22-4 決着! 勝利へとどけ、ダブル・シュート
『たぁぁぁっ!!』
『間合いが甘い! お前の腕も武器として使え!!』
――今から10年ほど遡る。惑星ゲノムのアージェスの地にて、金髪の彼は一頭身ほど背丈の大きい相手との格闘を繰り広げていた。
王家の人間として軽装ながら、互いに高い品性を醸し出す。それにもかかわらず、彼らは手甲をかぶせた両腕で殴り合いのような格闘を続ける。厳密には互いの突き出す腕を相手がその拳で受け流すように受け止め、それぞれの右手には刃渡り10㎝程のファイティングナイフが握られていた。
『攻撃は最大の防御だからな、一気に……!?』
『……っ!!』
白金の短髪の彼は、相手がナイフを握りしめた腕を、手甲で弾いたうえで、強引に右手を前方へ突き出そうとした。しかし、多少強引に相手が前のめりになった上で、エルボーをその右手に向けて浴びせる事で体勢を崩そうと狙った――が、相手が襲い掛かる痛みへ微かに表情をゆがめた。二の腕からは一筋の赤い血が滴り落ちており、
『……待ってろ!』
『な、何をされるのですか兄上! まだ勝負は……』
彼の腕を切りつける事となり、兄上と呼ばれた男は少し慌てた表情でその場から離れて勝負を放棄する。。すぐ芝生に置いた医療箱を持ち出し、左腕の切り傷に慣れた様子で手当てを施す。弟と思われる彼は少し恥ずかしがりつつも、まだ勝負がついていないと指摘するものの、
『ゼルガ、訓練でもそれが無茶だとわからないのか!』
異母兄・マックスが窘めるように叱りつけた相手こそゼルガその人――育ちの良さは変わらないものの、10年前の彼は玲也と同じ年頃。背丈は今の彼より大きくとも、一途さと裏表一体の青さも顔つきには残っていた。
『兄上、模擬戦といえども実戦そのもの、ですから、戦うからには傷がつきます』
『俺がいくら戦いで傷つこうとも、それは名誉の傷と喜ばれる。だがお前が傷つけばどれだけの人がお前を心配するか……』
『それは確かに兄上の言う通りです。ですが傷つくことを恐れる王様が、このアージェスをまとめていくことが出来ますか?』
第二王子ながら嫡子として生まれたゼルガは、アージェスの王位を約束された身であり、庶兄になるマックスは親衛隊としてゼルガの護衛を務めていた。護衛を任された身としてマックスが武術に長けており、ゼルガはその兄を師範として武術の教えを受けていた。
最も、本物のナイフを駆使しての訓練はゼルガの意向によるものであり、マックスは本来寸止めにするつもりが強引に前へ出た弟の左腕に刃を掠めてしまった。だが腕を切られようともゼルガは兄を恨む事もなく、屈託のない表情でその上で自分が望む王としての在り方を忽然と主張しており、
『もし私が兄上の立場でしたら、そのまま王位の話から離れていたかもしれません。ですが私が望まれているのでしたら、出来るだけ頑張ろうと思うのです』
『それで、お前は武術でも俺を超えるつもりか?』
弟が生まれながらにしてあらゆる才能を持った天才――マックスは彼の素質を見込んだうえで王位を託した。弟が王位継承者として胡坐をかく事をせず、あらゆる事を積極的に学んで身に着けて成長を続ける姿に誇らしさを感じていた。最も本心として、自分まで追い越される事は僅かながら複雑な心境でもあった。微かに持ち続けていた兄としてのプライドに関わる事でもあったが、
『兄上を越えられるかわかりません、ですが兄上が私より優れている事はやはり嬉しい事です』
『……出来るだけ頑張るんじゃないのか?』
満面の笑みでゼルガはこう答えた。この問いが先ほどの姿勢と異なるのではないかと少し拍子抜けした様子でマックスが改めて尋ねると、
『確かに高みを目指して努力することは大事です。ですが一番を手にしてしまいますと物足りなさを、何か寂しさを感じるのです……』
身近にいた異母兄に向けて、ゼルガは顔を俯かせ胸の内の葛藤を吐露する。トップに上り詰めた先には何もないとの彼の言葉は、今まで彼が学び身に着けていった得た栄光の証ともいえる。だが同時に、孤高の存在へと自分が化してしまう事を恐れていた様子だ。
『私の前に誰かがいるとただ嬉しくて、もっと頑張ろうと思えるのです。いつかその背中に追いつき追い越したいとも考えていますが』
『少し背中を眺めているだけでも自分のように嬉しいのかお前は……』
『そうです……って、』
生まれ持った才能に胡坐をかかず、より高みを目指していく――それがゼルガという男だが、、トップという栄光をつかむことへの執着心や功名心に対しては淡白な男でもあった。
『兄上、私はもう子供ではないですよ……』
『いいじゃないか……お前の母様のような手はしていないが』
『は、恥ずかしいじゃないですか……』
ただ高みを目指すために誰かと切磋琢磨出来る事が楽しくて仕方がない――それが自分のよく知っている弟だとマックスは彼の頭を撫でていた。弟として、いや幼子として頭を撫でられることに少しゼルガは強がったものの、その強くて優しかった異母兄の元へ、分厚い胸板に顔をそっと寄せている時の顔は安心感に満たされていた。
『ならこの俺を好敵手として目指してくれ。俺も目指されるだけの研磨は続けていく』
『好敵手……はい!』
高みを目指す中で、互いに切磋琢磨し、鎬を削り合う相手を”好敵手”と呼ぶのだろう。アージェスを束ねる王へ即位し、表向き兄と道を分かちバグロイヤー前線部隊の総司令官へ着任した後も、ただ好敵手を追い求めるゼルガの望みは潰える事はなかったが……
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『……済まないユカ、少しばかし考え事をしていたのだよ』
『マックス様の事ですね。今のゼルガ様の様子からおそらくと感じてましたが……』
リキャストをブレストがら後退させる最中、ゼルガはマックスとの日々を微かな時間の中で呼び起こしていた。他の分野で自分が優れていても、武術の腕だけは兄を超える事が出来なかった。それが彼にとって信頼を寄せ続ける事の出来る誇れる異母兄であり、好敵手として自分が追いつき追い越そうとする喜びに触れることが出来る相手でもあった。
『兄上以来だよ、私がこうも熱くなるのも』
自分を追撃しようと追うブレスト――羽鳥玲也というプレイヤーを相手に、自分がこう一進一退の状態での戦いを繰り広げている。リキャストも中破に近い手負いとなっている状況も含め、暫く忘れかけていた喜びを感じつつあった。“不敗のゼルガ“で自分がなくなる事にも、まるで重荷から解放されるような安堵感も漂わせていたものの、
『……羽鳥玲也! よく私をここまで追い詰めてくれたのだよ!!』
「なっ……!」
「何かゼルガの様子が違うんだけど!」
『玲也君じゃないのだから当然だよ! 今の君は私にとっての好敵手なのだよ!!』
ゼルガは胸の内に高まりつつあった歓喜の想いと共に、今は好敵手として玲也に対して吼えた。秀斗の息子でもなく、最新鋭のハードウェーザーを3機操る13歳の少年でもない。不敗のゼルガと呼ばれていた自分に対して、ここまで一進一退の攻防を繰り広げる相手は“玲也”と下の名を呼び捨てにしせせっする――それがゼルガとしての好敵手への敬意であり、
「俺も貴方にここまで勝ちたいとも……楽しいとも感じた事は初めてだ! 貴方が俺を好敵手と呼ぶなら、俺も貴方を好敵手として倒すつもりだ!!」
『倒すつもりではなく……倒すと私に言え!!』
「なら、倒すだけだ……!!」
玲也もゼルガを好敵手として、倒さなければならない敵でありながら信頼と敬意を寄せつつあった。互いに同じ好敵手と認め合ったことにゼルガは口元を緩ませつつも、その想いを抑えこんで今は檄を彼に浴びせにかかる。滅多に見せる事がない激情的な一面に触れると共に、同じ窮地の仲だろうとも、闘争心はぎらつくように燃え上がり、
「貴方を踏み越えて父さんも乗り越える! その
『それでいいのだよと言いたいが……!!』
自分を乗り越えていく信念を玲也が示した――ゼルガの胸の内には彼を賞賛する想いと共に、猶更そこで簡単に道を譲る訳にはいかないと決意させるに至る。リキャストのエネルギーも既に半分を切っており、ここで決着をつけなければいけないと、ユカへ目配せを行った瞬間だった。
「玲也、横よ……!!」
「この反応は……まさか!!」
ブレストの脇腹を目掛けるように、衝撃波の塊が直線状に叩きつけられようと解き放たれた。ニアの声と共に、多少慌てつつブレストはその地に両足を着かせて回避する。
その上で二発ほど同じように自分を目掛け、同じ攻撃が襲い掛かった為、攻撃をよけつつその攻撃の出元へと向かうと、被弾の痕跡が見られないリキャストの姿が微かに捉えた時――玲也が思い出すと共に、彼への警戒が至ってなかった自分が迂闊だったと歯ぎしりをしてしまう。
『ごめんなさい玲也様、既に忘れられていたかもしれませんが……』
『私にまだ勝機がある……そういう事だよ!』
ミラージュ・シーカーによって生成された実体のある分身には、電次元ソニックを託されていた。ゼルガにとって切り札になる電次元ソニックは万が一の事態に備えて預けており、ここまで持ちこたえたのも、リキャストが本物の自分自身を囮として果敢に攻め立てた事に起因していた。
「早く! 早く 電次元ソニックを潰さないと!!」
「わかっている……間に合え!!」
ブレストはやみくもに突撃を仕掛ける事しかできなかった。両腕を失い大半の武装を潰された彼にとって、アイブレッサーと両足に内蔵されたカウンター・ジャベリンしか残された武器はない。電次元兵器が今の自分にとって脅威になりかねないと捉えた上での行動だったが、
「自分から向かってきたわ!」
「ちっ……!」
分身としてのリキャストは逆に自らをなげうって特攻をしかける。アイブレッサーを放って迎撃まで仕掛けられたことから、ブレストも同じ手段で返り討ちにする。実体のある分身としても強度は本家と比べ物にならない程脆いリキャストの分身は目の前で砕け散るが、
「……こんな時に、こんな時にエネルギーがないなんて!」
「ゼット・バーストだ……その一撃に賭けるしかない!」
高速で間合いを詰めようとしたブレストに対し、限界を示すようにブザーが鳴り響いた。コクピットの室内が赤く点灯すると共に、これ以上の飛行は困難とやむを得ず地に足を着こうとした瞬間であった。先ほどの位置にリキャストが再び姿を見せる――電次元ジャンプで先を回りこまれたのだ。
『ゼルガ様、もう残り僅かですが……』
『ソニックのエネルギーは尽きてないのだよ。残り全てのエネルギーを叩きこめば一撃で仕留められるのだよ!』
リキャストのコクピットにもブザーが鳴り始めており、二度目の電次元ジャンプで残されたエネルギーは1割を当に切っていた。
それでもゼルガに勝機があると確信していた背景として、電次元ソニックのエネルギーがカードリッジ式であり、本体からのエネルギー供給が必要ない点であった。威力を調整できる観点から分身のリキャストに電次元ソニックを放たせたのはあくまで囮に過ぎない。先ほどまで何発かお見舞いした事もブレストに電次元兵器の脅威をちらつかせる形でおびき寄せて、先にエネルギーを消耗させる為の一手に過ぎなかったのだ。
「ゼット・バースト……!!」
「でも玲也、電次元フレアーはまだ届かない筈!!」
すかさずL1、L2、R1、R2の同時押しと共に、左右のスティックを玲也が押し込んだ瞬間、ブレストの眼光が赤く解き放たれた。その上で徐々に地に伏したブレストの体が起き上がるものの、既にリキャストの手に電次元ソニックが握られ始め、照準を定めて発砲せんとしていた。
ゼット・バーストを発動させても、電次元ソニックの一撃に耐えられる保証はなく、そこでエネルギーを使い果たしたら負けとなる。最後の賭けに踏み込んだ玲也自身の目に迷いが残されていた所、
『駄目よ! 君はこういう時に直ぐ電次元兵器に頼ろうとするから』
「レイン……さん!?」
間合いを強引に詰めてリキャストへ電次元フレアーを至近距離で浴びせるか――玲也の脳裏にその考えがよぎった瞬間、聞き覚えのある声が彼の頭に届く。レイン・デゴートというサウジアラビア代表の彼女が、今こうして自分を窘めたのは幻聴か、微かに迷いが生じるも、
『羽鳥さん、私の事を覚えててくれてありがとう……だから!』
「その声はポー!」
「ポー!? ちょっと玲也、ポーの声ってどうしたのよ!!」
『信じているぞ……自分が後を託したイチを君が救ってくれたなら!』
「ジャレコフさん……そうだ、こういう時は……!」
ポーとジャレコフ――今は既にいない彼らの呼び声が玲也の元に届くと共に、玲也の頭の中で次にどの手を打つべきか、彼らの幻聴が自分の耳へ届いたことと重ねつつたどり着いた答えは、
『玲君! カウンター・ジャベリンだよ!!』
「ベルさん迄……みんな、信じるぞ!!」
ベルの呼び声に背中を押されたように玲也は決心を下す――両膝に収納されたカウンター・ジャベリンに全てを託すのだと。志半ばで倒れたサウジアラビア、ニュージーランド代表の想いを背負っていたジャベリンが倍以上の速度で射出されると
『電次元フレアー……ではない!?』
『ゼルガ様、まさか!!』
『そう来たか……そう来たか君は!!』
ブレスト最後の攻撃と同時に電次元ソニックが放たれたものの――だが、すぐさまユカはこの攻撃が想定外のものとして、ゼルガへ叫ぶように報告する。
実際、電次元フレアーを窮地に立たされた玲也は使うであろうと彼は予想していたのだろう。その彼が、今コントローラーを地に落とし、激しく震え上がる後姿が自分のペースが根本から乱れ、崩れていく瞬間に直面しており、
「あんた、電次元フレアーじゃなくて……」
「カウンター・ジャベリン、ダブルシュート……ここで焦ったら負けになる!」
この状況下で、電次元フレアーを選ばなかった点でニアは思わず目を丸くした。ただ既に一度電次元フレアーで裏を掻かれて窮地に陥った失敗も犯している。実際呼びかけられることがなければ、同じ手を繰り返していたと触れながら、彼らの想いを継ぐカウンター・ジャベリンに全てを賭けたとの事であり、
『あぁも早く飛ばれましたら……ゼルガ様!』
『電次元ソニック・一点集中だよ!!』
コントローラーを手にする余裕もなく、音声入力でゼルガは迎撃に入った。、電次元ソニックは収束率を限界まで高めて一点突破の衝撃波として打ち出された。ゼット・バーストによる出力を駆りて、カウンター・ジャベリンそのものが高速の質量弾として射出されたのならば、その方法で潰さない限り直撃を免れないと見たのだ。
出力と収束率を極限まで高めた衝撃波に、先陣を切るジャベリンが直撃、粉々に砕け散るものの――この爆発に巻き込まれる形で、衝撃波の軌道が真上へと逸れてしまい、
『うっ……!!』
『……ゼルガ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
さらに言えばカウンター・ジャベリンはもう1つ残されていた― ―電次元ソニックを免れ、自分たちの元を目掛け、止まることを知らない矢のごとく突き進んだ結果、見事標的を射止めていった。白銀のハードウェーザーを胸から背中まで貫き、コクピットにジャベリンの柄がめり込むように押し込まれた時に二人の叫びが轟渡、
「やっ……たのか!!」
『そうなのだよ……!!』
玲也が動揺を隠しきれないものの、目の前の相手は、既に機体そのものを貫かれ。遺されたエネルギーでただもがき苦しむように、ジャベリンを抜かんと手足を震え上がらせていたが、
『こう切り札として温存していましたのだが……』
『電次元兵器の使いどころは見極めていたつもりだが……まさか私が依存していたとは』
『でもゼルガ様、凄く嬉しそうです……』
『当たり前だよ……ふっ、ふふふふ……』
その赤く点滅するコクピットの中、ユカとゼルガの顔には自分たちの負けが確定した諦めより、この世紀の一戦をやり遂げた上で笑いを零した。既に悔いがない、この結果を決して後悔などしていない表情を互いに見せあいながら、
『負けた、負けたのだよ!私は君に負けたのだよ!!』
「あ、ありがとうございます……貴方は、貴方は!!」
『不敗のゼルガは負けたのだよ! 羽鳥玲也にだよ……!!』
「……ゼルガ!!」
ジャベリンを胴体から抜く事もかなわず、事切れたようにリキャストは静かに後方へと倒れこむ。四つん這いのような体勢で力尽きかけていたブレストの前で、横たわったリキャストの胸元から火の手が上がり、連鎖するかのように起こるただその体を粉みじんに吹き飛ばしていった。電次元ソニックを握ったままの左腕がブレストの足元へ軌道を描いて吹き飛び、地に落ちたことが彼を仕留めた証拠であった。
「ゼルガ・サータ……俺は貴方に、貴方に」
「そうよ、勝ったのよあんたは……やったじゃん!!」
「ありがとう……勝った、とうとう俺は貴方に勝った、俺たちが勝ったぞ……!!」
リキャストに殉じたゼルガとユカへと、一瞬目を閉じた後に玲也はただ勝利の咆哮を上げ続けた。ブレストの体から装甲が消滅していき、そのフレームのみの状態も解除されていく中でもただ勝利の余韻を味わう中――ブレストが勝者だとのアナウンスが下された。。
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