15-5 起ち上がれ北の海に! 誇り高き好敵手よ!!

「玲也君……僕の為に来てくれたのは嬉しいけど、この様だよ」


 ――時は少しばかしさかのぼる。自室に閉じこもっていた所、ウィンが玲也を連れて足を踏み入れた。自分を案じてくれているのだと気づけば心が微かに弾むものの、今の彼女が自嘲めいた口調であることから、踏み出せなくなってしまった自分自身を嫌悪する感情の方が大きい様子である。


「コイ、僕の事で凄い怒ってたよね? 結構聞こえてたよ」

「あ、あいつの言いがかりなど気にするな。ベルの事を考えるなら私も同じ事をしてたぞ! 」

「僕みたいに展示ブースに行ってた?」

「い、行ってたとも! シャルと付き合っていたら、少なからず興味が湧いてきてな。ダイブショーだったっけな?」

「……違うよ、ダイサムライ、宇宙戦神ダイサムライ」


 シャルとして、コイに合わせる顔がないのだと負い目にしている所があった。ベルとジャレコフがバームスとの団欒の場を迎えるにあたって、空気を読んで別行動をしていた事はコイからすれば規律に背いていると罵るが、人の情けで見るならば間違っていないとウィンは力説する――最も、彼女がシャルのオタク趣味を理解しているかとなれば、明らかに無理してそのように取り繕っている。思わずシャルが苦笑しながら訂正していたが、


「コイは僕よりベルとの付き合いが長いからね。僕と出会った頃まだオドオドしてたベルは、コイにぐいぐい引っ張られてってね……」


 シャルが特別隊員として電装マシン戦隊へ入隊した頃――自分の面倒を見始めていたころのベルは、自分に自信が持てず周囲にしり込みしていた。アンドリューやバンに圧倒されっぱなしだった彼女にとって、コイが同じ年ごろながら大の男を相手も屈しない凛とした強さを持っており、彼女に守られる事が多かったのであり、


「コイが昔から口うるさいなって思うけどね……ベルは僕には見せない顔してたかな。ちょっと羨ましいなって思ったけど、僕に踏み込めない所かなって」


 ベルはベルで、シャルを導きつつアンドリューに教えを乞うと共に、プレイヤーとしての頭角を現しつつあった。それと共に彼女自身に備わった本来の芯の強さを露わにしていき、コイに庇護される存在から、対等の友人になりつつあった。妹のように見られていた自分と異なる信頼関係に少なからずの妬いていたのだと吐露すると共に、


「僕はコイの大切なものを奪った……そう恨んでも仕方ないのかなって考えると、その……」

「それはお前の考えすぎだ」

「なっ……シャルの前で何てことを!」


 ――今のシャルが取り返しのつかない事をしたと触れようとして、言葉が詰まりだした時だ。面と向かって玲也は彼女が加害者としての意識へ苛まれているのだと言い放った。ウィンが思わず口をポカンと開くも、慌ててシャルの方を向くものの、


「はは……結構きつい事言うね。玲也君がいなかったからかもしれないけど」

「何故お前が戦うか、俺は聞いたことがある……お前の父さんと母さんがくれた力をだな」

「……そうだけど、そうだけどさ!」


 玲也がプレイヤーとなる前の積み重ねを簡単に片づけられたくないと――シャルが苦しそうに笑いながら指摘しようとしたものの、休む間もなく自分が戦おうとする動機を突きつけられると共に、思わず押し殺している感情が込みあがっていく。ムキになったように開き直ると、


「僕だって好きで怖がってなんかないよ! ベルだって絶対喜ばないしさ!!」

「俺もベルさんの事はそうだと思う。その俺の話もだな」

「玲也君は強いからいいんだ! 僕は逃げちゃってるよ! 分かってても」

「シャル!!」


 シャル自身、戦おうとする理由を見失っていない中でも、それを果たす事が出来ないままのもどかしい自分へ苛立っている。その理由を見失うことなく、戦いへ赴く姿勢の玲也を前に顔を背け、惨めだと言わんばかりに当たり散らすものの――彼の一喝に思わず彼女が威圧された瞬間、両肩にそっと手を置かれて、



「お前は逃げてない……踏みとどまっているだけだ」

「ふぇ……?」



 先ほど声を張り上げた様子から一転し、面と向かった冷茶の表情はどこか緊張の糸が切れたような柔和な笑みを自然と示していた。自分への自信を喪失したシャルに対し、まるで兄のように穏やかに励ましたのちに、


「考えてみろ。俺が逃げ出した事を忘れたか?」

「逃げ出したって、それって玲也君が出入り禁止になってた頃じゃ」

「なら、俺は自棄起こして喧嘩沙汰。それで腕を痛めて迷惑もかけてだな」

「……まて、その話はシャルから聞かされていたぞ!」


 玲也自身が過去の過ちを打ち明けるが――シャルからすれば、まるで彼が加害者意識に捕われている故に、過ちだと大げさに触れている事と気づく。それと別に彼の話を既に聞かされていたと共に、顔色を変えた時、


「まだ許されていないかもしれませんが、言わせてください。ポーの事で自棄を起こしましたし、迷惑をかけてました」


 今度はウィンへ面と向かって、忘れえぬ自分の過ちをフラッシュバックさせるように語る。彼女の妹を殺めた事に対しても、戦い続けようとしたが、過ちから目を背けたままでは戦い抜く事すらもままならなかったのだと、少し恥じるように触れた後に、


「そんな俺にシャルが向き合う事を教えてくれました。でなければ俺はポーも……いや、ニア達にもみんなにも顧みる事はなかったでしょうね」

「そうか……そなたが言った恩はその事で」

「それはありますね……父さんを超える事は変わってないですが、もうそれだけで戦ってないですからね……」


 相手と向き合いながら戦っていく事――シャルからの教えがあってこそ、自分はニアとの亀裂を乗り越え、殺意を向けられていたウィンともこうして過去を打ち明けられるまで至ったのだと照れるように話す。

 また誰かと向き合っていくと共に、既に自分の戦いが個人的な目的の為ではないと触れていたが、本来の目的を見失うことなく、自分の中で戦う理由が広がりつつあるのだと触れており、


「本当辛い事も苦しい事もあります。でもそれ以上に折れる訳にもいかないと思います。俺もシャルも!」

「玲也君……ってなんでそこで僕も含むの?」


 同時に茨の道で強いられる苦難を前に、乗り越えて先へ高みへと昇って行こうとするバイタリティーが上回っているのだと、自分たちの事を玲也が触れると共に、シャルの両肩に手をポンと手を置く。どさくさに自分まで含まれている事に彼女が気付いた時、


「お前とウィンさんが何故出会った。お前がいなかったらウィンさんがいない事もあり得た筈だ」

「僕がいなければ……ってあっ!」


 シャルが過去を辿ると共に気づいた。ウィンを迎え入れたのも自分が咄嗟に彼女のプログラムを書き換えた為、その自分を咄嗟にゲノムへ送り届けたのはベルの独断であり、


「……ベルは恐れず僕を送った。そうだよ!」

「お前をプレイヤーとして起てると信じた筈だ……俺もベルさんからもらった力があるとなればな」


 ベルが背中を押した事により、シャルはプレイヤーとしての独り立ちを果たした。玲也もまた彼女の力を借りた事によって、カウンター・メイスとサザンクロス・ダガーを誕生させた恩があると触れると共に、


「ベルさんが背中を押してくれた……戦う俺達の事を信じてくれたからだ」

「……だから、だから玲也君は戦える! けど」

「お前も出来る。だからこうして踏みとどまっている筈だ」

「……嘘、じゃあ僕は逃げてないって…つぅ~!」


 ベルを忘れない為――その為に、玲也は自らの信念を曲げずに戦うのだと心構えを説いた。彼自身の信念にシャルが胸を討たれながらも、閉じこもってしまった自分が情けなくなって再度自分を卑下しようとしたところに、額へ一撃が飛んだ。思わず彼女が額を抑えたものの、


「デコピン……そなたは急に何を!」

「アンドリューさん程上手くできないが……思っていたよりも痛い」

「……そ、そうか」


 突拍子もない玲也の行動へウィンが戸惑った所、玲也はアンドリューやリタの真似をしたことを明かす。それも悲嘆した時の自分に対して、喝を入れて吹っ切らせる為の仕草だが――シャルのおでこへ打ち付けた自分の人差し指に痺れが残る。予想以上の激痛を和らげようと指を吹いている彼の様子に、ウィンが少し乾いた笑いを浮かべていたものの、


「もう玲也君! アンドリューみたいな真似して何なの!!」

「すまん、ただ好敵手が立ち止まったままだと張り合いがなくてな」

「好敵手……そうだよ! 僕と玲也君は友達で仲間で、時には好敵手なんだし!!」

「それでこそ嬉しいよ……いつものお前でないと俺も調子が狂う」


 曲がりなりにも自分の方が電装マシン戦隊の一員とすれば先輩である――玲也から妹や後輩のように扱われれば、少しプライドに瑕がつくとシャルが頬をフグのように膨らませた時、彼からすればいつものシャルへ戻った事へ安堵が生じた。


「もう何で、何で本当に……玲也君はさぁ!」

「好敵手は馴れ合いではできない……だから遠慮するな」

「遠慮なんかするかぁ……うぅ……馬鹿ぁ、馬鹿ぁ……!!」


 柔和な表情ながら冷静に、自然体のように接していく玲也に対し、シャルは癇癪と共に跳ね上がった感情を爆発させた。彼の胸の元で減らず口を叩きながらも、初めて声を張り上げて泣き崩れている――なりふり構わず苦悩を洗い流すよう泣き続ける彼女の顔を覗き込むことはせず、そっと彼女の背中をさすっていたが、


「……ま、全くシャルを泣かせて、そなたという男はだな!」

「そこで、そう言いますか……は置いといて」

「置いといてなら何だ? 私にもまだ用があるなら早く言わんか」


 好敵手同士二人の世界に対し、自分が蚊帳の外ではないか――何故か顔を赤らめながらウィンが咳ばらいをした後に、わざとらしく大声で彼を詰る。少し場違いな言動ではないかと、玲也が突っ込もうとしたものの、彼女の顔から全く憤りや苛立ちの感情がない、何か憑き物が落とされたような顔つきを前に途中で言葉をひっこめた。この彼の態度に合わせて彼女が催促した時、


「シャルもですけど、ウィンさんも同じ好敵手ですからね……ここで止まらないでくださいよ!」

「私からそなたに言ってやる、ニアだろうとリンだろうと、もちろんエクスだろうと負けんとな!!」


 玲也からの宣言を受けて、ウィンも同じように好敵手としての宣言を交わす――いつの間にか彼女が玲也を“そなた”と呼んでおり、初めて面と向かって互いに笑みを見せあっていた。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「とまぁ、そういう事あってね……僕を赦してって無理強いしないけどね!」

「それでも、私もシャルも戦う事に変わりはないぞ! 折れたらそこで無駄になる!!」


 かくして、ヴィータストは4体のバグリーズを相手に単身で抗う。ウィストよりスペックが劣る上で、4機のバグリーズが得意とする深海のフィールドだろうとも。バックパックからのミサイルを無造作にばらまきつつ、ハイドラ・ゾワールを両腕から射出する――シャルが得意とする戦法スパイラル・チェイサーだ。

 深海で刃に設けられたブースターによる推進速度が減退していたものの、両腕からのワイヤーを射出しつつ、バグリーズが大柄との事もありどうにか胸部へと直撃させる。電撃を流し込んで動きを一時的に止めた隙を突いて、エレクトロ・バズーカとミサイルを叩きこむようにして放ち、バグリーズを仕留めていく中で、


「僕はコイを憎まないよ! ベルの親友ってこともあるけど、ベルが喜ばないからね」

『……だからあんたは……私を助けに?』

「このままコイが止まっちゃうも、ベルが喜ばないからだよ!!」

『……!』


 ポリスター間でシャルがコイへと檄を飛ばす。自分がベルを死へ追いやったと憤慨した相手からは、憎まれるどころか、彼女の為に奮い立てとのエールを受けたと共に、彼女は胸を打たれたかのように全身が自然と震え出していた。

 規律を掲げながら自分自身のエゴを正当化し、イレギュラーな経緯で同じプレイヤーとなった後発の面々へ蔑視の感情を抱いていたのだと、自分自身の器が小さかったのだと思い知らされていた頃、


『シャル! 丁度いいタイミングだ!!』

『何とか堕とされたフリしてるから、こっちに来れそう!?』


 残された2機のバグリーズを相手にしていた、ヴィータストの元へ玲也達からの通信が入った。ルドルフ級を始めとする上空のバグロイヤー勢力を欺くため、撃ち落とされたフリをしてやり過ごしているとの事であり、


「なるほどね……“出来るか? 海中初合体“って奴だよね!!」

『おそらくそうだ、コンバージョンの負荷はこちらで割り出してお前に送る!』

「ありがと! だったら早く片付けないと……ってうわぁ」


 ブレストが身を潜めている理由をシャルが察した時、ハイドラ・ゾワールのワイヤーがバグリーズへと掴みこまれた。手のひらからの電磁波を炸裂させる事により、ハイドラ・ゾワールを伝い双方へと電撃がお見舞いされ、ヴィータスト迄の身動きが封じられつつあったが、


『がら空きにするなんて……甘く見られたわね!!』


 ヴィータストによってバグリーズが駆逐されていく事は、同時にウィストが拘束から解き放たれる事を意味していた。攻撃手段が水中で限られていたものの、両足裏のカイザー・フンドーはその制約に当てはまらない術であった。ヴィータストに代わり2本のワイヤーをバグリーズの両肩関節へ何重にも巻き付けて両腕を縛り上げる。これによってバグリーズの手がハイドラ・ゾワールから離れた瞬間、


『早く行きなさい! あんたにはやるべき事があるんでしょ!?』

「そ、それはそうだが……大丈夫か!?」

「大丈夫なら行かせてもらうよ! ブースターに賭けてるしね!!」


 微かにウィンは躊躇していたものの、コイが吹っ切れたように闘志を取り戻したことをシャルは信じた。すぐさまブレストの元へ電次元ジャンプで飛び立った後に、


『これで私たちだけになった……腕がないと終わりだ』

『言われなくても分かってるわ! ただ、どうかしてただけ!!』

『貴様がそうでなければ、務まらないからな……どうする』


 中破した状態ながら、深海でヴィータストを討つ事は少なからずハンデがある――サンが念には念を入れて確認を取った所、既にコイがいつもの調子を取り戻している。その上で両腕を縛り上げられたバグリーズが、レールガンで自分を撃ち抜かんとしている事を指摘した途端、



『規律を破るのは嫌だけどね……そう言ってられないのよ!!』



 すかさずカイザー・フンドーで縛り上げる両腕を放し、レールガンの砲身を両手でつかみあげる。重量級のバグリーズだろうとも、すぐさま収納しなおしたカイザー・フンドーの刃をバックパックを貫かせる事で、ウィストは姿勢を保持している。全重量を両腕に込めると共に、


「でやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 それまでにない程の咆哮をコイは上げた。バックパックごと強引にバグリーズからレールガンを引っぺがし、その反動でウィストが引き反される者の、すぐさま右足のカイザー・フンドーを打ち出して、バグリーズに絡めつかせる形で距離を詰め、再度背後を取ると共に、ホイール・シーカーのスパイクをすぐさま破損個所目掛けて突き刺していった。


「ベル……後ろから隣に並んだのが嬉しかったけど、前に来る事は少し悔しかったよ」

「もう過ぎた事を思い出しも、何も変わらないが」

「分かってるわよ。だから私も前にいくしかないってこともね!」


 不利な水中戦だろうとも、徐々にコイが本調子を取り戻していく。ベルと共に助け合い、競い合う事に信頼と友情を覚えた。また逆に助けられ、一人先に行く事へ羨望と嫉妬も覚えた――彼女が過去を恥じ入るものの、サンは後ろを向く場合ではないと彼なりの叱咤激励を受けると共に、今からあるべき姿を見定めており、



「ごめんね、ベル! まだ追いつく事もできないから、見守ってて!!」



 残されたバグリーズが魚雷を繰り出していくものの、ウィストはカイザー・フンドーを鞭のように駆使して軌道を逸らす――踏みとどまらなくても、今のベルに追いつく事が出来ないと見なそうとも、コイは得意の白兵戦で目の前の相手を仕留める事に専念した。

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