市瀬由々の由々しき事件簿

かきはらともえ

第一章/件の件について

第1話/市瀬探偵事務所


     1.


「恐怖って何だと思いますか?」

 市瀬探偵事務所所長の市瀬由々さんから、そんな問いかけを投げかけられたのは、面接のときだった。

 ほとんど質疑応答も終わり、これまでの経験からしてそろそろ『何か質問はありませんか?』と質問を投げかけられる頃合いだろうと思っていた――そんな矢先のことだった。

 正直なところ、意味不明すぎて戸惑った。

 面接に臨む前に幾度となくイメージトレーニングを繰り返し、積み重ねて、あらゆる質問に対して想定してきたつもりだったが、こんな質問は想定していなかった――思わず頭が真っ白になる。

「川原亡令くん。きみにとって、世界で一番怖いものって何かしら?」

 それは、面接でこんな質問をしてくるあなたです――と言いたいのを、ぐっと飲み込んで『世界で一番怖いものですか』と復唱して、考える。

 怖いものなんてたくさんある。

 犯罪、事故、事件、地震、津波、噴火、病気、将来――挙げればきりがない。そんな数ある恐怖の中から、唯一を選び抜くとするならば、ひとつしかあるまい。僕にとって、世界で一番怖いもの。

 それは。

「人間です」

 これしかない。

 僕が、川原かわはら亡令ぼうれいが十九年間生きてきた中でもっとも怖かったものは人間である。

 少なくとも、僕はそう思う。

 こんな質問、どう答えるのが正解なのかわからない。だから仕方ない。僕が思う答えを、答えるしかない。対面にいる市瀬さんは、無言で頷く。それがどういう意味で頷いているのか――僕にはわからない。

 市瀬由々さんの穏やかな表情から、心情を察するのは不可能だ。市瀬由々さんが、どんなふうに僕の回答を受け止めたのかわからない――わからないが、市瀬由々さんは重ねて、こう質問をしてきた。

「それでは――」

 市瀬由々さんは言う。

 ふたつ目の質問を。

「――二番目に怖いものって何かしら?」



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