15-3 ジャレコフ屈服の日
『まさか、彼がこちらに寝返ってくるとは思いませんでしたが』
「……でもこれで3人。アルファの事を差し引いても見返りはあるかしら」
――イリーガストの撃墜と共に、アルファは散った。二番隊々長であり実質前線司令官としての実権を掌握しつつあった彼は、ファジーの寵愛を受けようとして功を焦ったばかりに、自らの命を落とす結果となった。
その為にファジーが、二番隊々長として君臨して、バグロイヤーの前線を維持しようとしつつあった。一番隊のゼルガが自分たち上層部の意向にそぐわない点もあって、彼を実質閑職へ追い込んだ状態を維持したまま。技術畑で前線の空気に縁がない彼女として荷が重いかに見えたが、彼女は涼しい表情のままであった。フォートレスから脱走した彼を受け入れた事もあり、ハードウェーザーが今3機に増えたとの事であり、
『まっ、もうすぐ私もこちらに来ますからね』
「最大の敵は世間って事かしら? 貴方も本当性格悪いわね」
『そうなりますよ。私も酷いことをしませんと気が済みませんから』
「まぁ、いいわ……入りなさい」
ファジーとして、あくまでつなぎで前線を指揮する事も上層部からとある人物が、前線へと着任す目途が立とうとしていた事もある。その人物の性格が悪いと思わず苦笑を零した時、司令室へ一人の士官が姿を現す。黒髪のセミロングをなびかせる彼女はまるで日本人形のように整った顔立ちだが、
「単刀直入に言います。私はプレイヤーに志願します。いえ、志願させてください……!」
チホ・ハーケン――黒曜石のような瞳に赤黒い光が宿っていたかのようだった。これもバグロイヤーの戦士としてだけでなく、既にハードウェーザーへの憎悪が彼女の胸の内で膨れ上がっていた。彼らを討つ執念に駆られるのも、
「恋人だけでなく、自分の上司迄も殺された」
「それも同じ……あの鎌がついたハードウェーザーに討たれました! 私は何もできないまま……!!」
エリル、バルゴを同じネクストの手によって討たれた――それだけでなく、バルゴの敵を討たんとしたものの、ネクストを前に一矢報いる事も出来なかった事から彼女自身、至らなさを痛感せずにはいられなかった。バグロイドでは太刀打ちできないとなり、ハードウェーザーを彼女は求めており、
「貴方がパイロットとしての適応強化に関わってる事も既に知ってます! ですから……!!」
「それは構わないけど、ただで済む事ないわよ?」
「構いません! あのハドロイドのような身で後戻りできなくても……」
「もう、貴方にはこのままでいる意味がないと」
ファジーが技術者として、プレイヤー用の人材の速成強化に携わっている。これもバグロイドとハードウェーザーでは操縦系統が異なるためであり、彼らのプレイヤーの殆どがオンラインゲームの腕を実戦で転用させている。このギャップを補うために強化手術に携わっていたものの――イリーガストの運用の中で、パイロットが強化された己の心身に耐え切れない問題点も生じていた。
既にイリーガストを運用するにあたり、何人かの犠牲が出ている事もあり、彼女は一応釘を刺す。それでも復讐のため、人であることを外れんとするチホの決意は固い様子でもあり、
「――ただ少し待ちなさい。あの人に後を託してからでないと……?」
少なからず彼女の意志を汲みつつも、前線司令官の代理を兼ねている状況では直ぐに移行できないと前置きした。その途端にブザーが鳴り響くと共に、デスクのスイッチを押すや否や、
『オペレート・ルームが破壊されました! あのハドロイドがイチを奪って!!』
「何なの……ビトロは何をやってたの……」
この報告に、ファジーは少し頭を押さえた。ジャレコフがビトロの手によってバグロイヤーへと迎え入れられたものの、イチ共々自分たちの支配下へ置くようマインド・コントロール処置を行う準備を進めていた。
その矢先にジャレコフがイチを連れて強奪した事から、彼の最初の狙いは最初からそこにあったのだろう。ただ彼女は取り乱すことなく、呆れるようにビトロに状況の収拾を命じた。
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「自分に隙があると思わない事だ……大人しく歩け」
「ひっ、ひぃぃぃ……」
オペレート・ルームへ留置されていたジャレコウは行動を起こした。眠りについたままのイチを背負った上で脱走に挑み、一人の兵士を人質にとった上でバグレラの元へと案内をさせていた。自分より小柄とはいえハドロイド一人分背負っていようとも、生身の兵士を圧倒するだけの身体能力は残されていた。
「おい、何とかしろよ! あのガキ撃っちまうとか!」
「バカ、あのガキまで傷つけたら、俺たちタダじゃ済まねぇだろ!!」
この騒動が生じていながら、他の兵士たちは迂闊に手を出せずにいた。それもハドロイドが自分たちバグロイドのパイロット以上に替えが効かない、そのように重宝する存在であった事からむやみに攻撃する事は出来なかった。
「最もここではハドロイドが手荒な真似をしても、罰せられないからな……そこは助かる」
ついでにジャレコフは鋭い眼光と共に、バグロイヤーの兵士たちに睨みを効かせた。ハドロイドである上に、少年兵として前線で戦い続けた素の身体能力の高さも備わっている事もあってである。一人の兵士を人質にとりつつ、ハドロイドの身体能力を誇示して彼らを黙らせていくと、
「おいおい、お前らハドロイドいなきゃ何もできないなぁ?」
「お、お前はハドロイドの怖さを分かって……って」
「ビトロ……さん」
「ったく、まさか俺を欺くとは思わなかったけどなぁ……けどよぉ」
尻込みするバグロイヤーの面々に紛れ込むように、彼は不遜そうな口ぶりで、兵士たちが腰抜けぞろいだと嘲笑する。
実際、兵士たちからぎこちないながらもハドロイドの彼に対し、兵士たちは敬意を表したそぶりで接している。無理して取り繕っているとジャレコフは知っての上で、悪い気はしない。それと別に自分との縁を信じて鞍替えしたジャレコフに騙されていたのは、彼のプライドが許さなかった事もあり、
「うぐっ……!!」
――ジャレコフは激痛に表情を思わず歪めた。バグロイヤーの兵士に代わり、目の前に姿を現したビトロは彼の右太腿目掛けて、凶弾をぶちかましたのだから。その激痛に思わず背負い込んだイチを支えきる事は無理があると、バランスを崩してその場で歩みを止めており、
「そのガキを早く送れ! 逃したらぶっ殺すぜぇ!!」
「は、はい! ですが」
「ジャレは俺を騙したからな! 死なない程度にお礼はしてやるよ!!」
姿勢を崩したと共に、イチの体が彼から離れて宙へと浮く。ビトロが兵士たちに彼の回収を明示させたうえで、蹲るジャレコフの髪を引っ張る様に、強引に引っ張り上げると共に、拳を振るいあげて
「俺が弱音を吐こうとしても、お前が顔色を一つ変えず耐えてきたからよぉ……だから俺とお前が組めば敵はないって思ったのによぉ!」
「がはっ、がっ……」
同じハドロイドとして、ビトロはその力をジャレコフへ振るった――まるで、一方的に虐げるようにして手加減などもしなかったが、そこには同じ非合法のエージェントとしての因縁が胸の内にあった。自分より優れていたジャレコフの力量に対して嫉妬を覚えると共に、彼なりの敬意も寄せていたが、
「だからと言って、お前に裏切られていい訳ねぇんだよぉ!!」
「……!」
ジャレコフの顔がはれ上がり、足の痛みを抑える余裕すらなくなった所で、ビトロは裏切られた事へ憤る感情を爆発させるように頭突きを見舞った。兵士たちが逃れるのも彼が突き飛ばされていったためであり、念には念を入れて、頭を掴みあげて、後頭部を通路の手すり目掛けて叩きつけた。その激痛に喘ぐ事もせず、手足が小刻みに震えあがっている様子から、
「……お前も俺に従うようにしてやる……いい気味だよなぁ!!」
私怨に任せてジャレコフを殺める事は、今後の情勢からしてはタブーになる。それもあり改めてイチ共々コントロール下に置くよう処置を施す。ビトロとして昔から自分の一歩先を行っていた彼を屈服させる好機とも見て静かにほくそ笑んでいた。
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