南区葵

第1話

おや、仕立て屋さんとこの坊主じゃないかい。こんな夜更けにどうしたよ。まあなんだ、用事がないなら中へおあがりなさい。外は冷え込みますので。ささ。ええ、最近はもう肌寒くてこの老体には応えますわ。坊主を気遣ってより、むしろあっしが耐えられないから中に呼んだのですよ。今囲炉裏に火をくべるからちょいと待ってな。・・・よしついた。はー暖かい暖かい。坊主ももっと火によりな。そこにいちゃ中に入った意味もなかろうて。・・・ああ、すまない、光源はこれだけで堪忍してくれるか。何分最近の蜜蝋はべらぼうに高い。日が沈むのが早いこの時期に需要があることを見越して、売り手が値段を釣り上げてやがるんだ、全く。少しは貧乏人の気持ちも考えてほしいものだよ・・・え、坊主の家では鰯から作った蝋燭を使っているのかい。へえ、それは驚いた。いや、たしかにあれは安いが、その、臭いがきついじゃないか。こんな年になった爺が気にするようなことではないかもしれないが、家とか服とかから魚のにおいがするのが嫌でな、うちでは使わんようにしとるんだ。そういうあんたの家こそ気を使うべきなんじゃないのかい、ええ、仕立て屋よ。・・・なに、売り場と部屋は離れているから大丈夫?馬鹿言いなさんな。あの臭いは一度染みついたらなかなかとれるもんじゃねえ、早いとこ使うのをやめたがいいと思うけどな。・・・いかんいかん、つい説教臭くなっちまった。すまんね、歳をとるとこうなっちまうもんなんだよ。まあ話半分に聞いてくれりゃあいい。まあ、親父に話してみとくれよ一度。商売に関わるぜ。・・・・・・なあ坊主。久しぶりにお話でもしたげようか。いや、大丈夫、前みたいに怖がらせたりはせんよ。いやでもあの話をしたときのあんたは傑作だったね。一人で帰れないからとか言って私に家まで・・・ああ、悪かった悪かった。過去の話を蒸し返すのはよくねぇな。すまんすまん。・・・ええ、じゃあ、今日は前とは違った部類のということで、「森の童」のお話を一つ。

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南区葵 @aoi3739

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