1-3 飛び出す先は戦いの海、飛び込む先は戦いの渦

「……ここは!?」

「目覚めましたか、玲也さん……」


 玲也の意識が覚醒した。何かを飲まされた後に体を何回か揺さぶられた覚えがある。彼の顔を覗き込んで無事を確認していたのはリンだ。赤髪のショートヘアーの彼女は他の二人と違い穏やかで柔和そうな雰囲気を漂わせる女の子だ。一方他の二人はすまし顔で彼が目を覚ます様子を少し焦らされながら見ているかのようだった。


「お前達……俺の家に勝手に押し寄せた挙句、俺を攫うとは。一体どのような了見だ」

「あら。私こそあなたのような品のない殿方を好きでお連れしたのではございませんことよ」

「エクスちゃん、そこは謝りましょう……」

「まぁ、こうしたほうがあんたに一から順に話すより手っ取り早いじゃない」

「この俺は、今何がどうしてこうなるのか腸が煮えかえる気分だ」


ニア達を前に玲也は平静を装いながらも、内心では見知らぬ部屋に連れ込まれて動揺を抑えている様子だった。重役のオフィスルームのように感じられるものの、本棚の中には何故か週刊少年漫画雑誌が横並びに置かれている事が目に入る。


「ここは地球からすでに飛び出した先、つまり玲也君は大気圏外に出ているんだよ」

「あなたは? 一体俺がどうしてここにいるかご存知なのですか」


その折3人の後ろ、デスクに座り構えている壮年の男が軽く咳払いをしながら穏やかに口を開く。リンが察したことで3人が左に寄ると玲也は彼を目にする、自分の事を知るこの男は何者か?玲也が問おうとするも、


「まず単刀直入に聞こう。君はハードウェーザー・ディメンジョンウォーをプレイしていたかい?」

「えっ……た、確かに半年程前から」

「そうか。じゃあ君がそのゲームで今使っているハードウェーザーの名前を教えてくれないか」

「……まさか、本当に」


 一体この男は何を自分から聞き出そうとしているのか、玲也はそれを考えると新たな疑問が湧いて出ようとしている。しかし同時にハードウェーザー関係を尋ねてきている事に、つい先ほど才人から聞いた話を思い出す。そのような話は本当か否か、信じがたい話でもあったのだが、


「ブレスト、クロスト、ネクストですね……俺が組んだハードウェーザーのデータは」

「ブレスト!?」

「クロストということは……」

「ネクストは……私ですね」


 とりあえず真偽を確かめる意味でも男の質問へ玲也は正直に回答した。彼自身が後ろめたい事もないと判断した事もあったから為だが、ニア、エクス、リンの3人は揃いに揃って驚きを示した。

ハードウェーザーの名前を聞いた後、男がノートパソコンの画面に目をやったのちにすっと席を立った。


「玲也君、まず私だが電装マシン戦隊の総司令官でもあり、ドラグーン・フォートレスの艦長を務めるエスニック・スウェアーだ」

「電装マシン戦隊……確か」


 エスニックが所属している電装マシン戦隊との単語は玲也にも聞き覚えがあった。それもゲームで同名の組織が出ていたからである。この組織名から彼はそのまさかを認めざるを得ないような現実に気づき始めていた。


「すまない、玲也君!!」

「はい……⁉」

「玲也君、君はハードウェーザーのプレイヤーに選ばれてしまったのだよ!!」


 すると目の前のエスニックが自分に対して頭を下げながら、ついに核心に話をつなげた。明らかに目の前の彼が自分より身分の高いはずだが、何故申し訳なさそうに謝るのかと玲也は少し戸惑う。最も彼自身にとっても受け入れがたい話であり、思わずニア達の方を向くが、


「玲也……まぁ、あんたの気持ちも分からなくもないけど、残念ながら本当よ」

「全く、残念なのはあなたと組むことになる私の方ですわよ」

「だからエクスちゃん、そこは怒る所じゃないですよ……」


 ニアは諦めろと現実を彼に突き付け、エクスは自分が不満だと逆切れしたように顔をそむける。ちなみリンはエクスを宥めながら玲也に対して何ども頭を下げる。最も玲也は確定した話に対しても、衝撃自体はあったようで体に震えが走り続ける。


「本来ならまだ君は選ばれないはずだが、電次元側の事故によるイレギュラーな事態だと……」

「エスニック君!」


 玲也に罪悪感を抱きつつ、エスニックは彼を傷つけないように経緯を触れようとした。だがそこにロマンスグレーの老人が勢いよくドアを開けて乗り込んできた。この男は全速力でやってきたからかぜぇぜぇと息を切らせている。だがそれでもよろよろな様子とはいえ玲也の元にたどり着いて手を取りすかさず感嘆の様子を示す。


「ブレーン博士、玲也君への話はまだ終わっていないですよ」

「それはそうじゃが、彼が秀斗君の息子じゃて……信念の強そうなこの顔立ちはいかにも」

「秀斗……父さんの事ですか!」

「そうじゃが……苦しいぞい玲也君! まずは落ち着いてくれんか!!」


 秀斗――父の名を耳にしたとき、玲也は人が豹変したように彼“ブレーン・エンタレス”という老人の肩につかんで揺さぶった。


「落ち着いてください玲也さん。将軍や博士もあなたのお父さんと関係がある人ですがとりあえず」

「……エル君か。こちらに3機程のバグレラが確認できたのだな」


 リンが玲也を落ち着かせようと間に入った頃、エスニックはスマートフォンらしき通信機を取り出してエルという部下からの連絡に応対する。彼は少し怪訝そうにに、しかし手慣れているような冷静な様子で応対する。


「バグレラって……あいつらなの!?」

「そうですわね、バグロイヤー側の主力兵器だと私は士官学校で習いましてよ?」

「……あんた、その場でお高く止まるのは止めたら?」


 だが、エスニックの話へ最も強く反応したのはニアだ。バグレラの事を知っているとお高く止まるエクスへ少し苛立つが、それよりも握りこぶしが震えるのは、この船外に自分たちの仇のようなバグレラが近くに潜んでいる事に対してでだ。


「……いくわよ! 玲也」

「いくとは何処へ!!」


 声を荒げるニアが玲也の腕を無理やり引っ張って、その勢いで彼をまるで抱き上げて部屋を飛び出す。ニアが自分より背丈が高いが、それでも女に男があっさり抱き上げられる事に彼は少し複雑だ。しかし彼女に抱き上げられる事など、これからの事を考えると序の口のような驚きに過ぎない。


「ちょっとニアさん!勝手に飛び出さないでくださる!? リン、貴方もいらっしゃい」

「わ、私もですか……ちょっと」

「あのニアだけ行かせたらそれはそれで問題ですのよ!!」

「あぁっ、玲也君やニア君だけでなく、君たちも行ってはならんぞい!聞くんじゃ!!」


 ニアと玲也に追随するように、エクスも後を追い、リンも悩んだが結局は3人についていく。最も彼女たちに弾き飛ばされるブレーンは狼狽しながら4人を止めようとしたがまるで聞く耳を持っていないように効果はない。


「エスニック君、いきなり玲也君たちに出撃させたら大変なことになるぞい!! 早くこちらからロックをかけるようにブリッジへと!!」

「いや、その必要はないと思いますがね、博士」

「アンドリュー君……どういうことじゃ!!」


 ブレーンが慌てている傍ら、彼らと入れ違いにやってきた男が宥める。アンドリュー・ヴァンスという名のこの男は、玲也達が飛び出していった事を知っているかのような様子だが、そこまで慌てる必要はないと言いたげな様子だ。


「ほぉアンドリュー君。君はそう考えるか」

「将軍、この状況で俺を呼ばなかった時点でそこまで取るに足らない相手だと思いましたがね……」


 アンドリューからの問いには、エスニックは言葉ではなく口元をかすかに緩ませて答えた。上司の考えはごもっともだとアンドリューも同じく何も敢えて言わない事で返す。最もこの二人が腰を据えて落ち着いている様子と対照的に、ブレーンが二人の顔をキョロキョロと見ながら全く不安と動揺を隠せない様子ではあったが。


「あいつら3機ぐらい、ハードウェーザーじゃなくてうちらのフラッグ隊でも片付けられそうだし、レスリストを呼びゃあ最悪の状況でもなー」

「まぁリタの言う通りだと俺は思いますがね博士、ラディの腕なら不足はねぇし、アトラスでもてこずる事はないでしょう」

「そうそう。あたいらもあの程度の相手に出て戦うのはちょっと大げさなんじゃないかなーって。だろ?」


 アンドリューから少し遅れてリタという女もまた彼と同じ意見を述べる。その後アンドリューに上目遣いの表情を見せると、彼は素早く肩を取って自分の方へと寄せる。この二組はパートナーのように互いを知っているのだと言わんばかりに。


「しかし、しかしじゃなぁ! わしは秀斗君までに続いて玲也君までこう巻き込んでしまうことが申し訳ないんじゃよ……そうじゃろ?」


 それでもブレーンは彼らを戦いに巻き込ませたくないと再度反対を主張して、エスニックに目を向ける。この状況での裁定は総司令官の彼に委ねられている。ただその時の彼はまた部下から対応を求められ、応対している様子であったが,



「……玲也君たちがアラートルームへ入ったのなら、そのまま電装をスタンバイしてほしい。クリス君だけで対応が無理ならテッド君にも手伝わせるように」

「な、なんじゃて……百歩譲って実戦経験があるならわしは何も言わないつもりじゃがな!!」

「まぁまぁ博士、とりあえず落ち着いて落ち着いて-」


エスニックは玲也達を止めないようブリッジクルーに指示を送った。ブレーンにとっては無理を突き付けているのだと抗議しようとするがリタに窘められる。そしてアンドリューはエスニックに対して視線で同意を示しつつも、裁定の理由を述べてほしいとも促していた。


「博士、玲也君はイレギュラーな経緯でプレイヤーに選ばれてしまっただけなら私も止めていたかもしれません。だがイレギュラーな経緯が彼へ想像以上の力を与えてしまった事も大きいのですよ」

「……あの子たちが玲也君と共に戦う事がそれじゃと」


 エスニックは自分が彼らのような子供を戦いへ駆り立てる決断をしてしまった事に、大人として自戒の念もある様子だった。その選択を下した理由にはブレーンは一応理解を示しており、戦わせることへ反対するスタンスがあろうとも。


「全く俺らプレイヤー一人につきハドロイドは一人だけどなぁ、あいつ3人もハドロイドを持つプレイヤーにだってのがなぁ」

「アンドリュー、あたいだけじゃ不満だって言いたいのかー? あのがきっちょ、羨ましい立場だけどよー」

「リタ君……そういう問題ではないぞい」


頃合いを見計らってアンドリューとリタも会話に入る。リタががきっちょと呼ぶ玲也を羨ましがる理由は、今そのような事を気にしている場合ではないとブレーンが突っ込みを呈するが、アンドリューは自分もその立場なら分からなくはないとの表情だけは浮かべていた。


「まぁあいつは3機のハードウェーザーを持つ事になっちまったんだ。単純に計算すりゃあ一人で3人分の戦力になるってことですよね、将軍」

「単純な計算で考えたくはないがその通りだ……イレギュラーな事態もあったが、玲也君はそれだけのハードウェーザーのデータを既に組み上げていたとなれば……」


 エスニックがブレーンへ意見を求めるかのように顔を向ける。彼は困惑を隠せない表情だったが、自分が子供だから彼らを戦わせたくないと主張する事に限界も感じ取っていたようでため息をつく。


「確かにあれだけのデータを組んで活躍していたとなると、やはり秀斗君の息子だけの事はあると認めないといかんかのぅ……」

「正直、あの子たちに記録されていたデータが玲也君のものだと知った時、運命や宿命のようなものを私は感じましてね……たとえ嵐が吹こうとも、たとえ大波荒れようとも、彼が戦いに身を投じる事をですね。アンドリュー君」

「……わかってますって」


 ブレーンが認めざるを得ないが悩みも払拭しきれない様子に、エスニックは理解を示しながらも戦いは避けられないものだったのではと述べる。その上でアンドリューとリタに指示を下そうとすれば、二人は速やかにアラートルームへ向かうつもりであった。


「アンドリュー、がきっちょを救えばあたいらも一応アピールできるってことだなー」

「バーロー、あの程度の雑魚相手にアピールするとたがが知れるだろ」


 二人が軽口を交わしながら司令室を後にする。結局彼らの戦いを認めることを選んだブレーンはまだ憂いを隠せない様子はあり、エスニックにもその感情がないと言えば嘘になるだろう。


「秀斗君よ……親に離れた雛鳥もいつかは優しい懐に逢える明日があるとはいうが、その道筋はやはり険しいものか」


ただエスニックは軽く嘆息しながら天井を見上げ、憂いと共に述べるのであった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「早速着いたわね!」


 その頃ニア達がアラートルームへと足を踏み入れた。パイロット――すなわちプレイヤー達にとっての出動待機室となる。出動前後の気を解きほぐす為のように自動販売機が設置されているが、


「のわっ!」

「危ないですっ!!」


 ニアが早速出動する事で頭が一杯だったのか、抱き上げ運んでいた玲也をその隣のベンチに放り込む。最もその勢いからベンチに落ちたとしても、衝撃が拡散されるものではないとリンが察して慌てて彼をその場で抱き留めたお陰で彼は事なき事を得る。3人の中では一応背が低く華奢な彼女でも、まるで同じ年頃の男を抱き上げる事は容易いようだ。


「確かニアだったか。俺がそれ程まで気に食わないとでも」

「あ、ごめんごめん。あんたもてっきり同じだったと」

「うん……私達だったら問題ないですけど、玲也さんの場合結構痛いと思います」


 軽く舌を出してニアが詫びるが、それだけで済まされるのは妙に軽い扱いだと玲也はリンに下ろされる中で少し腹が立つ心境ではあった。あんたもてっきり同じとの意味がよく分からないのだが、


「それはさておき、ニアさんこの先一体どうお考えのつもりかしら」

「どうお考えって、そりゃあたしが出るつもりに決まって……」


 この中でエクスだけ、一応先を見通していたのか、床を踏み鳴らして彼女に気づかさせる。赤い正方形のマーキングされたその床を見るや否や、ニアは思わずしまったと気づき、リンの方に顔を向けるが、“自分に頼まれてもどうしようもない“と言いたげそうに苦笑いしながら手を横に振った。


「リン、確かあんたこのくらいだったら」

「そ、そんなこと私にはできませんよ!」


 最もリンになら開けられるのではと、ニアが少し怪訝そうに触れる。その上でリンが必死に否定するのだが二人を眺めるように見ているエクスには何か状況が分かっているようだが、今はこれで都合がよいと少し余裕で構えていた。


「さて、この流れでとりあえずは予測したが……もしかすると出撃が出来ないと」

「貴方、妙にこの状況で平常心ですわね」

『ちょっと足をどけて! 危ないわよ!!』


 玲也なりに事情を察して尋ねるが、彼の疑問はエクス自身既に分かっている事でもあると尋ねられることは鬱陶しい内容だった。

 だがしかし、彼女たちが先に詰まっている事を察したように注意を促す声が聞こえた。それから間もなくしてアラートルームの床、正方形のパネルが開く。その先には地下に繋がるようなスロープが見えた。


「これは一体どういうことでしょうか、クリスさん」

『いや、さっき将軍から出動の許可が出たの! そこの子が玲也……まぁ古来15、6歳の出陣がなかった訳ではないって言葉もあるけどね」

「……すみません、俺はまだ13歳ですが」

 

 クリスという女性オペレーターからの台詞回しだと、おそらくはこのアラートルームの様子を彼女は把握しているのだろう。ただ自分が15、6歳に例えられた事は素で勘違いされたのか、揶揄っているのかどちらとも判断しがたいもので、149㎝の身長の玲也(13歳)にとっては妙に複雑な心境だったとは記すことにする。


「話が早いじゃん、それなら……!!」

「ニアさん! お待ちなさいったら!!」


 だが、クリスの話から全てを察したニアがスロープへ飛び込んで行ってしまった。彼女の姿は瞬く間に玲也達の視界から消えてしまい、エクスは先を越されたと言わんばかりに地団駄を踏む。


『ニアって子、気が早いわね。じゃあ玲也は正面のスロープのバーに捕まって』

「バー……それは、これのことっ……!?」


 アラートルームの奥に備えられたシャッターが上がり、同じようなスロープがその先には備え付けられている。玲也はクリスの指示通り銀色のバーを両手で握った時、背中から思い切り蹴り飛ばされたことを彼は気づいた。しかし気づいたときは既に遅く彼の身を任せたバーがスロープを勢いよく下っていく。


「玲也さん!? エクスちゃん、いくら何でもそれは……」

「あの方に行ってもらいませんと、私たちが行けなくて!? あのニアではなく私が最初に電装するべきでしたのに!!」


玲也の叫びが遠くなっていく事にリンは身を強張らせるが、エクスが半ば強引に彼女もバーにつかませて彼女を押し飛ばし、その後またせりあがってきたバーへ自分も捕まって身をバーの動きに合わせた。


「これは手を離したら間違いなく……!!」


 今、玲也は激しい速度で下っていくバーにこの身、この命を預けていくのかと思うと正気を保つ事で精一杯の状況だ。この先に何をするかとの指示も下らず、先を見る事も恐ろしいと思わず瞼を閉じてしまう。


『玲也! ここから飛ぶ準備をしないと本当にやばいわよ!!』

「……!!」


クリスから下る指示に玲也は眼を見開く。するとスロープの先がない事、その先の空間には赤色の線で成り立つフレーム状の光、まるで巨大な人型、角ばったロボットのような形状を構成している現況が飛び込み、この状況を認識していくのだが、


(これはゲームと同じ光景……)

『あれに向かって飛んで! それから……』


 だが緊迫する状況ながら、玲也自身見覚えのあるシチュエーションでもあった。この既視感を考える最中、徐々に落ち着きを取り戻し始めてもいた。続く指示はゲームで体験したものと同じ流れであると、先ほどまで不安と恐怖で握りしめていたバーに対しその手を緩めて解いていく。


「マトリクサー・スタンバイ!!」


両手を離した先、宙に舞う体はあのフレームに身を任せてやると決意したとともに玲也は叫ぶ。ゲームと同じ流れであるとこの先をイメージした時、自然と彼は次に取るべき行動が何か把握し始めていたのだ。


『ブレスト・セットアップ・ゴー!!』


 そのフレームからニアの声がすると共に、赤き一筋の閃光が玲也の体に直撃する。この光に体を打たれる事は彼が想定していなかった様子でもあり、言葉には出なかったが一瞬狼狽もしていた。しかし落下速度が緩やかなものへとなっていき、落ちていく中でわが身が緩やかに浮いてもいると感じ取った時、不安は先程までより些細なものとなっていた。


「……っと!?」


 やがて自分がフレーム体へと飲み込まれていくと感じた間もなく、フレーム体の中には小さな空間が構築されていた。玲也の体が自然と床へと足が着く。最もその後直ぐ何者かに後ろから蹴られて前のめりに転倒したのだが。


「転ぶことまでは想定していなかった……」


 玲也が起き上がると共に、視界には腕を組むマリンブルーのロングと、恥ずかしそうに体を隠そうとするイエローグリーンのポニーの少女二人。だが気品高そうに済ました顔をしている様子と、周囲に対し縮こまっている様子の二人がエクスとリンだとは直ぐに分かった。


「いつまでジロジロとみてますの!?」

「あいた……!!」


 エクスが少し恥じらいながら彼を平手でぶつ。目の前の二人は髪の色と同じ色をしたレオタード調のコスチュームに身を任せていたが、それは体形が丸わかりのような形状である上、肌の露出もそれなりにある。思春期の彼女らにとってはあまり快い姿ではない。実際にリンがエクスの後ろでうずくまっていた。


「全く! あたし達だって好きでこんな格好してるんじゃないからね!」

「べ、別に俺も好きでお前たちを見ている訳では」


 彼女に思い切りぶたれて玲也は吹き飛ばされそうになる……はずだが、彼の体は宙に浮くだけで済み、地面に打ち付けられることはなく、自力で床に足をつける。何があったのかと疑問を感じた彼だが、直ぐ後ろの席に座っていたニアの存在に気付く。ちなみに彼女も赤いツインテールの姿である他、同じような赤いレオタードを着用しており少し羞恥心もあるようなリアクションを示す。


「ニアちゃん、重力制御の方上手くいきましたか」

「何とか、重力弱くすることは出来た感じ……重力そのままだとあたし達はまだしも、玲也がやばいからね」


 ニアはキーボードを素早く動かし、プログラミングを進めていた。どうやら彼女がブレストというハードウェーザーを制御しているのだろうと玲也は薄々察しつつ、つい彼女を注視してしまう。


「……もう、とりあえずコントローラー出すから受け取ったらさっさとあっち向いて」

「わ、悪い……」


 玲也の視線に恥じらいながら、意識を別の方向に逸らしたいこともありコントローラーをすぐさま射出する。天井から落下するコントローラーだが、最も重力を弱く調整したからか落下速度は緩やかなものとなり、玲也は手を伸ばす。


「そうはいきませんわよ!」


 しかし彼より背丈のあるエクスが、あえて軽く飛び上がって玲也より先にコントローラーをつかんで着地した。


「ちょっとエクス、何であんたがあたしのプレイヤーになるのよ」

「それはもう、このようなおチビさんな殿方がプレイヤーとして務まると思いまして」


その上、エクスは少し意地悪気に玲也に見せびらかすようにそのコントローラーを見せつける――左右にグリップがあり、十字キーと4つのボタンを挟んで2つのアナログスティック。上部の左右にそれぞれ2つずつボタンが置かれているものであったが、


「……全く同じ形状だ。ブラウザゲームでは左スティックが移動で、右スティックがロックオンカーソルの移動、Aボタンがな……」

「な……」


 だが、そのコントローラーが玲也にとって見覚えがあるものだとの事をエクスは考えてもいなかった。そしてニアは狼狽えを隠せない彼女に対して、後ろから良い気味だと思っていた――最も彼が何故そこまで冷静な反応を示しているか内心突っ込みを入れたい気分もあるのだが。


「とりあえずもう1つ射出するわよ」

「……すまない」


いずれにせよニアは玲也に対してもう一つコントローラーを射出した。今度は流石に彼が軽く飛んで右手にキャッチした。


「ちょっとニアさん! 先ほど私が動かすと言ったはずですわ!!」

「いや、何かあいつがあんたより動かせそうな気がしたから……何か凄い変な奴のような気もするけど」

「貴方の期待外れですわ! それよりリンさん、あなたの方がまだマシで……」

「いやエクスちゃん、私に期待しても全然ダメですよ」


 ちなみにエクスから話題を振られたリンは何故かその場で蹲っており、先ほどよりも自信のなさげな様子で、この戦いそのものを望んでいない様子が如何にも現れていた。


『ちょっと取り込み中悪いんだけど、いいかなぁ……もう電次元ジャンプスタンバイできてるんだし、こう待たされると』

「す、すみません! ほらとりあえずもうカスタマイズはフルサイズ、エクスと玲也は1と2のあるパネルにいって!!」


 コントローラー絡みで揉めている様子にクリスは焦らされて少し困惑している様子だった。この催促へ流石にまずいとニアでも判断したようで慌てて指示を下す。


「まぁ私と同じ貴方がプレイヤーなのは癪に障りますが……今に見てなさい」


 エクスが再度コントローラーを見せつけて玲也へ挑発をかます。最も彼は手にしたコントローラーをまじまじと見つめながら、これから先の事を考える。少なからず隣の彼女を相手にしている様子はない。


(電次元ジャンプはゲームと同じ仕様ならば、これから戦場に飛ぶ。さらにその先も同じならば、俺がこのブレストを動かす事になるというのか……)


「ブレスト・セットアップ・コンプリート! 電次元ジャンプお願いします!!」

『了解……電次元ジャンプは結構負荷大きいからね、玲也は気を付けた方がいいわよ!』

「わ、わかりました……!?」


 クリスから警告を受けて間もなくして、玲也は体全体が激しく揺さぶられる衝撃を感じとる。景色がブラックアウトするだけでなく、まるで自分の意識もそこで暗転したように感じていた。


「あっ、玲也さん!? ニアちゃん、電次元ジャンプの方……」

「うわ……そこまで考えてなかったわ。あたし達ならまだしも」

「まぁ、このくらいの衝撃で気絶してしまうようでしたら、大したこともないですね……」


 3人の会話を玲也が知る筈はなかった。またブラックアウトした景色の先、転移した光景も……。

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