召喚サーバー

 物事が動くには理由がある。

 世界を動かすパワーの源があるとすれば、

 それは世界自体に秘められているだろう。

 惑星に吹く風、野ウサギの心臓、木々の生育、

 そして同じように創造されたものが世界を動かしている。

 赤褐色の煉瓦の隣に宇宙の銀河が渦巻き、

 その隣にはまた煉瓦がある。

 隣にはまた銀河が渦巻き、

 その隣にはやはり煉瓦がある。

 銀河、煉瓦の繰り返しで四方に壁ができている。

 壁に飾られる白興剣(はっこうけん)の持ち主は今はいない。

 機械の女神イドムドスは剣を見るのをやめて、

 近くの白いテーブルにいる黒ずくめの若い男に話しかけた。

「あなたは孤独というものをどう思いますか」

「意味のあることだと思う。

 甘えるべき時と、

 甘えてはいけないときがある。

 孤独は時間をくれる」

「私は孤独を感じるために孤独になりました」

「それは……。わざわざ、

 そんな事をする必要があるとは思えない。

 自分から孤独に向かっていくなんて、

 女性のすることではないと思う」

 男は出された飲み物に手を付けようか迷っている。

「そうでしょうか。気持ちを知るということは、

 自分がそうなるということなのです」

「立派な考えだが、

 ……」

「においをかいでみては?」

 イドムドスが飲み物を持つと、

 クゥーン、と手から音がする。

「すっきりした香りは何の植物だ?

 あなたは、人間ではないようだ」

「ええ、機械なのです。けれど……」

「おかしい……。何か……」

「私は人間の気持ちがわかる」


 ビジョンが空間に浮かんで広がっていく。

 イドムドスが男の話を聞いている。

 顎の大きな男、

「力道山に、大切にされたことは一度もない。

 殴られてばかりだった。顎、顎、と言われて」

「そうですか……」

「そして刺殺されただろう?

 俺は解剖のところまで見ているからね」

「怖い」

「ただ……。一度だけ飲み会の席で、

 彼の知人が、良い弟子だなと言って、

 力道山は、そうだろう! と笑ったんだ。

 その笑顔で許せた。救われたというか」


「前川彰良さん」

 巨大な猫がイドムドスをなでながら、

「俺、

 潰されそうになったことがあったんや。

 客向けのプロレスショーじゃなくて、

 真剣勝負という名の攻撃を受けた。

 でっかい外国人、アンドレに。

 信じたくないけど、猪崎さんか、

 誰かを怒らせた。その近くの人か。

 けれど俺はふっかけてきた相手を止めたよ。

 アンドレ、やっつけたら、

 黒幕は俺じゃない、やめてくれって言っていた。

 そして猪崎さんは褒めてくれた。

 馬鹿な事されたら、あれでいいんだって」

「誰のせいだったんでしょう」

「勝ったら許してくれたってことかな?

 ウーム」


「スピリット三銃士のみなさん」 

「俺たちは魂の三銃士!」

 スキンヘッドの男、

「一つ、三銃士は自由である。

 名前の通りに組まなければいけない、

 ということはないんだな」

「自由なんですね」

 応える大きく太った男、

「そうや。自由だ。

 一つ、三銃士には魂がある。いつまでもね」

 こわもての男、

「一つ、三銃士は人々の心に残り続けるために活動するぜ!」

 ――。

 ビジョンは消えていった。

「橋山さん……。

 ここはどこなんだ!」

「ここは召喚される前の世界です。

 召喚技術とリンクした部分。

 世界の動力源は世界そのものですが、ここは、

 ルール以外の力がなければ存在しえない」

「決まりを覆す力?

 いや、そこまでは言っていないか」

「フォエン。彼女の持つ世界原動機、

 現実に創造される前の、

 まだ影響力を持っていない世界。

 生き物の卵が、重力の神が、ほかの大事な物が、

 ある形をとるという決まりを無数に集めて、

 つかさどる道具を、昔の武器の形にしている。

 世界の発生の中身が、

 相互に基づく最大値、

 限界を作っている。

 限界といっても途方もないものです。

 その原型を秘めているものがある」

 イドムドスの理解では、世界原動機はいくつもある。その一つは衛府の太刀、

 沃懸地杏葉螺鈿太刀いかけじぎょうようらでんたちのこと。

「世界の発生の、限界とは?」

「長い髪はあめるけれど、短い髪はあめない。

 あなたにもできない事がたくさんあるでしょう」

「よく分からない……」

「ここでは、私もあなたも世界に発生してはいないのです。

 データはすぐに連絡できるけれど、

 あなたは……」

 またビジョンが空間に浮かんで広がっていく。

 ベルゼの町の雑貨屋で、

「シュウ、ちょっといいですか」

「何だい」

 魔女の帽子の少女イフロムと黒ずくめの男シュナイヴが話している。

「この店に、フォエンの気に入るものがあると思いますか?」

「だから着いてきてもらったんだ。

 オレには分からないかもしれない」

 奥から、猫の耳としっぽの娘フォエン。

 買った焼き魚の身を重ねて紙に巻いている。

「シュウさん? イフロムも、お買い物?」

「あ、先輩……! そうです。

 今日は、どうしたんです」

「ボクも買い物で。

 二人一緒とは~っ」

 黒ずくめの男は猫の娘の肩を抱いた。

「3人になりました」

「私、先に出ましょうか」

「ついてきてもらったお礼に、

 どこかに行く予定だったんだ。

 急に帰ることはないさ。

 買い物は今度にしよう」

「……」

「先輩、その魚の焼き身、好きですか」

「うん」

「今度の本が出たら、

 何枚でも買ってあげます。

 もっといいものだって」

「自分で買えるけどニャ」

「センパーイ……」

 そしてビジョンは消えていった。

 白いテーブルにいる黒ずくめの男は、

「先輩、イフロム、

 それから……」

「誰だと思いますか」

「だ、誰なんだ?

 まことしやかに。

 あれは、まやかしだ。

 オレにはあんな記憶はないぞ!」

「あなたが誰なのでしょうね?」 

 白いテーブルにいる黒ずくめの男は、

 実際のところ、シュナイヴのクローン、コピーだ。

「あれはもっと未来の出来事のようです。

 あの出来事が起こる前に召喚の前準備をされたあなたは、

 ビジョンの彼の記憶がないのです。本物は彼のほうです」

「な、なに?」

「あなたはクローン体として、

 ブラックディガンに搭載され、

 レッドディガンに立ち向かうのです。

 そして世界原動機を奪い、私のもとに持ってくる」

「やりたくない」

 と赤いジュースを手で払って撒く。

「だめです。

 あなたは次第に記憶を変えられて、

 フォエンの油断を誘うの」

「孤独の話をしたのは、

 オレの油断を誘うためだったんだな?

 ほかの人間にやらせるがいい」

「今のあなたは人間でさえないのです」

「言葉遊びは結構。ほかの誰かだ! それを阻止する」

「……、私の公孫さん、

 彼は私の本体のそばにいる。

 私は、彼の代わりになる相手を探す私」

 ――。

 新しい力を常に探している部分だ。

 青い瞳が潤む。イドムドスは意識のある機械。

 いくつもの働きを担うとき、

 意識を担う処理能力を分かち、

 時には混ぜあい、目的の行動をとっている。

 イドムドスは白いスカートを自らの手でたくし上げて、

 よく造形された股のあたりから上までゆっくり見せる。

「よ、よせ」

「おいやですか」

「責任が発生する気がする」

「そうでしょうね。私といれば、

 あなたの意識は変わっていく」

 クローンは首を振った。

 イドムドスの手を丁寧にどかせて、

「それなら、自分でするほうがましだ」

 パッとスカートをめくった。

 足関節、鼠蹊部に僅かな線。

 スカートはひと時、

 おとなしい飾りのついた下着を隠せなかったが、

 すぐ元の形に落ち着く。

「自分で? ええ、そうしてください……」

 資材と万能工作機が、

 新しいロボットを作り上げていく。

 ブラックディガンは、レッディガンを100とすると、

 55点のロボットだ。完全に押されることが決まっている。

 異世界と現実、二人の主人公? そうはならない。

 せいぜい、優しく近づき、

 倒されてフォエンの心に残るだけだ。

 しかし、装備を付け直して35点を超えた位の機体が、

 軍用機体としてザラにある。それよりは働いてくれる。

 イドムドスは軽く満足を覚えていた。

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