11.5-4 この一戦、我が好敵手(とも)にかけて

「あれでメルさんの言った通りには終わりか……」


 アンドリューが言った通り、リタとジャレコフはドラグーンの修理に駆り出されていた。メルとジーロによって提案された最速のプランをハドロイドとして二人が実際の作業にあたっていたが、半日ぶっ通しで働くと流石に疲弊を隠し切れない。

 よって二人とも夕方からは休みを与えられ、ジャレコフは艦内に設置された自販機からコーラとサイダーを買った。ちなみにコーラはリタに頼まれたものであり、。


「少し疲れるが、メルさんはぶっ続けで働きっぱなしだ……自分より疲れているはずだ」

『ベル君とジャレ君がそんな関係になっていたとは!?』

『博士、声が大きすぎまっせ』


 頭脳労働とはいえメルが今後の修理プランを練る上、今後の強化案についても提供を惜しまない。彼女にとって考えて苦にならない楽しい事だそうだが、自分たち以上に働く彼女に対し改めて感心しつつも、リタの待つリフレッシュ・ルームへ向かう途中だったが、メディカル・ルームの扉から自分たちの事でブレーン達が驚く声が聞こえた。


『メルもそこまで確信はしてないがみゃー、多分ジャレ夫がとの間でワイズナー現象が起こってるホイ』

『ワイズナー現象っていうんですかい、その何かプレイヤーが考えたとおりに操縦できる新しいタイプとかは』

「……」


 ジャレコフ自身何の話題か、自分たちにまつわる事でも身に覚えがない。少し罪悪感がありながらも彼は足を止めて立ち聞きする――ワイズナー現象との、プレイヤーが脳で思う通りにハードウェーザーを操縦できる能力について聞き覚えがない。けれども自分のタグが光った時に、ベルが自分の義手の性能以上に動かしていた前例もあり、当の彼女が不思議がっていた事も確かだと思い出していた。


『まぁ、このワイズナー現象は別に他のプレイヤーでも稀に見られるみゃー。ほんの僅かだけど』

『僅かですと、プレイヤーがコントローラーを捌ききれなかった時とかのコンマ単位でっせか?』

『そんな感じみゃー。何故こういう原因が起こるか、秀斗がプレイヤーとハドロイドの精神状態に関係があるとか見解を出してたみゃー』

「あの時、ベルの意志を無意識にだと……?」


 オカルトめいた現象についてメル自身否定的だと前置きを置きつつ秀斗の説を話す――プレイヤーとハドロイドの信頼関係が強固になるにつれて、プレイヤーの意志がハドロイドを仲介として伝達され、ハードウェーザーの操縦へと連結される現象が発生した瞬間にタグが光る。このプロセスにジャレコフが納得したのだが、


「ただこれだけワイズナー現象を発生させてるのは、ベルとジャレ夫の信頼関係が強すぎるんだみゃー、おそらく」

「互いを想う愛がロボットを動かす話でっせか……」

「あら、ロマンチックじゃない! それなら問題ないって事じゃない?」

「そうはいかないみゃー!」


 二人の想う心が奇跡を起こしたのだとジョイは捉えて思わず歓喜していたが、メルがそう上手い話はないと釘を刺す。いつもの口調ながら、舞い上がってはいけないと彼女なりに真剣な様子も漂う。


『これだから非科学的な事は信じられないみゃー。それで問題ないならゲーマーである必要はなくなるみゃ!』

『メル君、ふと思ったんじゃが……その逆もありうるのでは?』

『博士の言う通りみゃー。ハードウェーザーの状況を把握するにあたっても、ワイズナー現象が働きかけるホイ』

『つまり、無意識に脳にかける負担が大きくなる……なんてことじゃ!』


 ブレーンが危惧した事を尋ねれば、メルが彼の懸念が間違いでないとやむを得ず頷いた。思考コントロールだけで動かすにあたり、ハードウェーザーの現状を把握せねば有効に動かす事は困難を伴う。それに伴いハードウェーザーがおかれた状況も脳へ情報として伝達されるそうだが、脳の負担が計り知れない事にブレーンは思わず頭を抱えており、


『ちょ、ちょっと! それだとベルちゃんが取り返しのつかない事になるの!?』

『そうみゃ! いくら何でもこんな力に頼ったらプレイヤーを殺すようなものみゃ!!』

「ベルを殺す……!」


 ジョイからの問いにメルが答えるもやや感情的になっていた。それもこのワイズナー現象が発生すると、己で制御できない限り、プレイヤーの脳を破壊しかねないからである――この力に衝撃を覚えていたのが何よりもジャレコフだ。彼は思わずその場を走り去ってしまう。


「自分がベルを殺す、それだけは……!」


 ジャレコフ自身精神を落ち着かせようとはしていた。これをベルに打ち明けるにはまだ心の準備がいる、彼の出自もあってか平常心を保つことは得意としていた。少し体の震えが漂いながらも直ぐにリフレッシュ・ルームに足を運ぶと、


「遅いぞー、コーラは炭酸が抜けたら美味しくないんだぞー」

「すみません、どうぞ……」


 リタから急かされつつジャレコフがコーラ缶のプルタブを開けようとする。けれども走ってきたばかりからか、缶のタブを開けると彼の顔面目掛け、赤褐色の水しぶきが顔面を直撃する。


「あー、なにやってんだー、コーラが台無しだぞー」

「す、すみません……」

「とりあえず顔貸せー、拭いてやるぞー」


 ただ動揺を抑えきることはできなかったようで、コーラの缶を開ける行為に多少動揺が現れてもいる。リタが少し呆れながらもウェットティッシュで彼の顔面をぬぐう。その際彼女のラフな格好から胸もとが覗いており、リタはそれに気づいていたかどうか確かではない。当の彼は目をつぶっていたが、


「ジャレ夫―お前らしくもないけどどうしたんだー?」

「それは、あの……ベルの事で」

「ベルの事かー。お前とベルの仲だけどあたいとアンドリューで参考になるか分からないぞー?」

「参考……? いえ、リタさんとアンドリューさんは付き合っているのではないのですか?」


 リタに感づかれそうになり、ジャレコフは咄嗟にベルとの関係について相談に乗ってほしいと、話を少し暈して述べた。すると、リタがその気になるもよい相談相手になれるか分からないと意外な答えが返ってきた。いつもの様子から二人が付き合っているのではと彼も感じていたようだが、


「別にアンドリューはあたいのパートナーであって、彼氏じゃないぞー」

「左様ですか……」

「まぁ、アンドリューの奴が勝手に明かしたと思うけどなー、あたいの彼氏と似ていたのは確かだぞ……それで良かったら特別に話してやるぞ」


 昨日アンドリューが勢い余ってジャレコフに対して、自分とリタの出会いの頃を触れていた――その為か、結構あっさりとリタは過去を打ち明ける事にした。可愛い後輩の参考になるかもしれないと先輩としての気遣いもあったようであり、


「ニアと同じ年頃かな……絡まれてた所を助けられたのがきっかけでなー、あいつが今のアンドリューにそっくりだったんだぞー」

「その助けられた恩からその彼に……ですか?」

「それもそうだけどなー、あいつがあの頃のあたいからすればもう衝撃的でなー、まだ大人しかったあたいも、雷に打たれた気分だったぞー」

「え……?」


 正直ジャレコフですら意外とも思えた。少しがさつでアグレッシブな姉御肌のリタは、元々アンドリューのようなワイルドな男と馬が合うのバリバリな人物ではと感じたようであり、


「あー、あたいが昔からこうだったと思ってるなージャレ夫」

「いや、その……どうなのですか?」

「……しょうがないなー。ちょっとまだ誰もいないからなー驚いて腰抜かすなよー」


 リタが少し周りを見回してから、髪をポニーに結っていたリボンをほどく。その上でテーブルの下に自分の身体が隠れるように身をかがめて目を閉じた後、


「昔の私はこうだったんですよ? 小さい頃から箱入り娘でしてお父様とお母様とやんちゃな妹がいまして……」

「……リタさん、ですよね?」

「はい、私はリタ・シュモリィですよ? ジャレコフさん」

「……わ、分からない事もあるのですね」


 普段よりも2オクターブ程高く、済んだ声でなでるようにジャレコフへ語り掛ける。いつものジャレ夫といったあだ名で弟のようにかわいがるのではなく、まるで自分が年上のような様子で、今の彼女は上目遣いの表情で接している――リタ・シュモリィの過去があまりにもギャップがあったのか、ジャレコフが腰を抜かして椅子に座り込んでいた。


「そんな私はあのお方に助けられましてからお付き合いを密かにするようになりました。家が許してくれませんからね」


 箱入り育ちの清楚なお嬢様だったリタが、その時のワイルドな彼氏と付き合うにつれて彼女なりに砕けた面を持ち合わせるようになった。だが、その交際がばれて無理やり離れ離れにされた後、


「私は親の反対を振り切って、家を飛び出して彼を探しました。そこで色々と揉まれまして、再会できた時は既にバグロイヤーに殺されていたのです……」

「それからハドロイドとしてアンドリューさんへ出会って……」

「最もアンドリューさんが彼と同じ面影ですが、彼の姿を重ねてしまってのお付き合いは失礼ではないかと思うのです。ですが彼の面影を忘れる事も出来なくて……」


 引き続きおしとやかそうな様子でリタはアンドリューに対しての淡い想いと、その上で彼とはパートナーの関係であり、男女の仲になってはいけないとの自分のスタンスをジャレコフへと語る。アンドリューがその彼に面影が似ている理由で付き合う事は互いのプライドを傷つける事になると踏まえていたようだった


「リタさんが踏み越えてはいけない一線はよく分かりました……自分も実は」

「アズマリア! 大変ですよあのリタさんが人が変わったようにおしとやかになってます。ハドロイドの中でも一番腕っぷしが強く武闘派の彼女がらしくないのですが……」


 ジャレコフが腹を据えてリタに本題を聞こうとした瞬間だった。リフレッシュ・ルームに足を踏み入れた彼女が大慌てして相方を急かすように誘う。マシンガンのように延々としゃべり続ける丸眼鏡の彼女は――ルミカ以外の何物でもない。そんな彼女に今の自分が見られたと気づいた時、


「見―たーなー!!」

「はひっ!?」


 すぐさまリボンを髪に結いながらリタは立ち上がった。いつも通りの少しガサツな様子へ戻った、彼女の眼光は激しく光っており、目の前のルミカを威圧するには十分。素早く胸倉をつかんで彼女の足が宙に浮く。


「さっき見た事は忘れたかー!?」

「は、はい! きれいさっぱり忘れました!! リタさんが元々おしとやかなお嬢様だったところ、今のアンドリューさんとよく似た方に助けられてお付き合いしまして、それも」

「どこが忘れているだー!!」

「す、すみません! リタさん本当私忘れてます! 私は確かにやたらと話が長いとか喋るのが早いと言われています! ですがそれは……アズマリア、助けてください! 助けましたらですね……」


 ルミカは本当に忘れているかどうかは実に怪しいだろう。そんな彼女が相棒に助けを求めようとしていた所、当のアズマリアは学校から帰りドラグーンへ向かった玲也たちと出会っており、


「アズマリアさん、ルミカさんが何やらかしたが分かりませんが……」

「はい、ルミカが知ってはいけない事を知ってしまいましたからねー」

「そ、それはそうかもしれないですが、助けなくて大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよー、私が折檻してもルミカがピンピンしてますからー」

「いや、ぴんぴんしてるって言ったってリタさん、ハドロイド……あっ」


 玲也とリンがルミカを救った方が良いと勧めるが、昔からの付き合いであるアズマリアからすればこれくらいで彼女がへこたれる訳でがないと妙に余裕を保っていた。最もニアが突っ込む通り彼女の気が抜けたかのように首が横に曲がる様子を目撃した――アズマリアだけは悠然とした態度に変わりはなかったのだが。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「ルミカはとりあえず大丈夫のようですー、何か世の中には知らない方が良いとうわごとばかり言ってましたが」

「全く……あいつの野次馬でおしゃべりな性格も困りものだな」

「いや、リタが何でキレたかしらねぇけど大丈夫なんかよ……」

「私とアズマリアが実力行使で止めても……すぐこれだぞ?」


  シミュレーター・ルームの観客席――アンドリューの後ろにマーベル、アズマリア、メルの3人が座っていた。ちなみにルミカはジョイが診断したかぎり命に別状はないものの、情緒不安定な状態でガタガタ震えていた様子だった。マーベル達からすればそれ位でへこたれないとの少し呆れたように触れていたが、


「それはそうと、玲也とシャルが決着をつけるとの事で見させてもらうが……」

「別に俺はおめぇらを誘ってねぇ」

「まぁ、戦い次第だが私は考えた。シャルをフェニックスへ招こうと思ってな」

「……駄目に決まってらぁ!」


 アンドリューの事を知った事かとマーベルが勝手に話を進める。最もシャルがフランス代表との点から引き抜こうとする誘いであり速攻で彼は却下した。ヴィータストががブレスト、クロスト、ネクストとの連携を前提としている事もあってであり、


「そもそも、フェニックスに4機もいるだろ! ポルトガル代表とかなぁ!!」

「でもー、ポルトガルのアイラさんが15歳未満ですからー、保護者の方の許可が必要ですが―」

「何、あとで私が直接話をつけてやる。アタリストだったがな……言っておくが第2世代でもかなりのスペックだしな」


 呆れながらアンドリューはポルトガル代表の件に話を逸らした。彼女たちはシミュレーターバトルが終わる時間頃に、彼女たちで直接アイラの元に交渉へ乗り込むつもりだったらしいが――ガンボットから事情はまだ伝えられていないらしい。


「そうだみゃー。メルが最後に設計したハードウェーザーだからみゃー」

「どのみちアタリストがデビューすればどうなるかだな……アンドリュー」

「ったく……おめぇらスペックを優先しすぎてんだよ。肝心のプレイヤーの腕がどうかっての……おっと」


 アタリストがいわゆる第2世代のヘビータイプとして、第3世代に匹敵するスペックを持っている――マーベル達はアンドリューへ自慢するように語るが、アンドリューはあまり相手にはしなかった。それよりも開いた扉の相手に関心を持って立ち上がった。


「お待たせ、玲也君!」

「シャルさん、遅いんじゃありませんこと!?」

「いや、17時には間に合っているから問題はない思う存分勝負が出来たらよいと思う」


 シャルとウィンがシミュレーター・ルームへ姿を現した、エクスが少し待ちくたびれている所だったが、時計は17時から10分ほど前であって別にギリギリでもない様子。むしろ玲也たちが早く来ていたと言った方が良い。


「改めて言いますけど……貴方が先輩かつ主席と言いましても私に勝てるとは限りませんわよ?」

「限りないというなら、私たちが当然勝つという事もあるのだな! 当然だがな!!」

「あぁ、もう……玲也君!勿論勝っても負けても恨みっこなしだからね!」

「もちろんだ、悔いのないように挑もう……!!」


 エクスとウィンは先輩のプライド、後輩の意地をかけてとのことで緊張した空気が漂ってもいたが――玲也とエクスはあくまで好敵手同士として、まるでスポーツマンのように爽やかな態度であった。


「あたしはそりゃ玲也に勝ってほしいけど、何か複雑ね……」

「まぁニアちゃん、ウィンさんにとってはエクスちゃんの方が縁もあるとの事で」

「まぁま、クサりなさんなって、その後おめぇらが使ってもいいからよ」

「別にあたしはそう妬いてないですよ!」


 ニアとリンがアンドリューの隣に座るっていた。ニアにとって玲也が勝てばエクスとデートする約束がかかっており、一日だけとはいえ少し彼女は妬いている様子。アンドリューが少しニアを揶揄いつつ、玲也とシャルの対決がどう展開するかを見るように促す。


「マシンのスペックはクロストの方が上らしいですけどねー。玲也さんが事前に指名していたのはちょうどよいハンデですかかなー」

「ハンデとかじゃねぇよ。あいつらは常にハンデなしの真っ向勝負を望んでっからよ」


 玲也と戦うにあたって3機のハードウェーザーから何を使ってくるかが、シミュレーターでの対決にでは他のプレイヤーにはない強みとなる。相手からすれば3機分の対応を想定されからだが、事前に選ぶハードウェーザーを指名していればその必要はなくなる為幾分かのハンデになる。アズマリアがそのように見なしていた所、、実質この勝負のレフェリーとしてアンドリューは目を細めながら真剣勝負に変わりはないと触れた。


(シャル……元々オリビアというハンドルネームから知ったのが最初。互いに同じゲーマーとして鎬を削ったライバル同士。だが電装マシン戦隊としてはシャルが先輩。俺よりも長く実際のハードウェーザーの戦いを知っていた身だ)


(玲也君……ハンドルネーム・タカシだった頃から君は強かった。同じゲーマーとして僕のライバルに相応しい腕を持ってたのは確かだったよ。そんな君が3機のハードウェーザーのプレイヤーとして戦ってきて、僕をプレイヤーとして戦わせるきっかけを作ったのも玲也君だったね!)


 それぞれの相手に対して思惑を巡らせ、玲也とシャルは互いに握手を交わしてシミュレーターへ乗り込んだ。大型モニターに表示された戦場は、昇る陽が地面に向けて日射しをぎらつかせている熱砂が戦場となり、


「どうやら砂漠が舞台のようか……あいつに分があるのは認めよう」

「大丈夫だよ。ヴィータストは空が飛べるから……そこから攻めていくパターンで行くよ!」

「分かった……何としても勝つぞ!!」


 キャタピラでの移動が可能なクロストにとって有利な点からウィンの表情に苦みが走るが、シャルはヴィータストが飛べる点から攻めようとしていた。そして、L1,L2,R1,R2に加えてスタートとセレクトを同時押し。電次元ジャンプを発動させたのだ。

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