1-2 羽鳥玲也と3人の戦姫

とあるゲームセンター。時刻は16時を過ぎ、夕方に差し掛かるが早春の終わり頃なのでまだ空は明るい。春休みに差し掛かる時期だけあってか平日ながら10代の客がちらほらと確認できる。


「うわぁ! もう予選通過の平均スコア越したのかよ!!」


そしてスペースの奥に位置しながら、壁に埋め込まれた巨大液晶が個性をアピールするような筐体があった。ブレザーの制服姿の彼がワイヤレスコントローラーを手にして液晶に映る3機のロボットを巧みに動かしながら、敵機――いや、彼からすれば動く標的を片っ端から仕留めていく。


「いやぁ、俺のデータだけどこうも動かしちゃうなんて、流石玲也ちゃん!俺も鼻が高いってか!!」


 ちらほらと集まる野次馬の様子を横目で見ながら、声援を送る少年は彼――羽鳥玲也の友人だろう。だが自分のようにはしゃぐ彼に対して、玲也は画面を注視しながら必死に、しかし正確にコントローラーのボタンとスティックを動かすのであった。


「いけぇ、もうL2+↑↗→AB!!せっかくだからカウンター・ブレイザー出しちゃって! そこでアピール一つ二つくらい!」

「ちょっとお前黙れ!」

「ちょっとお前って……このガイスト、バルスト、ライストって俺が組んだハードウェーザーよ!動かしてるのは俺だけど、作ったのはこの俺、才人ちゃんなの!!」


 そのヘアバンドを付けた友人は南出才人というらしい。彼の声援が度を過ぎている様子で他の客から注意されるが、彼の様子はあまり変わりがない。しかしその喧騒を全く気にしていないかのように、玲也のコントローラー捌きは無駄がなかった。

このゲームはセミオートで3機が常時動いているのだが、彼がマニュアルで動かすとき、放たれる攻撃は百発百中、無駄弾がないと精度はセミオートよりも上回っていた。また敵からの被弾は極力避ける。全弾避けない理由としては、装甲値の高い機体を盾として動かしながら、相手の隙を別の機体で突く戦法を取っていたからだ。


「これで……!!」


 制限時間が0に達してタイムオーバーとの表示が現れた。その後すぐスコアの精算に入るとハイスコアを更新したとの通知が届く。最も玲也自身は特に喜ぶような様子もなく、まるでいつも通りのような感じの様相だったが……。


「いやぁ流石玲也ちゃんだぜ! 俺じゃあここまでスコア取れないもん!!」

「あのなぁ、それは自慢して言う事か」


 その後筐体に刺したスマホを抜き、玲也は才人に軽く投げて渡す。このハイスコアがそもそも才人のゲームデータからしたらの話であり、玲也にとってはこの記録もまるで朝飯前に過ぎない。だから彼の様子は冷めていたのだろう。


「お前、自分の作ったデータを人でプレイさせたスコアで予選通過を考えるとかゲーマーとして恥ずかしくないのか」

「いや、そりゃ俺だって出来れば自力で通過したいけどよ、今回の大会でもし凄い奴らばかり出てきたらかなわねぇじゃん」

「あのなぁ……それならば、もう少し努力するなり考えるなりして上手くなれ。仮に予選通過したとしても、本選はお前が出場する事になるから小細工は出来ないはずだ」

「けどさぁ、俺が本選に出場したらここを宣伝する約束しちまったからよぉ。後に引けねぇじゃん」


 玲也が他力本願な才人を嗜めながら、ゲームセンターを後にする。彼にとって名前とデータを借りて他人のふりをしてプレイする事は不本意であり、才人からその店の為にと何度も頼まれて仕方がなく協力したに過ぎない。


「いっとくが、お前別にそこまで下手ではないだろうに予選を突破する位はできると思うが」

「まぁ、念には念を入れるっていうじゃん。玲也ちゃんも分かるっしょ?」

「念は念を入れるの意味が違うと思うが」


 才人の腕ならばそれなりの成績は出せると玲也は見込んでいたが、その友人は彼より一枚も二枚も上手の自分に依存している事に変わりはなかった。


「だってお前、本当何というか俺のデータでもまるで俺以上にうまく動かすから羨ましいぜ……」

「それはお前が俺の機体を元に作ったデータなのもあるが、こうゲームで出来る事は慣れればトレースできるものだと思うが」

「そ、そうなん? お前、学校の成績は極端だけど俺と違って天才だから……」

「そうなのか……」


 玲也が少し自慢げに語るが、才人からお前が特別だと突っ込まれると内心少し戸惑いもあった。この彼、ゲームに関してあらゆるジャンルも片っ端からこなす天才肌だが、ゲーマーとして必要でない事柄に関しては基本無頓着なところもある少年だ。学校の成績に関して特に理科が壊滅的ともいう。


「実際お前勉強に興味ないとか言う割に、日本史とか数学とか俺より上じゃん」

「歴史はもともと嗜んでいるが、ゲームに触れていればそれ位は分かる」

「いや、関係ないゲームで数学や英語学べる方がどうかしてるって」

「英語は海外のゲームに触れていれば読む書くぐらいは出来ると思うが……」


ただ、他人からのデータでもゲーマーとしての腕を基本発揮するだけでなく、現実のスポーツや勉強にもゲーマーとしての腕を発揮するのが玲也という少年である。スポーツゲームなどを嗜んで見様見真似で実際のスポーツもある程度こなし、海外のゲームを嗜むにあたっては外国語を読む書くのスキルを養っていくといたように、彼は別に不思議でもないと言いたげな様子だった。

 

「元々、俺が玲也ちゃんにこのゲーム紹介した筈なのにあっという間に俺追い越すからな」

「このハードウェーザー・ディメンジョンウォーが、よく出来ているからかもしれないがな」

「おっ玲也ちゃんそう言うか! ハードウェーザー関係の展開はゲームメインだから嬉しいねぇ。最も……」


 才人の口ぶりからすると玲也の方が経験は浅いらしいが自分が追い越されたことについてコンプレックスを抱いている様子はない。それよりもハードウェーザー関係で称賛している彼の様子が自分のように誇らしくもなっており、スマホのニュース欄を狩れにでかでかと見せつける。


「“ハードウェーザー・イーテスト、単独での奇襲による大金星。バグロイヤー四番隊の勢力駆逐成功せり“……」


 玲也が読み上げた記事の内容は、ハードウェーザーと称される種のロボットが、小惑星に陣取るバグロイヤー側の勢力を駆逐したとの内容。彼らの平穏な日常とは不釣り合いのような戦争の一コマだが、このニュースがフィクションであるとの注釈などは一切見当たらない。最もこの二人もこのニュースに対して目を疑う様子はなく、日常の一コマのように受け取っている。


「そりゃハードウェーザーがこの退屈な日常に突然現れたスーパーヒーロー、いやスーパーロボットなんだから世間が熱狂するもんだぜ? お前は相変わらずだけど」

「まぁなぁ……」


 才人のハードウェーザーに関する話が長くなりそうだと玲也は半ば諦めながらも、彼の話に付き合う事にした。


「改めてハードウェーザーを語るとなぁ、そもそも宇宙開発や移住が進むこの現代で……」

(またこの話か……)


――才人の話が途轍もなく長いため、ここで簡単に要約しなければなるまい。要はバグロイヤーという謎のロボット集団が月面に出現し、太陽系の侵略を目論む未曽有の事態に人類は遭遇した所、突然現れたハードウェーザーと呼ばれる世界各国のロボット軍団が太陽系防衛の要として現れたとの事。

まるで作り話に過ぎない話だがテレビの報道番組や新聞、ネットのニュースですら大真面目にこの話を取りあげていき、実際の映像まで公開されたとなれば、真実として認めざるを得ない状況に世間は傾きつつあった。


「このスーパーロボットたちがバグロイヤーを駆逐する事を世間が注目する! それを商業的に活かそうと思うスポンサーが現れる! この通り漫画もフィギュアも、合金トイも発売される! そして単独で特集番組も放送されている! それも毎週日曜19時の富士8チャンネル系で!!」


 それからも才人の語りは止まらず、スマホでハードウェーザーの商品類の画像を次々と玲也に見せつける。どうやら大半が彼の所有しているものらしいが、ハードウェーザーの機体類だけでなく、パイロットと思われる面々のフィギュアまで保有している様子であり、玲也は少し苦み走る表情も浮かべていた。


「そしてこのハードウェーザー・ディメンジョンウォーというオンラインゲームが世界各国でブレイクしていて、様々なメディアミックスがなされているのもご存知の通りだね玲也ちゃん!!」

「その位は俺でもわかる。だが何故そこで話を振る」


 少し呆れつつ分かっている様子で玲也が答える。彼が先程ゲームセンターでプレイしていたゲーム“も、そのオンラインゲームに関わるものだった。現実のハードウェーザーとバグロイヤーの戦いを模して、プレイヤーが自分だけのハードウェーザーを組み上げて、実際に操縦するといった内容だが


「さっき褒めてた玲也ちゃんみたいな実力派が集まるからこそプレイヤーのレベルが上がっていく。そうなると俺もウカウカしてられないから玲也ちゃんに頼むわけだよ!」

「その流れで、俺がお前の代わりにプレイしたことを肯定する話にすり替えるな」

「い、いや玲也ちゃん!? その話はそれとして、別にあるんだって!!」


才人が少し慌てながら、若干話の矛先をそらそうとしているが少し真面目な様子で別の話を切り出そうとしていた。


「玲也はこのゲームどこまでステージ進んでるん? 確かもう上級者向けのプロフェッショナルに移行してたはずだけど」

「確かもうそのコースでもラスト2つを残すのみだが。オリビアが良い腕をしているおかげもある」

「オリビア……? 玲也いつの間にかデキてたんかよ!!」

「いや、あのなぁ……とにかく話を進めろ」


 オリビアとの名前からおそらく才人はネットで恋人が出来たのだろうと推測した。最もオンラインゲームでのハンドルネームをそう鵜呑みにするものではないと玲也自身は突っ込みを入れたい心境もあり、話を進めろと催促する。


「いや、あのね、俺も本当か嘘か分からないけどよ、ハードウェーザーが次々と実際に現れるのがこのゲームと関係あるとからしいって噂もあるんだって」

「実際に……まさか」


 今度は現実でのハードウェーザーの活躍を一応認めていても少し耳を疑う内容であった。それこそフィクションだと彼は一笑に付そうとしたが、


「いやお前が移行する前だけどさ、中国とニュージーランド、イタリア代表と世間で公表されているハードウェーザーが現れると入れ違いで、その機体のデータが抹消されたらしいって」

「……そのデータって過去の履歴にあるか?」

 

 真偽を疑いながら玲也もスマホを取り出して、アプリ版のデータにアクセスをしようとしていたがメッセージが表示された。


「玲也ちゃん、こっち臨時メンテナンス中とかだけど」

「いや、なぜかデータが見当たりませんとのメッセージが出ていてな」

「データ誤削除? それって何かメンテナンスの関係で出ているメッセージとかなん?」

「さぁ……」


 定期メンテナンスでもなく、事前の予告もない。その上初めて出てきたようなメッセージだったため、運営側に何らかのトラブルがあったのかと玲也は少し気にする。しかしそれと別にアラームがスマホから鳴り響いた。時刻は17時を指し示す。


「そろそろ家に戻らなければ、洗濯物を入れて夕飯の支度をだな」

「もうこんな時間……わりぃ玲也。とりあえずさっきの話も本当か嘘か分からないけどよ」

「とりあえず、最後までクリアして覚えていれば気にしておく」


 すぐさま玲也は才人と別れ自宅に急いだ。メンテナンスが終われば何事もないだろうと考えることはいったん止め、自宅の洗濯物を入れるとの事で玲也が帰るまで家には誰もいない。だから彼は鍵を開けて玄関へと足を踏み入れる。


「ただいま……と言えども母さんはまだ家に帰る筈が……」


 母は仕事に出かけていると分かってはいたが、それでも癖でつい口にしてしまう。だがそれよりも下駄箱の上に立てかけた写真立てが倒れている事に気づいた。その写真立てを起こすと父と子――つまり秀斗の姿が収められていた。


「母さんが慌てて出た時に倒れたか……父さん、もう5年ぐらいになるのかな」


 今は家にいない母を思い浮かべて、少し笑みが零れる玲也。だがたが同じく家にいない父を思い浮かべるとき、表情には憂いが走る。その隣には壁掛けに収めた新聞の記事と写真に目が行く。


「俺の父さんはあの時、ゲーマーとしての腕を評価されて宇宙へ飛ぶことになった。俺はよく知らなかったが、電次元人という知的生命体との交流の一環で……」


 物思いに耽るきっかけとなる出来事は5年前になる。宇宙開発の一環で電次元と呼ばれる別次元との境目が月面に発見され、電次元人とのファースト・コンタクトから地球側の文化を布教するための使節が結成される事となった。その使節の一人にゲーム関係の代表として秀斗が抜擢されたとの事だった。


「正直、あの時父さんと離れ離れになるのが寂しかった。けれども父さんが未知の世界に足を踏み入れてゲーマーとして己も極めてみせる。父親として息子のお前に簡単に追い越されたくないと言われたら、俺は反対する事が出来なかったよ。父さん……」


 まだ8つだった自分があの時必死に反対しても父を翻意させることはできないだろうと、苦笑いを浮かべる玲也だが、同時にこの現実に儚さと虚しさを感じていた。父が、いや電次元へ向かった使節たちは、音信が途絶えたまま現代に至る。


「父さんがいつ帰ってくるかわからない。それでも何故ゲーマーの道を究めようとするのだろうか。なぁ羽鳥玲也13歳、偉大なるゲーマー羽鳥秀斗の一人息子よ……」


 ふと突如自分に問い返してみるが、答えは口から出てこなかった。ただ彼は父が行方不明になった矢先――まさかの事態を信じたくない、必ず帰ってくると信じた上でその時まで父を追い越すとの誓いを果たすが故の筈だろう。しかし、5年も音信が途絶えた上進展がない現状から続ける意味があるのか?とも疑問を抱いていないと言えば嘘にもなる。


「……いや、まだ決まった訳ではない。だから俺は5年間鍛え続けてきた。父さんを追い越さなければ一人前になれないのだと信じていた筈だ」


最悪の事態を頭から払拭させんと玲也が首を激しく振り頬を叩く。その日が必ず来るはずだと信じ込ませた。


(羽鳥玲也……やはり、秀斗さんがお父さんのようですね)

(ということは、彼がやっぱりあたし達の……)

(何か品のなさそうな殿方、私は認めたくありませんわね……)

(そんなこと言ってもしょうがないじゃない。あたしも信じるの

抵抗あるけどさ……)


 ちょうど玲也が気を引き締めなおそうとしていたその頃、玄関の向かい側で何やら自分に用事がある面々が近づきつつあった。最も特にチャイムも戸を叩く音もせず玲也は気が付かないまま洗濯物を取り込もうとしていた。


(リン! 早く連れてこなくちゃ!!)

(さっさとしてくださいませ、リンさん!!)

(ニアちゃん、エクスちゃん。ピッキングで開けることは簡単だけど本人の許可を得ない方が面倒だと思います……)

(あたし達の事をあっさり受け入れてくれるなら苦労しないわよ! あぁっ、2階に上がっちゃう!!)

(どいてリン! 強行突破ですわよ!!)


 ニア、エクス、リン――この玲也と同じ年頃の少女3人が何やら強行的な手段に出ようとしていた。それを部屋の中にいる玲也が知る筈もなく、特にそのような因縁を持たれる事も、それ以前に面識もない。


「たぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「……はぁ!?」


――玲也は驚愕した。彼の後ろで鈍い音がしたので振り返ってみるや否や、玄関のドアがブロンドの少女・エクスによって金具を強引にへし折る形で押し倒されたのだ。スチールのドアだろうとも。今までの生活で起こりえなかった光景に対して玲也はあっけに取られた。その場で硬直もしていたかもしれない。


「とりあえず……ごめん!!」


 今度は黒髪のロングヘアーをなびかせながら、ニアが玲也の目の前に直ぐ現れるや否や、鳩尾に強烈な一発をお見舞いした。玲也自身鍛えていた筈だったが、その一撃は想定外の威力であり声が出ないものであり、


「何がどうして……こうなるというのだろう……」


 そこで玲也の意識が途絶え、1階の廊下で倒れ込む。彼より背丈が上のニアが玲也の体をそのまま担ぎ上げる。平然とした表情で体の震えもなくすんなりと持ち上げたまま


「ニアちゃん、エクスちゃん! ちょっとこれは不法侵入どころじゃないですよ!!」

「そんなこと言いましても、どうこの場から話を進めろと言いまして?」

「とりあえずあたし達も早く撤収しないと! 大事になったら面倒だわ!!」


 拉致同然に玲也を連れ去る事へあたふたするリンと、仕方がなかったと開き直るエクス。そしてニアが玲也を担ぎながら3人とも人とは思えない素早い速度で、玲也の家の向かい側に存在するマンションへと入り込む。

 一体、何があってこのような事態に巻き込まれたか玲也本人は知る筈がなかった。しかし彼がこの渦中に巻き込まれるのではなく、自ら飛び込んでいくまでこの後、時間はそうかかるものではなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る