拍子抜け
暖かい飲み物や少しの強い酒を飲み、
夜、雪積もる宿屋から外に出ると、
すぐに小さな崖があった。崖の下では、
ちょうど狼の群れが走っていくところ。
吠えながら一列に進んだかと思えば、
ばらけて何かに回り込んでいる。
追われるのはウサギかヤギか良く見えず。
ガウ、ガウ、と鳴き、何かを仕留めた様子。
エルフの娘が聞く、
「アースリィ、どうするの。夜中に」
男は、
「噂の山賊の隠れ家を見つけて、
ちょっかい出す……と行きたい。
お前、クロスボウ買っただろ。今から行かねーか」
「買ったけど。
けど、いい月が出てる。
見つかりそうじゃない」
「真っ暗だったら、
こっちからも見えねぇだろ」
「明かりが要らないくらい……」
「おう。丁度いいぜ。
俺は少人数で、松明なんて焚かねぇよ。
明るい夜に密かに行くのが気が利いてんだよ。
今日は無茶しねぇから、一人でもいいんだ。
来るんなら、遠くから撃つだけでいいからな」
「行くの止めていい?」
「おう、いい。
じゃあ、クロスボウ貸せ」
「ええ……」
凍える寒さの月夜の晩に、むき出しの剣と、
ボウガンを持った男が雪の草むらを行く姿。
毛皮のフード、そして毛皮服の上に皮の鎧。
男、アースリィ・モッズは、別に正義の民じゃない。
気が向けば時折、正義に味方するだけ。
要は危険な出来事から、
そこにしかない旨味が欲しいという男だ。
クロスボウに矢を置いて木を撃ってみる、
バシュン、放たれてガッと刺さる。
矢を取って、次に剣を振ってみる。ガシッ……。
「今夜は、剣はよしとくかぁ」
鉄を延べて鋭く研いだだけの剣、
持っていくのを止めた。
近くに魔物を操って、
人の土地の高額な木を切って遠くに売ったり、
動物を勝手に狩りまくる山賊達が居るという。
賞金首になっている。
もし出来るなら寒さを凌ぎたいだろう。
しかし、この近くにそういう場所は見当たらず。
ともすると隠れ家は、宿に来る途中で遠くから見た、
廃屋だろうと目星をつけていた。
その廃屋の中では、
地下室を掘ると開通した洞窟から得た宝を見て、
山賊たちが驚き、また面白がっている。
「オーガの宝箱に入っていたんだ。
魔法ゴブリン全部殺されて、
斃しは出来なかったが盗んできてやった」
頭と肩のあたりしか保護しない、
異世界のレア・アイテム、
ブラスター・ベイヤーの鎧が湯気を噴いている。
「この鎧は買い叩かれても3000ゴールドはするぜ」
「本物かよ。何かプシューッと出ているぜ」
「偽物でも売っちまえばいい」「ヒュー……がっ?」
一人の山賊が首から血を吹き出す。
「だ、誰だてめぇ!」
「……」
ロリータのアウターと黒の下着、
持ったナイフの刃が2人目の喉を刺す。
山賊の一人は魔法を準備するが、
顔を殴られて3メートルは吹っ飛んで壁に激突した。
恐れてうずくまる山賊は後ろから首を数度刺され、
吹っ飛んだ山賊は跨られてナイフで首を割かれた。
「……」
アースリィ・モッズは、
廃屋から出てくる少女に目が行った。
月に照らされている、
装備は良い物のようだ。
「山賊か?
どうだかなァ、先手必勝」
クロスボウで頭を狙う。
射った瞬間、少女は全身運動で避け、
矢は廃屋に当たった。モッズの方へ走って来る。
藪を幾つか挟んだつもりが、もう近い。
「や、やべえ」
少女は思い切りモッズの金的を蹴り上げる。
モッズから漏れる野獣のような声、
「グウーッ」
「冒険者? ちょっと待って下さい、
アタシもそうなんで……」
クロスボウを奪われた。
「うぐぐ……」
「邪魔。
冒険者ですよね?
中に鎧があるんで、
良かったらいっしょに運んでください」
といって、クロスボウを放り捨てる。
モッズが誤って撃ったのは、同じく冒険者のクロユリで、
金的の痛みが抜けてくると拍子抜けするような状況だった。
廃屋に行くと山賊は死んでいたし、
山賊が使ったという魔物も姿が見えなかった。
地下室があるようだ。そこは覗くだけで入らず、
山賊のナイフでカーペットに穴をあけ、
手持ちのロープを括り付け、鎧を運ぶ準備を終える。
功績者、クロユリの尻を眺めながら、
「仕事も綺麗なもんで、寒くねぇんですかね?」
「いやぁ。冬仕様で、
首輪のベール……、装備考えてるんで」
チョーカー(首輪)に魔法を仕込んでいる。
発動から数時間続く魔法が、
熱と気配を遮断するギリースーツ(戦闘服)となっている。
「でも、おじさんも同じですよねー。結構、着方も良いし」
確かにモッズの装備も考えてあるものだった。
「そうっすか。いや……、そうだぜ」
「あ、ちょっと待ってて」
クロユリは隠していた荷袋を持ってきて、
スカートを取り出して履いた。
山賊の死体、モッズ、クロユリ、
その中で、
不思議な鎧が湯気を噴いている。
「勇者の鎧じゃあるめぇ、
でけぇ鎧、こりゃ着れるヤツが居ねぇな」
こんな鎧はネオファンタジア中を探しても中々ないはずだ。
異世界からのレア・アイテムがこの世界中に紛れ込んでいて、
時には非常な価値を持っている事は知っている冒険者も多い。
ロープを使ってカーペットにくるんだ鎧を、一緒に運ぶことにはならず、
一人モッズが雪と草むらの上を引きずって宿屋へ行くと、
クロユリは体を洗うために早く奥へ行きたがり。
「風呂入りたいわ。
おじさんの部屋に鎧、置いてくださいよ」
「ああん? ……へぇへぇ」
プライドと納得のはざまに置かれ、
モッズは高まった気持ちを発揮できずに、
エルフの相棒に、
「酒、飲もう」
「おかえりなさい」
お酌を頼んで飲み直すことにした。
それから数日後、
不思議な鎧を鑑定士に見せるとこれは模造品で、
それでも1000ゴールドの価値があり、
牛肉1キロが大体100ゴールドである。
折半した500ゴールドは、
何の戦いもできなかったモッズの自尊心を傷つけつつも、
ある程度は満足させた。
「じゃあ何にもしなかったの?」
「俺は正義じゃねぇ。
状況に味方するだけ……文句あるかよ!」
鎧を売った後、
クロユリは山賊を倒した事をギルドに伝え、
自分の仲間と合流すると言って去った。
モッズは一人で失ったクロスボウを探したが、
雪と草ばかりで見つけられなかった。
買い直すしかない、250ゴールド。
またエルフの相棒リューンナナと飲み直し。
蜂蜜と水を混ぜ、
時間によって発酵させて出来た、
甘いアルコールを飲んで、
「ハァ……。
戦いのほうから俺を避けているぜ。
歳かね~。エルフのハーレムを作るには、
もうあまり時間が残されていねぇぜ」
「嫌な人」
「あと49人……」
馬鹿話に興じながら机に伏せる。
雪の降る外から狼の遠吠えが聞こえる。
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