15-2 白虎の逆鱗、恨みの炎が危機を呼ぶ

『スパイ・シーズの替えはいくらでもあります。ですがジャレコフさんが見つかりませんと意味がないでしょう?』


 ――ドラグーン・フォートレスのブリッジにて、ネチネチと落ち度を指摘する者の声がした。画面越しから聞こえるであろうその相手は、ブリッジクルーの面々が既に何度も顔を合わせていた。スポンサーの顔として電装マシン戦隊へ依然発言力を持つ天羽院だ。

 ジャレコフが出奔した事をどこからか掴み、すぐさまエスニックへ現状を追求する。彼が言うには既にフラッグ隊が無人のスパイ・シーズを発見・回収したとの事だが、肝心のジャレコフの姿が今だ見つからない限り問題は解決しないと主張しており、


『仮に彼がバグロイヤーに寝返ったらどうするのです!? バグロイヤーにハードウェーザーの機密が知られてはですね!?』

「彼が私たちを裏切る訳はありません! それよりベル君の事で言う事があるでしょう!?」


 天羽院はまるでジャレコフが裏切りかねない、ハードウェーザーの機密がバグロイヤーに知られる恐れから、即時見つけ次第始末するようにと催促をかける。

 このスポンサーからのお達しをエスニック黙って受け入れる事もなければ、のらりくらりと軽いフットワークで返す様子もなかった。ジャレコフを脱走者として始末しなければならないと、彼へ警告していたものの、極力避けるべきとの個人的な温情が一気に爆発した。ベルの犠牲を悔やむ気もないのかとも突っ込めば、


『ベルさんですか、勝手にゲンブから電装したようですから、自業自得ですよ』

「じ、自業自得……天羽院さん、あなたって人は!」

『シャル君のヴィータストは、誰にでも乗り換えられるでしょう。ボックストを喪ったことの方が問題でしょうに!』


 天羽院として、ゲンブ・フォートレスで勝手に外様のプレイヤーが起こした行動だと一蹴する。彼の口ぶりからシャルを見殺しにした方が、電装マシン戦隊の損失は少ないと言っているようなものであり、ロスティがアイラへ催促した事は彼の意志をそのまま体現していたようにも取れる。最もボックストの行動が自業自得と片づけられたら、エスニックはデスクを握りこぶしで思わず叩きつけており、


「て、天羽院君! いくら君でも言っていいことと悪いことがあるぞい」

『おや、先生がそう怒る事も久しぶりですね……』

「真面目に聞くんじゃ、天羽院君も桑畑……あっ」


 ブレーンもまたエスニックへ追随するように、天羽院の人道に疎い言動を警告する。かつての教え子ながら真剣に耳を傾けようとしない彼に対し、少し興奮してしまう所、“桑畑“という名前を思わず口に出してしまったことに気づいて、慌てて口を閉じた。


『私も一応は考えていますよ。その為にフォーマッツ計画を進めてますからね』


 一応ブレーンからの叱責に多少は思うところがあったのか、天羽院はフォーマッツ計画へと話題を変える――とってつけたようにベルの犠牲を汲んでの計画だと触れた上で。


「……軍事衛星がハードウェーザーの代わりですか?」

『無人ですから、ベルさんのような犠牲は出ません。人道的な計画のつもりですよ?』

「それでバグロイヤーに勝てたら、私も苦労しませんよ」


 無人の巨大軍事衛星からのレーザー砲で、バグロイヤーの拠点を駆逐していく。このような無味乾燥なロングレンジでの作戦を天羽院からすれば人道的な戦術だと評す。エスニックからすれば現場の空気を分かっていない技術者による机上の空論、絵に描いた餅だと冷ややかな態度を取っており、


『ハードウェーザー同士が戦うのはまだしも、既に地上での被害も出ているのですよ?』

「ですから、貴方からすればハードウェーザーがもうヒーローとしての価値がないと」

『相変わらず痛い所を突きますが、否定はしませんよ』


 天羽院が触れる通り、大気圏内にバグロイドが現れるようになり、イリーガストやアイリストのようなハードウェーザーが地上で甚大な被害をもたらしている。これによって世間のハードウェーザーへの風当たりが強くなっている懸念は間違ってもいない。最も天羽院はハードウェーザーへの商業的な価値が薄れつつあることの方を心配している――エスニックには、彼がそう見えてならなかった。


『ですから、この戦争を早期に終わらせないといけないでしょう。その為にフォーマッツ計画をこぎつけたのですよ』


 天羽院は表向き、ハードウェーザーに代わる戦争終結のカギになり得る存在としてフォーマッツの有用性をアピールした。これに伴い国連側の支持を得た上で、フォーマッツを構成するパーツの組み立てを始めており、


「既に本体は南極支部で打ち上げが出来るから」

「私たち電装マシン戦隊はその護衛をしろと」

『単刀直入に言いますとそうですね。こちらからもユーストを出すつもりですよ』、


 そこで、フォーマッツの打ち上げ計画の護衛を電装マシン戦隊へと天羽院は要請した。マジェスティック・コンバッツとの共同作戦との体裁故に、完全な丸投げではないと彼は言いたげであり、


『あくまで北極支部を護衛してください、引きつけた隙に南極で打ち上げますから』

「つまりハードウェーザーには囮になれと」

「私からもユーストを出すと言ったじゃないですか。仮に拒むのでしたらます貴方たちの評判にも関わりますよ」


 まるで天羽院が総司令官のように、フォーマッツを護衛するにあたっての作戦の段取りを命じる。自分たちが北極を守る様にふるまう事で、バグロイヤーの注意を北極に寄せ、その隙に南極からの打ち上げを成功させる。これが天羽院の想定する作戦であり、世間を味方している身として、拒めば風当たりが猶更強まるのだと脅迫もしていた時、


「大まかな作戦に依存はありません。有事には独自の判断で動くかと思いますが」

『……やれやれ、作戦を破綻させないのでしたら、別に構いませんよ』

「ありがとうございます。おっと、ジャレコフ君の件で情報がありましたから……」


 エスニックとして、非常時はプレイヤー独自の判断による行動を許可させた。天羽院から言質を取ると共に、彼からの強要に対して、エスニックたちは自分自身の意見を認めさせた手ごたえを感じた。それと共にこれで最低限の保証は確保できたとして、ジャレコフの行方の情報が入ったとの建前で通信を切ると、

 

「ほーんとサイテー! スポンサーだからってエラソーにしててさぁ!!」

「クリスちゃん、落ち着いて。もし誰かに聞かれてる事もありますから」


 すぐさま彼が消えたメインモニターへ向かい、クリスが親指を真下に向けてブーイングを飛ばす。天羽院というスポンサーが自分たち現場の空気を分かっていない事を辛辣に触れれば、エルが何とか彼女のストッパーにならんと宥めていたものの、


「そう言いたくなる気持ちは分かるぞい、天羽院君は昔からこうでのぉ……」

「桑畑って人とも、博士の教え子ですよね。東の天羽院、西の桑畑と呼ばれていた……」

「桑畑? それってさっき博士が言ってた人でしたよね?」


 天羽院の扱いに手を焼いてきた事は昔からだとブレーンが触れようとした途端、テッドが彼が口にした桑畑という人物が何者か質問を投げかける。既に同じ大学時代の先輩後輩とのことまで調べ上げていた様子で、ブレーンが言い逃れできないように手を打っており、


「アイラ君のお父さんじゃ。彼は桑畑真也ということでれっきとした日本人なんじゃ」

「となると、そのアイラって子はハーフって事じゃん!?」

「先輩、驚くところが違いますよ。同じ教え子の縁でそっちに移ったんですか?」

「いや、二人とも昔からどうもソリがあわなくてのぅ。腕は互角じゃったんだが」


 少し観念したように、ブレーンが桑畑――シンヤの過去と、天羽院との因縁を触れていく。元々水と油のような二人だったものの、天羽院の研究をシンヤが盗用して発表した為との疑いがあったが為に彼は大学を去る事を余儀なくされたとの事だが、


「ただシンヤ君がそういう事をするとは今まででも思えなくてのう、けどわしは彼を引き留める事が出来んかったんじゃ……」

「それで、ポルトガルへ移られてアイラと一緒に」

「それまで桑畑君に何があったか分からないがのぅ、まさか娘さんがプレイヤーに選ばれるほどの腕を持っていた事には驚きじゃ」


 ポルトガル代表の後見人として、シンヤが健在だった事は喜ばしいものであった。だが彼が金のためにマジェスティック・コンバッツへ所属した事に戸惑いを感じているも、


「契約金であっさり鞍替えするとなれば、アイラちゃんの為もあるのでしょうか?」

「だったら、こちらも契約金を上げればいいじゃん!」

「ロメロさん、そういう単純な問題じゃないですよ?」

「ただでさえバーチュアスの支援がないとカツカツ……世間の評判も馬鹿にできないですね、本当」


 ロメロが金銭面の問題だと言及するものの、クリスが安直すぎると突っ込みを入れる。テッドが指摘する通り、世間の評判が活動を継続するにあたって不可欠な援助金にも差し障る問題になっているとの事であり、


「だから我々も護衛とかの名目で協力する。世間の評判の為にね……」

「何か最近になって使い走りになっちまってますね」

「テッド君、手厳しい事を言うけどもそれは否定できないね」


 その為に、エスニックとしてもフォーマッツ計画へ協力する必要性があった。軍事衛星のレーザー兵器で都合よく前線の本拠地に命中する保証もない、そのような人道的な建前で無意味な作戦を押し通しているのではとの疑問をやはり彼らには払拭しきれないものである。


「しかし大気圏内でもどうしてこうバグロイドが出てきたのかですね。全然拠点がどこにあるかも分からないですし」

「私が調べましても今までバグロイヤーの戦艦や潜水艦の反応はありませんでした」

「バグロイドだけであぁも各地に現れる事は出来ない筈だが……」


 クリスとエルもまた、大気圏にてバグロイドとの戦闘行為が伴うものになってきている事に疑問を感じていた。バグロイヤーがいつの間に大気圏内に潜伏したか、休戦条約を利用して南極にバグリーズが襲来した時としても、そこまでの数のバグロイドが潜伏できるかで疑問点はある。


「ただ、今度のフォーマッツ打ち上げについてもバグロイヤーが攻めてくる可能性は高い。ハードウェーザーによる奇襲も考えられる」

「結局直ぐに出ては消えるハードウェーザーに対抗できるのはハードウェーザーだけなんじゃ……それをバーチュアスが軽視してよいとは思えんがのぅ」


 エスニックとブレーンの見解は同じであった。バーチュアス側がハードウェーザーを利用している状況であろうとも、バグロイヤーがバグロイドだけでなく、ハードウェーザーも所有しているのであったら、ハードウェーザーで太刀打ちする事は必然なのだと。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「プレイヤーとハドロイドの距離が縮まれば……か」


 ――ブリーフィング・ルームを後にした玲也達だが、少なからず思う所が生じていた。これもメルとジーロによってワイズナー現象に関する研究レポートがプレイヤー各々に周知された為である。互いの心が通い合う事で、双方の精神がシンクロして、プレイヤーの思念がハードウェーザーそのものを動かすプロセスらしいが、


「正直、嫌な話だな……って、けほっ、けほっ」


 ワイズナー現象に対して率直に彼が不快感を口にした瞬間、強力な肘鉄砲が彼の鳩尾をめがけて放たれていった。思わずその場で膝をつかせながら蒸せてしまう彼だが、


「あっ、そう! あたし達の事そう思ってるなら、あたしだって」

「いや待て、何をお前は誤解して……」

「玲也様! 私の事をお気に召さない事はありません事!?」

「ちょっと、あんた本当相変わらずなんだから!」


 肘鉄砲を浴びせながらニアが、彼への不快感をぶちまけようとしており、玲也が慌てるように彼女が誤解しているのではと少し慌てた様子で突っ込もうとすれば、エクスが凄い力で彼を抱き寄せて自分の胸元へ顔を引き寄せた。相変わらずの彼女のアプローチが過剰な様子にも、ニアが不快そうに叱りつけるものの、


「まさか、そのお力のせいで、私と玲也様は結ばれない運命でして? 誰も一人で生きてはいけぬというではありません事!?」

「待て、待て、俺がお前たちを嫌う訳ないだろう!!」

「……!」


 ニアの嫌味が通じないほど、今のエクスがトリップ状態にある。勝手にロミオとジュリエットのような妄想で暴走する彼女を止めようと、玲也が慌てて叫ぶものの――その内容がまた誤解されかねないものであり、


「れ、玲也さん、言っている事は私もよくわかりますが、その、少し……」

「あのねぇ……あたしだって本当はそう、って!」

「でしたら玲也様、今の私に戦う勇気を……」

「はーい、お前は黙れ、がきっちょの話を先に聞けー」


 その言動へリンが顔を赤くして、ニアもバツが悪そうにしおらしくなる。ただエクスだけは逆に火に油を注いだように重すぎる愛を暴走させていく。自分の顔を玲也へと近づけようとした瞬間、リタに後ろ首を掴まれてひっぱりあげられた。


「ベルさんを殺したあの力ですが、あのお陰でシャルや才人が助かったのはあるかもしれません」

「確かにそうなるっちゃなるけど……だったら何でだ?」

「みんな腕を磨いてここまで来たと思います。それを想いや気持ちに置き換えられたらどうなりますか……」


 ベルの取った行動を否定しないうえでも、ワイズナー現象による思念でハードウェーザーを動かす能力に対しては否定的だった。アンドリューから尋ねられれば、玲也は自分の両腕に視線を突きつけながら、口にしていると、


「気持ちの強さだけで、俺の今までが否定されたら堪りません。想いだけでどうにかなれば俺は今頃……」

「親父さんを助けられたって言うつもりだな?」

「父さんを見つけ出せる可能性があっても、茨の道だとは考えてこの道を選んだ身です。今までも、そしてこれからもでしょうね……」


 ワイズナー現象の力によって、思うように動かせる事になれば苦労しない。だがその不安定な力を制御できるようになろうとも、プレイヤーとして彼はその力を好意的に捉える事は出来なかった。父を超える為にゲーマーとして腕を磨き続け、プレイヤーとしてもその姿勢に変わりがないのだと改めて言い聞かせつつ、


「ベルさんもそうあってほしいと多分思ってます……その心と共に俺は腕を信じます」

「そういうこった……おめぇはまだ折れていねぇ訳だな」

「当たり前です。ただベルさんからもっと教わりたかった心残りはありますけどね……」


 ベル自身も本来ワイズナー現象へ依存する事を望まなかった――彼女として自分がプレイヤーとして高みを目指せていけるよう、先輩として自分たちを導いてきた姿勢から、彼女の意志を継いでも戦うのだと決意を新たにする。アンドリューが微かに眼を細めていた所、


「でもシャルちゃんはどうなんですか? ミーティングにもいませんでしたし」

「まだ部屋に閉じこもってるけどなー、まー大丈夫だろー」

「まぁ大丈夫って……ちょっと投げやり過ぎない?」


 玲也はまだしも、シャルの精神状態が不安だとリンが懸念する。ベルの件でショックが大きい故にプレイヤーとして意気消沈してしまっているのではとの事だが、部屋に閉じこもっている程度なら取るに足らない問題だとリタは楽観的である。玲也を他所にニアが少々不安がっていたようだが、


「まぁ、後で俺がしごいてやっから飯だ飯。俺がおごってやっから……」

「だからそなた達に関係ある話ではないだろう! そっとしてやることも出来んのか!?」

「パートナーだからって甘やかしてるんじゃないわよ! 」


 先輩として、萎えぬ闘志を後押ししてやる事も大事――大体玲也の家で飯を頂いている身のと関係があるのはともかく、玲也達へ飯をおごろうとしたものの、カフェテリア・ルームの途中でもめ事が生じていた。双方が揉めている声が耳に入った事もあり、


「ちょっと何ですの……ウィンさんが揉めてらっしゃるようですが」

「もう一方は……すみません、ちょっと見てきます」


 エクスが触れる通り、少し古風めいた口ぶりからしてウィンが誰かと諍いを起こしていた様子である。シャルのパートナーが騒ぎを起こしているとなれば、彼女に関わる事だと玲也が察し、直ぐに彼女の部屋へと駆け出していくと、


「私は甘やかしてなどいない! そなたにベルの何が分かれと……玲也!?」

「ウィンさん、それにコイさんまで何で!?」

「こいつの怒りが収まらなくてな、私も思う所があっただけだ」


 玲也達が視野に入った事に気づけば、玲也達が駆け付けていったあと。そして彼の視界には一方で中国代表の姿があった。コイがウィンと衝突している様子に対し、サンは少し諦めたようで彼女をドラグーンまで向かわせていたようで、


「シャルを出せば話が就くわよ! 勝手にぶらついて捕まったとかじゃないの!?」

「ちょっと待ってください! シャルちゃんはベルさんの事を想って……」

「それで余計な事になってるじゃない! 規則を無視して迷惑かけたじゃすまされないわよ!?」


 リンがシャル達が別行動をとっていた事情を説明するものの、コイからすれば持ち場を離れて独断でとった行動と彼女自身が最も嫌う事をされたに過ぎない。憤りが収まらない


「私とベルは同期だって事くらい分かるでしょ!? ベルがこの間戻ってきたばかりなのに……」

「お前とベルの事はあたいも分かってるぞー、けどなー」

「こんな事私も言いたくないですけどね、ドラグーンはどうしてこうも余計な事ばっか引き起こしてるのよ?」

「何でそこで私たちの方見まして? 」


 ベルはコイからすれば同期のプレイヤー、同じ女同士としての友情がそこに存在する。最もベルからすればシャルへも姉妹のように信頼関係が存在していたものの、コイとシャルの間柄には隙間風が吹いている――その微妙な関係は今に始まった事ではないと、彼女は玲也達の方へ睨みを利かせる。挑発と捉えてエクスが受けて立つが、


「だってそうじゃない、元々あんたも事故でプレイヤーになったんだし!」

「今更それ言うつもり!? あたしたちがいちゃいけないみたいじゃん!!」

「シャルだってそうじゃん! 勝手についてきて、勝手にヴィータストのプレイヤーになったもんでしょ!!」

「確かにそうですけど、もとはと言えば貴方たちが捕まったからでしょう!?」


 コイとして、玲也達を快く思わない面としてイレギュラーな経緯でプレイヤーへ抜擢された点による。それはシャルにも当てはまる事であり、規則を重んじる者としてイレギュラーな理由でプレイヤーになった為に、自覚が足りていないから勝手な行動を引き起こす。

 このような偏見で見られている事に対し、ニアが勿論黙っていられないが、エクスもまたシャルの勝手な行動以上に、その原因を引き起こしたコイ達を詰っていた所、


「貴様! 自分の事は棚に上げてよくも!!」

「待て! お前が本気で手を出したら取り返しがつかないぞー!!」

「けど、私だけでなくシャルまでこうも馬鹿にされましたら!!」


 実際、イレギュラーな自分たちの存在を否定するようなコイの言動へ、ウィンが黙っていられずはずもなく胸倉に手をかけようとした。ハドロイドの力でプレイヤーへ危害を加えてよい理由にはならないと、リタが彼女を力ずくで止めた所、


「おい、これ以上ここでゴタゴタ起こす事もだがな、おめぇにベルの全てが分かるって奴か?」

「アンドリューさんも、アンドリューさんよ! 貴方がこうも玲也やシャルを野放しにしてなきゃ!?」

「ほぉ、俺の監督不届きって奴か? 風紀だ規則だとかより、てめぇん所は、あぁいえばこういうんかい、なぁ!?」

「……」


 アンドリューも不快感を隠し切れないでいたが、コイは彼の責任だとまで追及を仕掛けてきた。とんだ言いがかりだと言いたげな顔で、彼がサンへ話を振るものの、何故か沈黙を続けていたが、



「ベルが死んで、シャルがこう生きてる事がおかしいのよ……あいつにベルがこ……!!」



 コイの頬が何者かの手によって張り飛ばされた――彼女が目の前の背丈の低い彼により、よろけて通路の手すりに身を任せる事になり、驚きを隠す事が出来なかった。最も目の前の彼がとった行動へ他の面々も眼を点にしており、


「玲也さん!?」

「俺は貴方に同じ事されましたけどね、まさか借りを返す時が来るとは思いませんでしたよ!!」


 リンが驚く通り、玲也は思わず右手で彼女の頬を張り飛ばした――目上の相手だろうとも歯を食いしばる形相で躊躇うことなく全力でぶちのめしていた。以前の借りがあるといえども、明らかに自分自身に落ち度があった為に報復をする理由などなかったはずだが、


「あ、あんたにベルの何がわかるのよ……!?」

「なら貴方にシャルの何が分かりますか!? 俺はまだしも、好敵手あいつをここまで馬鹿にしたら怒りますよ!!」

「そなた、そこまでシャルを……」


 イレギュラーな経緯でプレイヤーになった点から起因して、コイはシャルを偏見の目で見る――好敵手を貶された事が自分自身のように黙っていられなかったのである。シャルへの信頼がそこまで深いものだと知らされ、ウィンが少し目を丸くしている傍ら


「玲也ったら……もう」

「俺達の敵はバグロイヤーです、それなのに規律規律と言って足を引っ張るつもりですか、貴方は!!」

「全くだ……」


 ニアもまた玲也へ思わず感嘆の声を漏らしていた。達観しているようで信じる誰かのためには自分事のように全力で向かっていくのが自分たちのパートナーだと。その彼からすれば、コイが枠にはまった規律を振りかざして、自分たちの存在を認めようとしていないのではと、目先の感情で本来の目的を見失っていると叱りつけようとした途端、サンは立ち上がり、


「人間は感情の生き物と言うらしいが、貴様が振りかざしているのは単なるエゴだ」

「エゴ……あんたにもそう言われるなんて!」

「今の貴様などプレイヤー以下の屑だ。私より彼に論破された方がいい薬になるからな」


 自分自身が諫めるよりも、彼女が下だと見なしている相手に言い任される方が効果もある――サンはそのように判断した上で、敢えて沈黙を保ってドラグーンへと向かわせていた。実際玲也に平手と共に諭された様子に、効果があったようで追随するように彼女が感情に溺れている事を叱ると共に、アンドリュー達へ頭を下げた。


「あ、貴方が頭を下げますなんて……珍しい事もありますわね」

「私にも人へ下げる頭ぐらいある。ろくでもないプレイヤー崩れが迷惑をかけたからな」

「ちょ、ちょっと……そりゃそうかもしれないけど、あんたがそこまで言う?」

「シャルと同じだがな、貴様たちよりコイの事は分かっているつもりだ。口出しは結構……」


 エクスが触れる通り、冷徹かつ尊大なサンが自分たちへ頭を下げているのは奇妙な光景でもあった。彼としてコイの不始末を謝罪するつもりであったものの、必要以上に彼女を罵倒していないかと、ニアでさえ少し懸念する。これにパートナーとしては時に苛烈な態度も必要だと言いたげで、振り向きざまにそっと手を差し伸べた。


「ただ勘違いするな、今のシャルもプレイヤー以下だとみているがな」

「貴様! 少しは見直したと思ったがな……!!」

「ブリーフィングにも顔を出さないで閉じこもったまま、それでプレイヤーだと名乗れるのか?」

「そりゃま……まだ逃げてねぇけど、前にも行けねぇからな」


 今度は一転してシャルが至らない点をサンが指摘する。一度落ち着いたかに見えたウィンが再度彼へ迫りかかるものの、プレイヤー以下の烙印を押すかのように見ている彼の動機には一理ある――アンドリューはそう捉えていた所。


「俺が今から話つけてきます。あいつには恩がありますから」

「その恩返しって訳だな……よっしゃ!」


 仮にシャルがプレイヤーとしての使命を放棄しているならば、もうドラグーンに足を運ぶことはしていないだろう。彼女が戦う事へ迷いを抱えてしまっており、そこから抜け出すきっかけが必要だと玲也自らが立ち上がる事を選ぶ。彼がいうシャルからの恩の意味を即座に察して、アンドリューが背中に少し力を入れて平手で押し出し、


「ありがとうございます……それとウィンさんもお願いできませんか?」

「私が……そなたにそう頼まれるのも慣れないが」

「ウィンさんはパートナーです、俺が言うのも何ですが貴方を信じてますから」

「そ、そこまで言わなくても、私はそのつもりだ……シャル、開けるぞ」


 もとよりウィンもまた玲也へ必ずしも良い感情を向けていない。その筈ながら、当の彼から自分以上にシャルからすればなくてはならない相手だと後押しされると共に、少しバツが悪い様子ながら彼の頼みを受け入れた。かくして二人で彼女の部屋へ入り込んでいく所、


「玲也様ったら、私よりシャルさんの事に真剣なのはお気に召しませんが」

「今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ、とにかくあいつに任せたら大丈夫だから!」

「そこまで自信をもって言うのも、パートナーとしてか?」

「おいおい、そうでもねぇ俺も信じてんだぜ?」


 玲也に対して絶対的な自信を寄せている――外様故かサンが懐疑的な意見を述べたと共に、アンドリューが自分のお墨付きだとの本心をさりげなく漏らしており、食堂の方へと再度向かっており、そこにいる面々へついてこいと合図を送っており、


「あいつ、気持ちや想いのとか好きじゃないって言ってた気がするけどなー」

「腕を磨くのも生き残るのも、気持ちがあってこそだからよ……心と腕があってこそなのはわかってる筈だぜ?」


 リタから玲也に関して少しわざとらしいように尋ねられれば、彼はケロリとした様子で答えてみせた。

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