16-2 バーチュアス、破滅への序曲
『いいですね? 今はオール・フォートレスを墜とすことを考えなさい』
『わーってまっせ! ったくいつもならステファーはんがやるってのにな!!』
――ゲンブ・フォートレスのカタパルトデッキにて、アタリストが電装された状態でスタンバイ状態であった。一番隊ことゼルガが擁するオール・フォートレスへの攻撃命令が下ったためであるが、アイラが言う通り、本来看板になり得るユーストが任される筈であった。
最もそれ以前に、ユーストを単独で電装艦を制圧させる目的に問題がある。殲滅戦を得意とする反面、ユーストは対バグロイド戦を想定していない、孤立無援の戦いを自分たちに強要する事は、捨て駒のように扱っているのだと苦言を呈したくなるが、
『おっと、貴方が今それを言える立場ですか?』
『わーっとるねん! あの電装艦を押さえたら』
『……ユーストのみでフォートレス制圧の可能性は12.5%です、ユーストを電装させるのでしたら』
『フレイア、今それは余計な事やで!!』
ブリッジの天羽院の眼光が妖しく、鋭く光ると共にアイラは妥協せざるを得なかった。おそらく淡々と計算して想定しうるその先を提示するフレイアに対しても、黙らせざるを得なかった。
「ミスター天羽院、貴方の采配に異存はありませんが」
『その様子ですと、何か貴方も私に言いたい事がありますかね』
「い、いえ、その……何故貴方がフォートレスで指揮を取られているのですかね?」
バーチュアス・オーストラリア支社にて、ロスティは執務室で業務を引き受けながら天羽院との通信を交わす。ブリッジにての応対故、彼はアタリストを死地へ送ろうとする背景までは口にしなかった。ただ、自分を差し置いてバーチュアスの代表が自らゲンブ・フォートレスで指揮を執る理由が彼の立場でも藪の中であり、思わず確かめてみれば、
『あのゼルガ・サータがいるからです。直接交渉に応じる必要性がありましたからね』
「そうなのですか……ただ、バーチュアスにも批判の声が上がってきてま」
『あのバグロイドの事ですね?』
オール・フォートレスを制圧したならば、前線部隊の中枢を抑えたも同然であり、戦争の早期終結になり得る――そのように天羽院が断言している他、ロスティとしてもその可能性に賭けるべきと見なしていた。それもまた、サード・バディと酷似したバグラムの一件でバーチュアスグループへの風当たりが強くなりつつあった為、
『相手はバグロイヤーです。認めたくはないですが私たちより技術で上となりますからね……』
「私たちバーチュアスを陥れるためにバグロイヤーが動き出したと」
『そう考えてもよいはずです。人類が一致団結してバグロイヤーに立ち向かわないといけませんのにですね……』
天羽院はロス帝を相手にしてもしらばっくれるスタンスである。人類が一致団結してバグロイヤーに対峙する必要性をどことなく白々しい声で語り掛けていた。
『そうそう、彼も別に好きにして構いませんよ。そうせざるを得ない事をしたのですから』
「もう既に準備ができているのですね……では」
どのみちアタリストも、シンヤとアイラの親子も、やはり捨て駒にするスタンスに変わりはない。この方針にロスティは特に反発する事もなく、通信が切れた後に檻らしい部屋へと足を踏み入れた。
「……」
「おや、シンヤさん。まだ辛抱されているのですね」
シンヤは椅子ごと何重もの鎖に巻き付けられ、その上で天井からの水滴が額を延々と濡らされ続けていた。この小刻みに雫を墜とされて丸一日過ぎようとしており、その間彼がひと時も休むことは許されていない。それが故に神経をすり減らされていたが、頭が固定されながていようとも彼の視線はにらみつけるようにロスティへ向いた。
「貴方の罪を帳消しにする為、娘さんが出撃したようですよ?」
「どうせ一人で向かわせたとかなんやろ……早く天羽院の奴に会わせんかい!!」
「おや、娘さんの事よりもそっちが大事ですか。あなたが何の恨みがあるかは存じてませんが」
「とぼけても無駄やで! 天羽院はバグロイヤーとつるんどるんやからな!!」
さっそくシンヤを吐かせようと、ロスティは前線で孤立しようとしている娘の危機を伝えるものの、彼が口を割ろうとはしない――厳密には、むしろシンヤが天羽院の秘密を面と向かって開き直るように暴露していたものの、
「何をそんな、根拠がないでたらめを言っています!?」
「ろくに知ろうともせん……本当おんどれは底抜けのドアホや!!」
天羽院へ絶対服従と言わんばかりのスタンス故か、シンヤが口にする事実を戯言のようにしか捉えなかった。往生際が悪い彼が悪あがきをしているのだと、拳を思いっきり顔面にぶちのめした。それでも彼の口は黙る事はなく、
「誰が貴方を信じますか! 娘の命よりミスター天羽院への復讐が大事と血も涙もない人をですね!」
「ちょい待ち、勝手に話変えるのはやめぇや!」
「そうやって貴方は、聞かなかった事するつもりですか?」
「……妹を宣伝のために使うおんどれが人のこと言えます!」
シンヤを蔑視しているロスティとして、娘をプレイヤーとして戦場に駆り出している件を詰る……が、実際ステファーを戦場に駆り出している兄と後ろ指を指されるような事で反芻されてしまう。どう考えても墓穴を掘ったロスティは、言葉ではなく自分の拳を再度彼に振るった。
「ロスティさん、開けてもらえませんか」
「……シーンだけでしたら、入りなさい」
戸を叩く主がシーンだと気づき、ロスティは入室を許可する。少し嫌そうな様子であったが、ここで拒んだらさらにややこしくなると半分仕方なしではあった。実際戸を開けると立ち入ったシーンの表情は不快さを隠しきれていない様子だ里。
「流石にこれはやりすぎですよ! シンヤさんが流石にどうなってしまうか……」
「そうでもしないと、私たちに従わないからですよ」
「そんな……アイラの父さんが機密を盗んだとからしいですけど!」
暴力を含む拷問をシンヤへ課す――その光景にシーンが流石に引き気味である。マジェスティック・コンバッツの機密を盗んで、電装マシン戦隊に鞍替えしようとした為に彼は捕らわれた――そのようにシーンたちには説明されていたとしてもだ。
「それでアタリストだけ戦って死ねですか! せめて同じ仲間として俺達も出させてくださいよ!」
「ステファーを殺せと言うつもりですか!? 私もですがアランが知ったら……」
「シーン、シーン……どこ!?」
「……悪いですが外で話しますよ。ステファーとも話をしたいですからね」
シーンが食らいつけば、ロスティは不利な状況に追いやられていく。少なからず彼が不信感を自分たちへ抱きだした事は確かだ。けれどもその彼をポルトガル代表のように切り捨てることは出来ない。マジェスティック・コンバッツの花形となるであろう妹にとって必要不可欠な存在だからだ。
もしステファーにまで不信感を寄せられたら状況は悪化する。シンヤを人質にとって拷問にかけている事を彼女が知っている筈もない為、外の部屋に出ようともくろんだ時、
「わっ……!」
「悪いですが大人しくしてもらいますよ!」
「何をするんですか……開けろ! 開けてくださいよ!!」
「……力ずくでしたら、ステファーがどうなるか。私にもそのくらいは出来ますからね」
自分が通路に出たと確信するや、すぐさまその戸をロスティは締めて鍵をかけた。シーンが扉を何度か強く叩くのであったが、彼に釘を刺した後、ロスティは素早く妹を自室へ引き込み、
「ロスにい? シーンどこー知ってる?」
「さぁ……一体シーンに何かあったのですか?」
「そー……」
シーンを探しているステファーの理由を敢えて知らないふりをしてロスティが妹に尋ねた。ただ少し白々しい様子を感づかれたのか、今までの彼が自分に隠し事をしていた事を見透かされていたのか――ステファーはいつもの無邪気でマイペースな雰囲気ではなく、少し後ろめたい罪悪感のような憂いを寄せた表情を向けてきた。
「一体何です、言いたいことがあるのでしたら早く言いなさい」
「ロスにい、アイラとフレイア、嫌い?」
「……あぁ、その話ですか、一体何を言うのかと私は思いましたが」
「シーンがそう言ってたよー。アイラとフレイア用済みって」
ステファーにシーンがあらかじめ吹き込んでいたのか、彼の様子から漠然と察していたのかは定かではない。しかし今の目の前の妹は兄の甘い言葉一つでどうにか収まる気配はなかった。少し咳払いをした後に、
「マジェスティック・コンバッツはステファーが一番活躍してくれるのが良いのです。オーストラリアを基盤としますからね」
「ステファー、ロスにいとアラにいの為頑張るよ! それでいい筈!!」
「そうです。だからステファーはシーンとどもに私の為に戦ってくれればそれでよい訳で」
「アイラ、フレイアはー? 今戦ってるの^?」
おそらくシーンから聞いたのだと思うが、妹が兄の自分に対しても漠然と不信感を抱き始めている――真偽はともかく、ロスティはそのように捉えて思わず握りこぶしを作る。最も実の妹というよりハードウェーザーのプレイヤーという商品として見ているのならば、スポンサーの自分の言う通りに動かなくなる不良品として白い眼を向けたくなったようだが、
「ロスにい、ステファーも戦う! ロスにい喜ぶはず!」
「一度に2機出たらジェラフーは誰が守るのです!」
「なら玲也に頼む! ステファー、それがいい!! 」
「いい加減にしなさい! これ以上わがまま言いますと私も黙ってられませんよ!!」
ステファーが納得する気配がないとなりロスティが拳を振り上げた瞬間だった。ポケットの中で何度も振動を続けていた。おそらく自分自身のスマホであると気づくものの、その振動が異様に長く続いていたため流石にロック画面を解除すれば。
「なっ……」
ロスティが目を丸くしたのも無理はなかった、関係先から着信が絶え間なく入っており、全て後でかける形で捌かざるを得なかった。ビジネスでもここまで集中して自分へ着信が集中する事を想定していなかった彼だが、
『この映像ですが、身に覚えはありませんか?』
とのメッセージと共にとある動画が添付されていた。その動画を確認すると、1階奥のエレベーター付近の足場から、地下の部屋へと進んでいき、地下室の扉を開けるとバグロイドらしき機体が配備された格納庫が映されている内容であり、
「一体いつの間にあんな部屋が……!!」
「ロスにい! どうしたのロスにい!!」
一気にロスティの両手が震えだし、顔面蒼白となる。スマホを片手にしながら彼が部屋を飛び出していった。急に慌ただしくなった兄の様子にキョトンとしたままのステファーであったが、
「シーン! 一体どこに」
「ちょっと閉じ込められてね……俺がいるからには」
「それより、ロスにいが! 慌てて急に!!」
ステファーが近くにいると気づいて、イチかバチかシーンは扉の鍵を粉砕した。ただ今のステファーは探しても見つからなかった彼の事より、慌てて飛び出した実の兄の事が気がかりであった。この原因は既に彼も察しがついており、預かっていた彼女のスマホを取り出し、ただ無言でSNSにアップロードされていた動画を見せつけた――ロスティが顔色を青くした原因となる代物であり、
「バグロイド? どうして?」
「分からないよ……ただ、俺たちはマッチポンプに利用されていたかもしれないんだ」
「マッチポンプ?」
「バーチュアスがバグロイドも開発してて……あぁ、ステファー! もうこんな所にいちゃ駄目だ!!」
今まで大気圏内で現れたバグロイドが、バーチュアスに開発され出没していた――自分が所属しているマジェスティック・コンバッツが、バーチュアスの八百長に加担していたのだと考えるとシーンにとっても悔しくて仕方がない。だがこの真相を全てステファーに打ち明けるのならあまりにも酷である。
「シーン、どうして!」
「ロスティさんがバグロイドを作っていたかもしれないんだ! 俺たちが戦ってもバグロイヤーを倒すことに繋がってないんだよ!!」
「嫌、ステファー戦う! ロスにいとアラにいの為だから!!」
迷った末にステファーの腕を引いた。シーンなりにハドロイドとしての使命を果たすには電装マシン戦隊でなくてはならないと痛感させられる瞬間だったが、彼女はその動画に記録された事柄を頑なに否定した。尊敬する兄となるロスティがバグロイヤーの手先ではない。だから自分は何があろうとも兄の為に戦うとのスタンスであり、
「けどアランさんはともかく、ロスティさんがバグロイドを作っていたかもしれないんだ! バグロイヤーの味方ということも……」
「やめて!聞きたくない ロスにい、頭良い、勉強できる、優しい! だから!!」
「ロスティさんの為に戦う気持ちは分かるけどさ……!」
自分の説得が一蹴されてシーンはどうすべきか分からない心境でもあった。そんな折に外から車が追突したような衝撃音が聞こえ、社員たちの足音やガヤが騒々しくなっていく。さらにいえば室内であろうともまるで車が疾走しようとするエンジン音が鳴り響きつつあった。
「ステファー、悪いけどこの部屋から出ないで!」
「シーン、どうするの!? 一緒に隠れて!」
「悪いけど俺だってけじめを付けたいんだ!」
ステファーを先ほどの部屋に押し込め、鍵を閉めるように忠告を交わした後、シーンは軟禁された部屋――つまりシンヤが水責めを強いられている部屋へ戻るや否や、
「シーンはん、あんさん一体何を……」
「俺だって本当はあんな事したくないですから! できればあなたと一緒に移りたいですけどね!!」
水責めに苦しめられるシンヤを救い出そうと、椅子と柱から引き離さない鎖がシーンの手によって引きちぎられていく。彼の思わぬ助けに少し目を丸くしつつも、彼が必ずしも鞍替えすることを望んでいない、鞍替えをしようにもできない事情があると考えると、必ずしも喜びきれない気持ちにも陥っていた。
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