐れていた。だがビャッコに有毒物質が仕込まれて、俺やコイさん達も倒れてしまった!さらに猛獣軍団が攻めかかり……ウーラスト、頼りはお前だ! 次回、ハードウェーザー「突然!? 泣き虫マイを特訓せよ!」にネクスト・マトリクサー・ゴー!」

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